アリスの恋(2)

好きの反対は無関心。

よく聞くフレーズではあったけれど、それはたぶん本当だって最近になって実感している。あの子のことを嫌いになってから、前よりもあの子のことを意識してしまうようになった。図書室であの子を見かけたら嫌な気持ちになるし、教室であの子が先に座ってたら遠い席を選ぶ。大広間であの子が楽しそうにおしゃべりしてると妙に冷めた気持ちになる。そんな私は、友達から見ると随分と挙動不審に見えるらしい。一体どうしたのって、たった1週間で3回も心配されてしまった。これについては、反省しなくちゃダメだとわかっている。
「あの子嫌いなの」って素直に言ってしまえば楽になるのはわかってる。けれど、そうなるとどうして嫌いになったかも言わなきゃいけなくなる。それは、私がセドリックが好きだと告白するのと同じこと。だって、私と彼女には特別接点もないし、実際直接私が意地悪されたり嫌なことをされたりしたわけじゃないんだもの。吐き出せないこともまたストレスで、イライラだけがどんどん溜まっていく。いっそあの子が本当に何かしてくれればいいのにと考えて、そんな自分に自己嫌悪。ああ、もう本当に面倒だ。

「これの効果に関して、ミス・グラント。答えたまえ」
「はい。アスフォデルの粉末を加えることによって、その1つ前の手順で加えた山嵐の針と反応して薬が薄紫色になります。この成分が……」

あの子がスネイプ教授の質問に答える横顔を、ぼんやりと見つめてた。今までは特に興味もなかったから、考えてみたら、私、あの子のことって全然知らない。セドリックの幼馴染。小説家の娘。同じ学年。レイブンクロー。私には理解できないけど、魔法薬学は得意と言うか、好きみたい。時々、スネイプ教授に質問に行ってるとか。信じられない。私はあの先生と同じ空間に2人きりなんて絶対嫌。
魔法薬学のほかにマグル学も好き。後は、よく知らない。
そう。私、あの子のこと大嫌いだけど、あの子のこと全然知らないの。

 

「……エリザベスって、レイチェルと仲良いのよね?」
「ええ」

唐突な私の質問にも、エリザベスは上品に微笑んでみせた。頷いた拍子に、ふんわりした黒い巻き毛が肩から落ちる。長い睫毛が、頬に影を作っていた。パパが大事にしている、オールドムービーの女優さんみたい。髪を耳へとかけ直す仕草さえ優雅で、同性でも見惚れてしまう。
美人で、頭が良くって、性格も良い。おまけに何百年も続く純血の名家のお嬢様。エリザベス・プライスは私と仲良くしてくれてるのが嘘みたいな、素敵な友達。好きな本の趣味が似ているから、話していてとても楽しい。こんな風になれたらなっていつも思う、私の憧れ。
でも、エリザベスは私よりあの子と仲が良い。ルームメイトなんだから当然だって、わかっているけれど。

「あの子って、どんな子なの?」

そう、自分の口から出た言葉が思ったよりも嫌な感じで、自分で自分にびっくりしてしまった。私、こんな意地悪そうな声が出るんだ。きょとんとしたエリザベスの大きな瞳が私を映すので、嫌な子だと思われたらどうしようと不安になった。慌てて言い訳じみた弁解を口にする。

「あ……その。ほら、パメラは私、喋ったことあるけど、レイチェルとはそんなに……だから……」

パメラならわかる。エリザベスの親友だって言われて、文句なしに納得してしまう。誰もが羨むような綺麗なブロンドに、夏の空と同じ色の瞳。すらっと背が高くてスタイルもいい。おしゃれだし、明るくて社交的。マグル生まれだからスリザリン生はパメラを絶対褒めないけど、それ以外の同学年の女の子でパメラを悪く言う子はきっと居ない。
でも、あの子は? あの子自身は、そんなに魅力的なの?

レイチェルはいい子よ」

エリザベスが目元を緩める。諭すような響きの声に、胸が締めつけられた。まるで、自分の心の中を見透かされてしまった気がして。
本当はきっと、あの子がどんな子かなんて知りたかったわけじゃなかった。そんなのどうでもよかった。
ルームメイトだから仲良くしてるだけなのって、エリザベスはそう言ってくれることを心のどこかで期待していた。エリザベスは絶対そんなこと言わないってわかってるけど、綺麗な顔を曇らせて「私も実はレイチェルのこと好きじゃないの」って、そう言ってくれることを願っていた。馬鹿みたい。エリザベスが、友達の悪口なんて言うわけないのに。

「アリスはきっと、レイチェルと仲良くなれると思うわ」
「そ……かな……」

────エリザベスがそう言うのなら、きっとそうね。
美しい友人に嫌われたくなくて、思ってもいない言葉を口にした。乾いた笑みが、口元に貼りつく。
私とあの子が、仲良く? ありえない。あんな子と仲良くなんて、なれるわけない。感情のままそう言ってしまえたらよかったけど、臆病な私にはできない。ぎゅっと唇を噛みしめて、俯いた。
困ったように微笑むエリザベスを真っ直ぐ見られない。優しい言葉が、胸に痛かった。エリザベスにはきっと、バレている。私があの子を嫌ってること。バレてしまった。本当は、あの子の悪口を言ってほしかったこと、バレてしまった。
なんて嫌な女だろう。いっそ怒ったり軽蔑してくれた方がマシだ。恥ずかしくて消えてしまいたい。

こんなみじめな気持ちになるのも、全部あの子のせいだ。

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