「……友達とケンカしたの?」
あの子と仲違いしたって、仲間はずれになっても構わない……なんて、嘘。あのときは頭に血が上っていたからそう思ったけど、冷静になるとやっぱりほんのちょっとだけ後悔している。仲直りできたらいいのに、って考えてしまう。でも、私は悪くない……と思う。言い方はちょっと感じが悪かったとは思うけど、でも、ハリーを仲間外れにする方が正しいなんてそんなはずない。
「……もしかして、僕のせい?」
「違うわ。まあ……女の子同士って色々あるの」
何にしても、クラスの輪から外れているハリーでさえ気づくほど、私はわかりやすく元のグループの子達とギクシャクしてる。クラスでも目立つ派手な子達だから、いじめられたらどうしよう……って思ったけど、ただ存在しないみたいに無視されてるだけで、意外にも静か。どうやら、私と言い合ったあの子はその理由を言わなかったらしい。
それに、彼女達と距離ができても、私がひとりぼっちだったのはほんのわずかの間だけだった。だって、私は“転校生”だから。今まで居たグループ以外にも、私と仲良くしたいと思ってくれていた子達はやっぱり居たみたい。最初の3日は元のグループの子達の様子を窺ってたんだけど、どうやら仲直りするつもりはないみたいだったから、このままこの学校に居る間は孤高の人として過ごすか、他に新しい友達を見つけるか選ばなきゃいけなくなった。それで、別のグループの子達に「一緒にランチを食べてもいい?」ってちょっと困った顔して聞いてみたら、喜んでオーケーしてくれた。もしかしたらその日限りのつもりだったから仲間に入れてくれたのかなってちょっとだけ不安だったけど、次の日には向こうから誘ってくれた。それからずっとその子達と同じグループに居る。彼女達が私を受け入れたことにすごくホッとしてしまった自分に気が付いて、ひどく恥ずかしかった。たった3日。たった3日だ。
……ハリーはずっと1人でこの孤独に耐えていたのに、私はずるいなって思う。
「ね、ハリー。その額の傷ってどうしたの? それもダドリーにやられたの?」
前髪に隠れていたから気が付かなかったけれど、ハリーの額には大きな傷跡がある。稲妻みたいな、不思議な形。もう薄くなっていて、かなり古いものみたいだから、もしかしたら今よりも更に悪ガキだった頃のダドリーが振り回したハサミがハリーに当たったとか、そんな理由かもしれない。
「僕もよくわからないんだけど、交通事故でできた傷らしいんだ……両親が死んだときの」
「……ごめんなさい。あの……」
「いいよ、気にしないで」
どうしよう。知らなかったからって、すごく失礼なことを聞いてしまった。こんなとき、何て言えばいいんだろう。私が必死に言葉を探していると、ハリーは「この話をすると皆そんな顔するんだけど、僕、よく覚えてないんだ」なんて苦笑してみせた。その口調は本当に気にしていなさそうだったので、私にはかえってそれが不思議に感じた。
「……パパとママのことも覚えてないの?」
「うん。おじさんやおばさんも、僕の両親の話は全然しないし」
赤ん坊の頃のことだから、と説明することにハリーは慣れた様子だった。まるで天気の話か何かしているみたいな、何でもない調子だったけれど、私はとても動揺してしまった、ハリーの両親が亡くなっているのは知っていたけれど、まさか何も覚えてないなんて。
「……寂しくない?」
「どうかな。ずっとこうだから、よくわかんないや」
もしかしたら、ハリーは“寂しい”がどう言うことかよくわかってないのかもしれない。
だって、寂しいってそこに居るはずのパパが居ないってことだもの。いつも優しいママが忙しくてこっちを向いてくれないことだもの。ハリーの今の家族は意地悪なダドリーで、学校でもいつも1人ぼっちだから、ハリーは寂しいって感覚がわからないのかもしれない。そう考えると心臓が痛くなって、何だか泣きたい気持ちになった。じわっと涙が滲んで、ハリーの顔が歪む。
「……父さんと母さんが生きてたら、って時々考えるけど。でも、考えたって2人が生き返るわけじゃないしね」
この話はこれで終わり、と言いたげに私を振り返ったハリーは、私を見て驚いた顔をした。それから、ものすごく怪訝そうな表情になった。予想だけど、「何でこいつが泣くんだ」って思ってそう。もしくは「面倒くさいことになった」かも。私を慰めるべきだと思ったのか、ハリーは何か言葉を探している様子だったけれど、結局は諦めたらしかった。
「その……君の家は? パパとママは仲が良いの?」
「うーん……あんまり。いつも喧嘩してばっかり」
ぐす、と鼻を啜って滲んだ涙を手で拭う。パパはかっこいいし、ママはとっても美人。お兄ちゃんもまあまあハンサムでバスケットボールが得意だし、私も可愛くって良い子。それに、うちって結構お金持ち。シルバニアのお人形やおうちだってたくさん持ってるし、この間の誕生日にはパパが子猫をプレゼントしてくれた。「素敵なご夫婦ね」とか「幸せそうなご家族ね」なんてよく言われるけど、家の中だとパパとママは喧嘩ばかり。今まで誰にも言ったことがなかったけれど、ハリーになら秘密を打ち明けてもいいような気がした。
「特に、お引越しが決まるとね。いっつも大喧嘩なの。パパは自分だけが1人暮らししてもいいって言うんだけど、ママは家族が離れ離れになるなんてダメって言うのよ。……一緒に居たって、喧嘩ばっかりなのにね」
パパの仕事の都合だから仕方ないんだけど、とにかくうちの家族ってしょっちゅう引っ越している。そのたびに、お兄ちゃんと私は転校するし、ママも1から新しいお友達を作らなきゃいけない。子供達はもうすっかり慣れっこなのだけれど、ママは慣れない場所で1からやり直さなきゃいけないのがすごく苦手みたい。
「家族って、何なのかしら」
「僕もそれはよく考える」
思わず呟いた私の言葉に同意するハリーの声は重々しかった。
「ダドリーのことなんて大嫌いなのに、毎日学校でも家でも顔を合わせないといけないし……悪夢だよ」
マリアナ海溝の底まででも届きそうな溜息を吐くハリーには、心底同情した。パパとママが喧嘩を始まるといつも終わるまで子供部屋でじっとしてるか、お兄ちゃんと一緒に外に出掛けて時間を潰さなきゃいけないからウンザリだけど、家にダドリーが居るよりはマシ。
「君って、何度も転校してるんだっけ。それってどんな感じ?」
「……そんなに楽しいものじゃないわよ。友達ができて仲良くなっても、離れ離れになっちゃうし」
ロンドンの真ん中にも、本当に何もない田舎町にも、色々なところに住んで、色々な学校に通った。3ヶ月ちょっとしか居なかったときもあったし、1年くらい通ったときもあった。どこに行っても皆、前の学校や友達はどんな風だったか知りたがる。ここでもそう。自分達の街にはないものに目をキラキラさせて、興味深そうに話を聞いてくれるけれど。
「皆、別れてすぐは手紙や電話をくれるけど、そのうち私のことなんて忘れちゃうの」
たくさんの友達と出会ったけれど、同じだけたくさんの友達とお別れした。皆、花束やプレゼントをくれて、「次の学校に行っても友達だ」とか「忘れないで」って泣いてくれる。でも、いつだって忘れられてしまうのは私の方。
わかってる。別に、あの子達は何も悪くない。誰だって、たった数ヶ月ぽっち過ごしただけの、手紙だけの友達なんかより、これから先もずっと目の前に居る友達の方が大事だから。
「そっか」
転校なんて慣れっこで、私だってもう“転校生”としてのスマートな振舞いってヤツもわかってる。別に今更、そんなことで傷ついたりしない。それなのに、どうしてか私は泣いてしまった。さっきちょっと泣きそうだったせいで、涙の栓が緩んじゃったのかもしれない。別に悲しくないのに……。わかんない。本当は悲しいのかな? とにかく涙が止まらなくなってしまって困ったのだけれど、しゃくり上げる私の背中を擦るハリーの手つきがあまりにぎこちないからちょっと笑ってしまった。
「……でも、ちょっと羨ましいな。僕、リトル・ウィンジングからほとんど出たことないんだ」
「そうなの?」
「うーん。マージおばさんちにはたまに行くけど……でもそれくらい」
“マージおばさん”がどんな人なのかは知らないけれど、ハリーの憂鬱そうな表情を見たら少なくとも優しい人じゃなさそうだってことはわかった。
「旅行とかは? ……それに、ロンドンに行ったりしないの? お買いものとか……」
「ダドリー達は時々行ってるけどね。僕はいつも留守番なんだ」
「何それ。ひっどい」
「まあ、別に……一緒に行きたいとも思わないんだけどね」
それはそうだろう。私なら、あのダドリーと一緒に出掛けるくらいならママとキッチンでジャガイモの皮でも剥いてた方がマシだって思うもの。それにしても、ロンドンにすら行ったことがないなんて! ここからなら、車で1時間ちょっとで着いちゃうのに!パパはいつも週末に連れてってくれるし、お兄ちゃんだって時々友達と出掛けてる。そう考えて、私はニッコリした。自分でも冴えてるって思う、素敵なことを思いついたから。
この街の中や、学校の中で私がハリーにしてあげられることは少ない。でも────もしかしたら、そうでない場所にならあるのかも。
「ねえ。ハリー。それじゃあ、私と一緒にこの街の外に出てみない?」