いびつがふたつ

“高貴なる由緒正しきブラック家”────現在のイギリス魔法界では最も古く、最も名の知れた純血家系。その中でも、特に血の濃い直系の男子。

レギュラスが生まれ持った仰々しい肩書きは、ホグワーツの人間なら誰もが知っている。とは言え、本来ならば“スペア”に過ぎないはずのレギュラスはもう少し平穏に学校生活を送ることができて然るべきなのだが、生まれた順番から言えば正当な後継者のはずの兄は学び舎のそこかしこを糞爆弾で汚染するのに忙しい。
となれば、周囲はこう考える。血を裏切る嫡男の代わりに、レギュラスこそが後継ぎの座に収まる可能性が高い、と。次代のブラック家の当主に取り入ってその恩恵に与ろうと、入学以降レギュラスの周りには絶えず高貴なるハイエナ達が群がっている。仕立てのいい服や社交的な会話で隠そうとも、彼らの本質を考えれば親しみを持って打ち解けられる相手でないことは明らかだった。
本来ならば、彼らの獲物は兄のはずだった。彼らの狙いはあくまでブラック家の後継だ。そこに記される星の名前がどちらだろうと構いやしない。もしも明日にでもシリウスの気が変わって嫡男の役目を果たす気になったとすれば、瞬く間に踵を返して狙いを変えるだろう。そしてきっと、二度とレギュラスの側には寄り付かない。結局、彼らにすらレギュラスは軽んじられているのだ。

「嫌なら、お前もあんな家捨てればいい」

欲深なハイエナ、もとい麗しき同窓生達との社交から逃げた兄はそんな風に軽く口にするが、実際レギュラスがそうしたらどうなるか考えたことはないに違いない。でなければ、あの苛烈な母を甘く見過ぎている。“スペア”が大人しく従っているからこそ、タペストリーに焼け焦げを作る程度で済んでいるのだ。レギュラスがシリウスに影響されて反抗しようものなら、即時に2人とも退学させられて屋敷に軟禁されるだろう。尊きブラック家の血が永遠に失われるくらいなら、忘却術どころか禁じられた呪文の行使すら厭わない人だ。
何かにつけ両親が眉を顰める選択をし、最早彼らの気分を害することが目的になっているのではと疑わしい兄は、レギュラスの目には結局のところ肉親の情に胡坐を掻いているようにしか見えなかった。翌年もホグワーツの名簿に名前があるかどうか、その決定権を握っているのはシリウスではなく両親だ。その事実を忘れているにしろ、そこまでするはずがないと高を括っているにしろ、兄の奔放さと反抗は、クリスマスプレゼントが気に入らないと駄々をこねていた幼い頃の延長にしか思えなかった。
自分が自由を謳歌している分、その皺寄せがほとんど全て弟の自分に来ているのだと、あの兄はわかっているのだろうか。レギュラスとて、本当なら上っ面だけの社交なんてまっぴらだ。
レギュラスに構いたがる人間は多いが、レギュラスの愛想はその全てに振りまけるほど無尽蔵ではない。元々、じっとしているのが嫌いな兄とは違って、レギュラスは1人の静かな時間を好む性質だった。けれど、ホグワーツに居る限り、周囲はレギュラスを1人にはしてくれない。

「また抜け出して来たの?」

不思議なもので、1人きりになることは困難を極めるものの、2人きりならばさほど難しくない。しかもその2人の関係性が恋人同士となれば、わざわざ邪魔しに来る人間は稀だ。その奇特な人間が現れたとしても、2人で過ごしたいと言えば向こうが引き下がるしかないことも、レギュラスは知っている。

「人に懐かない猫が寄って来るのって、きっとこんな気持ちなのね」

そんなことを言ってみせる少女の笑顔は屈託のないものだ。お世辞にも賢明とは言えない。だからこそ、裏表すらも作り出せようが無い。その愚直さが、レギュラスにとっては心地良かった。
“高貴な血筋”とそれに付随する“狡猾さ”を受け継ぐ者たちがひしめく箱庭。打算ばかりが渦巻く人間関係の中で、彼女の隣に居るのは楽だった。淑女たれと厳しく躾けられた少女達の誇り高さは好ましいとは思うが、彼女達の前ではこうも気を抜くことはできない。
ブラック家の行く末も、奔放な兄のことも、その更生をレギュラスに期待する母も、闇の帝王のことも。今のレギュラスには考えることがありすぎた。呼吸をするだけで、少しずつ自分が削り取られているような気さえする。そんなとき、この少女の能天気な顔を見ていると自分ばかり悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えた。少女はお世辞にも聡明ではなかったし、実際2人で過ごす時間はあまり有意義とは言えなかったが、それでもその他大勢を相手取って腹の探り合いをするよりは、彼女1人の他愛ない話を聞く方が良い。
2人で過ごす時間が多いのは主にそんな理由だったが、周囲には仲睦まじい恋人同士として映っているらしい。勘違いされている方が都合がいいので、わざわざ訂正するつもりもなかったが。
「レギュラスにもとうとう春が来たんだな」────そう揶揄したのは誰だったか。つくづく周囲の目なんてあてにならないとレギュラスは思う。仲睦まじいどころか、自分達は相思相愛の恋人同士ですらないのに。

「来月のパーティーで、婚約者との顔合わせがある……正確にはまだ、婚約者候補だが」

車窓から、霧がかったロンドンの町並みが見える。彼女の肩に頭を預けたまま、レギュラスは呟いた。黙っていたところで、どうせ誰かの口から伝わることになる。それならばせめて自分の口から、そして事後報告よりは先に伝えておいた方が誠実だろうと思えた。そして、“普通の恋人”ならばショックを受けて怒るか泣くかするだろうこの言葉を伝えても、目の前の少女がそうするはずがないこともレギュラスにはわかっていた。

「上手くやっていけそうな子ならいいね」

彼女は予想通り、取り乱すことはなかった。微笑み、呑気そうな口調で返した。ただ────その言葉を紡ぐ口元のわずかな引きつりを、レギュラスは無視した。
愚かな少女だったが、それでも自分とレギュラスとが違う世界の人間であることを理解するだけの賢さを持ち合わせていたことは不幸でしかない。

仕方ないだろう。だって、最初からそう言う約束だった。それに、言い出したのは君の方だ。

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