14:40 放課後:2F廊下

魔法史の授業を終えたレイチェルは、図書室に向かっていた。ハーマイオニーと会う約束があるからだ。
今日はマグル学の特別授業もあったし、ハーマイオニーに話したいことがたくさんある。上機嫌で廊下を歩いていたレイチェルは、角を曲がって目の前に広がっていた光景に顔を引きつらせた。
教師が生徒を……いや、違う。生徒が教師を苛めている。これは問題だ。いや、逆だったとしても問題なのだけれど。
ポンポンと廊下を跳ね回っているのは、動きが速くてよくわからないけれどタマネギだろうか。それを仕掛けた当人────双子のウィーズリーは、それがクィレル教授の後頭部へぶつかるよう魔法をかけたらしかった。まあ、厚く巻かれたターバンがあるから痛くはないのだろうけれど────精神衛生上、あまりよろしくない光景だった。

「ちょっと」

レイチェルが声をかけたその瞬間、ずべしゃっと派手な音を立ててクィレル教授が廊下とキスする羽目になってしまった。タマネギから逃げ回ることに意識を集中しすぎて、自分のローブの裾を踏んでしまったからだろう。声に振り向いた双子は、きょとんとした顔でレイチェルを見返した。その顔に反省の色はない。レイチェルは思わず眉を寄せた。

「貴方達……クィレル教授を追いかけ回して、楽しい?」

スネイプ教授相手の悪戯もどうかと思うけれど、クィレル教授相手だと更に心臓に悪い。第三者からすると、まるで弱い者いじめみたいに見えてしまう。いや、双子がクィレル教授を嫌っているわけじゃない(むしろ気に入っているのだろう)ことはわかっているし、生徒が教師に対して弱い者いじめなんて言うのは本来おかしいのだけれど……でも、気弱で繊細そうなクィレル教授だとそう見えてしまう。元々、日頃から自信に満ち溢れている人ではないけれど、廊下に突っ伏しているクィレル教授はすっかり怯えた様子だった。──────気の毒に。レイチェルのこの感想も、教授に対するものではないような気もしたけれど、その教授を犬みたいに追いかけ回しているこの2人よりはずっとマシだろう。呆れ混じりに溜息を吐くと、双子は心外そうに肩を竦めてみせた。

「おいおい、愚問だぜレイチェル
「俺達が楽しくもないことをわざわざ進んでやるような人間に見えるかい?」

そう言って、鏡で映したみたいにそっくりな顔でニヤッと笑う。レイチェルは急に襲いかかって来た頭痛に額を押さえた。こんなにも無邪気な笑みを浮かべて、そしてここまで悪気なく開き直られてしまうと、もはや言い返す言葉も出てこない。

「……見えないわ」
「「だろ?」」

脱力したレイチェルに、双子はぴったり声を揃えてみせた。レイチェルと言う邪魔者が現れたせいか、はたまた廊下に倒れ込んだままうのクィレル教授に興味を失ったのか、双子は2人で何かヒソヒソ内緒話をすると、廊下を駆けて行ってしまった。まだ魔法がかかったままらしい玉ねぎが床の上をポンポン弾んでいる。「フィニート」それを一瞥して杖を振り、呪文の効果を終わらせると、レイチェルはクィレル教授に駆け寄った。

「……大丈夫ですか?」

この人も、防衛術の教授なのだからあんな悪戯くらい、魔法でどうとでもできるはずなのに。クィレル教授の専門のトロールを倒すことと比べたら、タマネギなんて簡単なはずだ。そう考えて、レイチェルはあれっと不思議に思った。そう言えば、クィレル教授が魔法を使うところって見たことがない。いや、ホグワーツに雇われている先生なのだから、たまたまレイチェルが使うところを見ていないだけなのだろうけれど。そんなことを考えながら、倒れ込んでいる教授に手を差し出す。伸ばされた腕は、薄い皮膚の下の血管が青く浮き上がっていて、お世辞にも健康そうとは言えない。大人の男の人のものとは思えないくらい、白くて細い。次の瞬間、レイチェルはゾッと寒気した。レイチェルの手を握り返したクィレル教授の手が、まるで氷のように冷たかったからだ。

「ありがとう、ミス・グラント
「あ、いえ……」

ぎこちなく笑みを浮かべたクィレル教授に、レイチェルも微笑み返す。今のは、何だったのだろう。もう手は離れてしまったけれど、生きてる人間の体温じゃないみたいだった。ただ寒いから冷たくなっているのとも違う。そう、まるで、ゴーストみたいな────。
そこまで考えたところで、レイチェルの意識は逸れた。窓の外から爆発音が聞こえてきたからだ。窓から下を覗きこむと、やっぱりと言うべきか、音がした方向に双子のウィーズリーらしき影が見えた。ついさっきまでこの廊下に居たはずが、もう城の外に出てまた別の騒ぎを起こしているなんて。

あの2人を止めるなんて、少なくとも自分には無理だろう。レイチェルは深く深く溜息を吐き出した。

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