「私、結婚するわ」
そんな衝撃的な一言によって、優雅なティータイムはご破算になった。私は片手でティーカップを持ち上げたまま、口の中の物を吹き出さないように耐えることで必死にならざるを得なかったからだ。さっきまでの穏やかな空気は一瞬で霧散してしまった。目の前の人間からいきなり告げられた言葉に、頭の理解が追い付かない。
「ちょ、ちょっと待って、ドーラ。結婚するって、相手は? 私の知ってる人?」
「んー……そうね、知ってるわ」
こくんと首を前に倒すドーラに、あんぐりと口を開ける。一体誰だ。誰がドーラと結婚すると言うのだ。
「好きな人が居る」とは以前聞かされていたけれど、どうしてそれがいきなり結婚なんてところまで飛躍してしまうのか。根堀り葉堀り聞くのも申し訳ないと、「上手くいったら教えてね」なんて、軽く流したのがいけなかったんだろうか。
しかし、結婚と言えばおめでたいことだ。私はティーカップをソーサーへと戻すと、平静を装って笑みを浮かべた。
「誰? もったいぶらないで教えてよ。私にも無関係な話じゃないんだから」
そう、ドーラが結婚するとなったら、私も無関心でいられるような話ではない。しかも相手は私の知っている人だと言うのだから。一体誰だろう。この家に遊びに来たこともあるドーラの友人達の顔をいくつか思い浮かべていた私だったが、その予想は大きく裏切られた。
「リーマス・ルーピン」
「ルーピン……って……あの、ルーピン先生? あの人、狼人間じゃない!」
「そうね」
ぎょっとして思わず叫んだ私に、ドーラは困ったように肩を竦める。私の動揺をよそに、ドーラはまるで何でもないことだと言いたげに相槌をうつ。「今日の天気は晴れね」と言うような、他愛のない会話でも聞かされたみたいに。ありえないと眉を寄せる私に、ドーラは小首を傾げてみせた。
「やっぱり反対?」
「当たり前でしょ! それに、いくつ年が離れてると思ってるのよ!? 」
「たった14歳差よ」
あっけらかんとドーラは言う。たった14歳って────14歳もの間違いだろう。そりゃあ、ルーピン先生は公平で教え方も上手くてとてもいい先生だったし、彼が人狼だとバレてしまって辞職してしまったのは残念だったが、ドーラの結婚相手となれば話は別だ。
「人狼だろうと、関係ないわ。リーマスはリーマスだもの」
私の心の中を見透かしたかのように、ドーラがきっぱりと言った。その目は真っ直ぐで迷いが泣く、意志の強さを感じさせる。凛とした表情は、とても綺麗だなと思ったが────だからと言ってここでほだされてしまうわけにはいかない。私はぶんぶんと勢いよく首を振った。
「駄目よ、絶対駄目。他にも……魔法省にも、もっといい人がたくさん居るでしょ!? そうじゃなきゃ、ほら、えっと……チャーリーとか!」
「父さんも母さんも同じことを言ってた。あんただけは味方してくれるといいなって思ってたんだけど」
やっぱり無理かあと呑気に言って、ドーラは杖を振り「アクシオ!」と唱えた。途端にガタガタと音がして、2階のドーラの部屋の窓からトランクが飛び出してくる。それをしっかりと抱えると、ドーラは申し訳なさそうに苦笑してみせた。
「ごめんね。私、もう決めたんだ」
バシッと空気を切る音がして、ドーラの姿が目の前から消える。お気に入りだったウェッジウッドの花柄のティーカップが、その衝撃で真っ二つに割れていた。一人取り残された私は、何もない空間を呆然と見つめるばかりだった。
一体何が起こったと言うのだ。いきなり結婚なんて言い出したと思ったら、まるであんな───逃げるみたいに。今の出来事を知らせなければと慌ててリビングへと駆けこんだ私だったが、どうやら私が知らせるまでもなくすでに知っていたらしい。
「全く、いきなり結婚! それも、駆け落ちだなんて……!」
「君に似たんだろう。と言うことは、私達が何を言ったって戻らないってことだな。それに私も、君の家族から見れば狼人間と似たようなものだったろう」
イライラとリビングを歩き回る母さんを、ソファに座って新聞を読んでる父さんがなだめている。父さんは呑気だったが、私は母さんに同感だった。そんなに落ち着いていられるわけがない。絶対認めない。そう簡単に認めてたまるものか。よりにもよって義理の兄になるかもしれない人間が、狼人間だなんて!
「レイチェル、夕食だ。ドーラの分まで作ってしまったから、お前まで食べなかったらせっかくの母さんのシチューが余ってしまうよ。ふてくされてないで、席につきなさい」
レイチェル・トンクス。それが私の名前。マグル生まれの魔法使いテッド・トンクスと、純血の魔女アンドロメダ・ブラックの間に生まれた半純血の魔女で、ホグワーツ魔法魔術学校の5年生。そして、闇祓いをしているニンファドーラ・トンクスの妹だ。
今は空いているダイニングテーブルの私の隣はドーラの席。私の部屋の隣もドーラの部屋。
幼い記憶を紐解くと、いつだって私の世界にはドーラが居た。