「グレトナ・グリーンに行けば、駆け落ちを成功させられるんだって」
どうして今更、この記憶を思い出すのだろう。
焼きついているのは、鮮烈な赤だ。まだ幼さの残る顔立ちとは対照的に、白い足を彩るペディキュアは血のように毒々しかった。けれど不思議と、彼女にはよく似合っていた。
「グレトナ・グリーン? どこだ、それは。聞いた事のない地名だ」
「でしょうね。マグルの逸話だもの。ロンドンからの街道上にある、スコットランドの最初の町よ」
「……マグルの?」
あからさまに怪訝な表情になるレギュラスを気にもせず、少女は続ける。
18世紀頃のマグルの法律では、両親の承諾を得た男女しか結婚することができなかった。ところがスコットランドでは結婚するのに親の承諾が必要なく、そして結婚が許される年齢も低かったため、両親に反対された、あるいは年若い恋人達は結婚するためスコットランドを目指して駆け落ちした。そしてその逃避行が成功したとき、辿り着く最初の町こそがグレトナ・グリーンなのだと。
まるで子守唄でも歌うような、楽しげな響きだった。思わず眉間の皺を深めたレギュラスに、少女はクスクス笑ってみせる。
「……何がおかしいんだ」
「だって、あんまり予想通りの反応だから面白くって。……怒った?」
「別に」
甘えるようにレギュラスの胸に頬を寄せる。晒された首筋の白さが目に付いた。そこには普段スリザリンのネクタイこそ締められてはいたが、その身に流れる血には尊さの欠片も無い。
ただ、顔が好きだった。こうしてマグルの与太話を持ち込むような思慮のなさが、気遣いをしなくて済むから楽だった。どうせ先のない関係性の理由なんて、それだけで十分だ。
「私達もいつか、一緒にグレトナ・グリーンに行けたらいいね」
そう言ったときの彼女の表情がどんなだったか、うまく思い出せない。
微笑んでいたような気がするけれど、もしかしたらそれはレギュラスの願望かもしれない。そして自分は、どう答えたのだっただろう。結局、曖昧に肯定したのか、馬鹿馬鹿しいと溜息を吐いたのか。それすらも曖昧だ。少なくとも、彼女が期待していただろう反応を返せなかったことだけは確かだ。
あの場に居たのが兄ならば、彼女の言葉に微笑み返していたのだろうか。彼女を喜ばせるために、守れる保証のない約束を肯定することができたのだろうか。
レギュラスの中にだけ反響する問いは、誰にも届かない。