9月になり、ホグワーツに入学したハリーは、自分の認識が少しばかり甘かったことを知った。

その原因を端的に言い表すとすれば、ハリーの中にあった「魔法使い」に対する先入観のせいだろう。魔法学校と言うからには、ハリー以外にも生徒が居ることはわかっていた。ホグワーツが広大な城だと言うのも、ハグリッドから聞かされていた。けれど、やっぱりマグル生まれのハリーにとってはつい2ヶ月前まではおとぎ話や映画の中だけだったせいか────何となく、学校と言ってももっとひっそりとして、ごくわずかな選ばれた子供達だけに秘密の呪文や術を教えるような、そんなイメージだった。だって、ハリーが今まで知っていた本や映画では、魔法使いと言うのはそう言う存在だったから。
まさかこんなに、1000人も生徒が居るなんて! あのときのハグリッドの表情の意味が、ハリーには今になって理解できた。確かに名前も学年も知らない、ただ「レイブンクロー生」としかわからない女の子を探すなんて、あまりにも無謀だとハグリッドは思ったのだろう。実際、組分けの儀式の後の晩餐でも、少し離れたレイブンクローのテーブルに座った生徒達の中から、あの女の子を見つけることはできなかった。

「よぉ、ポッター。調子はどうだい?」
「アー……うん、まあね」

とは言え、それでも最初のうちはハリーはそこまで悲観していなかった。
なぜなら、ホグワーツの生徒達の反応もまた、ダイアゴン横丁での大人達と同じだったからだ。ハリーが廊下を歩くたび、生徒達は意味ありげにハリーの額に視線をやっては、ヒソヒソと囁き交わす。一方的に親しみを持って、ハリーに話しかけてくる。正直に言って居心地は悪いが────人探しをしているハリーにとっては注目を集めているこの状況は好都合でもあった。
小柄で、やせっぽちで、黒髪で、眼鏡をかけた新入生。この条件に当てはまる人間は、1年生の中でもハリーだけだ。ダイアゴン横丁で会ったあの女の子は、自分が話しかけたのが“あの”ハリー・ポッターだと気づいていなかったようだったけれど、こうして注目されているハリーを見れば彼女にはわかるはずだ。何せ、あの日のハリーはダドリーのお下がりのぶかぶかのTシャツとジーンズを着せられていた。ハリーの経験上、嬉しくないことに初対面の人間にはなかなか印象に残る姿だ。
だから、そう。きっと、彼女の方から声をかけてくれるだろう。ハリーはそう考えていた。もしかしたら、組み分けのときに気づいたかもしれない。自分が声を上げた相手があのハリー・ポッターだったことに驚いただろうか。想像すると、何だかくすぐったいような気分になる。ハリーはあの日のように、彼女が声をかけてくれることを期待していた。
が、結果はと言うと────ハリーに話しかけてくるのと言えば知らない上級生ばかりで、その中にハリーの会ったあの女の子らしき姿はなかった。
やっぱり、名前を聞いておけばよかった。夕食時の賑わうレイブンクローのテーブルを遠目に眺めながら、ハリーは小さく溜息を吐いた。

「どうしたんだい、ハリー?さっきからあっちのテーブルの方ばっかり見てさ」
「何でもないよ」

怪訝そうな表情のロンを、ハリーは曖昧に笑って誤魔化した。
ハリーも彼女を探してはみているものの、食事の時間帯は大体決まっているとは言え人によってバラバラだし、背中を向けていたらわからない。廊下で一瞬すれ違った相手の顔なんてよくわからないことも多いし、皆が手元の本やレポートに夢中になっている図書室も似たようなものだった。同じホグワーツの生徒のはずなのに、寮も学年も違う相手を探すことがこんなに難しいなんて!

「あのさ、ロン。聞いてほしいんだ。実は僕……」

日に日に、ロンから何か言いたげな視線を向けられる回数が増えてきたのを感じて、ハリーはとうとう秘密にしておくのは限界だと悟った。誰かを巻き込むほどのことでもないし、1人で探そうと思っていたのだけれど、そのせいで隠し事をしていると思われてロンと喧嘩になるのはイヤだ。せっかくできた大切な友達なのだから、ロンにだけは打ち明けるべきだろう。シェーマス達の留守を見計らってハリーは夏休みにあった出来事を話して聞かせると、ロンは納得してくれたたようだった。

「これだけたくさん生徒が居るのに名前も学年もわかんないんじゃ、探すなんて無理な気がするけどな。それにしてもハリー、君、1度会っただけの相手の顔なんてよく覚えてるね」

よっぽどすごい美人だったとか?────期待したように目を輝かせるロンに、ハリーは視線を逸らして押し黙った。ロンはハリーの返事を待っているのか、2人の間にちょっとした沈黙が流れる。どう答えればいいものかと言葉を探していると、どうやらハリーの様子から察したらしいロンがぎょっとしたように叫んだ。

「えぇっ!?まさか、顔もわからないって言うのかい!?探してる相手なのに!?」
「……全く覚えてないわけじゃないよ」

もっともな疑問に気まずくなって、ハリーはモゴモゴと歯切れ悪く舌の上で言葉を転がした。
正直に言えば、ハリーはあの女の子の顔をよく覚えてはいなかった。だって、仕方ないじゃないか。会ったのはもう2ヶ月も前のことで、それもほんの2、3分のことだったんだから。それに、あの女の子にはハリーのような眼鏡だとからロンのような燃えるような赤毛だとか、そう言った一目でわかるような特もはなかった。とは言え何となく薄っすらとは覚えているし、実際に本人を前にしたら思い出すはずだ。……たぶん。

「ふーん。でもさ、話しかけてこないってことは、向こうも君と会ったこと、忘れちゃってるんじゃない?」

正直、その可能性はハリーも考え始めていた。
ハリーにとっては、あの女の子は最初に出会った上級生で、そして不安だった気持ちを軽くしてくれた、印象的な出来事だったけれど。向こうにしてみたら、迷子かと思って声をかけただけ。しかも結局迷子ではなかったから一言二言話して別れた、たったそれだけの出来事なのだ。記憶から抜け落ちてしまっていても不思議はない。
そんな考えが表情に出てしまったのか、ロンが慌てたように言い繕う。

「ごめん! その、あのさ、忘れちゃってたとしても、君の顔を見ればきっと思い出すって。それにほら、君が有名人だから遠慮して声をかけられないのかもしれないよ」
「そうかな……」
「きっとそうさ」

確かにロンの言う通り、教室移動ひとつにも注目が集まっているような今の状況では、他寮の生徒にとっては話しかけにくいだろう。今はハリーを珍しがっているけれど、そのうち生徒達がハリーの存在に慣れるか興味を失うかするはずだ。ハリーの周りがもう少し静かになれば、彼女の方からやって来てくれるかもしれない。ハリーは気を取り直した。
予想通り、学校が始まって2週間も経った頃には、ハリーに刺さる好奇の視線もずいぶんマシになったように思えた。が、それもほんのわずかな間だけのことだった。

「やっと普通に廊下を歩けるようになったと思ったのに、これじゃ入学した時に逆戻りだよ」
「仕方ないさ。だって本当にすごいことなんだぜ。それに、悪いことばっかりとは限らないさ。君の探し人にとっては話しかけるきっかけになるかもしれないし」

初めての飛行術の授業でのちょっとしたアクシデントが原因で、ハリーは寮の代表選手に推薦されたのだ。1年生が抜擢されるのは100年ぶり。しかもクィディッチの花型のシーカー!
キャプテンであるウッドの意向では、ハリーが選手に選ばれたことは「極秘」で「チームの秘密兵器」のはずだったが、数日後にはホグワーツ中の生徒がその秘密を知っていた。これまで以上にハリーは注目の的で、どこへ行っても引っ切り無しに知らない誰かから話しかけられた。ニンバスのことだとか、贔屓のクィディッチチームのことだとか、箒に乗るときのコツだとか、手入れの仕方だとか、読んだ方がいいクィディッチの指南書だとか、それはもう色々と。

「ハイ、ハリー!」

その日も中庭を歩いていたら、誰かに名前を呼ばれた。ちょうど運悪くロンはパーシーに捕まっていて居ない。つい数分前に、ハッフルパフの上級生達のクィディッチ談議から解放されたところなのに。今度は何だろうと振り向いて、ハリーはほっとして肩の力を抜いた。チームメイトのアンジェリーナ・ジョンソンとアリシア・スピネットだ。

「もう噂で知ってるでしょ?グリフィンドールの新人シーカーよ」

手招きをされるままに2人の方へと近寄っていったハリーは、アリシアのその言葉に2人の他に誰かが一緒に居ることに気がついた。ハリーからはほとんど横顔しか見えないけれど、どうやら知らない上級生の女の子だ。アンジェリーナやアリシアの友人だろう。

「ハリーはすごいのよ! 箒にはじめて触ったのがついこの間のことなんだもの。それなのに私達より飛ぶのが速いのよ!」

アンジェリーナがそう言えば、女の子がハリーへと視線を移した。振り向くその動作に合わせて、長い髪が肩を流れて揺れる。じっとこちらを見つめるその顔に、ハリーはどきっとした。
────あの女の子に似ている。

「そう言えばどうしてマクゴナガル教授がシーカーに推薦したのか、私、知らないわ」

声も、似ている気がする。ハリーはそっと彼女の襟元を視線を走らせた。まだネクタイを結ぶのに慣れないハリーやロンと違って綺麗に作られた結び目は、青とブロンズのストライプだった。ハリーはまた心臓が跳ねるのを感じた。この人、レイブンクロー生だ。

「マルフォイの奴がネビルの思い出し玉を取っちゃったのよ。で、こう、空中に放り投げたんだけど、ハリーがそれをキャッチしたときのスーパーダイビングがマクゴナガルの目に止まったってわけ」
「……それ、フーチ先生は止めなかったの?」
「居なかったのよ、怪我したネビルを医務室に連れて行ってたから。いくらマルフォイでも先生が見てる前ではそんなことできないわよ。度胸ないもの」

この人が、ハリーの探しているあの女の子かもしれない。
彼女の視線がハリーから逸れたのに乗じて、ハリーはこっそりとその姿を観察した。頼りになるはずの記憶があやふやなせいで、絶対にそうだとは言い切れないけれど────でも、やっぱり似ている。
制服のせいで少し雰囲気は違うけれど、髪の長さだとか、話し方も、たぶんこんな感じだった。

「だからマルフォイのおかげなのよね、ハリー」
「スリザリンの奴ら、自分で自分の首を絞めたんだもの。いい気味だわ」
「まぁね。マルフォイがあんなことしなくちゃ、僕はクィディッチの選手にはなれなかったし」

また、彼女がハリーを見つめている。ハリーは心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。アンジェリーナ達の会話は耳には入っていたのだけれど、気分が高揚しているせいか、どこか足元がふわふわしていて、今自分が何を言っているのかよくわからない。そうだ。もし彼女があの女の子なら、今ここで聞いてみればいいんだ。そう思って、ハリーは意を決して口を開こうとした。のだけれど。

「……そうなの。おめでとう、すごいわね」

そう言って、彼女がハリーに微笑みかける。その瞬間、ハリーはあれ、と思った。穏やかに微笑んでいるのだけれど────何だかそれは、ハリーの記憶にあるあの女の子の笑顔とは違っていた。初対面のハリーに向けてくれた、あの安心させるような優しげな笑みとも、ダイアゴン横丁に語っていたときの屈託のない笑みとも、別れ際のあの親しげな笑みとも。
そして、ハリーがその違和感に戸惑っているうちに、彼女はその場から立ち去ってしまった。

「どうしたの、ハリー。ボーッとしちゃって。そろそろ行かないと、遅れたらオリバーがカンカンよ」
「アー……うん」

…………似ている気がしただけで、やっぱり違ったのかな。
遠ざかっていく女の子の背中を見つめていたハリーは、アリシアに急かされて、ハリーもまたクィディッチの練習へと向かうべくその場を後にした。

似ているけれど違う人

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