エリザベスはひとりぼっち(4)
エリザベスはこの頃、夕食までの時間を図書室で過ごすことにしていた。
本当は周囲に人が居ると勉強に集中できないのだけれど、部屋や談話室は居心地が悪いからだ。その日も同じ。エリザベスができるだけ人の少ない席を探して座っていると、そこに意外な人物が現れた。同室のレイチェルだ。
「……隣、座ってもいい?」
「ええ……構わないわ」
首を傾げたレイチェルに、エリザベスは驚きながらもぎこちなく頷いた。レイチェルと話すのは久しぶりだ。レイチェルはいつもパメラと一緒に行動しているし、レイチェルがエリザベスと話すとパメラが不機嫌になるからだ。
ありがとうと微笑んだレイチェルはエリザベスの隣の椅子に座ったが、教科書を広げる気配はない。どうやら、勉強をしに来たわけではないようだった。
「ねぇ、エリザベス」
囁くような小さな声で名前を呼ばれて、エリザベスは顔を上げる。レイチェルはどこか心配そうな、真剣な目でエリザベスを見つめていた。レイチェルはマダム・ピンスがそこの角から現れやしないかと警戒するように周囲を見回していたが、やがて「余計なお世話かもしれないけど」と前置きして口を開いた。
「パメラと仲直りしなくていいの?」
エリザベスは羽根ペンを握り締めた。仲直りしたくないわけがない。エリザベスだって友達が欲しい。レイチェルやパメラと仲良くなりたい。単に同室だからと言う理由だけじゃない。パメラは少し無神経な物言いをするけれど……エリザベスとは正反対だから、接し方に戸惑ってしまうけれど、明るくていい子だ。レイチェルは本が好きだから、きっと話していて楽しいはずだ。
エリザベスが俯くと、レイチェルは言葉を続けた。
「その……勘違いって言うか、ちょっとした誤解でしょ? プライス家が純血主義だなんて、聞いたことないし……パメラも今は怒ってるけど、えっと……ちょっと頭に血が上ってるだけよ。謝ったらきっと許してくれるわ。パメラと仲直りすれば、他の子達だってあなたを仲間外れにしたりしないだろうし……」
レイチェルの言葉は、きっと気遣いなのだろう。エリザベスにもそれはわかっていたが、思わずキュッと唇を噛みしめた。謝る? エリザベスが? どうして? 穢れた血なんて下品な言葉を使ったのはエリザベスじゃない。
謝ると言うことは、自分の非を認めることだ。私はあなたを影で穢れた血と呼んで馬鹿にしましたと。冗談じゃない。そんなこと、エリザベスにはできない。絶対に。
「私は大丈夫だわ」
内心の動揺を隠そうとしたら、つんとした気取った言い方になってしまった。自分でも嫌な感じだと思って、エリザベスは胸が痛くなった。これだから、お高く止まっているなんて言われてしまうのだ。エリザベスは周囲を見下してなんかいないのに、また誤解されるような態度ばかりとってしまう。
「そう……なら、いいんだけど。邪魔してごめんね」
そう言ってレイチェルは困ったように笑って、気まずそうに椅子から立ち上がった。その背中が小さくなっていくのを見送って、エリザベスはとても後悔した。レイチェルはエリザベスを心配してくれたのに。わかっていたのに、どうしてあんな態度しか取れないのだろう。「心配してくれてありがとう」と微笑んでみせることくらいできたはずなのに。
仲良くしたいと思っているのに、どうしてエリザベスは素直になれないのだろう。だから友達が居ないのだろうか。
「それでは今から、浮遊呪文の練習をします。2人1組でペアを作ってください」
その日の授業でも、エリザベスにとって憂鬱な、ペアを決める時間がやって来た。周りの女の子に声をかけたところで、どうせ断られるとわかっている。エリザベスは座ったまま静かに時が過ぎるのを待った。不安でいっぱいだと悟られたら、それこそ皆の期待通りだ。できるだけ毅然と見えるよう背筋を伸ばして、じっと黒板の文字を読んでいる振りをした。
そんなエリザベスの様子を見て、周りの女の子達はわざと聞こえるようクスクス笑ってみせる。いつものことだと言い聞かせて、エリザベスは気にしていないフリをした。けれど。
「セドリックと組みたいから、わざと余ってるんじゃないの」
ヒソヒソと囁かれた言葉に、エリザベスは体を強張らせた。ショックと悲しみ、悔しさが入り混じって、唇が震える。
どうして、そんなひどいことが言えるのだろう。わざとペアを組もうとしない? ハンサムなセドリックと組めて嬉しいんじゃないか? そんなことを言うのなら、自分がエリザベスの立場になってみればいいのだ。いつもいつもペアを組む相手が見つからないことが、友達がたった1人も居ないことが、どんなにみじめで辛くて寂しいか――――――。
「エリザベス。一緒に組もう?」
セドリックがいつも通り声をかけてくれたけれど、エリザベスは首を横に振った。男の子に媚びているなんて思われることだけは、絶対に嫌だったからだ。困惑した様子のセドリックの顔を見て、エリザベスは今度こそ泣きたくなった。
ああ、また嫌な子だと思われてしまう。せっかくセドリックはエリザベスを信じてくれたのに。
「セド」
後ろから聞こえて来た声にエリザベスが振り向くと、レイチェルがこっちへ歩いて来ていた。
そう言えばセドリックとレイチェルは幼馴染なのだと、最初の夜に聞いたことをエリザベスは思い出した。寮も違うし、あまり2人で話したりしているところを見ないから、忘れてしまっていた。
「セド。私がエリザベスと組むから、パメラと組んで。私、呪文学は自信ないから、セドの方がいいと思うの」
「ああ……うん、わかった」
何かを察したのか、セドリックはレイチェルの言う通りパメラの方に歩いていった。そんな2人のやり取りを、エリザベスは呆然と見ていた。レイチェルは当たり前のように、空いていたエリザベスの隣の席へと座る。そうして杖を構えると、エリザベスを振り向いた。
「ほら、ぼんやりしてないで早くやりましょ。エリザベス、呪文学得意でしょ? わからないところは助けてね」
確かにエリザベスは呪文学が得意だ。けれど、レイチェルだってエリザベスに教わらなければならないほどひどくない。
悪戯っぽく笑うレイチェルに、エリザベスは気がついた。レイチェルは、助けてくれたのだ。エリザベスが悪口を言われないように。これ以上エリザベスが女の子達から誤解されないように。
「……あり、」
ギュッとスカートを握り締める。今度こそ。今度こそ、ちゃんと素直にならなければいけない。
喉のところが詰まって、声がみっともなく掠れてしまう。じわりと目頭に涙が浮かんできて、教室の風景が滲んだ。けれど、さっきと違って悲しいからじゃない。嬉しいからだ。
「……あり、がとう。レイチェル」
「何のこと?」
その日の授業でクラスで1番に羽を浮かせることができたエリザベスは、フリットウィック教授に加点してもらうことができた。それだけでも十分嬉しかったけれど、それ以上にレイチェルとセドリックが笑顔で拍手をしてくれたことが嬉しかった。
ホグワーツに入学してから2ヶ月。エリザベスは、ようやく心からの笑顔を浮かべることができた。