アリスの恋(6)
「ねえ、アリス。レイチェルと何かあったの?」
心配そうに眉を寄せたエリザベスの口から出たあの子の名前に、心臓が止まるかと思った。
やっぱり、バレている。知られている。私が、あの子を嫌っていること。もしかして、この間のことをあの子に聞いたんだろうか。
どうしよう。エリザベスに軽蔑されてしまう。
「私……」
何もない。何もないわ。ごめんなさい、エリザベス。あの子に直接何かされたわけじゃない。あの子に意地悪をされたわけでも、嫌なことを言われたわけでもない。何も、何もされてないの。たぶん、あの子は、私がこんなにあの子を
嫌ってることなんて気づいてない。わかってるの。あの子がセドリックの幼馴染じゃなかったら、私、あの子のことこんなに嫌ってない。
わかってるの。あの子は悪くない。でも、わたし、どうしても、あのこが、
「わた……私、セドリックが……セドリックのことが、好きなの」
声が震えた。じわじわと涙が溢れ出て来て、視界が歪む。
私は、セドリックが好き。だから、あの子が嫌い。私が欲しいもの、全部持ってるくせに、それを当たり前みたいな顔をしているあの子が嫌い。私がしたくてもできないことを簡単にしてしまうあの子が嫌い。私の大好きな人を困らせる、あの子が嫌い。セドリックの優しさを馬鹿にするあの子が嫌い。羨ましくて、妬ましくて、大嫌い。
私があの子なら、もっとセドリックに優しい言葉をかけてあげるのに。私があの子なら、もっとセドリックを大切にするのに。どうしてセドリックの特別が、あんな子なの。私があの子なら、もっと。
「皆……っ、あの子の、どこがっ……そんなに、いいの……?」
あの子を見ていて、気が付いてしまった。
パメラとエリザベス、セドリック。双子のウィーズリー。グリフィンドールのオリバー・ウッド。スリザリンのドラコ・マルフォイ。どうしてかわからないけど、あの子が仲が良い人達は、目立つ人が多い。
ものすごく頭がいいってわけじゃないし────レイブンクロー生だし、私よりはずっと成績いいみたいだけど────とびきり美人ってわけでもない。可愛くないわけじゃないけど、でも、あの子より綺麗な子はたくさん居る。顔だけなら……外見ならたぶん、私の方が可愛い。あの子自身はそう目立つわけじゃないのに、いつだって目立つ人達に囲まれてる。
どうして? 何か私の気づかない魅力があるの?そのせいでセドリックもあの子と仲が良いの?
……ううん、そんなわけない。ただ小さい頃から一緒に居たから、それだけに決まってる。あの子自身には魅力なんて何にもない。だって、もしそうじゃなかったら。
もしもそうじゃなかったら、いつかセドリックはあの子を好きになってしまうかもしれない。
「あの子……本当は、セドリックのこと好きなんでしょ?」
私があの子なら、きっとセドリックを好きになる。あんな優しくて素敵な幼馴染が居たら、絶対に恋をする。
確信と、そして願望だった。そうならいい。そうであってほしい。だってそれなら、私は心おきなくあの子を嫌えるから。幼馴染とか言って、恋じゃないってフリをして、皆を出し抜いてセドリックにベタベタして。何て卑怯で嫌な女なんだって、あの子のことを今よりもっと大嫌いになれるから。そんな想いで、縋るようにエリザベスの顔を見つめる。けれど、エリザベスは静かに眉を下げて首を振るだけだった。
「……私も、そう思っていた時期があったわ。自覚がないだけで、レイチェルは本当はセドリックのことを好きなんじゃないかって」
「やっぱり……!」
「でも……たぶん本当に、レイチェルはセドリックを幼馴染としか思っていないのよ。少なくとも、今は」
エリザベスが困ったように微笑んだ。私は、あの子のことなんて全然知らない。あの子とエリザベスの間にどんな会話があったのかも何も知らない。あの子の近くに居るエリザベスがそう言うのなら、それは本当なのかもしれない。けれど、それで納得なんてできるはずがなかった。
「……『今は』って、何? そのうち、セドリックを好きになるかもしれないってこと?」
「ええ。いつか、変わるかもしれないわ」
「そんなの……」
そんなの、ずるい。
だって、あの子、私が思ってたよりもずっと、セドリックの側に居る。
毎日じゃないけど、放課後はいつも、セドリックと一緒に勉強してる。マグル学の授業は、いつも隣の席で受けてる。セドリックが自分から呼び止めて話す女の子なんて、あの子だけ。私は、セドリックの隣に居たわけじゃないから、知らなかったの。気づかなかったの。
ダメ。ダメ。そんなの、ずるい。許せない。
だって、あの子がセドリックを好きになったら。手を伸ばしたら、きっとすぐセドリックに届いてしまう。そうしたら、セドリックは────優しいセドリックは、振り払えない。きっとその手を取ってしまう。幼馴染だってそれだけで、最初から誰よりも近い場所に居るのに。ただでさえ、特別なのに。そんなの、ずるい。
「アリス。貴方は出会ったその瞬間から、セドリックに恋をしていた?」
エリザベスが何を言おうとしているかがわかって、私は膝の上で拳を握り締めた。
私がセドリックを好きになったのは、一目ぼれなんかじゃなかった。セドリックがハンサムだから、好きになったわけじゃなかった。優しい男の子なんだなとか、いつもは周りの男の子たちよりも大人びていて落ち着いているのに、クィディッチのことになると子供みたいに夢中になるところが可愛いなとか、そう言うものを積み重ねて、いつの間にか恋になっていた。いつからかなんてはっきりとはわからない。けれど、出会った時は、まだ恋なんかじゃなかった。つぼみが膨らむみたいに、果実が熟すみたいに。いつの間にか、育ってゆく。
「レイチェルはセドリックのことを大切に思ってるわ。幼馴染ですもの。でも、その感情は今は『恋』ではないわ」
嘘。嘘。そんなの嘘。絶対、嘘よ。本当は、セドリックのことを好きに決まってる。幼馴染だからって無邪気に振る舞って、本当は周りの女の子達を馬鹿にしてるのよ。絶対そう。そうだって言って。
あの子が嫌い。あの子が、大嫌い。
どうしてセドリックの特別が、あんな子なの。
私があの子なら、もっと優しくするのに。私があの子なら、もっとセドリックを宝物みたいに大切にするのに。
私があの子なら、セドリックだけを見てるのに。
あの子が嫌い。
あの子に、なりたい。