1997年、8月。ドーラは私を置いて遠くへ行ってしまった。
結婚すると言う言葉だけを突きつけて、さっさとどこかへ駆け落ちしてしまった娘の行方を、父さんと母さんはあまり心配していないようだった。自分達も通った道だから、責め立てたところで意味がないと諦めたらしい。反対されればされるほど燃え上がるのよねぇ、と母さんはしみじみ呟いた。経験者は語る。
私もあまり心配するのはやめにした。と言うのも、その必要がないと判断したからだ。父さんと母さんは学生時代から長い間───もちろん、周囲にバレないようこっそりと───付き合っていたらしいが、ドーラとルーピンは違う。騎士団で知り合ったのだとしたら、出会ってまだ2年かそこらのはずだ。そんな二人がそうそう上手く行きっこない。どうせドーラもすぐに考え直して帰って来るだろう。だから、ドーラができるだけルーピンと駆け落ちしたことを後悔すればいいと思った。どこかから届けられるドーラからの手紙は、読みはしていたけれど一切返事を出さないことにした。
「レイチェル。あの子の部屋の窓を開けておいてちょうだい」
「はぁい」
ドーラの部屋はわけのわからないもので溢れている。
微かに空いている引き出しがふと気になって、むくむくと好奇心が首をもたげた。どうせ部屋の主は帰って来ないのだし、ちょっとくらいいいだろう。そう思って、そっと引き出しを開けてみた。ノートの切れ端や、インク瓶、かくれん防止器、花柄のハンカチ、壊れた時計。こう言っては何だけれど、ガラクタばかりだ。
がっかりして、引き出しを戻そうとして────ふと、あるものが目に入った。古い手紙の束だった。羊皮紙も黄ばんでて、何度も読み返した跡が残っている。ドーラはあまり筆まめな方でもないし、几帳面に手紙を取っておくような性格でもない。なぜだか妙に気になって、そっと封筒を裏返してみた。そして、そこに記してあった差し出し人の名前に、ドキッとした。R・J・L────リーマス・J・ルーピン。
違うかもしれない。ただ、偶然イニシャルが一緒なだけかもしれない。けれど、本人かもしれない。もしも彼からドーラに宛てたラブレターだと言うのなら、どうしてこんなに羊皮紙がくたびれているのだろう。
人の手紙を勝手に見るなんてよくないことだ。けれど、どうしても気になって───そっと紐を解いて、一番上にある手紙を広げてみた。
親愛なるニンファドーラ
君を可愛がってくれた親戚が、毎日のように新聞で悪く書かれていることに驚いていると思います。君のお母さんからも聞かされていると思いますが、彼はとても快活で頭が良く、友達想いの素晴らしい人でした。僕はそれを知っています。
彼のことを何も知らない人達が勝手に書いていることに惑わされず、君の頭の中に居る彼を信じてあげてください。僕も、シリウスがあんなことをするはずがないと信じています。
R・J・L
やっぱり、ラブレターなんかじゃない。最近のものでもない。いつの手紙かはわからないけれど───恐らく、内容からして10年は前の手紙だ。幼いドーラに宛てたものだからだろう。多くはごくごく簡単な、他愛のない内容だった。時折、あまり上手くはないイラストなんかも描かれている。ドーラが彼に何と返していたのかはわからないが、手紙をとても楽しみにしていただろうことは何となくわかった。まだ少女のドーラが、必死に羊皮紙に向かっていた背中を、何となく覚えている。この頃のドーラは何歳だったのだろう。
親愛なるニンファドーラ
君がホグワーツに入学すると聞きました。おめでとう。
君も知っている通り、僕はグリフィンドールでした。そしてそこでかけがえのない友人達に出会いました。君はとても明るくて素敵な女の子だから、たくさんの友達ができるでしょう。
同封したのは、ささやかですが入学祝いです。君が楽しい学生生活を送れることを願っています。
R・J・L
一番下にあった手紙は、それで終わっていた。恐らくはきっと、これが最後の手紙なのだろう。それぞれの手紙を丁寧に封筒に戻し、また紐で縛る。そして元の場所ときっちり同じ位置に戻して、そっと引き出しを閉めた。私が手紙を見たことに、ドーラが気づかなければいい。このまま、何も見なかったことにしたい。そんな、都合のいい考えだ。
自分の部屋へと戻った後も、心臓がうるさく鳴っていた。見てはいけないものを見てしまったと言う罪悪感で、胸が締めつけられる。私はちょっとした好奇心で、ドーラの少女時代の思い出を踏み荒らしたのだ。ドーラには聞けない。ドーラには言えない。けれど、もしかしたら。出会って2年なんかじゃ、ないのかもしれない。短い時間で、燃え上がった恋なんかじゃないのかもしれない。
もしかしたら、彼は────リーマス・ルーピンは、ドーラの初恋の人だったのかもしれない。