希少なワールドカップの決勝のチケットを手に入れたものの、安いチケットだったせいで、1ヶ月も前から会場入りする羽目になった。
ラブグッド親子の現状を客観的に言い表すのなら、それは否定しようのない事実だった。確かにルーナが父親から聞かされたチケットの価格はリーズナブルだったし、ルーナ達親子がこのキャンプ場にやって来たのは3週間も前になる。出会った人達にそう話すたび、どうしてか気の毒そうな顔をされるが、ルーナはこの状況を不自由だとは思っていなかった。素敵なことが起こる場所で、誰よりも長い時間を過ごせるのに、どうしてみんなそれをまるで不幸なことのように考えるのだろう?
楽しいイベントのために集まってきているからか、ここに居るのも楽しい人達ばかりだ。昨日はニュージーランドから来たとちびっこ魔女といっしょに木登りやダンスをしたし、一昨日はドイツ来た魔法使いの少年とは蛙チョコレートのカードの交換をした。夜、焚き火を囲みながら退屈を持て余した大人達のおしゃべりに付き合うのも、ルーナには楽しかった。
キャンプ場にやって来たときはこの区画はラブグッド家のテント1つきりだったのに、日に日にその数は増えていく。まるで小さな街が出来上がっていくようだ。しかも、その1つ1つが個性的で飽きない。テント全体が虹色にチカチカ光るもの、スニッチやクアッフルの柄が飛び回るもの、贔屓の選手の人形やブロマイドを貼り付けたもの、隙間なくびっしりとシャムロックで覆われたもの。決勝の日が近づくにつれて、テントの数はますます増え、どんどん賑やかになっていった。それを眺めるのが、ルーナの毎日の楽しみだった。
数々の素晴らしいテントを見てきたルーナだったが、そんな中でも今目の前にあるテントは一際豪華だった。
まるで小さなお城だ。
シルクでできているのだろう。艶やかな生地は、ラピスラズリのような鮮やかな青、エメラルドみたいな深い緑のストライプ。濃い色に映える銀糸のアラベスク模様の刺繍と、縫いつけられた大きなビーズがキラキラと陽光に光っている。孔雀の羽みたいな色合いだな、とルーナは思った。そして────実際にテントの正面には、本物の真っ白な孔雀が繋がれていた。しかも何羽も。
優雅にくつろぐ孔雀達をぼんやりと眺めていると、1羽がルーナに近づいて来た。ルーナのカブのピアスをフンフンと物珍しげに嗅いでいる。孔雀って野菜も食べるのかな。
「何をしている」
ルーナがその羽を撫でようと手を伸ばしたとき、鋭い、高慢な声が背後から響いた。驚いてルーナが振り返ると、そこには背の高い、銀髪の紳士が立っていた。キャンプ場には場違いにも見える、仕立てのいいローブを着ている。
「こんにちは」
ルーナはニッコリ笑って挨拶をした。そんな風にルーナの注意が声の主へと逸れた瞬間、孔雀の嘴がルーナの耳たぶにぶら下がったカブを齧った。
「この子、すごくお腹が空いてるみたいだよ」
金具の部分を食べなくってよかったとルーナが言うと、声の主は一瞬ひどく気まずそうな顔をした。孔雀は一心不乱に地面に落ちた萎びたカブを突いている。ルーナはその横にしゃがむと、孔雀の羽を撫でた。
「とっても綺麗だね。宝石みたい。この孔雀、みんなあなたの?」
「……ああ。そうだが」
図鑑や教科書では見たことがあるけれど、本物の孔雀を見るのは初めてだ。しかも、こんなに近くで。大きな嘴や派手な羽は圧倒されるけれど、とても美しい生き物だ。
「いいなぁ。孔雀と暮らしてるなんて、素敵だね」
ルーナがニッコリすると、紳士改め孔雀の飼い主は驚いたような表情になった。
さっきまではフロバーワームを見るような目でルーナを見ていた紳士は、どうしてか急に上機嫌になり、孔雀の食事するところをルーナにも見せてくれた。新鮮なキャベツをもらった孔雀は、優雅な見た目とは裏腹に嬉しそうにはしゃいだ様子を見せて可愛かった。ルーナは孔雀ではなかったので、キャベツの代わりにキャンディをもらった。コロコロと舌の上で甘ったるいイチゴ味を転がしながら、そう言えばとルーナは思い出した。
さっきの孔雀の人、一体誰だったんだろう。名前を聞くのを忘れちゃった。
あとで父親に聞いてみようと思っていたのに、その夜あまりにも色々な出来事があったせいで、家に帰る頃にはルーナはすっかり孔雀のことも紳士のことも忘れてしまっていた。
「父上がお前にこれを渡せと……お前、どこかで父上に会ったのか?」
「わからないけど。そもそも、あなたは誰?」
新学期が始まってすぐのこと。昼食を食べ終わって大広間を出たところで、ルーナは上級生らしき知らない男の子に声をかけられた。スリザリンのネクタイだ。ルーナが首を傾げると、男の子は不機嫌そうな表情になった。
「まぁどうだっていい。僕は言われた通りに渡した。あとのことは知らない。お前の好きにするといい」
男の子はルーナの手にリボンのかかった小さな箱を押し付けると、すぐに元来た廊下の角をさっさと曲がってしまった。
ルーナは包みを開けてみた。何かがキラッと光ったのがわかった。ピアスだ。それを見た瞬間、ルーナはその贈り主が誰なのか思い当たった。
「白孔雀だ」
孔雀の羽のような、繊細な作りの銀色のフレーム。散りばめられた大小いくつかの透明なビーズがキラキラと光る。ルーナはそれを手に取って耳につけた。ビーズが揺れて、チャリチャリと楽しげな音を立てた。
お気に入りだったカブのピアスは、パパがまた新しいのを作って送ってくれることになっている。それまではこれも悪くないなと、ルーナはスキップして呪文学の授業へと向かった。