優しい世界を見てからにしよう

ハリーと一緒にロンドンに行く。
問題は、パパとママには内緒で計画を進めなきゃいけないってこと。だって、パパ達に言ったら、ハリーの叔母さん達にきちんと許可を取ろうとするに決まってるもの。それだと絶対断られるって言うのがハリーの意見だった。だから、パパとママには内緒にしないといけない。でも、私とハリーだけだと目立っちゃうし、もしかしたらおまわりさんに通報されちゃうかも。誰か、大人の協力も必要だ。本当なら事情を知って協力してくれる人が1番いいけど、それってたぶん難しい。でも、事情を知らずに協力してもらうことってできるかしら?
それに、ハリー自身が乗り気じゃないのも問題だ。「無理だよ」とか「別にいいよ」とかボソボソ言うばっかりで、全然協力してくれない。

「羨ましいな、って言ったじゃない。この街の外に出てみたいんでしょ?」
「言ったけど……」

ハリーはたぶん、バレてしまったときのことを心配してるんだろう。ハリーの叔母さん達は、ハリーをこの街から出したくないみたいだから。そうしたらきっと、ハリーはウンと叱られちゃうんだろう。3日くらいおやつ抜きとかかも。だから絶対に、秘密でやりとげないといけない。
リトルウィンジングは、うつくしい街。静かで、清潔で、緑が多くて、住んでいる人達と同じに何もかもがツンとすましている。行儀よく並んでいるたくさんの家は、まるでショーウィンドウに並べられたケーキみたい。華やかに飾り付けて、知らない誰かの目に「幸せそう」に映るかどうかにばかりこだわっている。クリームを塗って隠してしまえば、その中に何が入っているかなんてわからないから。綺麗だけれど冷たくて、窮屈で、息苦しくて、ハリーにちっとも優しくない。
だから、この街の外をハリーに見せてあげたかった。

学校がある日だとママにバレずに抜け出すのは難しいから、決行はイースター休暇に決めた。

ハリー以外の家族が出掛ける日には、ハリーはいつもフィッグさんのところに預けられるらしい。ダーズリー家と同じくらいひどい、ってハリーは顔を顰めてた。私も1回だけママと一緒に挨拶に行ったことがあるけど、とにかくめちゃくちゃたくさん猫が居る家。うちにも子猫が居るから、もしかしたらフィッグさんとは気が合うかも。家中からキャベツみたいな匂いがしてたから、ハリーが嫌なのはそれかもしれない。とにかく、フィッグさんの家に預けられている間に全部済ませてしまえば、ハリーの叔母さん達にはバレずに済むってこと。

「……本当に上手く行くかな」
「最初からダメだって思ってたら、上手く行くものも失敗するのよ」

不安そうなハリーに、私はフンと鼻を鳴らした。
私が考えた計画はこう。まずダドリー達が出掛ける日をハリーから聞きだして、ママに頼んだの。叔母さん、つまりママの弟に会いたいから、泊まりに来てもらいたいって。実際、しばらく会ってなかったしね。それで、今、叔父さんと一緒にフィッグさんの家に向かってる。昨夜、「ボーイフレンドと一緒にロンドンに遊びに行きたいんだけど、恥ずかしいからママ達には秘密にしてほしい」って頼んだの。悪戯好きの叔父さんなら、絶対そう言う「秘密」は面白がって協力してくれるだろうし。
叔父さんは猫が苦手だから、フィッグさんの家に猫がたくさん居るって話しておけば車から降りて来ないってわかってた。だってドアを開けたフィッグさんが猫を抱っこしてるかもしれないでしょ。だから私、今度はフィッグさん家のインターホンを鳴らしてこう言ったの。『こんにちは、こちらにハリーが居るって聞いたんですけど…… 今日はクラスの皆で公園の草むしりのボランティアをしようって約束したのに、ハリーだけ集合場所に来なかったから迎えに来ました』って。

「1人だけサボるなんてダメよ、ハリー」

フィッグさんと一緒に玄関ドアから出てきたハリーに私が怒った顔してみせると、フィッグさんはどうやら信じてくれたみたい。これってすっごく大事なこと。だって、もしもフィッグさんの家からハリーが勝手に抜け出した、ってことになったら、フィッグさんにすごく迷惑がかかるでしょ。ハリーの叔母さん達だってきっと、「ハリーがまた問題行動をやらかした!」って決めつけてハリーを怒るだろうしね。
この草むしりって理由も、ハリーと一緒に頑張って考えた。最初は私がフィッグさんの家に遊びに誘いに行くだけでいいんじゃないってハリーに言ってみたけど(叔父さんって保護者が一緒ならフィッグさんだって安心して送り出してくれるだろうし)ハリーがそれじゃダメだって言うのよね。「ハリーがフィッグさんの家じゃない場所で楽しんでた」って知ったら、きっと叔母さん達は嫌な顔をするって。自分達は楽しくお出かけしてるのにそんなバカなことあるわけないでしょって私は言ったんだけど、ハリーはそうは考えてないみたい。だから、草むしり。私がハリーを連れ出したってフィッグさんがハリーの叔母さん達に教えたとしても、草むしりで退屈な時間を過ごしてたのならそんなに気にしないんじゃないかって考えたの。ダドリーはボランティアの予定なんてちゃんと覚えてないだろうから、バレないだろうしね。

「君……よくそんなに平気な顔で嘘がつけるね」

よそゆきの笑顔でフィッグさんに手を振る私に、ハリーがどこか非難がましい視線をくれた。ここまで来ても、やっぱりハリーは乗り気じゃないみたい。不安なのはわかるけど、だからって人を嘘つき呼ばわりするなんて失礼しちゃう。気が弱そうな顔をしてるくせに、ハリーって時々カチンと来る言い方をする。

「あのね。君、じゃなくてちゃんと名前で呼んでよ。それとも、まだ覚えてない?」
「知ってるよ。……レイチェルだろ」

私がそう言って顔を顰めると、ハリーがばつが悪そうにボソボソと言った。そう言えば、と私は気が付いた。ハリーに名前を呼ばれるのって初めてかもしれない。そう考えると、何だかちょっと照れくさくなってしまった。変なの。たった1回、名前を呼ばれただけなのに。

「……友達みたいだ」
「“みたい”じゃなくてそうでしょ」

でも、照れくさかったのはハリーも同じだったみたい。戸惑ったような顔でハリーがそんなことを言うから、私はすっかり呆れてしまった。学校でも何度も話してるし、今だってこうやって2人で一緒に出掛けようとしてる。友達じゃなかったら何なのと私が眉を顰めると、ハリーはパチパチと瞳を瞬かせた。

「行こ、ハリー」
「……ウン」

先に車に乗った私が、早く乗ってとハリーの分の座席をポンポンと叩く。ハリーはやっぱりまだちょっと不安そうだったけれど、頬がほんの少し赤く染まっていて、その緑色の瞳は期待にキラキラと輝いていた。

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