2月になり、ハーマイオニーは医務室から出ることを許された。ハリーにとっても嬉しいことだったが、これにはもう1つ良い効果があった。ハーマイオニーが姿を見せたことによって、ようやく城中に広まっていたハーマイオニーが4番目の被害者だと言う噂は収束したのだ。
とは言え、ハーマイオニーはあまり元気がなかった。相変らずロンとハーマイオニーは一切『レイチェル』の名前を出さなかったので、ハリーにも詳しいことはわからないが、どうやらまだ『レイチェル』と仲直りできていないようだ。退院してからと言うものの、ハーマイオニーはこれまで以上に読書に没頭するようになっていた。

「オー、ポッター、いやな奴だー」

ハリーの方は、相変らずだ。最近のピーブズはこの歌がお気に入りで、ハリーの顔を見るなり大声で歌い出す。今も、スイーッとハリーの横を通り過ぎて行ったかと思ったら、ハリーにベーッと舌を出して壁の向中へと消えてしまった。

「……誰なのかしらね、継承者って」

ピーブズが来た方からそんな声が聞こえてきて、ハリーはギクッとした。
廊下の角の向こうに居るせいで姿は見えないけれど、女の子の声だ。足音からして、どうやらこっちに向かって来ている。もう1人、今度は男子らしい声が答えた。

「ハリー・ポッターがそうだって噂だけど……僕は違うんじゃないかなって思う。あまり話したことはないけど……彼は、そんなことをするようには見えない。……僕は、そう考えてるんだけど。どう思う?」

その言葉にハリーは驚いた。……ここにもまた1人、ハリーの無実を信じてくれている人が居た。足音が近づいてきて、ハリーからはその声が誰なのかが見えた。思った通り、上級生らしい2人組だ。しかも、そのうちの片方はあの女の子だった。向こうはまだ、ハリーには気が付いていないようだ。

「セドと一緒よ。絶対違うと思うわ」
「絶対?」
「だって、ハリー・ポッターにそんな力なんてあるわけないもの」

彼女はちょっと怒ったような口調で、キッパリとそう言い切った。
ハリーは何だか信じられないような気持ちだった。角を曲がった彼女と、ハリーの目が合った。まさか、近くにハリーが居るとは思っていなかったのだろう。彼女が驚いたような、気まずそうな表情になる。

「えっと……僕……」

ハリーは何か言おうとした。じわりと、胸の中から温かなものが染み出してくる。頬が熱を持って、赤くなっているだろうことがわかる。嬉しい。お礼を言いたい。ハリーを信じてくれてありがとうと。でも、いきなりそんなことを言ったら奇妙に思われるだろうか?

「……ありがとう」

結局、ようやく吐きだした言葉は自分でも驚くくらい小さく、震えていて、おまけに口の中でくぐもってしまった。ちょうど、騒いでいる上級生の集団が通りがかったので、もしかしたら彼女には聞こえなかったかもしれない。……いや、彼女の不思議そうな表情から察するに、間違いなく聞こえていない。ハリーは居た堪れなくなって、彼女に背を向けて廊下を駈け出した。

ハリーを信じてくれている人が居て、それだけでも嬉しかった。でも────あの人がハリーじゃないと言ってくれたのは、それ以上にずっと嬉しかった。やっぱりあの人も、僕を信じていてくれたんだ!

彼女のことが気になるのは、記憶の中の女の子に似ていたからだ。だから、ハリーはあの人に、あの女の子の面影を重ねているだけ。ハリーに優しくしてくれたのはあのダイアゴン横丁の女の子で、あの人じゃない。あの人はただ、あの女の子に似ているだけの別人だ。
あの人の表情や言葉が気になってしまうのは、あの女の子に似ているから。寮も違うし、学年も違う。あの女の子に似ていなかったらきっと、ハリーはあの人の存在に気づくことすらなかっただろう。
でも……でも、今ハリーが継承者じゃないと言ってくれたのはあの人だ。あのダイアゴン横丁で出会った女の子じゃない。

だとしたら、今のこのハリーの嬉しさは、どちらに向けてのものなのだろう?

 

 

 

ロックハートの“名案”はいつもハリーにとっては厄介なことばかりだったが、中でもバレンタインはとびきりの厄介を運んできた。ロックハートが愛のキューピッドとして城のそこかしこに派遣した庭小人たちは、ハリーに宛てられたバレンタインカードの内容を皆の前で高らかに読み上げたのだ。
ようやく長い1日が終わり、ぐったりと疲れ切ったハリーは、夕食の後は早々に部屋に戻った。誰かに会うたびにカードのことをからかわれるし、1人になりたかったのだ。フレッドとジョージが繰り返し歌うせいで、あの歌がまだ耳にこびりついていた。
ハリーも恥ずかしい思いをしたけれど……どうやら送り主だったらしいジニーには気の毒なことをしてしまった。ジニーからだとわかっていたらあんな風に笑ったりしなかったのに。……たぶん。
ハリーは溜息を吐いて、ベッドサイドの引き出しを開けた。ジニーからのカードをしまって引き出しを閉めようとしたところで、引き出しの奥にもう1枚のカードが入っていたことを思い出した。去年、ハリーがもらったバレンタインカードだ。
何となく、ハリーはカードを取り出してみた。そう言えば結局、このカードの送り主はわからないままだ。ハリーのファンだと言ってくれた人。この人も、もしかしたらハリーの潔白を信じてくれているだろうか? それとも、ハリーが継承者だと信じ込んでガッカリしただろうか。今年はカードをくれなかったし────。
そのとき、バタンと部屋のドアが開いた。

「あれ、ハリー。もう部屋に戻ってたんだ。……君、今、何か隠した?」
「何でもないよ、ネビル」

ハリーは慌ててカードをローブのポケットにしまった。
後でまた皆が見ていないときにこっそり引き出しにしまおう。そう思っていたのに、その夜に見つけたリドルの日記の秘密で頭がいっぱいになってしまって、ハリーはすっかりカードのことを忘れてしまっていた。

「ねぇ、ハリー。ポケットから何か落ちたわよ」

再びハリーがその存在を思い出したのは、カードはハーマイオニーの手の中にあった。そう言えば、あのままローブのポケットに入れっぱなしになっていたんだった。拾ったのがハーマイオニーでよかったと、ハリーはホッとした。バレンタインカードをポケットに入れて持ち歩いていた、なんて、マルフォイにでも知られたら何を言われるのかわかったものじゃない。

「ありがとう、ハーマイオニー」
「……これ、貴方が去年もらったカードよね?」

ハリーは手を差し出したが、ハーマイオニーはカードを渡してはくれなかった。何だか難しい顔でじっとカードを読み込んでいる。別に、ハーマイオニーが珍しがるような内容は書いていないはずなのに……。ハリーがやきもきしていると、ハーマイオニーは何だか困惑したような表情で言った。

「あのときは、ちらっと見ただけだから気づかなかったけど……これ、レイチェルの字だわ」

ハリーはポカンとした。その名前を聞くのが、随分と久しぶりのような気がする。それに、まさか今更、カードの送り主が誰なのか、心当たりが出てくるなんて。ハリーが何か返事をしようとする前に、『レイチェル』の名前を聞き咎めたロンが眉を寄せた。

「そんなはずないよ。何であいつがハリーにバレンタインカードなんて送るんだ?」
「そうだよ。僕、『レイチェル』って人とは話したこともないし……」

予想外のことで驚いたけれど、言われてみればロンが正しいように思えた。当たり障りのない文面だから、可能性はゼロじゃないのかもしれないけれど、やっぱり、あの『レイチェル』がハリーにバレンタインカードを贈ると言うのは、ピンと来ない。ハリーが同意すると、ハーマイオニーは怪訝そうな顔をした。

「1度も話してないってことはないでしょう? 私、前にあなたとレイチェルが話してるところ、見たもの」
「本当に1度もないよ。ハーマイオニー、君の思い違いだよ」

レイチェル』の顔はわかるし、ハーマイオニーからよく話も聞いているけれど、実際にハリーが『レイチェル』と会話したことなんて、本当にただの1度たりともないのだ。自信を持って言える。ハリーが知らない上級生に話しかけられることは珍しいことじゃないので、ハーマイオニーが見たと言うのは他の誰かだろう。

「字が似てる人なんて、いくらだって居るよ。とにかく、このカードはその『レイチェル』って人からじゃないと思うよ。君が言ってる『レイチェル』が図書室で一緒に勉強してるあの巻き毛の美人の他に居るって言うのなら別だけど」

字が似ていると言っても、本当にただ似ているだけかもしれない。そもそも、ちょっと懐かしくなって取り出してみただけで、今更ハリーはこのカードの送り主の正体を知りたいとも思っていない。これで話は終わりだとハリーが言えば、ハーマイオニーはますます不可解そうな表情になった。

「ハリー。あなた一体、誰の話をしているの?」

彼女と彼女

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