マグル学の教室がある北塔は寒い。別に南塔に行けば温かいわけではないのだけれど、北塔は特別寒い。石造りの城は、隙間風が容赦なく吹きつけて肌を刺す。マフラーに鼻を埋めながら、レイチェルは早足で教室へと向かっていた。
「セド!」
「レイチェル。おはよう」
「おはよう。……寒い! バーベッジ教授はまだ来てないの?」
受講生の少なさの割に広いマグル学の教室には、先客はたった一人しか居なかった。教室に来れば温かいんじゃないかと期待したが、残念なことに廊下と大して変わらない温度だ。質問があったから早めに来たのだが、どうやら早く来すぎてしまったらしい。先生が来なきゃ部屋を暖められない。歯の根が合わずにカチカチ言う。座った椅子の冷たさに思わず身震いしたレイチェルに、セドリックが困ったように苦笑してみせた。
「今日は特別冷えるみたいだね」
「こんなんじゃペンが持てないわ」
手袋を部屋に忘れて来た自分の愚かさを呪うばかりだ。すっかりかじかんでしまっている指先をすり合わせ、息を吹きかける。が、しかしちっとも温かくならない。青ざめてぷるぷる震えているレイチェルを哀れんだのか、セドリックはレイチェルの手を自分の手で包んでくれた。
「セドの手あったかい……」
「……レイチェルの手が冷たいんだよ」
じんわりと伝わってくるセドリックの手の平の熱がありがたい。噛みしめるように呟くレイチェルに、セドリックが困ったように眉を下げる。指先の感覚は少しずつ戻ってきたが、それでもまだやっぱり寒い。バーベッジ教授が早く来てくれないだろうかと扉の方へと視線を向けたが、まだ誰かの足音が近づいて来る気配はない。
「あ、そうだ」
セドリックが何かを思いついたように、鞄の中をごそごそやり出した。インクの空きビンを出すと、杖を振ってリンドウ色の火を灯す。アルコールランプに毛が生えた程度の大きさの炎だけれど、それでもあるのとないのでは大違いだ。セドリックの機転に感謝しつつ、レイチェルもインク瓶を携帯しようと決める。携帯と言えば。
「パメラから聞いたところによると、マグルの間ではこう……振ると、温かくなる……袋?みたいなのがあるらしいわ。なんて名前だったか忘れちゃったけど」
「すごいね」
素直に感心してくれるセドリックに満足して、レイチェルはこっくり頷く。それを持ち歩いたり体に貼ったりすることでマグルは暖をとるらしいと、にわか仕込みの知識をひけらかし、レイチェルはほうと溜息を吐いた。一体どうやったらそんなことを考えつくのだろうか。全く、マグルの知恵とは素晴らしいものだ。それだけ色々と道具が発明されているのなら、魔法が使えなくたってちっとも困らないに違いない。
「振るだけで温度が変わるなんて、一体どう言う仕組みなのかしら? やっぱり電気?」
「きっとそうだよ」
はてと首を傾げるレイチェルに、セドリックも真面目な顔で頷く。レイチェルもぜひその道具を使ってみたいが、電気で動くのだとしたらホグワーツでは使えない。オッタリー・セント・キャッチポールでは使えるだろうけれど、次にあそこへ帰る頃にはもう冬は終わってしまっている。残念だとしょんぼり肩を落とすレイチェルに、セドリックが苦笑した。
普通のホッカイロに電気なぞ必要ないと、間違いを正せる人間は残念ながら不在だった。