授業が長引いたせいで遅れてしまった。
今日はレイチェルと一緒に図書室で勉強する約束をしている日だ。セドリックが急ぎ足で図書室へ向かうと、そこには手元の本と真剣な表情でにらめっこしている幼馴染の姿があった。

「何調べてるの?」
「セド」

レイチェルの手にあるのは、どうやらマグル学の辞書だ。他にも、テーブルの上にはマグルの道具についての本や、マグルの文化に関しての本が積み上げられている。セドリックの存在に視線を上げたレイチェルは、難しい表情のままパタリと本を閉じた。

「わからない単語があって調べてたの。でも載ってないみたい」
「何て言葉?」

『マグルの文化は進歩が早く、新しい文化や道具がどんどん生みだされるので、辞書の更新が間に合わない』。バーベッジ教授が以前言っていたことだ。特にセドリック達のような若い世代の文化となると、辞書に載っていないことも多い。セドリックにもマグル育ちの友人が居るし、もしかしたら知っているかもしれない。そう思って口に出せば、レイチェルは頬杖を突いてセドリックを見上げた。

「セド、×××って知ってる?」

予想外の単語に、セドリックは思わずぴしりと音を立てて固まった。
レイチェルの口から飛び出して来たのは、同級生の男子生徒が夜になると話題にしてゲラゲラ盛り上がるような、まあつまり年頃の女子が異性の前で口にするのが好ましくない類のスラングだった。少なくとも、妹のように思っている少女がそんな単語を口にするところはできればあまり聞きたくないなと、セドリックは顔を引きつらせた。そんなセドリックの様子には気づかず、レイチェルは真面目な顔で言葉を続ける。

「パメラとアイリーンが話してたの。私、わからなくて聞いてみたんだけど、教えてもらえなくって。2人ともマグル界で育ったでしょ? だからマグルの言葉かなって思ったんだけど……ダメみたい。やっぱり辞典が古すぎるのかしら?」

たぶん原因はそれではない。セドリックはそう言いたい衝動に駆られたが、それを口に出すことは留まった。言ったが最後、その理由を説明しなければ納得しないだろう。それはつまりその単語が何を意味するかも教えなければいけないと言うことで、できたらそんな事態は避けたかった。何が悲しくて幼馴染に猥褻な単語の解説をしなければいけないのだろう。

「バーベッジ教授なら知ってるかも……」

しかしそんなセドリックの心中など知る由もないレイチェルは、勤勉にも辞書を片手に席を立った。どうやら教授に質問に行くつもりらしい。確かに、バーベッジ教授なら、と言うか大人の魔女なら知っているかもしれないが────セドリックは慌ててレイチェルのローブの裾をつかんで引き止めた。

「何? セド」
「あー……えっと」

不思議そうな顔で自分を見下ろすレイチェルに、セドリックはいよいよ困り果てて眉を下げた。このまま教授のところに素直に質問に行って恥をかくのはあまりにも可哀想だ。かと言って自分がレイチェルにそれが一体何を指す単語か教えるのも遠慮したい。知らないのなら別に知らないままでもいいと思うし、何より説明したら気まずくなってしまうのは間違いない。「セドって意外と不潔なのね」と眉を顰められるか、「まあセドも男の子だもんね」と苦笑されるか。どちらかだろうけれど、どっちも嫌だ。

レイチェル。その…………この間言ってた、次の夏、父さんにロンドンへ行くのを許してもらう方法を考えようと思って」
「本当!? やっとその気になってくれたの?」

レイチェルはぱっと顔を輝かせて、テーブルに手をついてセドリックへと身を乗り出した。どうやら興味が逸れたらしいことにほっと胸を撫で下ろして、セドリックはレイチェルの「マグルの町探検計画」に相槌を打つ。計画が壮大すぎて実現可能性が低いのではと言う疑問は、レイチェルがあまりに楽しそうなので、あえて口にしないことにした。

マグルのことになると夢中になって、無邪気に笑っている幼馴染は素直に可愛いと思う。レイチェルだって年頃なのだし、セドリックが教えなくたって、いつかさっきのスラングの意味を他の誰かから教えられるのだろう。けれどできれば、もう少しそのまま無邪気なままで居てほしいと────そんなことを考えて、セドリックはこっそりと溜息を吐いた。

幼馴染とスラング

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