こんな学校になんて、本当は来たくなかった。

くしゅん、と体が震えてくしゃみが出た。吹きつける風も凍ってしまいそうなくらい冷たいけれど、湖の水はそれ以上に冷たい。また教科書がなくなったと思ったら、湖の中に捨てられていた。落ちていた木の棒でこっちに引き寄せようとしてみたけれど、全然ダメ。仕方なく湖の中まで入って教科書を拾ったら、すっかりスカートやローブが濡れて冷え切ってしまった。

「あーら、どうしたの? そんなに濡れちゃって」
「湖に落ちちゃったの? それなら、乾燥呪文を使えばいいのに」
「使えないんでしょ。笑ったらかわいそう」

スリザリンの子達って本当に意地悪。自分達の思惑通りに私がびしょ濡れになっているのがよっぽど面白いのか、楽しそうにクスクス笑っている。私が泣くのを待っているみたいにジロジロと探るような視線を向けられているのがわかったから、ギュッと教科書を抱いて俯いた。

「あの子、本当にちゃんと入学許可証が届いたのかしら? あのグラント家の子だって話なのに、あれじゃまるきりマグルじゃない」

涙が零れないように唇を噛む。急いで彼女達の横を通り過ぎると、すれ違いざま、そんな声が背中を追いかけて来た。
……おあいにくさま。入学証はちゃんと届いた。あの子達にとっても、私にとっても残念なことに。

あの子達は私にホグワーツに来てほしくなかったんだろうけど、私だってこんな所に来たくなかった。

私は嫌だって言ったのに。あの日。あの夏。あの、空が勿忘草色に澄み渡った、よく晴れた日。11歳になった私の誕生日。魔女だと言う、奇妙なとんがり帽子を被った人が私を訪ねて家にやって来た。私が9月から通うのだと言う、聞いたこともない学校の説明をするために。絶対に行きたくないと青ざめて首を振る私の反応が予想と違ったのか、その人────マクゴナガル教授は困った顔をした。

『これは決定事項なのですよ、レイチェル。あなたの名前は、生まれたときからホグワーツの入学名簿に載っているのですから』

パパのばか。
大切な1人娘なんだからそんな得体の知れない学校になんてやれない、って追い払ってくれればよかったのに。私の夢はプロのバレリーナになって、いつかクリスマスにロイヤル・オペラハウスで金平糖を踊ることだって知ってたくせに。素敵だねって笑ったのも、発表会を見て「レイチェルならきっとプリンシパルになれるよ」って言ってくれたのも、全部嘘だったの。

「シルフィードやダイアナにはなれないかもしれないけれど、レイチェルは魔女になれるんだよ。バレエダンサーが魔法を見せられるのは舞台の上だけだけれど、レイチェルは空も飛べるし、キューピッドの矢だって使えるんだ。ママだってそうだったんだから」

パパのばか。嘘つき。
どうして死んじゃったママが魔女だったってこと、教えてくれなかったの。ママもひどい。どうしてパパに「11歳になるまでは普通のマグルとして育ててほしい」なんて頼んだの。魔法の世界があることさえ知らなかったのに、いきなり魔法使いの学校に行くことになったら私が困るかもしれないって、本当にほんのちょっとも考えなかったの。

「ようやくこの日が来たんだ。本当によかった」

学用品について説明する教授の横で、パパは嬉しそうで、ホッとした顔をしてた。
本当は私のこと、ウンザリしてたのかもしれない。私と一緒に暮らしていると、パパはいつも謝らなきゃいけないことばかりだったもの。

 

 

『ごめんなさい、パパ』
『泣かなくていいんだよ、レイチェルレイチェルは何も悪くないんだから』
『本当に……本当に、どうしてかわからないの。あの子が、急に……』
『わかっているよ。レイチェルは、わざとそんなことできるような子じゃない』

何もぶつかってないのに窓ガラスが急に割れて、あの子が怪我をしたの。腕にガラスの破片が刺さって、たくさん血が出て、あの子、泣いてた。あの子だけじゃない。前も、私のバレエシューズを隠した子の手が緑色に腫れ上がってしまったことがあった。私に意地悪した子には、みんな奇妙なことが起きる。

『笑って、レイチェル。パパの可愛いお姫様』

またレイチェルだ、って周りの子達がヒソヒソと囁いていた。偶然だって先生やシャロンは庇ってくれたけれど、自分でも気味が悪い。もしかしたパパも、私のこと嫌いになっちゃうかもしれない。そう不安になったけれど、パパは優しく私の頭を撫でてくれた。

『……ママは、本当は生きてるの? 』
『どうしてそんなことを?』
『あの子がそう言ったの。病気で死んじゃったのなら、ママの写真が1枚しか残ってないなんておかしいって。……私のことが嫌いだったから、ママはパパと私を捨てて出て行ったの?』

そう言われてとても悲しくなって、気が付いたらガラスが砕け散っていた。パパは私のせいじゃないって言ってくれるけど、私、呪われてるのかも。だって、そうでなければどうしてこんな風に私の周りだけ奇妙なことが起きるの? あの子の言った通り、私が変な子だから、うちにはママが居ないの?

レイチェルは覚えていないだろうけれど、ママはとても素敵な人だったよ。パパは、ママのことをとっても愛してた。ママの両親はすごく反対したけれど、ママもパパのことを選んでくれた。パパ達は愛し合って、レイチェルが生まれたんだ。ママがレイチェルを嫌ってたなんて、あるはずないだろう?』
『でも、じゃあ……どうしてうちにはママの写真がないの?』
『ママはパパと暮らすためにたくさんのものを捨てて来ないと行けなかったから、この家にはママの物は少ないんだ。でも……レイチェルを残してくれた。パパとママの、大切な宝物だ。世界で1番愛しているよ』

ママのことだって嘘だったし、もしかしたらあれも嘘なのかもしれない。私が魔女だって知ってたのなら、もっと早く教えてくれればよかったのに。11歳になったら必ず魔法使いの学校に行かなきゃいけないんだって。そうしたら、バレリーナになるなんて夢見たりしなかったのに。

レイチェルは魔女なんだから、きっと楽しく過ごせるよ。知らない場所に行くのは不安だろうけれど、怖がらずに行ってごらん。クララだって、たった1人でお菓子の国に行っただろう?」

パパのばか。パパなんて、魔法のことも、魔法使いの学校のことも、何も知らないくせに。魔法使いの学校なんて、パパが思うように素敵な場所なんかじゃない。
今の私の周りにある嫌なことや憂鬱なことは、何もかも全部、あの入学許可証が届いてから。あれが、私にとって全ての不幸の始まり。こんな学校、来たくなかった。

ホグワーツなんて、大嫌い。

prev │ top


    お返事が早いのはこちら ⇒ Wavebox