グラントは、パパと結婚する前のママの姓。
パパに「魔法使いの学校に行くなら魔法使いの名前の方がいいだろう」って勧められたから、ホグワーツではこの名前を名乗ることにした。そのときはそう言うものかなって納得したけれど、もしかしたらこの選択は間違いだったのかもしれない。組み分けの儀式であのオンボロ帽子が私の名前を呼んだとき、大広間が一瞬しんと静まり返って、それから招待されていない妖精でも現れたみたいにザワザワしていたから。
親戚には誰も会ったことないけど────と言うか、もうこの姓を持つ人は私以外誰も残っていないんだって────ママの名字はすごく有名みたい。何でも、死んじゃったママは「血を裏切る者」で、私は「スクイブ」なんだって。どう言う意味なのかはよく知らない。ルームメイトも言いづらいみたいで、教えてくれなかったし。でも、そう言うときのスリザリンの子達の表情はすごく意地悪だから、何か良くない意味の言葉なんだと思う。

「どうした、チビ。難しい顔して」

図書室で魔法薬学のレポートと格闘していたら、そんな風に声をかけられた。
シリウスは、グリフィンドールの上級生の中で1番ハンサム。ううん、学校で1番ハンサムかもしれない。背も高くて頭も良くて、でも悪戯好きな一面もあって、クィディッチも上手。下級生の女の子達は皆シリウスに憧れている。

「……シリウスって、本当はスリザリンに入るはずだったの?」
「誰がそんなことを?」
「スラグホーン教授」
「……ああ、成程。お前のことも言ってただろ。スリザリンに欲しかったって」
「どうしてわかるの?」

魔法薬学の授業は散々なのに、スラグホーン教授はどうしてか私のことをすごく気に入ってくれている。ママもお気に入りの生徒だったらしいから、そのせいなのかもしれない。落ちこぼれの私が贔屓されてることも、あの意地悪なスリザリンの子達には気に入らないみたいだけれど。あの子達も本当はたぶん、スラグ・クラブに呼ばれたいみたい。

「ブラックも、グラントも、代々スリザリン家系の名字だからな」

だからスリザリンに入る奴が多いんだ、とシリウスが眉を顰めた。
私にはよくわからないんだけれど、ホグワーツではどの寮に組み分けられたかがものすごく重要なことみたい。ボートに酔ったせいで説明をしっかり聞けていなかったし、組み分け帽子も「どこがいいかね?」なんて軽い調子で聞いてきたから、どこに入ってもそんなに変わらないだろうと思ったのに。

「でも確か、お前の母親はハッフルパフだったはずだろ」
「そうなの? ……会ったことある?」
「何度かな」

ホグワーツに来てから、ママを知ってる人にたくさん出会ったけど、私はママには似てないみたい。顔立ちも、髪の色も、瞳の色も、雰囲気も。パパはハンサムだし、私としては大好きなパパに似てることは結構気に入ってたんだけど、もしかしたらここに居る人達は私がママに似ていた方が嬉しいのかもしれない。

「スリザリンの奴らに何かされたら言えよ」

グラントは、スリザリンの名字。それなら、私もスリザリンに入っていたら友達ができたのかな?
……なんて考えてしまったことは、シリウスには黙っていた。グリフィンドールとスリザリンってライバルらしくて、すっごく仲が悪いんだけど、その中でもシリウスはスリザリン生のことが大嫌いみたいだから。

 

 

待ちに待ったクリスマス休暇は、あっと言う間に終わってしまった。

久しぶりに家に帰って、パパとマックスに会えて、自分のベッドでぐっすり眠って。クリスマス・パーティーにはおばあちゃん特製のトライフルをおなかいっぱい食べた。たくさんプレゼントをもらって、私は久々にたくさん笑った。やっぱり私は、ここに居る方がずっと幸せ。

「ホグワーツにはもう慣れたかい?」

優しく微笑んでそう尋ねるパパに、「まあね」と肩を竦める。学校で上手く行っていないってことを、パパには知られたくなかった。心配させたくないし、ガッカリさせたくない。パパは、魔法使いの学校に行けば私にも友達がたくさんできるって信じてたみたいだったから。

「素敵だなあ。魔法の学校だなんて。ママに話を聞いたときは、いつも僕も行けたらってワクワクしたよ」

ママの話をするとき、パパはとっても嬉しそう。ママが見せてくれた魔法について懐かしそうに話すパパは、まさかその娘である私がその“魔法”を上手く使えないなんて、思ってもいないみたい。パパにとっての魔法はママとの大切な思い出で、宝石みたいにキラキラしていて、夢のように素敵なものなのかもしれない。
ママはその「魔法」のせいで死んでしまったって言ってたのに、不思議。

「ねぇ。あなたのお母さんって、本当にあのグラント家の人なの? 」

憂鬱な気持ちで帰りの汽車の中に乗り込むと、同じコンパートメントになった女の子がそんな風に話しかけてくれた。授業で何度か見かけた……ハッフルパフの子だ。私が頷くと、彼女は「ふぅん」と呟いて、じっくりと私の顔を眺めた。

「確かに、あなたってグラント家の人みたいね」

女の子が満足そうに微笑んだ。私の顔はママとは似ていないらしいから、何を見てそう判断したのかはわからないけれど。それでも、彼女の友好的な雰囲気に私は嬉しくなった。もしかしたら、友達になってくれるかもしれない。

「あなたがつけてるそのネックレス、可愛いわね。グラドラグスの新作? 」
「あ、えっと、……違うと思う。これ、ハロッズで買ってもらったの」
「それ、どこにあるの? 聞いたことないわ」
「あ、えっと、ブロンプトン通りの……」
「ブロンプトン通り? ……もしかして、それってマグルの店? 」
「うん」
「……なあんだ。よく見たら、グラドラグスのデザインとは似てないわね。安っぽい」

会話を続けるうちに段々と彼女が関心をなくしていくのがわかって、私は戸惑った。
パパが選んでくれた、私には少し大人っぽいデザイン。クリスマスプレゼントとして色違いのものをリリーに贈ったけれど、リリーもすごく素敵だって手紙に書いてくれたのに。そうだ。このネックレスは、あのリリーが褒めてくれたものなのだ。

「リリーとおそろいなの」
「リリー?」
「私の寮の監督生で……綺麗な赤毛で、緑の瞳の」
「……ああ。あの穢れた血の監督生」

彼女は何が可笑しいのか、そう言ってクスクス笑ってみせた。結局、その子は通りかかった友人の姿を見つけたみたいで、さっさとコンパートメントを出て行ってしまった。どうやら、私は友人として彼女のお眼鏡に適わなかったらしい。

「ねえ、リリー。リリーは『穢れた血』なの? 」

何がいけなかったのかはわからないけれど、彼女が言っていた言葉がどう言う意味なのか気になって。
リリーならきっと知っているだろうと思って聞いてみたら、リリーは綺麗なエメラルドの瞳を見開いて、ひどく傷ついたような表情で私を見た。

レイチェル。その言葉は2度と口にしてはいけない」

戸惑う私に、リーマスがものすごく怖い顔をして私にそう言った。よくわからないけれど、いつも優しいリーマスのその様子と、凍りついた表情のリリーに、私は何か、言ってはいけないことを言ってしまったんだ、ってわかった。

「……知らなかったの。ごめんなさい」

震える声でそう言う私にリーマスはハッとした表情になった。
そうして困ったような顔をして、小さな声で教えてくれた。『穢れた血』は、リリーのような、両親ともに魔法使いじゃないのに、魔法が使える魔女や魔法使いのことを侮辱する言葉なんだってこと。

「ごめんなさい」

涙の膜ができて、視界が滲む。
リリーを傷つけてしまった。リリーはいつだって、私に優しくしてくれたのに。リリーのこと、大好きなのに。最低だ。
スリザリン生が使う言葉は絶対に真似しないことって、ジェームズやシリウスに教えられたから、気をつけていたけれど……だって、あの子はハッフルパフ生だったから。まさか、そんなひどい言葉だなんて思わなかった。

「いいのよ。大丈夫、わかってるわ。だから、ね? 泣かないで、レイチェル

私は気にしていないわと、リリーが微笑む。泣きたいのはきっと、リリーの方なのに。
優しいリリー。大好きなリリー。私のことをいつも気にかけてくれるのは、リリーだけ。もしもリリーに嫌われてしまったら、どうしたらいいかわからない。
知ってるの。ルームメイトが私を無視したりしないのも、彼女達にとって憧れのリリーに嫌われたくないからだって。リリーが居てくれるから、私はどうにかホグワーツでも息ができるのに。
でも、リリーは私とずっと一緒に居てくれるわけじゃない。私と違ってリリーにはたくさんの友達が居て、私よりも先に卒業してしまう。そうしたら、私はまた1人ぼっち。

友達がほしい。たった1人でいいから。うんと優しくって、うんと賢くって、何でも話せる友達が。

top


    お返事が早いのはこちら ⇒ Wavebox