それから私は、ほとんど毎日妖精さんに会いに行くようになった。
最初は迷ってしまったり、扉の見つけ方がわからなくて困ったりもしたけれど、今では妖精さんに会う部屋の場所も、部屋の中に入る方法もすっかり覚えた。8階の廊下にある、魔法使いがトロールにバレエを教えようとしているタペストリーの向かい側。ぽっかり空いた何の変哲もない石壁が、「願いが叶う部屋」の入り口。
「妖精さんに会わせて」
そう3回唱えると、部屋に続く扉が現れる。元々あんまり人通りの多い場所じゃないけれど、誰にも見つからないようにこっそり唱えなきゃいけないから、ちょっと緊張する。妖精さんには、「会いに来てもいいけど、妖精さんの存在は皆には秘密にしなきゃいけない」って言われたから。
「僕のことは、他の人には秘密だよ」
「わかったわ。あっ……でも、私、パパに手紙で書いちゃった」
「……君のパパは何て?」
「パパ? パパは、 『妖精とお友達になれたなんて素敵だね』って……」
「そう。じゃあ、これから先は誰にも言わないこと。たくさんの人に知られたら、僕は消えてしまうからね」
「そんなのやだ!」
せっかく話し相手ができたのに。妖精さんが消えてしまうなんて、そんなの嫌!
だから私、妖精さんのことはリリーにも言っていない。この部屋のことも、このティアラのことも、ホグワーツの人達には秘密。ルームメイトは、最近いつもどこに行ってるのって不思議そうにしていたから、もしかしたらもう少しここに来る時間を減らした方がいいのかもしれない。でも、妖精さんと話すのは楽しくって、どんなに時間があっても足りないと感じてしまう。
「あのね、妖精さん。今日ね、リリーがね」
妖精さんはすごく物知りで、すごく優しい。いつも微笑んでいて、穏やかに私の話を聞いてくれる。妖精さんはこの部屋から出られないから、外の世界の話を聞くのは好きみたい。ずっと1人ぼっちでこんな場所に居るって、一体どんな気分なんだろう?
「リリーってすっごく美人でね、私も大きくなったらリリーみたいになりたいの」
リリーも妖精さんに会わせてあげられたらいいのに。リリーもきっと、妖精のティアラなんて驚いてくれるはず。私の大好きな2人が仲良くしてくれたら、嬉しいんだけどな。2人が並んだところをうっとりと想像していると、妖精さんがじっと私のことを見ていることに気が付いた。
「妖精さん?」
「……その『妖精さん』って呼び方、どうにかならないかい?」
そう言って顔を顰める妖精さんに、私はぱちぱちと瞬いた。
妖精さんは妖精さんだし、名前を教えてもらっていないからこう呼ぶしかないと思ったのだけれど……妖精さんにとっては気に入らなかったみたい。
「だって、名前を知らないもの。何て呼べばいい?」
「さあね。君が呼びたいように呼ぶといい」
妖精さんの名前が教えてもらえるのかと期待したけれど、やっぱりダメみたい。もしかしたら、名前がないのかな? だとしたら、私が妖精さんの名前をつけることになるのかもしれない。責任重大だ。妖精さんに似合う、うんと素敵な名前を付けてあげたい。
「じゃあ……バジルはどうかしら? それとも、ジークフリード?」
「……惚れた女と偽物も見分けられない馬鹿な王子の名前で僕を呼ぶつもり?」
「妖精さん、バレエを知ってるの!?」
ボソッと呟いた妖精さんの言葉に、私は思わず身を乗り出した。もしかして妖精さんも、バレエを見たことがあるのかな? だとしたら、大昔のお城で王様やお姫様の前で踊られたものなのかもしれない。見た目は私より少し年上くらいにしか見えないけれど、妖精さんはきっと、何百年も生きているのだろうし。
「じゃあ、アルブレヒトは? あっ、でも、ジゼルも死んじゃう……」
他に何か、素敵な名前ってあっただろうか? バレエってお姫様にはみんな素敵な名前がついているけれど、男の人がやる役柄ってただの「王子」ばかりなんだもの。私がうんうん唸っていると、妖精さんは小さく溜息を吐いた。
「…………トムで」
「それじゃ、ちょっと普通すぎない?」
妖精さんは、王子様の衣装だって何だって似合いそうで、とっても綺麗なのに。トム、なんてありふれた名前だと、まるで普通の男の子みたい。やっぱりジークフリードの方が合ってるんじゃない、と言ってみたけれど、妖精さん────トムがすごく嫌そうな顔をしたので諦めることにした。
「トム」
「……何?」
「ふふ。何でもない」
クスクス笑う私に、トムはちょっと呆れたような顔をした。妖精さん、って呼び方も悪くはなかったけれど、やっぱり名前を呼べるのって嬉しい。何だか、本当のお友達になれたって気がするから。
トム、トムと自分の口に覚え込ませるみたいに繰り返してみる。うん、とっても素敵な名前。トムが居てくれるから、私はもう1人ぼっちなんかじゃない。
名前は平凡でありふれていたとしても、トムは私にとってたった1人の特別。