アリスの恋(8)

5年生になってから、明らかに周囲にカップルが増えた。
そろそろ恋人の1人くらい居てもいい頃だって、皆が思い始める年齢なのかもしれない。周りの女の子達もトイレに行くたびに髪のカールの具合を気にしたりリップを塗り直すのに忙しいし、自然と誰が誰を好きだとか、もうすぐ付き合いそうな雰囲気らしいとか、そう言う話が多くなる。

「ねえねえ、聞いた? この間のホグズミード、セドリック、レイチェルとデートしてたって!」
「やっぱり、付き合ってるのかな?」
「えー、でもセドリックもレイチェルも違うって言ってたらしいよ?」

ハンサムで、皆の憧れの王子様であるセドリックともなれば、その話題は有名人のゴシップと似たようなもので。
彼に恋をしていても、そうでなくても、セドリックが誰を好きなのか、誰が彼の恋人の座を射止めるかと言うのは、学年中のほとんどの女の子が関心を持っている。

「でもさ、絶対あの2人ってそのうちくっつくでしょ? セドリックって、明らかにレイチェルにだけ態度違うもん」
「それ、あたしも思ってた! ヴィクトリアとかがさ、セドリックに最近ベタベタつきまとってるけど……意外とセドリック、ガード固いよね。でも、レイチェルにだけは気を許してるって感じ」
「幼馴染だしねー。なんかある日突然『実は3か月前から付き合ってるんだ』とかサラッと言ってきそう」
「うわー、ありそうー!」

やめて。そんな話、聞きたくない。
楽しげに盛り上がる友人達の話に、ぎゅっと拳を握り締める。手のひらに食い込んだ爪が痛かったけれど、それよりも心臓の方が痛い。椅子から立ち上がって、不自然だと思われないように明るい声を出した。

「私、次、ルーン文字だから先に行くね」
「あ、わかった」
「じゃあアリス、また昼食のときにね」

うん、と返事をして、その場を去る。人気のない廊下を重い足取りで歩きながら、小さく溜息を吐いた。
もっと早くに、言えばよかったのかもしれない。私、セドリックのことが好きなのって。
でも、どうせ叶わないのにって思われるのが嫌だった。応援してもらったって、うまくいきっこない。だって、私、セドリックに選んでもらえるような素敵な女の子じゃないもの。
遠くない日に彼には私以外の素敵な恋人を見つけるってわかってたから。だから、どうせ叶わない恋なら、誰にも知られたくなかった。彼には、セドリックには、私よりもっともっと素敵な女の子じゃないと似合わない。私じゃ、ダメなの。
────私じゃ、ダメなの。

 

「ねえ。レイチェルってさ、なんかムカつかない?」

早めに着いた教室で課題のレポートを読み返していたら、そんな会話が耳に入った。さっき教室に入ってきた女の子達。気づかれないように、そっと視線を上げる。グリフィンドールの、同学年の中でも目立つ子達だ。それだけ確認して、またすぐに視線を落とした。けれど、レポートの中身は全然頭に入って来ない。

「言えてる。幼馴染だからって、いくら何でもセドリックにベタベタしすぎ」
「セドリックのこと好きな子、いっぱい居るのに。無神経だよね」

レポートに没頭しているフリをして、音を立てないようにして、身を潜める。自分の悪口を言われているわけじゃないのに、心臓の鼓動が段々と早くなっていくのを感じた。その一方で、どこかほっとしている自分も居た。
そう思っていたの、私だけじゃないんだ。

「アリスもさ、セドリックのこと好きなんでしょ?」
「えっ……」

急に話を振られて、息が止まりそうになった。
どうして、知っているの。私が、セドリックを好きなこと。どうして、この子達が。
だって、私、エリザベスにしか言ってないのに。彼女が言いふらした?ううん、エリザベスはそんなことしない。

「な、何のこと……?」
「とぼけなくていいって。だって、見てたらバレバレだもん!皆知ってるんじゃない?」

楽しげな笑い声に、ひくりと口元が引きつる。
どうしよう。恥ずかしい。もしかして、友人達も気づいていたのだろうか?秘密だと思っていたのは、私だけ?
皆、知っていたの? 気づいていて、影で笑っていたの?

「ずるいって思わない? 大して美人でもないくせに、幼馴染だからって当然って顔でセドリックを独占しちゃって。どう見たって、アリスのが絶対可愛いのに」

セドリックの恋人になるには、私なんかじゃダメ。だって、あんなにもハンサムで優しいセドリックには、私なんかじゃ釣り合わないから。セドリックに似合うのは、もっと素敵な女の子。
じゃあ、あの子は? あの子は、セドリックの恋人に相応しいの?

「ね。アリスもレイチェルのこと、ムカついてるでしょ?」
「ちょっと、困らせちゃおうよ」

私は、あの子のことが嫌いで。でも、それを仲の良い友達に打ち明けることができなくて。セドリックへの恋心も、あの子への濁った感情も、誰にも言えないことが、苦しくて。あの子とセドリックが仲良さそうにしているのを見るたび、胸が締め付けられるみたいで。息が詰まりそうで。
だから────だから、その誘いに乗ってしまったの。魔が差した。自分の中の悪魔の誘惑に、負けてしまった。

あの子を嫌いなのは私だけじゃないんだって、安心したから。一人きりじゃないんだって、嬉しかったから。

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