「あなたに会ってほしい人が居るの」

ある朝ママが真剣な顔でそう言いだしても、特に驚いたりはしなかった。娘の勘、とでも言えばいいんだろうか。ママはなるべくいつも通りに振舞おうと努力しているみたいだったけれど、もう10年近く2人きりで暮らしてるんだし、どうしたって相手の変化には些細なことにも敏感になる。つまりそう────ママに恋人ができたらしいことは、とっくに気がついていた。私にボーイフレンドができたとき、ママが気づかないフリをしてくれたのと同じ。知られたくなくて頑張ってるみたいだったから、こっちからは何も言わず黙っていることにしていた。ただそれだけ。

「わかった。どんな人なの?仕事関係の人?」
「いいえ、違うわ……何と言うか、偶然出会った人なんだけれど……とても良い人なの」

とうとう私に紹介する段階になったと言うことは、つまりきっと、その人との再婚を考えているんだろう。
パパが死んでしまって以来、女手ひとつで苦労して私を育ててくれたママ。私ももう13歳だし、恋をするのが素敵なことだってわかってるつもり。ママがこの人となら幸せになれると思ったのなら、私が反対する理由なんてどこにもない。もちろん、相手がママを騙そうとするような悪い奴だったら話は別だけど。

「えっと……お役所に勤めている人でね。彼にも、息子さんが居るの。あなたより2歳年上で……何度か会ったんだけれど、とても穏やかで優しい子よ」
「……ふぅん」

ママの言葉が何だか歯切れが悪かったのが少し気になったけれど、そのときはあんまり深く考えなかった。ディナーは土曜の夜だって言うから、会って本人に直接聞けばいいと思ったし、それ以上話してると学校に遅刻しそうだったから。
新しいパパになるかもしれない人と、その息子。一体、どんな人達なんだろう? ママが落としちゃったネックレスを必死に探してることろに、偶然通りがかってさっと見つけてくれて、お互い一目惚れ?って話だったけど……なんかそれってちょっと怪しいと言うか、ちょっと話ができすぎているような気がする。ママは美人だし、お人好しすぎるところがあるから、ちょっと心配。
お役所勤めってことは安定した仕事だし、身元はしっかりしてそう。きょうだいができるのは嬉しいけど、できたら優しいお姉さんか、小さい弟か妹がよかったな。せめて、意地悪だったり乱暴だったりしなくて、仲良くできそうな男の子だといいんだけど……。

「君がレイチェル? 僕、1人っ子だったから、妹ができるって嬉しいな。よろしくね」

会う前はそんな期待と不安が渦巻いていたはずなのに、そんな気持ちは顔を会わせた瞬間に綺麗さっぱり消えてしまった。何故かって、だってそんなことどうでもよくなってしまうくらい、ものすごく────玄関ドアを開けた向こう側に立っていた男の子が、私が今まで会ったこともないくらいのハンサムだったから。ママの恋人を見極めてやる!なんて意気込んでいたくせに、すっかり義理の兄になる予定のその男の子の笑顔にノックアウトされてしまった私は、ディナーの間、新しいパパが色々と話しかけてくれてもほとんど上の空だった。せっかくママが大好物ばかり作ってくれたというのに、料理の味すらわからなくなってしまうほど。

レイチェル、どうしたの? 元気がないみたいだけど……どこか、具合でも悪い?」

そんな風にママを心配させて、最終的には2人を「やっぱり急に再婚の話をされて戸惑ってるんじゃ」「もっと子供達の気持ちを考えて慎重に進めるべきだったのかも」なんて不安にさせてしまったせいで、「彼がハンサムすぎて緊張してるんです」と素直に白状する羽目になった。本当に、今思い出しても恥ずかしくて居たたまれなくなる出来事だ。

そもそも、私が反対する理由なんてどこにも見つからないくらい、彼らはとても善良な人達だった。

新しいパパは、快活で話好き。大らかで、ママの言っていた通り一緒に居て安心できる人だ。奥さんを亡くして以来ずっと息子と2人暮らしだったから、年頃の女の子の扱いはわからないらしくて、私との接し方には戸惑っているみたい。でも、私が楽しく過ごせるようすごく気を遣ってくれているのがわかる。
新しい兄さんは、背が高くてハンサムで、とにかくものすごいハンサムで、しかもものすごく性格が良い。実の父親の言葉だから身内の欲目もちょっとありそうだけれど、勉強もできてスポーツマンらしい。本人はそんなことないよって否定してたけど、学校でもモテてると思う。絶対そう。だってこんな男の子が居て放っておくとしたら、周りの女子は見る目がなさすぎる。
世界中の人達に自慢したいくらい素敵な、私の新しい家族。けれど、たった1つだけ、周りの友達には言えないことがある。

彼ら────エイモス・ディゴリーとその息子のセドリックは、魔法使いなのだ。

 

 

 

See you later.

 

 

 

ブルーベルの花が咲く頃にママと新しいパパは正式に結婚して、私とママは今まで暮らしていた狭いフラットから引っ越した。住み慣れていた家を離れるのはちょっと寂しかったけれど、あそこじゃ2人で暮らすのですら窮屈だったからまあこれは当然の流れだ。
新しい家がある場所は、ストーツヘッド・ヒル。聞いたこともない地名だったけれど、それもそのはずだった。緑に囲まれていて、近くに小さい村があるだけの、本当にのどかなところ。エイモスパパはママと同じでロンドンの真ん中で働いているはずなのだけれど、ナントカって言う瞬間移動みたいな魔法が使えるから関係ないらしい。私を学校の近くまで送ってくれるのもいつもそれ。おかげでこんな片田舎に引っ越してきたと言うのに、転校して友達と離れ離れにならずに済んでしまった。魔法って便利だ。
魔法使いの住む家なんて、一体どんなものなのかとちょっと不安に思ったけれど、新しい妻と娘のためにと張り切ったエイモスパパは私達が住みやすいよう家の中をすっかり整えてくれていて、特に困るようなことはなかった。訂正、テレビと電話がないと困るからそこは業者の人を呼んで工事して電気も引いてもらった。でも、それくらい。魔法使いだってご飯も食べるしシャワーも浴びるし歯も磨くし、意外と私達とそう変わらない生活をしている。
正直、いくらとびきりのハンサムとは言え、年の近い異性と1つ屋根の下と言うのは少し抵抗があったのだけれど、そっちもいざこの生活が始まってみれば何てことなかった。そもそも、魔法使いと言うのは全寮制の学校でみっちり魔法を勉強するのが普通らしくて、セドリックはほとんどこの家には居ないからだ。たった2ヶ月の夏休みと、2週間程度のクリスマス休暇。1年のうちたったそれだけしか一緒に過ごすことはないせいで、兄と言うより「夏の間だけ遊びに来る従兄」と言う方が感覚的には近い気がした。お互いに気を遣っても疲れなくて、嫌なところが見えにくいから険悪になることもない、ちょうどいい距離感。私も、2ヶ月くらいならソファに寝そべってポテトチップスを食べ散らかしたりせず、上品で素直な可愛い妹として過ごせる。まあ、とは言えそれでも1度もケンカせずに居られているのは、セドリックの性格が穏やかで紳士的だと言うのも大きいんだろうけど。
何にしろ、ママ達の2回目の結婚記念日を迎えた今では、この少し風変わりな新生活はすっかり私の日常に溶け込んでしまっていた。壁紙の柄が動いているのも、カーテンの色が昼と夜で変わるのも、キッチンの蛇口が歌い出すのも、最初はギョッとしたけれど慣れてしまえば何てことはない。

「セド。入ってもいい?」
「いいよ、どうぞ」

強いて慣れないものを挙げるなら、この義理の兄の容姿の端正ぶりくらい。
さすがにもう初対面のときみたいに緊張して話せなくなったりはしないけれど、夏の間に見慣れたと思ったらしばらく顔を会わせなくなるせいで、次に会ったときに免疫がなくなると言うか────「レイチェル。会いたかった」なんて駆け寄って来て笑いかけられると、ちょっと、すごく照れてしまう。ごく普通のことでも、セドリックがやると何だか映画のワンシーンみたいなんだもの。本人は「久しぶりに会ったから、緊張してるかな」とか言って、気づいてないみたいだったけど。

「あのね、ちょっと早いけどそろそろ夕食の時間にしようって、ママが呼んでる」
「ありがとう。すぐ行くよ」

そう言ってニッコリ笑うセドリックのすぐ傍には、ほとんど荷造りの終わったトランクが置かれていた。今年もまた、セドリックは明日になれば学校に行ってしまう。だから、キッチンでは今まさにママが腕によりをかけてごちそうを作っている真っ最中。ママお得意のミートパイは、焼き立てを食べるのが1番おいしい。用件を伝え終わった私は、そのままドアを閉めようとして────ふと、セドリックの手元に視線が引き寄せられた。

「……それ、魔法の杖?」
「ああ、うん。磨いてたんだ。明日から新学期だしね」

どうやら、魔法の杖を手入れをしていたらしい。一緒に暮らし始めてすぐの頃に見せてもらったことがあるけれど、それ以来見るのは初めてな気がする。エイモスパパと違って、セドリックはこの家では魔法を使わない。何でも、未成年は学校の外では魔法を使っちゃダメらしい。学校のときの癖で寝ぼけてうっかり使ったりしないように、トランクにしまったままにしてるって前に聞いたような記憶がある。

「……触ってみてもいい? ちょっとだけ」
「いいよ。どうぞ」

大事なものだろうから断られるかなと思ったけど、セドリックはあっさりオーケーしてくれた。
近づいてじっくり見てみても、やっぱりちょっと凝ったデザインの木の棒にしか見えない。でも実際、エイモスパパは、似たような木の棒を振ってしょっちゅう超常現象を起こしているから、やっぱりこれは魔法の杖なのだ。そう思うと、何だか少し緊張する。
セドリックが差し出す杖に、怖々指を伸ばす。静電気みたくバチッと弾かれたりしたらどうしようと思わずギュッと目を瞑ったけど、指先に木の感触が振れても特にそんなことは起こらなかった。……ホッとしたような、ちょっと肩すかしのような。手の中に握ってみても、やっぱりただの木の棒にしか見えない。

「えいっ」

そのまま軽く振ってみる。エイモスパパみたいとはいかなくても、何かちょっとくらい魔法っぽいことが起きるんじゃないかと期待したけれど、ヒュッと空気を切る音がしてほんの少し埃が舞っただけ。ガッカリして小さく溜息を吐くと、セドリックが慌てた様子で私の手首を掴んだ。いきなりのことに驚いたけれど、セドリックはどうやら私以上に驚いた表情をしていた。

「ダメだよ!危ないから! 触るだけって言ったじゃないか!」
「危ないって……何も起こらなかったじゃない」
「結果的にはそうだったけど! びっくりしたよ……爆発するんじゃないかと思った」

私に対して、セドリックがこんな風に声を荒げるのなんて初めてだ。
レイチェルが怪我したらどうしようかと思った、と心底焦ったような表情でセドリックが言うので、私はばつが悪くなって視線をそらした。軽い気持ちでやったことだけれど、セドリックにとってはとても危険なことだったらしい。

「……軽率だったわ。ごめんなさい」
「知らなかったんだから仕方ないよ。僕こそごめん。渡す前に注意しておけばよかった」
「何も起きなかったのって、やっぱり、私がマグルだから?」
「うーん……たぶん、そうだと思う。杖の魔力と、持つ人の魔力が反応するって感じだからね。相性もあるから、僕が振っても何も起きない杖もあるよ。実際、僕の場合は杖が決まるまで何十本も試さなきゃいけなかったし」
「ふぅん」

……でも、きっと、“マグル”の私と相性のいい杖は、この世界中どこを探してもないんだろうな。
そう考えて、またしても溜息が出そうになる。エイモスパパが前に言っていた。めったにないことだけど、マグルの両親の間に生まれた子供の中にも、魔法が使える子供が居るって。私もそうだったらよかったのに。……なんて、考えても仕方ないんだけれど。

「……セドが魔法使うとこ、見てみたいな」
「ごめんね」

優しいお兄ちゃんのセドリックは、何も悪くないのに妹のわがままを叶えられないことに謝ってくれる。
おとぎ話やファンタジー小説の中だけだと思っていた魔法が、ある日突然身近なものになって。これがおとぎ話なら、きっと私も魔法が使えるようになるのに。魔法が溢れる家で暮らしていても、“マグル”は結局“マグル”のままらしい。当たり前のことだけれど、やっぱりちょっと残念だ。

「今は無理だけど……次のクリスマス休暇には、レイチェルに魔法を見せてあげられると思うよ」
「本当?」
「うん。僕たちの世界だと、17歳が成人だから」

魅力的な言葉に、思わず俯いていた顔を上げた。
そう言えば、セドリックの誕生日はもうすぐだ。17歳のお祝いだから特別だってエイモスパパが通販カタログらしきものを見ながら悩んでいたのは、もしかしたらそのせいだったんだろうか。

「わぁ、楽しみ!えっ、セド、どんな魔法が使えるの?」
「うーん……どんな魔法って言われると……あ、そうだ。これに載ってる魔法は大体できると思うよ」
「……触っても噛みつかない?」
「これは大丈夫。あれはちょっと、何と言うか……ウン、特別なやつだから」

セドリックが本棚から取り出した本を受け取ると、どうやら教科書のようだった。『基本呪文集 4年生』────魔法の教科書には興味があったけれど、見るのは初めてだ。引っ越してすぐの頃に、セドリックの部屋に入ろうとしたら、“教科書”に足を噛まれそうになったことがあったから。

「これがいいな。オー……キデウス?あっ、でもこれも見たい。……すごい、何もないところから小鳥を出せるの? 」

魔法の教科書なんて、私が見ても全然理解できないんじゃないかと思っていたけれど、動く挿絵がついているものが多いから意外とわかる。中には、以前エイモスパパが見せてくれたものもあった。次へ、次へとページを捲っていくけれど、どれもワクワクするようなものばかりで、目移りしてしまう。

レイチェル!セド! 何してるの? 食事の時間よ!」

すっかり教科書に夢中になっていた私は、キッチンから響いてきたママの声でようやく我に返った。
────そうだった。セドリックを呼びに来たんだったっけ。すぐ戻ってデザートの仕上げを手伝おうと思っていたのに、すっかり忘れていた。

「ごめんなさい、ママ! 今行くわ!」

キッチンに届くよう声を張り上げる。何だかママに悪いことをしてしまった。ちらっとセドリックの方に視線を向けてみれば、やっぱり夕食のことは頭から抜けてしまっていたらしく、ちょっと気まずそうな表情だ。
キラキラと杖先から星が散っている挿絵を名残惜しく見つめながら、パタンと教科書を閉じる。そうして、持ち主であるセドリックに返そうと差し出したのだけれど。

レイチェルが持ってていいよ。そうだな、もう使わない教科書は置いていくから……僕が学校に行ってる間、この部屋に出入りして構わない。他にも何冊かあるし、次に帰ってくるまでに決めておいて。噛みつくやつは、ホグワーツに持って行くから安心して」
「いいの? ありがとう!」

さっきは挿絵をちらっと見るくらいしかできなかったけれど、実践できなくても、魔法の教科書なんて読むだけでも楽しそうだ。それも、すぐには読み切れないほどあるなんて!上機嫌のあまり、鼻歌交じりにスキップする私に、一歩前を進むセドリックが小さく笑う。

「そんなに喜んでもらえるならよかったよ」
「だって、魔法の教科書よ? そんなの、きっとチャリングクロスの本屋さんを全部回ったって置いてないもの!」

セドリックにとっては勉強道具なんだろうけれど、私にとってはおまじないや占いの本みたいなものだもの。読書や勉強はそんなに好きじゃないけれど、魔法に関することなら別。“マグル”なのに魔法使いの本が読めるなんてとっても贅沢だ。

「あっ、ねぇセド。成人したら、セドもあの……アレ使えるようになるの?バシッて消える奴」
「姿現しのこと? うーん……そうだね、たぶん」
「たぶん?」
「試験に合格しないとダメなんだよ。難しい魔法だからね」

困ったように眉を下げるセドリックに、ふぅん、と相槌を打った。試験なんてあるんだ。車の運転免許みたいなものかな。確かにあれ、ほんの少し場所を間違えただけでもかなり危険そう。
学校に通って、教科書で勉強して、試験があって、役所もあって。セドリックやエイモスパパから聞く魔法使いの世界は、今まで私の知っていた世界と似ているけれど、やっぱり違う。もしもママとエイモスパパが偶然出会って、こうして2人と家族になることがなければ、きっと私は今も魔法なんて小説や映画の中だけのものだと思っていて、彼らの世界のことなんて何も知らないままだったんだろう。そう考えると、時々なんだか不思議な気分になる。

「そうだ。僕が試験に合格できたらだけど……夏休みどこか、一緒に遊びに出かけようか。父さんも母さんも仕事が忙しいし、家の中に閉じこもってばかりだと、レイチェルは退屈だろう? どこでも連れて行ってあげるよ」

セドリックの言葉に、ぱちりと瞬きをした。確かにこの家はとても居心地がいいけれど、周りには緑以外何もない。エイモスパパにお願いすれば一瞬で街に連れて行ってもらうこともできるし、ママだって頼めば車を出してくれるけど、仕事で疲れている2人には何となく言い出しづらい。だからそれは、願ってもない提案なのだけれど────。

レイチェル?」
「ありがとう、嬉しい。嬉しいけど……あんまり私のこと甘やかさないで、セド」

私も1人っ子だったからよく知らないけど、たぶん一般的に言って、兄は普通ここまで妹に優しくない。
とびきりハンサムで、とびきり優しくて、おまけに魔法まで使える。ロマンス小説からそのまま飛び出してきたみたいな男の子がいきなり身近に現れたせいで、すっかり恋人への理想が高くなってしまいそうだ。
私に次の彼氏がなかなかできなかったら、どう考えてもセドリックのせいだ。

「だってレイチェルは、すぐ『ママ達が困るから』って我慢しちゃうみたいだからね」
「別に、そんなこと……」

私が素直で遠慮深い女の子に見えるとしたら────セドリックが帰って来ている間は猫を被っているって言うのもあるだろうけれど────たぶん、セドリックが優しいからだ。水が澄んでいる湖や、曇りなく磨きあげられた鏡に写りこむ景色が綺麗なのと同じ。セドリックのガラス玉みたいな瞳には、きっと私が見ているよりも優しくて美しい世界が見えているんだろう。
セドリックの大きな手が、ぽんぽんと私の頭を優しく叩くので、私は思わず視線を泳がせた。手のひらから微かに伝わってくる体温が、何だか妙に恥ずかしい。

「それに、僕にできることなら、何でもしてあげたくなるんだよ。レイチェルは大切な僕の家族で、可愛い妹だからね」

ダメかな?と穏やかに微笑まれて、思わず言葉に詰まってしまった。ダメじゃないけど、全然ダメじゃないからこそ困る。ママと2人暮らしで暮らしていた頃だって結構楽しく過ごせていたのに、優しいパパとお兄ちゃんまでできて。今の私はこれ以上ないくらいに幸せで、不満なんて全然ないのに。こんな調子でお姫様みたいにどんどん甘やかされたら、すごくわがままな女の子になってしまいそうだ。

「……じゃあ、もしプロムで私が誰にも誘われなかったら、セドが責任とってエスコートしてね!」
「プロム? って何だい?」
「セドの学校にはないの? ……じゃあ、秘密! あっ、そうだ、セド。17歳の誕生日プレゼント、何がいい?」

照れ隠しに口をついた言葉だったけれど、名案かもしれない。プロムが一体何なのかわからないらしいセドリックが不思議そうな顔をしているのがおかしくてクスクス笑っていたら、今度こそキッチンから呼びに来たエイモスパパにせっかくママが焼いたパイが冷めてしまうと2人して叱られてしまった。

そうしてその翌朝、セドリックはまた魔法使いの学校へと旅立っていった。

私も学校が始まって忙しくなったけれど、相変わらず時々手紙のやりとりをしている。あと、時々魔法使いの学校の近くにあるらしいお菓子屋さんのチョコレートやキャンディなんかも送ってくれる。エイモスパパが自分に送ってくるものよりずっと回数が多いとすっかり落ち込んでしまって、ママが慰めていたのを見かけた。落ち込んでいたと言うか、あれは拗ねていたと言った方が正しいような気もするけれど。
先週、セドリックからクリスマス休暇は帰れなくなってしまったと手紙が届いた。何でも、いつもと違って特別にダンスパーティーが開催されて、セドリックは学校の代表に選ばれているから残らなければいけないらしい。ちょっと残念だけれど、これでまたどんな魔法を見せてもらうか悩む時間が延びたのだ。前向きに考えよう。魔法使いの教科書は3冊目に突入したけれど、まだまだ読み切れそうにない。
魔法使いの学校のダンスパーティーってどんな風なんだろう。きっと、私には想像もできないようなことが起こって、ものすごく素敵なんだろうな。帰って来なくて大丈夫だから、その代わりにいっぱい写真撮っておいてね、ってお願いしたから、楽しみ。
あ、そうだ。セドリックのパートナってどんな女の子なんだろう。次会うときは、その話も聞かせてもらわなくっちゃ。


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