最近のハリーには、またしても心配事が増えていた。
その原因は今、ハグリッドの小屋の中に隠されている。先週卵から孵化したノルウェーリッジバック種の赤ん坊────ノーバートと名付けられたそのドラゴンは、日に日にすくすくと成長していた。成長しすぎていた。遠くないうちにハグリッド小屋には収まりきらなくなる大きさになってしまうことは想像に難くない。鋭い牙と爪、振り回される棍棒のような尻尾。おまけに口からは炎を吐き出す。ハグリッドにとってはやんちゃな大型犬くらいの感覚らしいが、ハリー達から見れば危険極まりない。あんな図体の生き物を、こっそり育てるなんてそもそも不可能だとわかりそうなものなのに。怪物を前にするとハグリッドは判断力を失ってしまうのだ。

「ルーマニアへの手紙ってどれくらいで届くのかしら」

羊皮紙の端まで文字で埋め尽くしてしまったらしいハーマイオニーが、ふいにそんな疑問を口にした。
ハリーのアイディアで、どうにかハグリッドを説得してノーバートをドラゴン研究所に送ることに決まった。1秒でも早くノーバートがホグワーツを離れられるよう、急いでふくろう小屋から手紙を出したのがつい30分ほど前のことだ。明日提出のレポートの仕上げをするために図書室に来ていたが、ノーバートのことが気になって3人ともあまり集中できてはいなかった。

「ねえ、ロン。どれくらいで届くの?」
「なんで僕に聞くんだ?そんなの知るわけないよ」
「お兄さんに手紙出したりしないの?」
「しないよ、そんなの」

確かに……ここからルーマニアまで、どれくらいの距離があるのだろう? ヘドウィグは優秀なふくろうだけれど、海の向こうに手紙を届けるのは初めてだ。往復に1週間かかるのと、3週間かかるのでは、その間のノーバートの成長度合いも違ってくる。
ロンが首を横に振ると、「そう」とハーマイオニーは残念そうに溜息を吐いた。

「いいわ。レイチェルに聞いてみる」
「なんで、また『レイチェル』が出てくるんだよ?」

不満げなロンの口調に、ハーマイオニーがムッとしたような表情になる。
……まあ、無理もないなとハリーも思った。5月になってからと言うもの、ますますハーマイオニーの試験勉強への熱意は増すばかりで、そんなハーマイオニーにとって上級生の『レイチェル』はハーマイオニーの1番の相談相手らしい。試験勉強が始まってからと言うもの、『レイチェルはこう言っていた』をハリーもロンも何度聞かされたかわからないし、一昨日は『レイチェルにも見てもらった』と言う復習予定表を押しつけられたばかりなのだ。それにしても、確かにどうして今この話の流れで『レイチェル』の名前が出てくるのだろう?

レイチェルのお父様も、ドラゴン研究所で働いているらしいの。魔法薬の研究者だって言ってたわ」
「ああ……なるほどね」

ハーマイオニーの返事にロンは納得したようだったけれど、ハリーは驚いた。ロンの兄さんが外国にあるドラゴン研究所で働いているのは偶然とは言え幸運だったと思っていたのに、まさか身近にもう1人居たなんて。ポカンとするハリーに、ロンが説明した。

「ドラゴンの研究所は世界中にあるけど、中でもやっぱりルーマニアにあるやつはすごいんだ。世界中から優秀な魔法使いが集まるけど、ホグワーツの出身者もいっぱい居る。……まあ、毎年卒業生から1人出るかどうかってくらいの難関だけど」

ロンは何でもない口調を心がけていたようだけれど、どこか誇らしげだ。なるほど。ホグワーツがハリーが思っていた以上にたくさんの人が居たのと同じに、『ルーマニアのドラゴン研究所』もハリーが思うよりも規模が大きいものらしい。もしくは、魔法使いの世界が思った以上に狭いのかもしれない。

「それにしても、その『レイチェル』にノーバートのことまで言うつもりじゃないよな?」
「そんなはずないでしょ。ロン、貴方って……」
「シッ。……2人とも、黙って」

危うくまた言い合いを始めそうになった2人を、ハリーは慌てて静止した。すぐ近くにある本棚の影で、誰かが聞き耳を立てているような気がしたからだ。じっと目を凝らしていると、その誰かは足早に去っていったようだったけれど、さっき一瞬見えたその影は確かにプラチナブロンドの髪色をしていた。

「マルフォイの奴、まだ僕らのことを嗅ぎまわってるみたいだ」

ハリーは声を潜めて囁いた。ノーバートの卵が孵ったとき、マルフォイは小屋の窓からそれを覗き見ていた。たぶん、ドラゴンの姿もしっかり見ているはずだ。それなのに、マルフォイがハリー達のことをコソコソ嗅ぎまわるばかりなのがハリーには不気味に感じられた。ハリーが眉を寄せれば、ロンがフンと鼻を鳴らした。

「さっきの授業だって、ずーっと僕らのことを見てた。僕達の秘密を知ってるぞって言いたげに。あいつの得意げな顔はムカつくよな」
「どうして言いふらさないんだろう?」
「証拠がないからじゃないかしら。マルフォイがハグリッドを嫌ってるのは皆知ってるもの。『ハグリッドが“あれ”を育ててる』なんて言い出しても、誰も信じないでしょう? だって、“あれ”を手に入れるのって、とっても難しいんだもの」
「何にしろ、あいつに尻尾をつかまれたら終わりだぜ。……まあ、ノーバートの“尻尾を掴む”なんてあいつにはできっこないだろうけど」

ロンがニヤッと笑ってみせた。確かに────ハリーはマルフォイが怒ったノーバートが振り回した尻尾でハグリッドの小屋の壁に叩きつけられるところを想像した。ハリーとロンが顔を見合わせてクツクツ笑っていると、ハーマイオニーが全くもう、と溜息を吐いた。

「笑いごとじゃないわ。マルフォイの動きには注意しなくっちゃ。だって、もしも“あれ”の存在が皆に知られたら、本当に困ったことになるもの」

 

 

 

そんなハーマイオニーの言葉のせいだろうか。

忘れ物をしたせいで1人寮へと向かっていたハリーは、ふと窓から見下ろした中庭に視線が縫い止められた。そこに、ドラコ・マルフォイの姿があったからだ。どうやら、ベンチに座って、本を読んでいるようだ。いつもならマルフォイの側をウロウロしている、クラッブとゴイルは居ない。パーキンソンも。
向こうからはハリーに気づかないだろうと、ハリーはそのままマルフォイの姿を観察した。一体、マルフォイにはどこまでハリー達の話を聞かれてしまったのだろう? そして、何を企んでいるのだろう?
そんなことを考えていると、ふいに中庭が騒がしくなった。どうやら上級生の授業が終わったところらしく、中庭は通り道になっているようだ。ハリーはその人混みの中に、いくつか見知った顔を見つけた。フレッドとジョージだ。アンジェリーナやアリシア、それにリーも居る。どうやら、3年生のクラスらしい。
それに────あの人も居た。友人らしい金髪の女の子と2人で、何か話しながら歩いている。……忘れると決めたはずなののに、やっぱり見つけてしまう。ハリーは思わず溜息を吐いた。
ふいに、あの女の子が何かに気がついたような表情になった。誰か知り合いでも見つけたような感じだ。視線の先は────ベンチに座っているマルフォイの方だ。
……いや、そんな、まさか。あの人はレイブンクロー生だし、マルフォイなんかと知り合いなはずが────。

「ドラコ!」

ハリーの困惑をよそに、彼女はマルフォイの名前を呼んだ。ついでに笑顔で手も振っている。
対するマルフォイは────本から一瞬顔を上げて、あの女の子の方を見たきり、またすぐ本へと視線を戻した。女の子は困ったように眉を下げて苦笑すると、またすぐ友人との会話に戻ったようだった。そのまま、中庭を通り過ぎて城の中へと入って行く。
ハリーは何だか奇妙なものを見てしまったような気分になって、すぐにその場を後にした。早足で廊下を進みながら、ハリーは自分がひどく動揺しているのがわかった。

『ドラコ!』

さっきの彼女のマルフォイを呼ぶ声が、妙に頭の中に反響している。ただ名前を呼んだだなのに、その声はどこか親しげな、柔らかい響きを持っていたのがわかった。
……あの人、マルフォイの友達なんだろうか? いや、でもマルフォイは手を振り返すどころか笑い返してすらいなかったし……やっぱり知り合いじゃないのかもしれない。でも、マルフォイの性格から言って、知り合いでもない相手にいきなり名前を呼ばれたりしたら、もっと嫌そうな表情をするんじゃないか?だとしたら、やっぱり知り合いなのかも。

もしかしたら、親戚か何かなのかもしれない。きっとそうだ。ハリーだってダドリーとは従兄だけれど気が合わない。あの人も、マルフォイのことは苦手に思っているけれど、親戚だから仕方なく仲良くしているだけなのかもしれない。
マルフォイとあの人が友達ははずがない。だって、あの人はスリザリン生じゃないし────マルフォイみたいな嫌な奴じゃない。この間ハンカチを拾って渡したときだって、ハリーにお礼を言ってくれたし、フレッド達だって彼女を悪く言ったりはしていなかったじゃないか。あの人はマルフォイなんかとは違う。マルフォイと友達だなんて、ありえない。

そう考えて、ハリーははたと足を止めた。
よくよく考えれば、そんな風に言い切れるほど、ハリーはあの人のことを知らないのだ。
ほとんど話したこともないのに、勝手にあのダイアゴン横丁の女の子を重ねて、優しい女の子だと期待して、そして今、マルフォイと仲が良さそうだったから、勝手に幻滅している。ハリーは急に恥ずかしくなって、耳が熱くなるのを感じた。
あの人がマルフォイと友人だったとしたら、何だって言うんだろう。ハリーには何の関係もないことだ。そもそも、あの人がマルフォイそっくりの嫌な奴だったとしたって、幻滅なんかする必要もないじゃないか。顔が似ているだけで、あの人はあの女の子じゃないんだから。

そう言い聞かせるのに────どうしてか、さっき見た光景が頭に焼き付いて離れなかった。

予想外の繋がり

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