追憶コラージュ

それから、ビルはどうしてレイチェルのところに来たのか話してくれた。

「前に銀行に勤めてるって言ったけど……あれは、間違いじゃないけど正しくもない。僕の本当の仕事は、呪い破りなんだ」

ビルは、主に遺跡の調査や発掘────レイチェルの知るところの考古学者のような仕事をしているらしい。
先日、サッカラの西方にピラミッドが新たに見つかり、ビルは何人かの同僚と共にその調査に出掛けた。王族の墓であるピラミッドには、墓場荒らしを防ぐために古代の魔法使いがかけたさまざまな呪いによって守られているのだと言う。それを解くのも、ビルの仕事の一環らしい。
呪いの種類はピラミッドが建設された時期によってある程度の傾向があるのだが、発見されたピラミッドは最も古く────つまり、現代の魔法とは体系が違い解除が難しく────そして、データの少ない第3王朝時代初期のもの。調査する上での危険度は高いが、一方で遺跡としての歴史的価値も計り知れない。ビル達は、長い時間をかけて、手探りで調査を進めていた。
作業は順調に思えたが、同僚が最後と思われる呪いを解除したところで問題が起こった。他の全ての呪いを解除すると発動する仕掛けのものが混ざっていたのだ。古代の魔法使いがかけた強力な魔法陣が光り出し、そして偶然にもその中心に立っていたのは、ビルだった。あまりの眩しさに思わず目を閉じて────そして、気がついたらビルは調査中のピラミッドの中ではなく、賑やかな町の中に居た。
外傷はどこにもない。魔法も使える。あれほどの大掛かりな仕掛けの割には、あまりにも単純だった。どうやら侵入者を追い出すための────空間を移動するだけの呪いのようだ。
もしかしたら、長い時間の間に、呪いの効果が弱まったのかもしれない。最初はそんな風に楽観的に考えていたビルだったが、自分がどこに居るのか把握しようと辺りを歩き回っているうちに、様子がおかしいことに気がついた。どうやら、自分はただ場所を移動しただけでなく、過去に飛ばされてしまったのではないか、と。確信を持ったのは、道端に落ちていた新聞の西暦と日付を見た時だったらしい。
そうはわかったものの、元々の呪い自体が不明なのだから、当然自分が元居た時間に戻る方法なんてわかるわけもない。ビルは途方に暮れた。持っているものと言えば杖くらいで、所持金もほぼゼロ。このまま野宿しかないだろうかと考えたとき、レイチェルを訪ねることを思いついたらしい。
もちろんまだ恋人関係ではないことも、それどころか出会ってすらいないこともわかっていたけれど────出会ったときから、なぜか自分が魔法使いだと知っていたレイチェルならば、理解してくれるんじゃないかと。そうして、縋るような思いでレイチェルの住むフラットへとやって来たこと。

「結果的には、最善の選択だっと思うよ。君はこうして、僕に衣食住を提供してくれたわけだしね」

そう言ってビルは微笑んだが、レイチェルはばつの悪さに思わず視線を泳がせた。確かに、結果的には……結果的にはそうかもしれないが、そんな大変な状況だった彼を待ちうけていたのは、不審者だと思い込んで警戒心むき出しな態度だったわけだ。……仕方ないじゃないか、あの状況で信じろと言う方が無理だ。

「ねえ、ビル。未来から来たってことは、今のビルもどこかに居るんでしょう? そこに泊ればよかったんじゃないの?」
「あー……」

レイチェルがそう言って首を傾げれば、ビルは困ったような笑みを浮かべた。
確かビルは数年前からエジプトに住んでいると言っていたし、となれば今のビルもこの国のどこかに居るのだろう。と言うか、ショッピングモールで見かけたあのビルのそっくりさんこそが、もしや「今」のビルだったんじゃないだろうか。未来から来たなんて信じてくれるかどうか怪しいレイチェルよりも、事情を察してくれそうな自分のところに行った方が確実じゃないかと思ったのだけれど。

「たとえば、レイチェル、君の前に、自分そっくりな人間が現れたらどう思う?」

質問に質問で返されて、レイチェルはぱちりと瞬きをした。
そんなこと、考えたこともない。もし自分にそんな状況が降りかかったら、どう思うだろうか。たとえば、この間みたいに、街で偶然見かけたとしたら。たとえば、自分のツアーの観光客に、自分そっくりな人間が居たら。

「世の中には、自分と同じ顔した人間が三人居るって言うし……そのうちの一人かなって思うわ」
「じゃあ、その相手が自分と全く同じ髪型や服装だったら?」
「それって……いわゆる、ドッペルゲンガーでしょ? えっと、ドッペルゲンガーを見ると、確か……」

ドッペルゲンガーを見ると、死ぬ────。そんな迷信を思い出して、レイチェルは沈黙した。
なるほど。魔法使いの間でも認識が同じかはわからないけれど、自分のそっくりさんが現れると言うのは少なくとも幸運の兆候ではない。そして、ビルから見た「過去の自分」にとっては、レイチェルの目の前に居るビルはまさしくドッペルゲンガーに他ならないのだろう。

「そう言うこと。僕らの社会では、他人の外見をそっくりそのまま真似る方法もいくつかあるからね。のこのこ過去や未来の自分の前に姿を現したら、最悪殺されても文句は言えない」

魔法使いの間でも、タイムトラベルは容易ではなく、厳しく管理されているらしい。だから、自分のそっくりさんを見たら、魔法使いはまず自分に変装した他人だと判断する。後ろ暗い理由がなければ他人の姿なんて借りる必要もないから、何かよからぬことを企んでいる可能性が高い。当然、危害を加えられるのではと警戒するし、時には攻撃に出ることもある。────そう補足するビルに、レイチェルはしばし考え込んだ。

「じゃあ、私はビルの命の恩人ってことね?」
「そうなるかな」

からかうように言えば、ビルもくすりと笑った。
ピラミッドの呪いとか、タイムトラベルだとか、ドッペルゲンガーだとか────レイチェルにとってはSF小説か映画の中でしか馴染みがないような、あまりにも壮大な話だ。完璧に理解できたとはと言い難いが、レイチェルはひとまず納得した。と言うか、すっきりした、が正しいかもしれない。これで、ビルの抱えていた“込み入った事情”は明らかになったわけだ。何だかレイチェルが予想していたものとは随分違ったし、思った通りレイチェルの力でどうこうできるレベルの出来事ではなかったけれど。
そして何より、ビルに対する疑いが晴れたことで、肩の力が抜けたような気がした。
初めて会ったときの、レイチェルの直感は正しかったのだ。彼は、悪人じゃない。狂人でもない。彼は、真実を言っていた。彼は何一つ、レイチェルに嘘を吐いてはいなかった。

レイチェルのハウスキーパーは詐欺師でも、ストーカーでもない。見た目通り誠実で、紳士的で────そして、未来から来た魔法使いだ。

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