そうして始まった仮初の恋人関係は、存外レギュラスにとっても居心地がよかった。
まず、レイチェルの予想通り、秋波を送って来る女子生徒の数は目に見えて減った。中には恋人ができたと知って尚、自分を選ぶよう売りこんで来る女子も居ないわけではない。しかし、今までレギュラスは「自分を慕う少女に冷たくする」加害者だったのが、今や加害者は「仲睦まじい恋人達の仲を割こうとする」相手の方だ。しつこくすれば分が悪いのはどちらか、目に見えて明らかだった。それに相手が純粋にレギュラスを想っている場合も、断る理由が「今は恋人を作る気はない」より「既に恋人が居る」方が諦めもつきやすい。レイチェルと言う恋人の存在により、レギュラスの周囲は以前より格段に静かになった。
肝心のレイチェルとの付き合いに関しても、意外なことに順調だった。そもそも彼女との関係が破綻したところでレギュラスにはこれと言った損害もないのだから、練習台としてはうってつけだ。将来伴侶となる相手だって、勝手がわからず狼狽したり的外れな言動をするよりは、ある程度スマートにエスコートできた方が好感を持つだろう。1人と付き合ったからと言ってその経験が全ての女性に応用できるべくもないことはわかっているが、場慣れしておくに越したことはない。もちろん人に聞くなり指南書を読むなりして学ぶことは可能だろうが、何事も実地で学んだ方が身につくものだ。
髪の分け目や香水を変えた、そう言った些細な変化を褒めると喜ぶ。一方で、枝毛やマニキュアの欠け、寝不足で髪に艶がなかったり薄っすらクマができていることは、気づいても指摘してはならない。
恋人としての時間やスキンシップは新たに加わったものの、レギュラスの生活に大きな変化はない。図書室で勉強するにしろ、談話室で過ごすにしろ、授業でペアを組むにしろ、それまで“友人”と過ごしていたのが“恋人”に置き換わっただけだ。むしろ“恋人との他愛ない会話”の方が、“友人との社交”よりも頭や神経を使わずに済む分楽だとすら感じる。手を繋ぐことや肩を貸すようねだられるのは、レギュラスの意志だけで叶えてやれる分、家同士の渡りをつけるよう請われるのと違って疲弊することはない。
レイチェルが「恋人同士の時間」を欲しがるほど、レギュラスの周りからはレイチェル以外の他人が遠ざけられていく。普通なら辟易するだろうが、元々他人に囲まれることに神経を尖らせていたレギュラスにとっては、むしろ好ましい事態だった。“甘えん坊の恋人”のわがままに付き合っているとなれば、周囲も温かく見守らざるを得ない。いつしか、レイチェルを口実に友人達の輪から抜け出すようになった。
自分から言い出しただけあって、レイチェルは「思い出作り」に積極的だった。レギュラスの予定を邪魔することはなかったが、空いている放課後や休日は2人で過ごしたがった。寮チームの練習の見学に来て、楽しそうにレギュラスの飛ぶ姿を2時間も眺めていることもあった。休憩時間に声をかけてやると嬉しそうに笑うので、レギュラスはチームメイト達に散々からかわれた。雪遊びがしてみたいと言い出し、魔法で作れば早いものを、指をかじかませて雪だるまを作りたがったこともあった。結果、見守っていたレギュラスが風邪を引き、レイチェルはその看病を買って出た。どう考えても医務室の世話になった方が確実なのだが、レギュラスは甲斐甲斐しく世話を焼きたがるレイチェルに付き合う羽目になった。自分で食べられると言うレギュラスの主張を却下して、レイチェルは手ずからレギュラスに食べさせた。煮込みすぎて野菜の原型がなくなったチキンブロスは、お世辞にもおいしいとは言えなかった。そのリベンジとばかりに作ってきたチョコレートファッジは、多少焦げてはいたものの努力の跡が見てとれた。何をどうやったのか、傷だらけになった指先にレギュラスは薬を塗ってやった。
レイチェルがせがむので、時々夜にこっそり抜け出して箒の後ろに乗せてやったこともあった。
「ねぇねぇ、もっとスピード出して! スニッチを追いかけるときみたいに!」
「……無理に決まってるだろう。君が振り落とされる」
「えーっ? 自分じゃそんなスピード出せないから、試してみたいのに」
「君が乗ってる分いつもよりかなり重くなってるし、無理だ」
「重……っ、重いって言わないでよ! 失礼ね!」
2人乗りの箒が1人より重いのは当然だと思うのだが、レギュラスの発言にレイチェルはいたく気分を害し、撤回するまでは口を利かないと主張した。レイチェルの怒りがレギュラスには理解不能だったし、機嫌を取るのも面倒だったので、このまま別れるならそれで構わないと思ったが────レイチェルと喧嘩したとわかるなり寄って来た女生徒達に辟易し、結局レイチェルの望み通りレギュラスが謝罪することになった。小さいものでいいからお詫びの花束とチョコレートが欲しいと言うレイチェルのわがままに、レギュラスは渋々従った。
バレンタイン、イースター、ハロウィン、クリスマス。今まで何と言うこともなく過ごして来た記念日を、レイチェルは一緒に過ごしたがった。年に数回のホグズミード休暇も、もちろんその中に含まれていた。
「……レイチェル、まだ食べ終わらないのか。早くこの店を出たい」
「味わってるんだから、急かさないでよ。見るものならたくさんあるでしょ? ああほら、向こうのカップルなんて濃厚にキスし始めてるし」
「だから出たいんだ……!」
「マダム・パディフットの店なんて、女の子同士か学生カップルじゃなきゃ来れないんだから、またとない貴重な機会よ? レギュラス」
そんな勝手な言い分を口にして、悪びれもせずに笑う。他人との────とりわけ異性との会話はもっと神経を遣うものだと思っていたのだが、レイチェルの奔放さは次第にレギュラスの心を硬く覆っていた殻を剥がしていった。
レイチェルと過ごす時間は、レギュラスにとって良くも悪くも新鮮な驚きに満ちていた。