プライマリースクールに通っていた頃、同じクラスにハリー・ポッターと言う男の子が居た。
「あの子とは関わらない方がいいよ」
私がその名前を知ったのは、転校初日のランチタイム。一緒に食べようと誘ってくれたしっかり者の女の子がまるで国家機密でも打ち明けるみたいに声を潜めてみせて、周りの友達も訳知り顔でうんうんと頷く。けれど、たくさん居るクラスメイトの顔なんてまだぼんやりとしかわからない。
「乱暴な子なの?」
「あの子じゃなくって、その従兄がね」
ほら、あれ。
そう言って彼女が指差した先を視線で追うと、セカンダリー・スクールの生徒が紛れ込んでいるんじゃないかと思うほど体格のいい男の子が居た。どうやらたった今も何か一悶着あったらしい。近くに居る小さな下級生らしい男の子がワンワン泣いている。
「あの金髪が、従兄のダドリー。隣のクラスだから、そんなに関わることないだろうけど……」
「あそこの家、ママもパパもすっごい過保護なの! スポーツデーのときなんて、『ダッダーちゃんが転んで怪我をしたのは徒競走なんかに出場させたせい』なんて、すっごかったらしいよ」
「『もしもエッグレースに出ていたら、ダッダーちゃんならきっと1位になったのに!』」
「スーザンなんて、たまたまボーイスカウトで一緒になっちゃったから、『ダッダーちゃんと仲良くしてあげてね』って何度も家に呼ばれて、大変だったんだって」
「好かれても嫌われても厄介だから、とにかく目を合わせない方がいいよ」
そうなんだ、と驚いた顔してみせたけれど、正直そんなにビックリはしなかった。転校を繰り返していると、こう言う話ってどこの学校でも多少はあること。どこに行っても、“転校生”ってそれだけで注目の的。自分で言うのも何だけど、私は結構可愛いし。クラスの皆が私は一体どんな奴なのかと興味津々で、女の子達は自分達のグループに引き入れる機会を伺っている。そして、「親しさの証」としてあれこれと“秘密”のゴシップを教えてくれる。中には、親切そうに色々と世話を焼いてくれたその子達こそがいじめっ子の集団、なんてパターンもあったから、あんまり信じすぎるのも危ないんだけど。
両親に甘やかされたせいで、意地悪で乱暴者。皆に嫌われているダドリー・ダーズリー。そして、その従弟で1番の被害者のハリー・ポッター。両親が亡くなってしまったせいで、従兄のダドリーの家に引き取られて暮らしている。
ランチタイムを終える頃には、私はまだ顔も知らないハリー・ポッターについてすっかり詳しくなっていた。「ほら、あの子」教室に戻って見たハリー本人は────明らかにお下がりだとわかるブカブカの洋服と壊れたのを無理矢理テープで補強した眼鏡以外は────ごく普通の男の子に見えた。
彼自身に問題があるわけではないのに、従兄のせいで皆に遠巻きにされてひとりぼっち。まるで腫れ物のように扱われているハリーのことを気の毒だとは思ったけれど、彼女達に忠告された通り積極的に関わるのはやめておこうと思った。私もまたいつ転校するかわからないし、面倒事にはできるだけ関わりたくはなかったから。見て見ぬフリをすることに胸が痛まないわけじゃないけど、話したこともないクラスメイトのために自分がいじめっ子に目をつけられてもいいと思えるほど私は心優しい女の子じゃあない。
きっと、このままただのクラスメイトとして、大した会話をすることもなく終わるのだろうと────そのときは、そんな風に思っていた。