いつか必ず思い出す

本当なら、せっかくだから遊園地とか動物園とか、とびきり楽しい場所にハリーを連れて行ってあげたかった。だって、ハリーはそんなの1度も行ったことないって言うんだもの。
でも、さすがに遠いから無理。あんまり帰りが遅くなると、きっと面倒なことになるもの。それに、ハリーってほとんどお小遣いをもらってないらしいし。私のお小遣いだけじゃ、2人で遊ぶ分全部は払えない。叔父さんに頼もうかなってちょっと考えたんだけど、ハリーがそんなのダメだだって言うし。だから、行き先はやっぱりロンドンだ。
ロンドンは、伝統と革新が溶け合った場所だってパパが言ってた。大昔から残ってる古い建物がたくさんあって、本物のお城もあって、見上げるようなビルもある。信じられないくらいたくさんお店があって、信じられないくらいたくさんの人が行き交っている。スーツを着たビジネスマンも、ロックミュージシャンみたいな人も、外国からの観光客だって。あそこなら、ハリーの壊れた眼鏡やぶかぶかの服だってきっと誰も気にしない。だから、あの街を見せてあげたかった。あのにぎやかな街を見たら、窮屈なリトル・ウィンジングだけが世界の全てじゃないってわかるんじゃないかって。きっとハリーもほんの少しは気持ちが軽くなるだろうって思ったの。

「……ごめんね、ハリー」

計画は完璧だったはずなのに、失敗してしまった。おじさんが道を間違えたのだ。
ここがどこなのかはわからないけれど、私の知ってるロンドンでないことだけはわかる。もしかしたら、逆方向かも。大きな川と、見渡すばかり緑の丘しかない。綺麗だけれど、びっくりするくらいのどかなところ。
おじさんは、地図をあちこちひっくり返しながら唸っている。たぶんこれがテムズ河だから、ロンドンはこっちのはず、なんてブツブツ言っていたけれど、今からロンドンに向かうのはたぶん無理。回り道してしまったからどれくらい時間がかかるかわからないし、帰れなくなったら困るもの。

「ここだって十分素敵だよ」

ガッカリと肩を落とす私を、ハリーがそんな風に慰めてくれた。確かにまあ、私も間違って辿りついたんじゃなかったら、素直になんて綺麗な風景だろうってうっとりできたかもしれない。でも、今日の目的はハリーをロンドンに連れて行ってあげることだったのに。思わず溜息を吐いた私に気づかなかったのか、ハリーがニッコリした。

「こんな場所があるんだ。すごいね」

……まあでも、ハリーが楽しんでくれてるのならいっか。
道を間違えて姪っ子の初めてのデート────だと叔父さんは思っている────を台無しにしてしまったのが後ろめたいのか、おじさんは私とハリーにカフェでパフェを奢ってくれた。甘酸っぱい苺のアイスクリームがあまりにもおいしかったから、さすがに私も機嫌を直すしかなかった。
うん。ハリーも気に入ってくれてるみたいだし、ここでよかったのかも。だって今日は、ハリーに楽しんでほしかったんだもの。

昼間の晴れている間も綺麗だけったけれど、空が夕焼けに染まり始めるともっと綺麗だった。

空に溶けはじめた夕陽は、ママのジュエリーボックスの中にあるどの宝石よりもきれい。この間読んだ本に出て来た「世界の果て」ってきっとこんな感じなのかも。でも、日が沈みかけているってことは、もう帰らなきゃいけないってこと。ハリーの叔母さん達は今日は夜まで戻って来ないらしいけれど、あんまり遅くなったら今度はフィッグさんに怪しまれてしまう。ハリーもそれがわかっているのか、夕陽を眺めるその横顔は、どこか寂しそうだった。

「ねえ、ハリー」

私の呼びかけに、ハリーが振り向く。逆光のせいで、ハリーの顔はよく見えない。
「私ね」声が震える。嘘みたいにきれいな夕陽は、あまりにも眩しくて、目に染みて痛い。それに、今から言おうとしていることを考えると、胸がギュッと締め付けられたように苦しくなった。

「私、また転校するみたいなの」

昨夜、今日のことを考えて夜更かしをしていたせいで、リビングでパパとママが話しているのを聞いてしまった。パパは次の仕事が決まったから、また別の街に行かなきゃいけないんだって。私とママとお兄ちゃんも、パパについていく。家族だから。

「……私のこと、忘れないでくれる?」

泣いたらブスになるっていつもお兄ちゃんが笑うから、泣きたくなんてないのに、夕陽も、ハリーの影も、何もかもがぼやけてよく見えない。
卒業までもうあと少し。たぶん、このままハリーと一緒に卒業できる。でも、その後はもう会えなくなる。まだ友達になったばかりで、知らないことがたくさんあるのに。ハリーの不思議な力のことだって、まだ何もわかってないのに。もっと、ハリーにたくさん笑ってほしいのに。
「転校」って言葉がママの口から出た瞬間、体中が氷で撫でられたみたいにサーッと冷たくなって、真っ先に浮かんだのは「ハリーに会えなくなるなんて嫌」だった。お別れが決まってから気が付くなんて、バカみたい。

『好きなの? ハリーのこと』

あのときはたぶん、違ったと思う。でも、今なら同じことを聞かれたらきっと胸を張って言える。私、ハリーのことが好き。ハリーのことが大好き!
もっと一緒に居たいのに。今日だけじゃなくて、もっとたくさん、ハリーと一緒に楽しい思い出を作りたかったのに。私1人でハリーのためにしてあげられることなんてほとんどないのに。友達として側に居ることさえできない。私も、ハリーも、まだ子供だから。

「……忘れたりしないよ。君は……僕の初めての友達だから」

ハリーの声は、風にまぎれてしまいそうなくらい小さかった。その声からはハリーが今どんな気持ちなのかはよくわからなかったけれど、俯いていた顔を上げてハリーを見返すと、ハリーはぎこちなく微笑んでいた。私の好きな、鮮やかな緑の瞳の中に、私が映っている。

「うん……私もハリーのこと、忘れない」

約束だからね、と私もハリーに笑い返した。
泣いている私にハンカチを差し出すべきだと考えたのか、ハリーはズボンのポケットの中へと手を突っ込んでゴソゴソしていた。でも、どうやらハンカチは見つからなかったらしい。途方に暮れたようなハリーの表情がおかしくて、涙も引っ込んでしまった。

「『初めての友達』も悪くないけど……『特別な女の子』の方がいいな」

でも、確かに。初めてのものって、何でも他よりも強く記憶に残る。たとえば、そう。
「ね、ハリー」そう呼んだ私の声に、ハリーが顔を上げる。そのままその頬を手で包んで、私の唇をハリーの唇へと押し当てた。
ママがパパにキスをするときはいつも背伸びをしてるけれど、身長差がない私達には必要ないみたい。でもこれも私達が子供だからで、大人になったら変わっちゃうのかな?

「……これなら、ハリーの『特別』になれる?」

照れくささを誤魔化して私が笑ってみせると、ハリーはポカンとした後、夕陽に負けないくらい赤くなった。

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