窓辺の2人
「ねえ、知ってるかい。アルバス」
開け放した窓から吹き込む風に、古びたレースのカーテンが揺れる。アルバスの母であるケンドラが健在だった頃にはとりどりに花が活けられていた出窓前のスペースは今となってはただ殺風景に白が広がるばかりだったが、庭が見渡せるその場所は、初めてこの家に訪問して以来ゲラートの気に入りだった。
「昔、君の卒業したホグワーツと、僕が居たダームストラング。それにボーバトンで、三大魔法学校対抗試合が行われていたんだってさ。各校から1人優秀な生徒が代表選手に選ばれて、魔法の腕を競い合ったらしい」
ゲラートの言葉を聞いて、アルバスの記憶に引っかかるものがあった。『ホグワーツの歴史』に、確かそんな記述があった気がする。もう百年も前、死人が出すぎたせいで中止された大会があったらしいこと。アルバスが生まれるより前の、随分と過去の話だ。
「そんな催しがあったことくらいは。でも、詳しくは知らない」
「それは惜しいな。かなり刺激的な内容だったようだよ」
当時を知る肖像画から話を聞いたのだと、ゲラートは微笑んでみせた。はっきりと優越感が滲んだその笑みは、まるで獲物を見せびらかす猫のような愛嬌があって、不思議と腹立たしさは感じない。むしろアルバスは、その笑みに好感を覚えてすらいた。こんな風にアルバスに真っ当に優越感を見せつけられる人間なんて、年の近い人間では居なかったから。
「肖像画なら、ホグワーツにだってあったよ。でも、聞いたことがないな」
「秘密の話だからね。生徒が知ると面倒だとわかっているから、教授達が噂しないよう肖像画達に頼んでいるのさ。彼らはおしゃべりのようでいて、意外と口が堅い」
ならばなぜその秘密を知っているのだと問おうとして、アルバスは口を閉じた。聞かずとも答えがわかったからだ。ゲラートには、他人の心をゆるやかに溶かして、自分から秘密や弱音を打ち明けたいと思わせるような、そう言う特別な才能があった。アルバスと出会ったときもそうだったように。
キメラやバジリスクと言った危険な魔法生物。様々な呪いや障害物。そして、それに選手達がどう立ち向かったか。ゲラートが楽しげに語る対抗試合の話は、確かにアルバスも興味を惹かれるものだった。しかし、さっきまで死の秘宝について話していたはずなのに、どうして急にそんな話をしようと思ったのだろう? アルバスが不思議に思っていると、話し終えて満足したらしいゲラートが小さく溜息を吐いた。
「残念だな。今もその試合が行われていたら、きっと君と僕がそれぞれの代表選手として戦ってたのに」
まるでごく当然のことだと言いたげなゲラートの口調に、アルバスは瞬いた。「君と話すのがあんまり楽しいから、つい考えてしまった」ふてくされたようにゲラートが眉を寄せる。幼い子供のような拗ね方に、アルバスは思わず声を立てて笑ってしまった。
「ゲラート。君、退学になってるんだから、そもそも試合に出られないじゃないか!」
あまりにも他愛のない空想だ。でも、もし。
ゲラートの言う通り、対抗試合が今も行われていたとしたら。確かに自分達は、ゲラートと自分なら、きっと学校の代表選手にだって選ばれただろう。少なくともホグワーツには、アルバス以上に優秀な生徒は見当たらなかった。ゲラートと自分が、数々の危険な課題に立ち向かい、競い合う。そんなことができたとしたら、どんなに素晴らしいことだろう!
アルバスがそう口にしようとしたとき、バンと階下から大きな物音がした。アリアナだ。アルバスを現実に引き戻す音。彼女の状態は、この頃不安定になる一方だった。
「それに……それに、もし僕達が代表選手だったら、敵同士として出会うってことだろう?こんな風に親しくはなれなかったかも」
さっきまで胸を膨らませていたものが、急激に冷えて萎んでいくのがわかる。自分に言い聞かせるようにして、アルバスは否定の言葉を重ねた。
ありもしない夢想を繰り広げたところで、空しくなるだけだ。アルバスはもうホグワーツを卒業したし、ゲラートが今もダームストラングに通っていたとしたら、こうしてアルバスの目の前には居ることはなかったのだから。現実だってそう悪くない。アルバスがぎこちなく笑みを作れば、ゲラートはきょとんと目を丸くして────それから、屈託なく笑ってみせた。
「なるさ。僕達なら、たとえどんな出会い方をしていても」
馬鹿だなと、柔らかい響きが耳朶を打つ。ゲラートはいつだってこんな風に、アルバスの胸に渦巻く黒々とした感情や、肩に重くのしかかる不安を笑い飛ばしてくれる。
ゲラートが語る理想や未来は、アルバスにとっては鮮烈な輝きを放っていた。魔法の才も、その聡明さも。血を分けた兄弟以上にアルバスを理解できる、唯一の存在。ゲラートと過ごす間だけ、アルバスは己の境遇を一時忘れることができた。ゲラートはアルバスに、ここではない広い世界を見せてくれる。2人ならきっと、どんな困難なことだって実現できる。
母が居なくなったことで空いた窓辺を埋めるゲラートは、アルバスにとっては外から吹き込む風であり、アルバスを縛るこの家に差し込む光だった。
確かにあのときは、光に見えた。