18:50 放課後:西塔廊下

ドラコから貸してもらった本や、レポートのために借りた本。何だか荷物が多くなってしまったので、レイチェルは夕食の前に1度レイブンクロー塔へ帰って部屋に鞄を置いて来ようと考えた。それがいけなかったのかもしれない。

「あの……これ、受け取ってください……!」

妙な現場に遭遇してしまった。林檎のように頬を染めた可愛らしい女の子────知らない顔だけれど、小柄だしたぶん下級生だろう────が伸ばした両手で握り締めているのは、封筒だった。つまり、そう、告白現場だ。それだけでも気まずいのに、更に気まずいのは彼女に向かい合っているのが知り合いだと言うことだった。どうやら向こうはまだレイチェルの存在に気づいていないらしいので、そっと柱の陰に隠れる。駆け足で遠ざかっていく足音にホッと息を吐いていると、ひょっこりと知っている顔が柱の向こうから覗いた。

「やっぱりレイチェルか。何隠れてんだよ」
「……ロジャー」

たった今女の子が告白していた相手────ロジャー・デイビースは、何事もなかったような顔で首を傾げてみせた。見られた側よりも見た側の方が気まずいってどう言うことだろう……。そんな釈然としない気持ちを覚えながらも、レイチェルも柱の陰から足を踏み出す。思わず溜息が零れた。偶然とは言え、あの女の子には悪いことをしてしまった。

「えっと、ごめんなさい。覗くつもりはなかったの」
「知ってる」

この廊下はレイブンクロー塔に行くのに近道なのだ。他寮生は知らない人も多いだろうし、人気のない場所だからあの女の子は絶好の告白場所だと考えたのだろう。ロジャーが気にしていない様子なので、レイチェルは肩の力を抜いた。そう言えば、ロジャーってこう言うことに照れるタイプじゃなかった。レイチェルはちらっとロジャーの手に握られている封筒を見た。淡い水色に、真っ赤なハートや白いウサギのイラストが描かれている。いかにも女の子らしくて可愛らしいデザインだ。もっとも、可愛かったのは封筒だけじゃなかったけれど。

「可愛い子だったわね」
「まあな。でも、1年生じゃなあ……」

恐らくまだ1年生だろうけれど、コットンキャンディみたいにふわふわの髪に、目も大きくて、かなりの美少女だった。だと言うのに、残念そうに溜息を吐くロジャーに、レイチェルは贅沢だなあと言う感想を抱いた。照れているのかもしれないけれど、あの子はあんなに緊張していたのだから、せめてもうちょっと────喜ぶべきだとまでは言わないけれど、何か感想があってもいいんじゃないだろうか。レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「ロジャーって年下にモテるわよね」
「普通じゃね?」
「……それ、夕食の席で言ったら間違いなく友達なくすわよ」

普通はラブレターをもらう機会なんてなかなかない。レイチェル達はまだ3年生だし、告白なんてされたことがある人の方が少ないだろう。レイチェルの微妙な表情に気がついたのか、ロジャーは口端に笑みを浮かべた。封筒を扇のようにひらひらと振ってみせる。

「ディゴリーはもっと貰ってるだろ?」
「……セドがラブレターを何通もらってるかなんて、私が知るわけないでしょ」

いくら幼馴染だからって、そんなことレイチェルに聞かれたって困る。セドリックがいつ誰からラブレターをもらったかなんて、レイチェルは知らない。セドリックはわざわざそんなことを吹聴したりしないからだ。まあ、結構な数を貰ってるらしいことは人伝に聞いているけれど。と言うか、そもそもラブレターって数を競うものだっただろうか。レイチェルが悶々としていると、ロジャーが不思議そうな顔をした。

「ディゴリーと付き合ってんじゃねーの?」
「付き合ってないし、付き合わないわよ」
「でもこの間、2人でホグズミード行ったんだろ?」
「行ったけど……」

またその話か、とレイチェルはうんざりした。もう数ヶ月経つのに、未だに思い出したように話題に出されることがあるので辟易する。それに、あれはデートではなく、単純に2人で出掛けただけだ。散々説明したのに、まだ足りないのだろうか。黙りこんだレイチェルの様子を見て、ロジャーは何か勘違いしたようだった。

「片想いか。まあ、レイチェルのレベルじゃディゴリーは厳しいよな」
「……違うから。それと、後半は大きなお世話」

同情したようなロジャーの口調に、レイチェルはムッと眉を寄せた。その誤解は的外れもいいところだし、セドリックにとってもレイチェルにとっても心外だ。別にレイチェルはセドリックに恋をしているわけじゃないし、まして振られそうだからと告白できないわけでもない。

「言っておきますけどね、セドは顔で女の子を選んだりしないわ。ロジャーと違ってね」

万が一レイチェルがセドリックに恋をしていて、告白したとして、セドリックがレイチェルを美人じゃないからと言う理由で振ることなんてありえない話だ。レイチェルがじろりと睨みつけると、ロジャーはちっとも悪びれない様子で肩を竦めてみせた。

「特別性格悪いってならともかく、中身なんて結局付き合ってみなきゃわかんないんだから、可愛い子がいいって思うのは普通だろ? それにさ、大体皆化粧か服か菓子の話しかしないじゃん。それか人の噂。つーか、レイチェルだって性格いいハンサムと性格いい不細工が居たら、ハンサムな方選ぶだろ?」
「そ……そんなこと……」

あるかもしれない。いや、でも、いくら何だって例えが極端すぎるし、そんなの実際その状況になってみないとわからないじゃないか。正論なのかもしれないけれど、やっぱりなんとなく釈然としないものがある。レイチェルが悶々と考えこんで言葉に詰まっていると、ロジャーが浅い溜息を吐いた。

レイチェルさ、ディゴリーと早くくっつけよ」
「……何で、ロジャーにまでそんなこと言われなきゃいけないの。関係ないでしょ」
「関係あるね」

レイチェルが真顔になると、ロジャーも真面目な顔で返して来た。あのホグズミードの1件以来、同級生にも上級生にも、散々からかわれたけれど────レイチェルとセドリックが付き合うかどうかがロジャーにも関係あるって、一体どう言うことだろうか? 首を傾げたレイチェルに、ロジャーは続けた。

「ハッフルパフのエイミー、わかるだろ? 狙ってるんだけど、ディゴリーのファンなんだよなあ。あいつに彼女ができれば諦めるかもしれないしさ」
「何でロジャーのためにセドと付き合わなきゃいけないのよ。って言うか、チョウはどうしたの」
「あー、チョウなあ………脈なさそうなんだよなあ」

確かに、付き合っているわけではないのなら誰を好きになろうと自由だろうけれど……いくら何だって移り気すぎる。呆れるレイチェルの隣で、ロジャーが小さくぼやいた。物憂げに息を吐くその横顔は確かに整っていて、クィディッチをしているロジャーしか知らない下級生の女の子達が憧れてしまうのも納得できる気はする。

いつもそうやって黙っていればかっこいいのに。レイチェルも小さく溜息を吐いた。

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