アリスの恋(10)
誰にも言えない、秘密の恋をしていました。
セドリックが好き。
仲良しのルームメイトにすら、胸を張って言えなかったけれど。1年生の頃から、ずっと好きなの。
最初に見たのは、組分けの儀式のときだった。帽子の下から覗いた顔を見て、ハンサムな男の子だなって思った。私もパパと同じハッフルパフに入るつもりだったから、セドリックがハッフルパフに組み分けられて嬉しかった。談話室で朝会っておはようって挨拶されたとき、笑顔が素敵だなと思った。変身術の授業でペアを組んだとき、私のボタンからコガネムシの足が生えたままでも笑ったりしなかったし、丁寧にコツを教えてくれて、とても優しいことを知った。他の男の子達みたいに馬鹿騒ぎしたりしないのに、クィディッチのことではしゃいでるときはちょっと子供っぽくて可愛かった。1年生はクィディッチになれないんだって、残念そうに溜息を吐いた横顔が大人っぽくてドキッとした。
ただのハンサムな男の子だったのが、いつからたった1人の大好きな男の子になったのか、もう思い出せない。気づいたときにはもう、私の目はセドリックの姿を追っていた。アリスって名前を呼んでもらえるたびに、自分の名前がとても素敵なものに思えた。彼の背が伸びても、声が低く落ち着いたものになっても、彼を好きな気持ちは変わらなかった。早生りの林檎が育つみたいに、どんどん膨らんでいく。
そうして時が経つうちに、彼には私よりもずっと仲の良い幼馴染が居ること。そして、彼のことを誰よりも素敵だと思っている女の子は、私だけじゃないことを知った。
「あのね、私、セドリックが好きなの!」
今よりも少し幼かった頃、無邪気な声でそう言った同寮生。私達の学年の中でも、可愛いって評判の子。その子の言葉に、セドリックってかっこいいよねと同調するルームメイトたち。
「私も好きなの」と言い出すことができなかったのは、その場が彼女を応援する雰囲気だったこともある。けれど、本当の理由は、自信がなかったからだと思う。お似合いだよと言ってもらえる自信がなかった。身の程知らずだと笑われるんじゃないかと不安だった。────だから。
だから、言えなかった。恋心なんて、別に誰かに知らせる必要ない。他人の応援なんて、いらない。私がセドリックを好きだってことは、誰かに認めてもらわなくたってわかってる。私だけが知っていればいいのよ。
本当に好きだから、そんな風に簡単に言えないの。本当に好きだったら、あんな風に言えないはず。だってほら、その証拠に、あの子はもうセドリックを好きだって言ってたのが嘘みたいに、グリフィンドールの上級生と付き合ってる。やっぱり本気じゃなかったのよ。私は違う。私は本当に、セドリックのことを好きなの。
好きだから、自分の気持ちを押し付けるようなことはしたくない。優しいセドリックを困らせたくないもの。
彼が他の女の子を選ぶなら仕方ないわ。彼ならきっと、彼に相応しい素敵な女の子を選ぶもの。
そんな風に、自分に言い訳をしていたけれど。
本当は、心の奥底で、セドリックの選ぶたった1人の女の子が自分ならいいのにって思っていた。
本当は、もっと近づきたかった。もっとおしゃべりしたかった。あの子みたいに、笑い合えるような関係になりたかった。
でも私には、その勇気がなかった。怖かった。迷惑がられるんじゃないかって。近づいたところで好きになってもらえる自信がなかったせいで、踏み出せなかった。
ただ好きなだけ。ただ見ているだけ。ただ憧れているだけ。何もしないくせに、期待していた。
王子様がシンデレラを選んだみたいに、セドリックが私を見つけ出してくれることを、待っていた。
馬鹿みたいね。ガラスの靴なんて、持ってないくせに。待ってたって、妖精は素直で優しい女の子のところにしか来てくれないのに。
「あの……っ」
リリーと一緒に、あの子が廊下で1人歩いているところを見計らって、呼び止めた。振り向いたあの子の瞳に、さっと警戒心が浮かぶのを見て、つきりと胸が痛む。
……ああ、私って、あの子から見たら「悪役」なんだ。客観的に見てもきっと、そうなんだろう。自業自得だとはわかっているけれど、その事実になんだか泣きたくなった。
「ごめんなさい」
あなたが邪魔だと思った。だから、意地悪してやろうって、ちょっと困らせてやろうって思った。あなたが汚れたペンケースを拾ってるのを見て、ずぶ濡れになって医務室に向かっているのを見て、胸がスッとした。いい気味だって思った。
でも、あそこまでするつもりじゃなかったの。今更何を言ったって言い訳にしかならないってわかってるけど、これだけは本当なの。あなたのこと、嫌いだったけど、大嫌いだったけど、それはあなたのせいじゃないってわかってた。私自身の問題だって、わかってた。
ねえ、お願い。ごめんなさい。謝るから。何でもするからどうか、セドリックに言わないで。
私なんかを、彼が好きになってくれるはずないことなんて、言われなくたってわかってるから。自分でも、よく知ってるから。だからせめて、嫌われたくない。
虫の良いことを言ってるって、わかってる。でも、お願い。私のこと、憎んでくれていいから。あなたの気が済むなら、殴ってもいいし、呪いをかけてくれてもいい。卑怯で、自分勝手で最低な人間だって、詰ってくれていいから。どうか、お願い。それだけは許して。
馬鹿だった。取り返しのつかないことをした。本当に、後悔してるの。
どうして、こんな風になってしまったんだろう。私だけの秘密。私だけの綺麗な初恋だったのに。自分の手で、汚してしまった。
最初は、ただ、本当に、彼が好きだっただけなのに。