結局、ニコラス・フラメルのヒントは意図せず蛙チョコレートのカードの裏側から見つかって、ハリー達は三頭犬が守っているものが何なのかを知ることができた。スネイプは賢者の石を狙っている。そして、クィレル教授にその協力をするよう脅している。この1ヶ月、ハリー達は4階の廊下を通るたびにまだ守りが破られていないことを確かめたり、クィレル教授がスネイプに屈しないかやきもきして過ごした。
チョコレートに、そしてカード。ハリー達を長らく悩ませてきた謎を解決してくれたその2つは、今、ハリーに新たな謎をもたらしていた。

あなたの箒捌きを見て、ファンになりました。素敵な試合をありがとう。これからも応援しています。

パステルブルーのカードに、光る金色のインクで書かれた文字。見開きの逆側には、ホイップクリームやさくらんぼが乗ったポップなチョコレート色のカップケーキのイラスト。ハリーがメッセージを読み終えると、カップケーキはポンと音を立ててカードの中から浮き上がってきた。ふわりと漂う甘い香りからして、どうやら本物のお菓子のようだ。
すっかり忘れていたけれど、そう言えば2月にはバレンタインデーなんてイベントがあったのだった。

「送り主は一体誰なんだろう? 心当たりは?」
「何度も言ったじゃないか、ロン……本当にないんだよ」

カードから出てきたケーキは食べてしまったけれど、カードはまだトランクのポケットの中に入れてある。
女の子から────正確に言えばカードの送り主が誰だかわからないから女の子だと決まったわけじゃないけれど、カードのデザインや筆跡から想像するとたぶんそうだろう────バレンタインカードをもらうなんて、プライマリースクールの頃にはなかったことだ。

「もしかしたらさ、例の『白鳥』の彼女だったりして」
「そんなわけないよ……」

そうだったら面白いだろうとロンが気軽に言ってみたただけなのはわかっているけれど、ハリーは思わず溜息を吐いた。状況から言って、向こうはたぶんハリーと会ったことを忘れてしまっている可能性が高いのはロンだって知っているはずだ。それなのに、偶然バレンタインカードを贈ってくれたのがあの女の子だなんて、そんな偶然があるわけがない。もしも、そうなら────ちょっとだけ、嬉しいかもしれないけれど。

「カードをくれたのは、きっと僕の知らない人だよ」

バレンタインカードの送り主は、もしかしたらハリーの同級生かもしれないし、ハリーの知っている誰かかもしれない。けれど、きっと、あの女の子ではないことは確かだ。だって、あの日偶然出会ったたった1人と、カードをくれたたった1人が同一人物だなんて、あまりにもできすぎている。

「まあ、君は最年少のシーカーで、しかもこの間の試合なんてたったの15分でスニッチを捕まえたんだ。ファンの1人や2人居たって不思議じゃないよな」

からかうようなロンの口調は照れくさかったけれど、そうなのかもしれない。
たまたまホグワーツの誰かがハリーの試合を見て、カードを贈るのに相応しい活躍だと思ってくれた。きっと、それ以上でもそれ以下でもない。たぶん、あの女のことは無関係だ。
でも、もしかしたら────。

「ねぇ、ハーマイオニー。手紙の送り主が誰なのかわかるような呪文ってある?」

レポートを書く手を止めてハリーが話しかけると、ハーマイオニーが不思議そうな表情でハリーを見返した。けれど、それも一瞬のことで、すぐにまたハリーの3倍も長さのある羊皮紙に鼻先をくっつけて、そこに書かれた文字へと没頭し始めた。

「勿論あるわ。でも、あなたがもらったバレンタインカードのことを言ってるなら無理よ」
「どうして?」
「送り主が特定できないように、元々カードに魔法がかけてあるみたい。さっき4年生の女の子達が試してたけど、普通の呪文じゃ効かないわ。そうね、手作りのカードなら送り主がわかるかもしれないけど……」

そもそもバレンタインカードってそう言うものでしょうと、ハーマイオニーが続けた。
確かに、カードの送り主を知りたいからと言って魔法で無理やり暴こうとするのは、よくないことかもしれない。それに、ハリーのもらったカードはデザインやカードの仕組みからして明らかに市販品なので、どの道無理だ。ハリーがガッカリと肩を落とすと、ハーマイオニーは気の毒そうな表情になった。

「ロンが言ってたこと、気にしてるの? 『彼女』からかもしれないって」
「違うよ」

反射的に否定が口をついたけれど、ロンのあの一言が引っかかっていたのは確かだった。
もしかしたら、彼女からかもしれない。きっとそうじゃないことはわかっているけれど、それならそうだと確認すれば安心できるような気がした。

「もし……もしそうだとしたら、どうして僕に直接話しかけてくれないんだと思う?」
「さあ……わからないけれど、考えるとしたら……えっと、すごく恥ずかしがり屋……とかかしら?」

大抵の質問にはすぐさまハキハキと返してくるハーマイオニーでも、こればかりはわからないらしい。いつも自信たっぷりのハーマイオニーが悩んで言葉に詰まっている姿と言うのは新鮮で、ハリーは力なく微笑んだ。

「もしかしたら、あなたが自分のことを覚えてないと思ってるのかも。話しかけて、『誰?』って言われたらって考えると、勇気がいるもの。あなたはこの学校では有名人だし」

そうなのだろうか────。もしもそうだとしたら、それこそバレンタインカードのメッセージに書いてくれればよかったのに。何か他に、理由があったんじゃないだろうか? でも、一体どんな理由が?
ハリーは思わず深く息を吐き出した。そもそもあのカードの送り主が彼女かどうかわからないのに、ぐるぐると思い悩んだところで仕方ない。

「フラメルも見つかったんだもの。彼女もきっと見つかるわ」

やっぱりハーマイオニーは何か誤解していると言うか、何だかまるでハリーがどうしてもあの女の子に会いたがっているように思っている節がある。そんなんじゃないと否定しても、いまいち響いている気がしない。そんなんじゃないのに────元気づけようとするかのように微笑むハーマイオニーに、ハリーは思わず視線を泳がせた。

 

 

 

フレッドとジョージによる「人探しゲーム」はハッフルパフとの試合後から再開していた。
今2人が見つけてくれたのは、ハリーよりも3つ上の学年のレイブンクロー生だ。肩のあたりで切り揃えられた栗色の髪、おとなしそうな顔立ち。ハリーが2人に伝えた条件には当てはまっている。当てはまっているのだけれど────。

「あの子も違ったかい? ハリー」
「うん……ごめん」
「おいおい、別に謝ってもらうような理由はないぞ」

もう20人近く確認したような気がするけれど、やっぱり目当てのあの女の子は見つからない。そして、ハリーは段々とはっきりと確信を持って人違いだと言えなくなってきているのを感じていた。そもそも照らし合わせるためのハリーの記憶が、時間が経つにつれてどんどんおぼろげになってきているせいだ。

「もしかしたら、レイブンクローってのが間違ってるのかもな。その女子にからかわれたとか」
「実はスリザリン、とかってことか? だとしたらかなり範囲は広がっちまうな」

フレッドとジョージは相変らず快く協力してくれているが、それもハリーには心苦しく感じられた。2人のおかげで効率的に探せていることもあって、すぐ見つかるんじゃないかと思ったのに、なかなかどうしてやっぱり道のりは遠いらしい。
ハリーはもう1度、少し離れたところを歩いている4年生の女子へと視線を向けた。……ハリーの記憶が曖昧だから見落としてしまっただけで、もしかしたら今まで2人に引き合わせられた中にあの女の子が居たのだろうか? もしかしたら、あの人が? でも、やっぱりあんな顔立ちではなかった気がする。後ろ姿は似ている気はするけれど……そんなことを考えて背中を追っていたハリーはハッと息を飲んだ。

「……あの人だ!」

ハリーは思わずフレッドのローブを掴んだ。今視線の先に居るのは、さっき追っていた上級生ではない。その向こうにある渡り廊下に、見覚えのある少女が通りかかっていた。アンジェリーナ達と一緒にハリーがシーカーになったことを話した、あの少女だった。

「ほら。あの……前に話した……えっと、そうだ。『レイチェル』の隣に居る……」

渡り廊下には、彼女以外にも多くの生徒が行き交っている。その中にもう1人、彼女の隣に知っている顔を見つけて、ハリーは思わずそう口にした。遠目にも目立つ華やかな黒髪の巻き毛の少女は、ハーマイオニーの友人である「レイチェル」のはずだ。

「あー」

フレッドがハリーの視線の先を追って、小さく呟いた。何度か彼女らしき姿を見かけることはあったけれど、いつも急いで教室に向かっているときだったり、彼女が誰なのか聞ける相手がその場に居なかったりした。ようやく見つけられたとハリーの心臓の鼓動が早くなるのとは逆に、ジョージは何だか難しそうな表情をハリーに向けた。

「残念だけど、彼女は君の探し人とは違うと思うぜ、ハリー」
「どうして?」

だって、今まで見てきた女の子達の中で、彼女が1番あの女の子に似ているのに。最初に会ったときは人違いかもしれないと思ったけれど、あれは向こうがハリーを覚えていなさそうな様子だったから戸惑ったせいもあったのかもしれない。やっぱり、こうやって遠目で見てみても、あの女の子に雰囲気が似ている。

「なぜなら、だ。彼女、夏の間はずっとフランスに居たって話だからな」

そもそもダイアゴン横丁に行っていないのだからハリーと会えるはずがないと、フレッドが肩を竦める。
その言葉で、胸の中で膨らんでいた期待が、空気が抜けたように萎んでいくのがわかった。
きっと彼女があの女の子だろうと思ったのに────似ていると感じたのは、やっぱりハリーの勘違いだったのだろうか? フレッド達の言う通り、レイブンクローだと言うのが嘘だったのかもしれない。でも、嘘だとしたら何のために? わからない。

困惑するハリーをよそに、少女の姿が廊下の角を曲がって消えて行く。その背中はやっぱり、あの夏の日に見た少女とよく似ている気がした。

オデットとオディール

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