あれから2週間が経っても、ハリーはふとしたときにあのときの会話を思い出してしまう。

『残念だけど、人違いだと思うわ』

本人に直接確かめたのに、どうしてかその言葉が信じられなくて、何だかスッキリしなかった。後から思い返してみると、何と言うか、ほんの少し違和感があったような気がしたのだ。彼女の口調は、あまりにもハッキリしていて、迷いがなかったから。普通は自分と会ったことがあるかと聞かれたら、もう少し考え込んだり、自分が忘れているのかもと不安になったりするんじゃないだろうか? そうでなければ、どうしてそんなことを聞いてくるのか不思議に思ったりしないだろうか? 少なくとも、ハリーならそうしてしまう。

でも……だとしたら、彼女がハリーに嘘を吐いていたと言うことになる。

あの人はハリーとはそもそもほとんど話したこともないのだし、ハリーにそんな嘘を吐くメリットがあるとも思えない。考えられるのは、ハリーを継承者だと疑っていて、ハリーに話しかけられたくなかったと言う理由だけれど……彼女がハリーの無実を信じてくれてることは、ハリーもこの耳で聞いたのだ。ハリーにそんなことができるはずないと、そう言ってくれた。実際、人気のない廊下でハリーと2人で話しても、怯えたような素振りは見せなかった。
やっぱり、本当に身に覚えがなかったのだろう。この違和感も、結局はただのこじつけなのかもしれない。彼女は真実を言っているのに、ハリーはそれを信じたくなくて、何か理由を探そうとしているだけ。……たぶん、ハリーが自分の予想が外れたことに、納得できていないだけなのだ。
ハリーが足踏みをしているうちに、カレンダーの数字はまた進んでいた。イースター休暇になると、更に憂鬱なことが重なった。ハリー達2年生は、来年度の選択科目を決めなければいけなかったのだ。

「2人とも、もっと真面目に考えなくっちゃダメよ」

どの科目を履修するかによって、卒業後の進路にも影響する。だからとても重要なことなのだとマクゴナガル教授やハーマイオニーに説かれても、ハリーにはピンと来なかった。つい2年前まで魔法界の存在すら知らなければ、魔法使いにどんな職業選択があるのかもわかっていないのに、卒業後のキャリアのことなんて言われてもさっぱりだ。ハーマイオニーは全科目選択するらしいけれど、ハリーには真似できそうもない。ハーマイオニーだってマグル生まれだから、ハリーのように迷ってもよさそうなのに────と思っていたら、ハーマイオニーが調査用紙を手に溜息を吐いていた。

「どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ」
「何でもないのに溜息吐いたりしないよ」
「……レイチェルが『履修選択のときは相談に乗るから』って言ってくれてたの、思い出しちゃったの」

ハーマイオニーがもう1度小さく溜息を吐いた。『レイチェル』……つい、またあの黒髪の巻き毛の美人を思い浮かべそうになってしまう。そうではなく、ハーマイオニーの言う『レイチェル』はあの人で、つまり今はハーマイオニーと喧嘩中のはずだ。

「まだ……その、仲直りできてないの?」
「ええ。この間……たぶん、レイチェルはそのつもりで話しかけてくれたんだけど……何て言うか……むしろ拗れてしまったわ」
「えっと……そうなんだ」

ハリーは何と言っていいものかわからなかった。そう言えば、ハーマイオニーはどうして『レイチェル』と喧嘩したんだったっけ? 確か以前理由を聞いたような気がするけれど……ロンとハーマイオニーが喧嘩になりそうだったことの方が気になって、忘れてしまった。

「そう言えば、ハリー。あなたの方こそ、レイチェルと話せたの?」
「あー……ウン……まあね」
「どうだったの?」

唐突に話題を振られて、ハリーは思わず言葉を濁した。
どうだったかと言われれば、「人違い」だったになるのだろう。そうなのだけれど……。じっと自分を見つめるハーマイオニーに、ハリーは思わず視線を逸らした。

「ハーマイオニー、あの人……その……レイチェルってさ……マグルの、双子の妹が居たりとか……」
レイチェルは1人っ子よ」

やっぱりそうか。勿論、本気でそう思っていたわけじゃないけれど……。それなら、辻褄が合うのに。
ハーマイオニーにキッパリと否定されて、ハリーは小さく溜息を吐いた。

 

 

レイチェル!」

廊下を歩いていたハリーは、ふいにそんな声に足を止めた。つられて視線を向けると、そこにはジニーの姿があった。あの人も……『レイチェル』も一緒だ。ジニーとも知り合いなんだろうか? ジニーに名前を呼ばれた彼女は、嬉しそうな、柔らかい笑みを浮かべた。

「どの科目が心配なの?」

やっぱり、似ている。
ハリーは頭に浮かんだそんな考えを振り払うように首を振った。
もう、確かめたじゃないか。あの人はハリーのことを知らないと言っていた。本人が否定したのだから、それが全てだ。そっくりな双子の姉妹も居ない。多少の回り道はしたけれど、結局は人違いだったのだ。

でも……もしかしたら、あの日のことを覚えていないだけなんじゃないだろうか?

もう1年以上も前の出来事なのだ。あの人がハリーと会ったことを忘れてしまった可能性だってある。ハリーだって少し前までは、もうあの女の子はハリーのことを忘れてしまったのだろうと、そう思っていたじゃないか。だから、覚えてないだけで、やっぱり彼女があの日出会った女の子なのかもしれない。
そう考えて、ハリーは思わず溜息を吐いた。馬鹿みたいだ。これじゃ、何のためにわざわざ本人に直接聞いたのか、まるで意味がない。……肯定の言葉が返って来ると思い込んでしまっていたから、何だか引きずってしまっているけれど、元々あの女の子を探すことなんて諦めていたはずだし、人違いだと思っていたじゃないか。わかっていたことが再確認できただけで、何もガッカリするようなことはないはずだ。

「あれ、ジニーとレイチェルじゃないか」
「また勉強会か?」

そんな声がすぐ後ろから聞こえて、ハリーはギョッとした。振り返れば、フレッドとジョージがすぐ傍に立っていた。そう言えば……『レイチェル』は彼らの家のすぐ近くに住んでいるんだっけ。だとしたら、ジニーのことも入学前から知っていたのだろうか?

「2人は元々友達なの?」
「いや。つい最近仲良くなったって言ってたな」

ふぅん、とハリーは呟いた。
そう、人違いなんだ。ダイアゴン横丁で出会ったあの女の子は、初対面のハリーにだって優しく笑いかけてくれた。さっきジニーにそうしていたみたいに。この間話したときのように、よそよそしい視線をハリーに向けたりはしなかった。だからやっぱり、『レイチェル』はハリーが探していたあの女の子とは別人なんだ。

「そう言えば、この間もレイチェルのことで何か聞かれたんだっけ。彼女がどうかしたのかい?」
「ううん……何でもないよ」

そう。何でもない。あの人は結局、ハリーの探していた女の子ではなかったんだから。
そもそも、ダイアゴン横丁で会ったのがあの人だっとして、ハリーはどうしたかったのだろう?
ただ……そう。たぶん、一言お礼が言いたかった。あのときはありがとうと。別人だったのだから、それはもう叶わない。別人でなかったとしても、やっぱり彼女が覚えていないのなら意味がない。
今度こそ、あの人のことも、あのダイアゴン横丁で会った女の子のことも、気にするのはやめよう。そう自分に言い聞かせるのに、ハリーの気持ちは何だかスッキリしないままだった。

『実はね、貴方は覚えてないかもしれないけど……私、あなたとダイアゴン横丁で会ったことがあるの』

ふと、夏休みに見た夢のことを思い出した。
最初からわかっていた。あれは馬鹿げた都合のいい夢だ。ただの、ハリーの願望だ。現実じゃない。
でも、あの夢が現実になるんじゃないかと、あの日のハリーは確かに期待していた。

ハリーはたぶん、あの人があのダイアゴン横丁の女の子であってほしいと、心のどこかでそう願っていたのだ。

あたたかな幻

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