灰色の雲から降り積もる雪とともに、12月がやってきた。
スネイプの薬品棚からポリジュース薬の材料を盗む計画が上手く行って喜んだのも束の間のこと。ロックハート主催の決闘クラブで起きた出来事がきっかけで、ハリーへの疑いの目はますます厳しくなった。もはや「何か関わっているんじゃないか」なんてレベルじゃない。すっかり真犯人扱いだ。
それもこれも全部スネイプとロックハートのせいだ、とハリーは思った。ハリーとマルフォイに皆の前で模範演技をするよう言い出したのはスネイプだし、ロックハートがまともな呪文を教えてくれていれば、あんな風に蛇に語りかけて大人しくさせなくても済んだのに。そもそも、マルフォイに蛇を出すよう入れ知恵したのだってスネイプだ。1人ずつでも厄介なのに2人がセットだったのだから、とびきり厄介なことにならないはずがなかったのだ。
そして、先週のこと。こっちは一体誰が、あるいは何が原因なのかもさっぱりわからないけれど、“全く偶然に”、“運悪く”、“どうしてか”、ほとんど首なしニックとジャスティン・フィンチ=フレッチリーが襲われた現場にハリーが居合わせたことで、いよいよ疑惑は決定的になった。
まあ、既に起こったことについて思い悩んだところで、現状は何も変わらない。ハリーにできるのは、無実なのだから胸を張って、いつもと同じに過ごすことだけだ。
そうは思うのだけれど────ハリーが溜息を吐くと、1年生の集団がびくりと肩を揺らして、ほとんど壁にへばりつくようにしてハリーに道を開けた。ここのところ、ただ廊下を歩いているだけでも過剰なまでに怯えられ、避けられ、ヒソヒソ囁かれた。まあ、ヒソヒソ囁かれるのはいつものことと言えばいつものことだけれど、やっぱりウンザリする。
「これはこれは! 世にも邪悪な魔法使い、スリザリンの継承者さまのお通りだ」
数少ない例外は、フレッドとジョージだった。2人はハリーと廊下で出くわすたび、そんな風に仰々しい態度をとってみせたり、ニンニクの束を振ってハリーを追い払おうとしたりとパフォーマンスを繰り広げてみせた。この状況を面白がっているだけなのかもしれないけれど、2人にとってはハリーが継承者なんて噂は馬鹿げた冗談でしかないのだと思うと、ハリーは少し気が楽になった。
「……ハリー。ハリー。大丈夫か?」
「あー……僕、寝てた?」
「ピクリとも動かないから、石になったかと思ったぞ」
自分の顔を覗きこむジョージに、ハリーは瞼を擦った。
ここはどこだっけ……? そうだ、談話室だ。ロンとハーマイオニーが戻って来るのを待っていたはずが、疲れていた────午後の授業が魔法薬学だったのでスネイプに散々ネチネチやられた────からか、いつの間にかソファでうたた寝してしまったらしい。ハリーはふあ、と欠伸を噛み殺した。ハリーが居たせいか、いつもなら賑わっている暖炉の前もほとんど人気がなかった。
「……まあ、何だ、ハリー」
ジョージの声が、急に深刻そうな響きになった。ハリーは落ちてきそうになる瞼をどうにかこじ開けて、ジョージを見返した。真っ直ぐにハリーを見る表情はジョージにしては珍しく真剣で、どこかハリーのことを心配しているようにも見えた。
「君のことをよく知らなくっても、継承者の正体は君じゃないって思ってる人間も居るさ。まあ、多くはないけど。ウン」
「たとえば?」
ハリーは自嘲気味に笑った。
ハリーの無実を信じてくれているのなんて、仲良しのロンとハーマイオニー、それからルームメイトのシェーマスやディーンやネビル、クィディッチのチームメイト達。それくらいだ。グリフィンドール生ですら、ほとんどはこうやってハリーを避けるくらい。
サラザール・スリザリンと同じ蛇語がしゃべれて、自分を冷遇したマグルのことを憎んでいる。おまけに、2回も犠牲者が襲われた現場に偶然居合わせた。客観的に見れば、ホグワーツ中を探しても今のハリーよりも疑わしい人間はそう居ないだろうことは、ハリーにだってわかる。
「そうだな。一昨日、レイチェルと話したときは『君がそんなことするとは思わない』って言ってたな」
ジョージの言葉に、ハリーはぱちりと瞬きをした。
ここでもまた、『レイチェル』だ。ぽかんとするハリーにジョージはパチンとウインクすると、すぐに階段を上がって自分の部屋へと戻って行った。
「ふぅん……」
そうなんだ、とハリーは呟いた。ぽすりと、ソファの背もたれに上体を預ける。
ハリーは手元にあったクッションを胸に抱えた。そして、そのふかふかのベルベット生地に顔を埋めて、思わず口元を綻ばせた。
『レイチェル』と言う少女に対して、ハリーにはロンほどの悪感情はない。
率直に言えば、そもそもよく知らないから好きでも嫌いでもない、が1番近いような気がする。とは言え、上級生で寮も違う────しかもあの勉強熱心なハーマイオニーと気が合うタイプの────女の子とハリーが仲良くなれるとは思えなかったし、実際にさあ話してみろと言われたところで会話に困ることは想像がつく。ロンが『レイチェル』の名前が出るたび機嫌が悪くなることを考えると、むしろどちらかと言えば距離を置いておきたいと思っていた。『レイチェル』はあくまでもハーマイオニーの友達であって、ハリーの友達ではないのだ。
それでも────いや、だからこそだ。そんな風に、ハリーとはほとんど関わりがなくてもハリーを疑っていない人が存在すると言うのは、ハリーの心を慰めてくれた。もしかしたらハリーが『レイチェル』の話を聞いているように、ハーマイオニーからハリーの話を聞いていたからなのかもしれない。だとしても、やっぱりハリーとは直接の関わりはないことに変わりはないのだから。
「テーブルが広々と使えるっていいよな」
「気に入ってもらえたならよかったよ」
冗談めかしてそんなことを言うロンに、ハリーは力なく笑った。
今もこうして混雑している夕食の時間も、ハリー達が使っている席の周りだけが妙にぽっかりと空いている。ほとんどのグリフィンドール生はハリーの近くに座りたがらないせいだ。それなのにハリーを遠巻きにヒソヒソするせいで、せっかくのおいしい食事も何だか味がしなかった。話したことのある同級生や、仲間だと思っていた同寮生でさえハリーを疑っている。そして、ハリーと親しくない生徒はそんな様子を見て、ますます疑いを深めている。
……でも、全員じゃない。ハリーは気を取り直した。今もハリーの周りに居て普通に話しかけてくれる人達以外は、誰もがハリーを疑っているような気がしていたけれど、そんな中で、ハリーと話したことすらない『レイチェル』が噂よりもハリーを信じてくれたことは、やっぱりとても価値のあることに思えた。
「あのインチキババア、毎度授業のたびに人の顔見て死ぬ死ぬって、他にレパートリーないわけ!?」
ふいにレイブンクローのテーブルの方からそんな不機嫌そうな声が響いて、ハリーは思わず視線を向けた。そこには『レイチェル』が座っていた。隣には、以前も一緒に居たあのブロンドの女の子。どうやら声の主はそっちだ。それに、こっちからは後ろ姿で顔は見えないけれど、あの女の子も一緒だ。
「パメラ、今日もまた言われたの? ……そろそろ、マクゴナガル教授あたりに相談してみたら?」
「それで黙ってくれるならね! あのタイプは誰が何言ったって聞きやしないわよ!この1年以上私は1度も死んでないけど、構いやしないんだから!絶対あれはただの趣味よ!あー、もうムカつくったら」
「その……トレローニー教授には、何かお考えがあるのかもしれないわ」
ハリーからすると、『レイチェル』はハーマイオニーの友人の印象が強いけれど、どうやら、あの人とも友人のようだった。それも、かなり親しそうな。
『レイチェル』はハリーの無実を信じてくれている。その『レイチェル』と仲が良いと言うことは……もしかしたらあの人も、ハリーが継承者だとは思っていないのかもしれない。友達だからって同じ意見とは限らないし、ほとんどの生徒はハリーが継承者だと思い込んでいるのだから可能性は低いかもしれないけれど────。
そうだったらいいな。そう思って、ハリーははたと我に返って、シチューを掬う手を止めた。
どうして────どうして、あの女の子にハリーを信じてほしいと思うのだろう?
今の状況を考えれば、ハリーの無実を信じてくれる人はとても貴重で、1人だって多い方がいいに決まっている。親しい人でも、そうでなくても。疑われているのは居心地が悪いし、実際ハリーは何もしていなのに、このままではどんどんハリーが犯人だと言う疑いは深まっていくばかりだから。
けれど今ハリーは、“誰か”ではなく、あの人に信じてほしいと────そうなら嬉しいと、確かにそう思った。
「ハリー? どうしたの? あなた、顔が赤いわよ」
「何でもないよ、ハーマイオニー」
ハリーは平静を装おうとしたが、スプーンを取り落としてしまった。あっと思った瞬間、スプーンがシチューの中へと沈んでいく。ハリーを見るハーマイオニーの表情がますます不可解そうになるのがわかって、ハリーは思わず視線を逸らした。
どうして、あの人がハリーを信じてくれるかもなんて、そんな馬鹿みたいな期待をするんだ?
彼女がどんな子なのかどころか、名前すら知らないのに。