レイチェルは寮の部屋の自分のベッドの上に座り、同じくベッドの上に鎮座しているぬいぐるみを見つめた。小さい頃から、1番のお気に入りだった茶色のテディベアだ。ふわふわした手触りと、つぶらな目が大好きで、ホグワーツにもこの子だけは持ってきていた。流石にもう一緒に寝たりはしないけれど、それでもレイチェルにとって大切な思い出のテディベアだと言うことには変わりない。そのテディベアに向けて、レイチェルは杖を向けた。

「ディフィンド」

ビッと音がして、テディベアの背中が裂けた。中には勿論真っ白なキラキラした綿が詰まっている。それをしばらく見つめた後、レイチェルはローブのポケットに手を入れて、ある物を取り出した。これこそが、今のレイチェルを突き動かしているものだ。

『これは電池と言います。この中には電気が溜められていて、小さな機械であればこれをはめ込むことによって動くんですよ』

今日のマグル学のバーベッジ教授はそう言って、お土産に一人一つ電池をくれた。これがあれば、電気の力で色々な物を動かすことができる。そう、きっと、テディベアだって。
レイチェルは興奮と緊張を抑えながら、そっとテディベアの背中に電池を入れ、じっとその手足を見つめた。
しかし。

「動かない……」

レイチェルはがっくりと項垂れた。しばらく待ってみたが、やっぱりテディベアはうんともすんとも言わない。レイチェルは裂けたテディベアの背中から電池を取り直すと、また杖を振って元の綺麗な状態に戻した。がっかりだ。それに、何だかテディベアに可哀想なことをしてしまった。

「バーベッジ教授の嘘つき……」

つぶらな目は相変わらずレイチェルを無垢に見上げて来る。さっきまでのわくわくはもう萎んでしまっていた。しんとした部屋に急にむなしくなって、小声で教授を詰ってみる。いや、しかしホグワーツの教授が嘘を教えるはずがない。何かレイチェルのやり方が間違っていたのかもしれない。何か重要な、そう、電池を動かすための秘密の合言葉とか───をレイチェルが聞き洩らしてしまったのかもしれない。今度の授業で聞いてみよう。気を取り直してレイチェルがそう決心していると、バタンと音がして部屋の扉が開いた。この開け方はパメラだ。

「何? どうしたのレイチェル? そんなとこで項垂れて」

ベッドの上でテディベアと見つめ合ってるレイチェルを奇妙に思ったのか、パメラが首を傾げる。
そうだ、パメラなら電池の動かし方について知っているかもしれない。レイチェルはぱっと顔を明るくして、テディベアと電池を交互に指差して説明を始めた。

 

 

「あははははははははは!」

事の次第を理解すると、パメラはお腹を抱えて爆笑し出した。一体何を笑われているのかわからないレイチェルは目を白黒させたが、すぐに気づいた。何がそんなにおかしかったのかは知らないが、これはたぶん、馬鹿にされている。

「テディベアに電池って、それで動いたら、ふふっ、それこそ魔法よ! あははははは!」
「でも、マグルのおもちゃには動くテディベアがあるって聞いたわ!」

とうとうベッドをバシバシ叩き始めたパメラに、レイチェルはむっとして反論した。レイチェルだってその話を聞いたからこんなことやってみようと思ったのだ。じゃなきゃわざわざ大切なテディベアの背中を裂いたりしない。ようやく笑いが収まったらしいパメラは、涙を拭いながら説明してくれた。

「あのね、確かに電池で動くおもちゃはあるけどね。あれにはそう言う仕掛けがしてあるのよ。普通のテディベアにいきなり電池を突っ込んでも、動き出したりしないの!」
「……バーベッジ教授はそこまで詳しくは教えてくれなかったもの」

レイチェルは悔し紛れにそう呟いた。なるほど。パメラが笑うわけだ。そう言えば、教科書に載っていたマグルの機械の中は、金属の板や色とりどりの細い紐のようなものが繋いであって、随分と複雑なことになっていた。きっと、マグルの動くテディベアの中にもああ言う仕掛けがしてあるのだろう。どうしてやる前に気づかなかったのだろうか。

「あー面白かった。あとでアンジェリーナ達にも教えようっと」
「ダメ! やめて、パメラ!」

妙にすっきりした顔でとんでもないことを言うパメラに、レイチェルは慌てて叫んだ。
自分が恥ずかしい勘違いをしていたことは理解したし、訂正してくれたことには感謝するが───このままじゃバーベッジ教授に不勉強丸出しな質問をしてしまうところだった───、それを周囲に広められることは避けたい。レイチェルは皆に笑われたりするのはごめんだ。

「誰かに言いふらしたりしたら絶交するから」

唸るようにそう言い放つ。そうして、側にあったブランケットで繭を作って閉じこもった。レイチェルを馬鹿にするパメラなんかもう知らない。無視だ。レイチェルがすっかり機嫌を悪くしたことにようやく気づいたらしいパメラは、ベッドの端に座るとぽんぽんとレイチェルの背中の部分を叩いた。

「ごめんって。笑ったりして悪かったわよ。でも、可愛い勘違いじゃない。そんなに拗ねることないでしょ」

レイチェルが返事をしないままでいると、ブランケットの向こうでパメラが溜息を吐くのがわかった。それからパメラは杖を取り出すと、レイチェルのテディベアに向けて振った。紡がれたのは、1年生の時に習った浮遊呪文だ。テディベアが空中でタップダンスを始めたが、レイチェルはきつく繭に閉じこもった。

「ほーら、レイチェル。ぬいぐるみが動いてるわよー」
「違うの! そう言うんじゃないのよ! 魔法じゃ意味ないんだったら!」

パメラはわかってない。何もわかってない。魔法じゃなくて、電池で動くからわくわくするのだ。そりゃあパメラにとっては電池なんてありふれたものかもしれないけれど、レイチェルにとってはガリオン金貨1枚分くらいの価値があるものなのだ。パメラは杖を振り、空中でバレエを踊っていたテディベアをベッドに戻す。

「マグルの子供にとっては電池で動くテディベアなんかよりこっちの方がずっと不思議だし面白いわよ。レイチェルって贅沢だわ」

呆れたようなパメラの呟きにも、レイチェルは返事をしなかった。それはお互い様だ。マグル生まれのパメラにとって魔法がわくわくするものなのと同じで、レイチェルにとっては、身近にありふれている魔法なんかよりマグルの技術の方がずっと面白い。

いつかはマグルの町で電池で動くテディベアを買おうと、レイチェルは固く決意した。

マグル文化とテディベア

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