結局あの女の子は見つからないまま、空には雪がちらつくようになりはじめた。12月だ。その頃のハリーには、新たな「探し人」が増えていた。
「これも違う」
また1冊。調べ終えた本を脇へと積み重ねる。軽く置いただけのつもりだったけれど、そもそもの分厚い本自体の重みに、本棚の奥から引っ張り出してきたせいでかなり埃が積もっていたらしい。辺りに舞い散った白い埃に、ハリーは軽く咳き込み、また次の1冊を手に取った。
「僕のもないや」
「こっちもダメだわ」
ロンがうんざりしたように溜息を吐き、ハーマイオニーが静かに首を横に振る。そうしてまた、テーブルの周りに埃が舞った。これで一体、何冊の本を調べただろう? 今日はまた新たな本棚を開拓してみたけれど、探している名前は一向に見つからない。
「ねえ、僕思うんだけどさ、こんなに調べても見つからないってことは、ハグリッドが名前を勘違いしてるって可能性はないかな?」
「それは……正直私も思ったけど。でも、考えても仕方ないわ。ハグリッドを問い詰めたところで、他の手掛かりが出てくるとは思えないもの」
そんな親友達の会話を聞きながら、ハリーはじっとページの上の活字を目で追っていた。
ニコラス・フラメル。ニコラス・フラメル────もはや呪文にも似た響きを呟きながら、ハリーはページを指で捲る。何だか1ページごとに紙の重みが増していくような気がする。でも、見つからないからと言って諦めるわけにはいかない。これは、賢者の石に関連する重要な手掛かりなのだから。
「そうだ、ハリー。そう言えば、あの女の子は見つかったのかい?」
どうやら本を調べるのに飽きたらしい。頬杖をついたロンが急にそんなことを言い出したので、ハリーの集中はそこで途切れた。
────ハーマイオニーには内緒だって言ったのに!思わずロンに責めるような視線を向けたが、ロンはすっかり忘れているのかキョトンとするばかりだ。
「あの女の子って?」
間髪入れずにそう聞き返してきたハーマイオニーに、ハリーは言葉に詰まった。
結局、ハーマイオニーにはあの女の子のことを話してはいないのだ。それどころか、最近はロンにすら。フレッドとジョージは相変らず協力してくれている────今はハリーの1つ上の学年の女の子を調べてくれているらしい────けれど、最近はハリーの方もフラメル探しが忙しくてあの女の子のことはすっかり後回しになってしまっている。結局、クィディッチの試合の後もあの女の子が話しかけてくることはなかった。期待が外れてちょっとガッカリはしたけれど、今探すべきなのはあの女の子よりもニコラス・フラメルだ。
「別に……何でもないよ」
「何でもないことなら、話したところで問題ないはずでしょ?」
「そうだけど……」
結局、ハリーにはそれ以上上手く誤魔化すことはできそうになかった。
ハーマイオニーの知りたがりと記憶力を考えれば、この場をどうにか乗り切ったところで、事あるごとに質問責めにされるに決まっているのだ。
「僕、ダイアゴン横丁に行ったときに、上級生の女の子に会ったんだ。親切にしてもらったから、ホグワーツに入学したらまた話せたらって……それだけだよ」
諦めて、ハリーはハーマイオニーに聞かれるがままに素直に話した。髪の長い女の子で、レイブンクロー生だったこと。でも、名前も学年も聞きそびれてしまったこと。ハリーを見たら、向こうから話しかけてくれるんじゃないかと思ったけれど、どうやらハリーと会ったこと自体忘れてしまっているんじゃないかと言うこと────。
「何だか、白鳥の湖みたいね」
一通りハリーが話し終えると、ハーマイオニーがぽつりと呟いた。
「何だいそれ?」と、ロンが不思議そうな表情になる。ハリーも不思議に思って首を傾げると、ハーマイオニーは呆れたような表情になった。
「ロンはともかく、ハリー、あなたも知らないの?」
「聞いたことくらいはあるけど……確か、バレエだっけ? ダーズリー家の連中が僕をそんなのに連れて行くと思う?」
信じられないと言いたげな口調に、ハリーはモゴモゴと言った。有名なバレエの演目だと言うことくらいはわかるし、ペチュニアおばさんがテレビで見ていたような記憶は薄っすらとあるけれど────確かそのときハリーは皿洗いに忙しかったのだ────詳しくは知らない。
「ロシアのバレエの演目よ。前に、ママとロイヤル・オペラハウスに見に行ったことがあるわ」
ちょっと待ってて、と言い残してハーマイオニーは立ち上がり、本棚の方へと歩いて行った。そしてしばらくして、1冊の本を手に戻ってきた。表紙には、バレリーナらしき衣装を着た少女のイラストが文字通り踊っている。
「あったわ。ほら、これよ。……魔法使いの視点で書かれてるから、ちょっと私が知ってるのとは違うみたいだけど……でも、大体は合ってるわ」
そしてハーマイオニーが開いたページには、さっき話に出た『白鳥の湖』についての説明が書かれていた。悪い魔法使いの呪いによって白鳥に姿を変えられたマグルのお姫様と王子の恋物語。姫が元の姿に戻る方法は、誰かが姫に真実の愛を誓うこと。王子は姫と約束したのに、姿を変える魔法薬で姿を姫そっくりに変身した魔法使いの娘に騙されてしまう。
「それで、その話と、このクネクネした踊りと、ハリーに一体何の関係があるんだい?」
ロンの遠慮のない言葉に、ハーマイオニーがムッとしたような表情になったが、正直なところハリーもロンに同感だった。一体、何だってハーマイオニーはいきなりこんな話をしたのだろう? ヒトを白鳥に変える呪いなんて、ハリー達1年生にはまだまだ先の話だ。
「だって、昼間の白鳥の姿のままじゃ、王子にはオデット姫と他の娘達の見分けがつかなかったってことでしょう? それって、今のハリーの状況と少し似てると思わない?」
ハーマイオニーの言葉に、ハリーはぱちりと瞬きをした。
ダイアゴン横丁で会った、白いワンピースの女の子。あのときは次に会ってもきっとわかると思ったのに、ホグワーツに来たら、制服のローブの群れに紛れて見分けがつかなくなってしまった。
……そう言われてみれば、確かに似ているのかもしれない。
「なるほど。いいね、オデットか。『ダイアゴン横丁で会ったあの女の子』じゃ長いと思ってたんだ」
ロンがニヤッと笑った。その声にからかうような響きを感じて、ハリーは頬が熱くなるのを感じた。
確かに、自分でも似ているかもしれないとは思ったけれど、それじゃ、ハリーが王子であの女の子がお姫様だと言うことになってしまう。
「僕……僕、別に、あの人に『真実の愛』を捧げるつもりなんかないよ!」
ハリーがあの女の子を探しているけれど、それは別に、あの女の子に一目ぼれしたからなんかじゃない。確かに笑顔が可愛いなとは思ったけれど……でも、あの女の子のことが好きになってしまったわけでも、どうしても会いたいと思い詰めているわけでもない。第一、顔もよく覚えてない相手を好きだなんて、そんなことあるわけがないじゃないか。
「そんなんじゃなくて、ただ────」
その先の言葉は続かなかった。マダム・ピンスの厳しい視線に気づいたハーマイオニーが、ハリーの口を塞いだから。そう言えばここは図書室だった。
ただ────何だろう? あの女の子に会ったら、ハリーはどうするつもりだったのだろう? 会う前に躓いてしまったから、会ったあとのことはあまり考えていなかったけれど……ただ、そう。もう一度会って、話をしてみたかった。名前を聞いて、あのときのお礼を言って、友達になれたらいいなと思った。
ごく普通の、当たり前のことをしようと思っただけだ。ただ、それだけだ。