次は絶対ロンドンに行こうねって約束した。けれど、結局私がハリーをこの街から連れ出してあげられたのは、あのたった1回きりだった。
あのときは上手く行ったから、チャンスさえあれば今度こそ計画が成功させよう、って思っていたんだけれど。なかなかその機会がないまま、カレンダーの数字ばかりがどんどん進んでしまった。
実は6月の終わり、ダドリーの誕生日に2回目を計画してた。その日は毎年絶対、ハリーだけがフィッグさんの家に預けられるって話だったから。でも、そのときは前回以上に上手く行かなかった。この間と同じにフィッグさんの家に迎えに行ってもハリーは居なくて、それだけじゃなく、その日以降ハリーは学校に来なくなってしまった。インフルエンザにかかったのかもとか、何か学校に来たくない理由があるのかもって心配したけれど、どうやらそうじゃないらしい。
「あいつはまたヘンテコなことをやったから、パパが閉じ込めてるんだ」
先生に聞いてもよくわからなくて、仕方なく一緒に住んでるはずのダドリーに聞いてみたら、ニヤニヤ笑いながらそんな答えが返って来た。いくら反省させるためだからって、部屋に閉じ込めるなんてひどい。
結局、卒業式にもハリーは姿を見せなくて、1度も会えないまま夏休みが始まってしまった。
ハリーがどうしているのか心配だったけれど、私の方もパパ達と一緒に新しい家を探しに行ったり、新しい学校を見に行ったりでバタバタしていた。
合間を見て何度かダーズリーさんの家を訪ねてみたけれど、ハリーは出掛けてるとか風邪だとか言って会わせてもらえなかった。じゃあぜひお見舞いしたいって引き下がってみたけど、全然ダメ。今思えば、ダドリーの友達だって言えばよかったのかも。……すっごく嫌だけど。でも、もしそう言っていたとしても、やっぱり断られていたかもしれない。だって、ここのところのハリーの叔母さん達って会うたびにピリピリしてるんだもの。どうやら、誰も家に入れたくないみたい。ありとあらゆる扉や窓を釘と板で塞いであって、ちょっと異様な雰囲気。「おかしな連中だよ」ってハリーがぼやいていたけど、やっぱり相当変わった人達みたい。
7月31日は、ハリーの11歳の誕生日だ。
前にそう教えてもらったから、その日はどうしてもハリーに会いたかった。だから、朝起きてすぐにダーズリーさんの家に向かってみたけど、ハリーどころか誰も居なくってガッカリした。車もない。明後日にはもうお引っ越しなのに、このままもうハリーに会えないのだろうか?
「レイチェル、どこに行くの?」
「ちょっとそこまで。すぐ帰るわ、ママ」
お誕生日おめでとうのお祝いは、やっぱりその日のうちに言いたい。諦めきれなくて、夕方もう1度ダーズリーさんの家に行ってみた。さっきはなかった車が戻って来ていて、ちょうど帰って来たところみたいだったけれど、疲れきった様子で車から降りて来た中にハリーは居なかった。
残念だけれど、仕方ない。諦めて帰ろうと歩いていたら────公園のベンチに、ハリーらしき男の子が座っていた。どうやら、誰かと話しているようだ。
「ハリー?」
「レイチェル?」
やっぱりそうだ。私は嬉しくなってハリーの元へと駆け寄った。ベンチに座って足を投げ出しているハリーは、疲れているのかどこかボンヤリした様子だ。ハリーは何か言おうと口を開きかけたけれど、バサバサと言う羽音によって遮られた。ハリーの足元にある鳥籠だ。中に居るこの鳥って……ふくろう?
「どうしたの、これ。全部ハリーの?」
「アー……うん。まあね」
近くに行ってみると、ハリーが誰かと一緒だと思ったのは勘違いだった。でこぼこしていて、ハリーの腰くらいまでありそうな、奇妙な形の荷物がそこに置かれていた。理科室のカーテンみたく真っ黒な布や、何だか大きな鍋みたいなもの。中身が一体何なのか気になったけれど、それ以上に話したいことはたくさんある。
「会えてよかった! 久しぶり! 元気だった?」
「まあね。君は?」
「んー……あんまり。引越しの準備で忙しくって……」
たぶん、自分で思ってる以上に疲れてる。だってさっきなんか、車から降りて来たダドリーの尻尾に、豚の尻尾が生えてる幻覚が見えたんだもの。私がそう口を尖らせるとハリーが困ったように視線を逸らしたので、私はちょっと拍子抜けした。ハリーならきっと大ウケするだろうと思ったのに。
「……あ、そうだ。11歳おめでとう、ハリー……これ、誕生日プレゼント!」
男の子って何をあげたら喜ぶのかわからなかったから、お兄ちゃんと一緒に選んでもらった。リボンをかけてもらった箱の中身はボールペンだ。奮発して、ちょっと高いやつ。ハリーの瞳と同じ、深い緑色と金のデザインがかっこいい。えっと、他には、ハリーに会えたら何を話そうと思ってたんだっけ。久しぶりに会えたから、何だか気持ちばかりが焦ってしまう。
「そうだわ、電話番号!ハリーのを教えて! 私のはまだ決まってないから」
新しい家はまだ電話を引いていないから、私の番号はまだ決まってない。でも、ハリーの家の番号がわかっていれば私の方からかけられる。私が鞄からメモとペンを出すと、ハリーは表情を曇らせて、困ったように視線を泳がせた。
「アー……ごめん。電話は……ちょっと、無理かもしれない」
「そうなの?」
もしかしたら、ハリーはあの家では電話を使わせてもらえないんだろうか。確かに、電話って結構お金がかかるらしいから、ハリーの立場だと使いにくいのかもしれない。私も、ママにも長電話は控えなさいってよく叱られるし。
「じゃあ、手紙の方がいい?」
「手紙も、ちょっと……」
ハリーは戸惑った様子だったけれど、その返事には私の方も戸惑ってしまった。
電話は無理、手紙もダメ。それって、この先どうやってハリーと連絡を取ればいいんだろう? もう、会って話すことはできないのに。それじゃもう、これで最後のお別れみたいだ。……ハリーはそれでもいいのだろうか?
「……私のこと、嫌いになったの?」
「違う! そうじゃないよ。そうじゃないけど……」
「じゃあ、どうして? 別に、週末ごとに必ず手紙を出してって言ってるわけじゃないわ。月に1回だって、3ヶ月に1度だって……クリスマスカードだけだっていい。それでも……たったそれだけでも、難しい?」
本当なら、たくさん手紙を出したい。声を聞きたい。でもそれは難しいことだってわかってる。だから、ハリーにとって負担にならない程度でいい。ほんの少しでいいから、手紙を書いている時間だけでも、私のことを思い出してほしい。それだけなのに。
「……ごめん」
ハリーは小さく呟いて、私から目を逸らした。そんなハリーの姿が、私にはショックだった。
謝ってほしいわけじゃない。ただ、僕も寂しいよって……手紙を書くのが苦手だけど、クリスマスカードを送るよって、そう言ってほしいだけ。
「……もういい!」
レイチェル、とハリーが焦った声で私の名前を呼んだのがわかったけれど、振り返らずにその場から逃げだした。涙が勝手に溢れてきて、歪んだ顔をハリーには見られたくなかったから。胸がじくじくと痛くて、たまらなかった。離れ離れだった友達が私を忘れてしまうことなんて、もうとっくに慣れていたはずなのに。
私は、ハリーと会えなくなったら寂しいのに。ハリーは違うの?
『ずっと友達だよ』
『毎週電話するから』
そんな風に無邪気に約束してくれて、そんな約束があったことすら忘れていった友達の誰よりも、ハリーは誠実なのかもしれない。
それでも。それでも、ハリーには……たとえ、いずれ破ってしまうとわかっていても、ハリーには『約束だよ』って言って欲しかった。離れても、ずっと特別で居られるって、今だけでいいから信じてほしかった。
忘れないって言ったくせに、嘘つき。
家に帰って、玄関で迎えてくれたママに抱きついて小さな子みたいにワンワン泣いた。私の背中を優しく撫でてくれるママは、一体どうしたのって困った顔をしていたけれど、何から話せばいいのかわからなかった。私には、ハリーに関して、ママには内緒にいたことや、嘘を吐いたことがあまりにも多すぎたから。
もしかしたらハリーが私を追いかけて謝りに来てくれるんじゃないかって思ったけど、インターホンはたったの1度も鳴らなかった。ハリーはやっぱり、本当は私にウンザリしてたのかもしれない。私が引っ越したらもう顔を合わせなくて済む、ってせいせいしてるのかも。そう考えたら余計に涙が溢れてきて止まらなかった。
「ハリーのばか……」
ファーストキスだったのに、ひどい。こんなのってあんまりだ。