パメラのいじめ対策法(1)
10歳のパメラ・ジョーンズは、自分のことを世界で100番目くらいには幸福な子供だと思っていた。
小さな化粧品会社の社長をしている父親に、専業主婦の母親。両親には、時間もお金も愛情もたっぷり注がれて育てられた。社交的な性格と頭の回転は父親譲り、自慢のブロンドと明るいブルーの目は母親譲り。両親のいいところどりをしたパメラは友人にも恵まれていたし、男の子にも人気があった。学校の成績だっていい。
「ねえパメラ、今度私の誕生日会があるの。是非あなたに来てほしいわ」
「ねえパメラ、私バレエを習おうと思うの。あなたもやってみない?」
「ねえパメラ、駅前に新しいカフェができたらしいの。一緒に行きましょうよ」
いつだって皆の中心で、憧れられて、羨ましがられた。不満なんて何にもない。毎日が十分すぎるほど楽しいのに、これ以上何を望むと言うのだろう?
自分はとても幸福な子供だとパメラは思っていたし、たぶん周囲からもそう思われていただろう。けれど、パメラにはひとつだけ────たったひとつだけ、友達には言えない心配事があった。身の回りで時々、変なことが起きるのだ。
例えば、パメラが町で知らないおじさんにぶつかられて痛かったとき。謝りもせずに去っていく背中を睨みつけたら、風も吹いてないのにどこかから転がってきた空き缶で滑って転んだ。
例えば、隣のクラスの男の子が弱いものいじめをしているところが窓から見えたとき。ああ言うのは嫌だなと顔を顰めていたら、いじめっ子のズボンがパッと消えて下着一枚になってしまった。
例えば、近所に住んでるおばさんに八つ当たりで難癖をつけられたとき。どうしてこんな目に遭うのだろうと視線の先にあったゴミ箱を睨みつけていたら、ゴミ箱が突然爆発して、その中身がおばさんの頭に降り注いだ。
例えば、パメラの誕生日に友達の家でサプライズパーティーを開いてもらったとき。楽しい時間を過ごして帰る頃になると、来たときにはまだつぼみすらついていなかった庭の薔薇が全部満開になっていた。
パメラが怒ったり悲しんだりすると、奇妙なことが起きた。そう言えば小さい頃は、両親の見ていないところでテディベアを踊らせたり、割ってしまったマグカップを元通りにしたこともあったような気がする。
どれもこれも些細なことだし、両親に言っても偶然だと笑われたけれど────「もう十分私達の特別なのに、これ以上特別な存在になりたいの?私の天使ちゃん!」────積み重なると気味が悪い。
別に、自分にスパイダーマンみたいな特別な力があると思っているわけじゃない。あったとしたって、自分の意思でコントロールできなければ迷惑なだけだ。もし皆に知られたら、どこかの研究所に送られて、実験動物みたいに扱われてしまうかも。友達だってきっと気味悪がる。パメラは周囲にこのことがバレて避けられやしないかとヒヤヒヤしていた。
「ねえ見て、あれ。ケビンの飼ってたプードル、朝起きたらあんなピンク色になってたんだって!」
「ねえねえ、パメラ。どう思う? どうやったのかしら!」
「さあ? 誰かの悪戯じゃない? 暇な人も居るのね」
きゃあきゃあと騒いでいる友人達に、パメラは素知らぬ顔で肩を竦めた。昨日の夕方、散歩中のケビンに会って、よくイラストで描かれてるみたいにプードルの毛の色がピンクだったら可愛いのにななんて思ったことは、何の関係もないのだ、きっと。パメラは夢遊病患者じゃないし、あんなけばけばしいピンク色の染料だって持っていない。
「ケビンのママがびっくりしちゃったんだって。ほら、何か、血統書つきだって自慢してたじゃない? 慌てて元の色に戻そうとしたのに、落ちないんだって」
「えー、何それ! 不思議ねぇ」
落ちない染料だなんて、まるで魔法みたい────ふと頭の中によぎった考えに、パメラは首を振った。
魔法だなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなの信じているのは、プライマリースクールに上がる前の小さな子だけだ。何でもかんでも自分のせいかもしれないなんてビクビクすることだって、自意識過剰だと煙たがられてしまう。
自分は特別な力なんて、何もない。普通より少しだけ幸せな、ただの女の子だ。パメラはそう自分に言い聞かせていた。
結論から言うと、パメラには特別な力があった。魔女だったのだ。
11歳になった夏、パメラの元には今時珍しい、古臭い羊皮紙でできた封筒が届けられた。しかも、郵便配達によってではなく窓から、ふくろうで。ヤギならともかく、ふくろうが手紙を届けるなんて、パメラの知る常識ではありえないことだった。
ホグワーツ魔法魔術高等学校。鮮やかなエメラルドグリーンのインクで書かれた風変りな文字に、パメラと両親は誰かの悪戯だろうかと首を傾げた。宛先も住所も、パメラの名前の綴りも合っている。悪戯にしては手が込みすぎているし、気味が悪い。
けれどその日の午後、パメラの家にホグワーツの教員だと言う魔女が訪ねて来たことによって、その謎は解明された。なぜ頭のおかしい女だと警察に通報せず、魔女だと信じたか? 信じるに決まっている。だって、リビングにある暖炉からいきなり現れたのだ。その上、杖を一振りして花瓶を子犬に変えてみせたり、何もないコップに水を溢れさせてみせたのだから。
要するにパメラは魔女で、今まで不思議なことが起こったのは魔法のせいで、学校に通ってその力をコントロールする訓練をしなければいけない。そう説明を受けた両親は、気味悪がるのではなく「あらぁ。偶然じゃなかったのねぇ。ごめんねパメラ、信じてあげられなくて」「魔女なんてすごいじゃないか!魔法の化粧品が作れるなんて、大ヒット間違いなしだ!」とパメラ以上にあっさり、ポジティブに現実を受け入れていた。つくづく自分は幸せな子供なのだろうとパメラは思った。
あれよあれよと入学の手続きは進み、パメラはダイアゴン横丁と言う魔法使いの街で学用品を揃えた。
絵本で見た魔法使いの三角帽子に、毒リンゴでも作れそうな大きな鍋、そしてパメラを選んだパメラだけの魔法の杖。お気に入りの花柄のトランクにそれらを詰めながら、ようやく実感が湧いて来た。
「私、魔女になるんだわ」
試しに杖を軽く振ってみる。金色の光の粒子がキラキラと部屋の中に舞った。魔法使いの学校。一体どんなことを学ぶのだろう。パメラのように、今までは魔法の存在を知らなかった生徒もたくさん居るのだと言っていた。それに、魔法使いの世界で育った子供も居るらしい。つい最近まで、皆と一緒にセカンダリースクールに行くものだとばっかり思っていたのに、まるきり予想外だ。でもこんな予想外が、パメラはちっとも嫌だとは感じなかった。むしろ、とても楽しみだ。
教科書を開くと、パメラの聞いたこともないような呪文がたくさん載っている。
魔法使いの学校。まだ見ぬ授業に同級生達。未知の世界への期待でパメラは胸をふくらませた。