紺が書くハリーのお話は「こんなところで、どうしたの」という台詞で始まり「笑顔からこぼれ落ちる涙が光を纏って美しいと思った」で終わります。
#こんなお話いかがですか
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告白

 

 

 

「こんなところで、どうしたの」

思わずそんな風に声をかけてしまった。純粋に心配する気持ちももちろんあったけれど、正直なところ非難めいた気持ちも少し混ざっていた。だって、一瞬知らないゴーストなのかと思って驚いたのだ。黒いローブが暗闇の中にすっかり紛れてしまっているせいで、ハリーは最初そこに誰かが居ると言うことにすら気づかなかった。
少女の存在に気付いたのは、啜り泣くような嗚咽のせいだ。吹きさらしの渡り廊下に据えられた、古ぼけた簡素な木のベンチ。その上で制服のローブに包まるようにして膝を抱えている少女は、よくよく見れば顔見知りだった。と言うか同級生だった。しかも、ハリーと同じグリフィンドール生だ。正直そんなに親しくはないが────たぶんこうして2人きりで話すのは初めてな気がする────かと言って、今更何事もなかったように立ち去るのは少し気まずい。それに、こんな人気のない場所に泣いている女の子を置き去りにして行くのも気が引けた。
ハリーは逡巡した後、少女の隣に座ることにした。消灯時間まではまだ少し余裕がある。とりたてて何か急ぎの用があったわけではないし、先を行ったところで同じ寮なのだから戻る場所は同じなのだ。

「何かあったの? アー……言いたくなかったら、もちろん言わなくていいけど……ほら、話せば、ほんの少しは楽になるよ。きっと」

慰めようにも、まずは泣いている理由がわからなければどうしようもない。沈黙が気まずいのもあってハリーがそう言えば、少女はようやくローブの眉の中から顔を出した。頬には幾筋も涙が通った跡があり、泣き腫らしたらしい目は赤く、瞼も腫れている。

「…………学校、やめることになったの」

消え入りそうな声で紡がれた告白に、ハリーは目を見開いた。何か言おうと唇を開きかけて、またくっつける。てっきり友達と喧嘩したとか、失恋したとか、スネイプに嫌なことを言われたとか、スネイプにひどい評価をつけられたとか、そんなことだろうと思っていたから。予想外の理由に咄嗟に言葉が出て来ない。

「パパがね、ホグワーツはもう安全じゃないって。……そんなことないって、嫌だって言ったけど、ダメだったの。だから今月いっぱいで、おしまい。弟と、両親と皆で、フランスに住んでる、おばあちゃんのところに行くの」

嗚咽交じりの彼女の言葉を、ハリーはただ黙って聞いていた。彼女に弟が居ることも、彼女の祖母がフランスに住んでいることもたった今知った自分の言葉では、何を言っても安っぽい同情にしかならない気がした。彼女もハリーに返事を期待しているわけではないのか、ただぽつりぽつりと言葉を吐き出すだけだ。

「ここを卒業したかった。……もちろん、何ひとつ不満がなかって言ったら嘘になるわ。試験はうんざりだし、課題が多すぎるとか、意地悪な上級生が居るって文句を言ったりもした。けど、面白い授業だってあったし、ホグズミードとか、ハロウィンとか、クィディッチとか……楽しいことだって、たくさんあって。時々喧嘩もしたけど、ルームメイトだって、皆仲良くて。……好きな人だって、居たのに」
「うん」

しゃくりあげる彼女の背中を、ハリーはぎこちなく擦った。
その気持ちなら、ハリーにもわかる。2年生の夏にホグワーツに戻ってはいけないと警告されたとき。3年生の夏に、1人でダーズリー家を飛び出したとき。5年生の夏に、ホグワーツを退学になるかもしれなかったとき。もう2度とホグワーツには戻って来られないのかもしれないと考えると、ハリーは心臓が張り裂けてしまうんじゃないかと思った。彼女はハリーとは違って、きっとここ以外にも帰る家はあったのだろう。けれど、それでも慣れ親しんだ愛着のある場所を離れなければいけないのだ。辛くないはずがない。悲しくないはずがない。
ハリーだって、友人と呼べるほど親しくはなくても、見知った人間がホグワーツを去ってしまうのは寂しい。それが本人の意志に反してのことなら、なおさら。

「好きな人が、居たの」

もう1度、彼女が繰り返す。ランプから漏れるわずかな灯りが、ハリーから見える横顔を白く浮かび上がらせている。伏せた睫毛の先に、涙の粒が溜まっていた。ようやく勢いが収まりつつある涙を拭って、彼女がハリーを振り返った。夜を孕んだ瞳が、静かにハリーを見つめている。

「……たった今、目の前に居るわ」

知らなかったでしょうと、彼女が穏やかに微笑んだ。またしても予想外の言葉にどう答えればいいのかわからなくて、ハリーはやっぱり黙っていることしかできなかった。何も言わず、ただ彼女を見つめ返す。その表情はハリーが知る彼女の姿のどれよりも大人びていて、笑顔からこぼれ落ちる涙が光を纏って美しいと思った。


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