突如頭に浮かんだそんな可能性は、レイチェルを大いに動揺させた。とは言え、少し時間を置いて冷静に考えてみると、やっぱりそれはあくまで1つの可能性に過ぎないように思えた。しかも、あまりに荒唐無稽な。
もしかして、とつい考えてしまったけれど。いくら何でもそれは…………ないだろう。馬鹿げている。そんなはずない。だって、レイチェルにはジョージと言う恋人が居て────ジョージのことが好きだ。噂されていたみたいに、セドリックに振られたから仕方なくジョージの誘いを受けたとか、そんなんじゃない。ちゃんと、レイチェル自身がジョージとパーティーに行きたいと思ったから、パートナーになったのだ。そう。それに、ジョージに誘われなかったら、自分から誘うつもりだった。確かに、具体的に恋人同士になると言うことまでは想像できていなかったけれど……ジョージと居る時間は落ち着くし、すごく楽しい。手を繋いだり、キスをしたらドキドキする。
……ああ、でも。そう言えば、去年の夏。セドリックとキスをしたときだって、ドキドキした。あのときは、ウッドのことが好きだったのに。と言うことは、キスにときめいたからと言って、その相手に恋をしているとは限らないのだろうか?
ジョージのことが好き、と言うのはレイチェルの勘違いで────本当は、気付かないうちにハリーに惹かれていたのだろうか?
正直に言えば……ジョージのことが最初から好きで好きで堪らなかったわけじゃない。ジョージが思わせぶりにからかってくるから……レイチェルに好意がありそうな態度をとるから、気になるようになった。それは確かだ。パートナーにと誘われなかったら、たぶんジョージと付き合うこともなかっただろう。ジョージが他の女の子をパートナーにしたと誤解してしまったときも、それほどショックを受けなかった。むしろ、やっぱりレイチェルの勘違いだったのだと……これからも友達として接すれば大丈夫なのだと、ホッとしてしまった。同級生の女の子達にジョージのどこが好きなのか聞かれても、上手く答えられなかった……。
「付き合いたての頃って、もっとこう、『早く会いたーい!』とか『少しでも長く一緒に居たい!』とか、『ずっとくっついてたい!』ってならない?」
あんな風にパメラに言われてしまったのも……急に恋人らしくなった距離感に戸惑ってしまったのも、ジョージへの感情が恋じゃなかったから?
いや、でも、あのときはあのとき。今は今だ。確かに、付き合い始めてすぐの頃は……まだ、ジョージに恋していたわけじゃなかったかもしれないけれど。でも、友人としてジョージのことは好きだった。付き合うようになって、デートをしたり、ジョージと話したり……キスをしたり。一緒に時間を過ごすうちに、男の子としても好きだと思えるようになった。
だから、そう。ハリーのことが好きだなんて、そんなはずがない。
キスに夢中になっているところを誰かに見られたとわかったら動揺してしまうのは当たり前のことだし……相手がハリーじゃなくてもショックを受けただろう。確かにハリーのことは気になってしまうけれど、それがイコール恋とは限らない。気になるのは、別にハリーが男の子だからと言うのとは関係がなくて……ハリーは何かと目立つから。無茶ばかりするし、破天荒だし、気になってしまうのは仕方ない気がする。ハリーのことを特別扱いしてしまうのだって、たぶんレイチェルだけじゃない。毎年のように新聞に取り上げられるような大事件に巻き込まれるのなんて、ホグワーツ中を探したってハリーの他に居ないのだから。
ハリーのことは好きだけれど、それは友達としてだ。
だって、よく考えればレイチェルはハリーをパートナーに誘おうなんて一瞬だって考えなかった。むしろ、ジニーと上手く行くよう応援していたくらいだ。それに、ハリーとジニーが腕を組んでいるところを想像してみても、全然平気。ハーマイオニーと仲良くしているところを見ても、嫉妬したりしないし。チョウに片想いしていると聞いてモヤモヤしてしまったのは……やっぱりきっと、ジニーのことが頭にあったからだ。パーバティとのキスが嫌だと思ったのも……ハリーは出会った頃の小さな男のイメージが強いから、そう言う……何と言うか、生々しい部分を想像するのに抵抗を感じただけだろう。たぶん、パパやおじさんがレイチェルがいくつになってもテディベアをプレゼントしたがるのと同じだ。1年生の頃から知っている男の子のそう言う部分を見たくないと、レイチェルが勝手に思ってしまっているだけ。そもそも、レイチェルはハリーのことが大嫌いだったのだから、そこから恋に落ちるなんてありえないだろう。
つまり、そう。ハリーに恋をしているかもしれないなんて言うのは、レイチェルの気のせいだ。
さっきは動揺していたせいか、奇妙な結論を出してしまうところだった。ここのところ忙しかったから、疲れていたのかも。気になる相手が居て、それがたまたま男の子だったからって、その感情が必ずしも恋だとは限らない。ハリーはただの友達だ。だから、そう、何も問題ない。よかった。安心だ。そう、安心────。
「レイチェル! ……レイチェルったら。大丈夫?」
体を揺すられていることに気が付いて、レイチェルは瞼を開けた。つまりは、眠ってしまっていたらしい。ぼんやりと焦点の合わない視界の中、瞬きを繰り返す。心配そうに表情を曇らせたエリザベスが顔を覗きこんでいた。
「一体いつからここに居たの?」
ここどこ……? レイチェルは瞼を擦った。エリザベスの杖灯りしかないからよくわからないけれど、レイチェル達の部屋ではない。暗闇の中、体を起こそうと手をついたら、ふかふかと柔らかく弾力のある手触りがあった。どうやら、レイチェルが今寝転がっているのはソファだ。と言うことは、ここは談話室だ。返事が遅いレイチェルに痺れを切らしたのか、エリザベスが「もう」と溜息を吐いた。
「起きたら、貴方のベッドが空なんですもの! てっきりまたジョージと抜け出したのかと……談話室に降りて来たら貴方が寝ていたから、驚いたわ。たまたま見つけたのが私だったからよかったけれど……」
ああ、そうだ。夜寝る前、妙に目が冴えてしまって……寝付けなかったのだ。パメラ達を起こしてしまうのは申し訳なかったし、少し1人になって考えたかったから、談話室に降りて……ソファに座って考え事をしていたら、そのまま眠ってしまったらしい。
「起こしてくれてありがとう、エリザベス……今何時かわかる?」
「5時を少し過ぎたところよ」
どうやら、思ったよりも長い時間寝ていたいたらしい。寮生達が起きて来るのはまだ先だろうけれど、うっかり談話室で寝ているのを皆に起こされると言うのは恥ずかしい。エリザベスが見つけてくれてよかった、と小さく息を吐く────つもりだったのだけれど、代わりにくしゃみが出た。そう言えば、暖炉に薪をくべていたはずだ。なのにこうして真っ暗になってしまっていると言うことは、とっくに燃え尽きて、火も消えてしまったのだろう。寒い。ブランケットもなしにうたた寝していたから、体が冷えてしまったようだ。
「ベッドで眠って来たら?」
「そうする……エリザベスは?」
「私は……その、これから天文台に行くつもりなの。金星を見ようって約束してて……」
暗がりの中でも、エリザベスの頬が赤く染まっているだろうことが想像できる。その“約束”の相手が誰なのかも。照れくさいのか、エリザベスはレイチェル達にはあまり恋人との話をしたがらないけれど、上手く行っているようで何よりだ。夜中に抜け出すのではなく、朝早く起きて会うと言うのがエリザベスらしい。その背中を見送って、レイチェルも女子寮への階段を上った。ソファで眠ったせいか体が取れないし、もうひと眠りしよう。
せっかくの土曜日なので朝寝坊したかったけれど、今日は姿現しの講習があった。
「雨止んでよかったよね」
「天気悪かったらどうしてたんだろ?」
「その場合は大広間でやるんだって」
講習が始まるのは午前10時からだ。受講する生徒は、10分前に玄関ホールに集まるよう言われていた。朝食の席でも、6年生は姿現しの話題で持ちきりだ。満腹になると気分が悪くなるんじゃないかと心配する女子も居れば、空腹の方が酔ってしまうと主張する男子も居たし、そもそも1回目はどうせ説明だけで終わるだろうから関係ないと言う意見もあった。レイチェルはどの主張を信じていいかわからなかったが、それ以前に食欲が湧かなかった。無理に食べると吐きそう。
「レイチェル、大丈夫? なんかもう既に疲れてない?」
「大丈夫……」
パメラはぐっすり眠れたのか、元気いっぱいな様子だ。早起きだったはずのエリザベスも、眠そうな様子はない。レイチェルはふあ、と欠伸を噛み殺した。結局あの後も上手く寝付けなかったせいで、頭がぼんやりしている。姿現しは集中力が必要らしいのに、あまり良くないコンディションだ。せっかく、昨夜は早く寝ようとベッドに入ったのに……よりによって談話室で眠ってしまうなんて。
「ボーバトンとかダームストラングの人達って、全員17歳以上なわけでしょ? やっぱり、全員姿現しはマスターしてるの?」
「たぶんそうじゃないかしら。姿現しの免許は、国ごとに発行しているはずですもの」
パメラとエリザベスのそんな会話を聞きながら、レイチェルも少し遅れて2人の後ろを歩く。時計を見るとまだ9時半を少し過ぎたところなのに、玄関ホールには既に何人かの生徒が集まっていた。寮監の教授達も居る。マクゴナガル教授は、レイチェルの知らない小柄な魔法使いと話していた。きっと、あの人が魔法省から来たと言う講師なのだろう。
「レイチェル。おはよう」
「おはよう、セド」
「晴れてよかったよね。楽しみだな。……レイチェルはもしかして緊張してる?」
「ちょっとね」
セドリックももう来ていた。顔色が良くないと心配されてしまったので、レイチェルは気まずくなった。緊張もしているけれど、たぶん顔色の悪さは寝不足が原因だ。しかもそれがハリーのことを考えていたせいだと言うのは、できればセドリックには知られたくない。
「レイチェル、こっち! 早く並んじゃいましょ!」
「あ、うん……またね、セド」
おしゃべりをしてる間に、さっきよりも人が集まってきていた。教授達が列を作るよう指示しているけれど、寮ごとや名簿順ときっちり決まっているわけではないらしい。となれば、パメラの言う通り早く並んでしまった方がいいだろう。なるべく説明がよく聞こえる場所で講習を受けたい。友人達を待つと言うセドリックと別れ、レイチェル達は先頭から3列目あたりの位置へと並んだ。
「静かになさい! ジョーダン! ウィーズリー!」
集合時間が近づくと、ますます人は増えて来ていた。一応自由参加のはずなのだけれど、結局6年生はほとんど全員参加しているようだ。期待と興奮についひそひそとおしゃべりする生徒達を静かにさせようと、教授達もピリピリしている。ようやく玄関ホールに静寂が訪れると、講師と思わしき魔法使いが1歩前へと進み出た。
「みなさん、おはようございます。魔法運輸部姿現しテストセンターより派遣されました、ウィルキー・トワイクロスです。本日より12週間、『姿現し練習コース』の指導官を務めます」
トワイクロス教授は、きっともう何十回とこの説明をしてきたのだろう。まるで天気予報を読んでいるかのような、落ち着き払った様子だ。抑揚なく淡々と話すので、レイチェルはその声を聞き逃さないようにと耳をそばだてた。
「ご存知の通り、ホグワーツの敷地内では通常『姿現し』および『姿くらまし』はできません。今回は皆さんの練習のため、ダンブルドア校長が特別にその制限を解いてくださいました。今から1時間、あの円の中でのみ、姿現しの使用が可能となります。練習の際は、あの円からはみ出さないよう気をつけてください。この円の外では『姿現し』はできませんし、試してみるのも賢明とは言えません」
その指が差した先を見ると、校庭に大きな金色の線が引かれていた。つまりは、ふざけて試すのは勿論のこと、空いた時間に自習練をするのも難しいと言うことだろう。姿現しはとにかく高度な魔法だと聞くけれど、週にたった1時間の練習だけでここに居る全員が本当に習得できるのだろうか……?
「校庭以外で試したらどうなるんだと思う?」
ひそひそと小声で囁いたパメラに、レイチェルは返事の代わりに肩を竦めた。呪文による制限と言えば、フレッドやジョージが年齢線を踏み越えたときは体ごと吹き飛ばされてしまったらしいけれど────使うのが“姿現し”であることを考えると、それだけでなくついでに体が“ばらけ”てしまってもおかしくないのかも。想像して、レイチェルはゾッとした。
「それでは、早速練習を始めましょう。ついてきてください」
トワイクロス教授はローブを翻し、歩き出した。生徒達もそれに続き、泥でぬかるんだ校庭を進んでいく。レイチェルも不安な気持ちのまま歩き出した。やっぱり、寝不足のせいか頭がボーッとしている。足元も何だかふらつくような気がする。それに、玄関ホールと違って風を遮るものがないからか、とてつもなく寒い。吹きつける風の冷たさに、レイチェルは身震いした。何にしても、とにかく集中だ。うっかりばらけてしまったら、すごく痛いらしいし。
「さて」
生徒達がぶつからないよう互いに距離を取ったのを確認すると、トワイクロス教授は杖を振った。1人1人の前に木でできた輪が現れ、ぬかるんだ芝の上へと着地した。ちょうど、人1人なら通り抜けられそうな大きさだ。かなり年季が入っているように見えるので、もう何十年と使われてきたものなのかもしれない。
「『姿現し』をするにあたって、いついかなるときも頭に刻み込んでおかなければいけない大切なことがあります。3つの『D』です」
3つのD。『どこへ』、『どうしても』、『どう言う意図で』。
本にも書いてあった。自分が『どこへ』行きたいのかを、しっかり心に決めること。『どうしても』そこに行きたいと言う気持ちを指先まで巡らせること。『どう言う意図で』そこに行くのか考えながら慎重に動くこと。ここまでは、予習した通りだ。今回の場合、『どこへ』はこの木の輪の中なのだろう。『どうしても』この古ぼけた木の輪の中に移動したい……と心から願うのは難しいけれど、練習だから仕方ない。『どう言う意図で』……は、『姿現しを習得するため』でいいのだろうか? レイチェルはじっと木の輪の中心を見つめた。そう。それで……この後はどうすればいいのだろう?
「説明は以上です。それでは、早速やっていきましょう」
トワイクロス教授の静かな口調に、レイチェルはポカンとした。まさか、講習が始まってたった5分でいきなり実践することになるとは思わなかったからだ。難しい魔法だと聞いていたから、どちらかと言えば今日は理論や注意だけで終わるかもしれない、なんて考えていたのに。本当に、説明はたったこれだけなのだろうか? 確かに、本にも似たようなことしか書いていなかったし、周りの大人達も教えてくれなかったけれど……それは、無免許の魔法使いが真似できないよう、わざと詳細をぼかしているだけなのかと思っていたのに。
「私が号令をかけますので、その場で回転してください。無の中に入りこむ感覚を意識して」
無の中に入りこむ感覚って一体何だろう……。レイチェルは困惑した。どうやらレイチェルだけでなく周囲も困惑していた。斜め前にセドリックが立っていたことに気が付いて、レイチェルはとりあえずセドリックをお手本にすることにした。
「それでは、1────」
木の輪の中をじっと見つめる。
ええと、そう、レイチェルは『どうしても』『この輪の中へ』行きたい。えっと、姿現しを成功させたいし、レイチェルの進路のためには姿現しの習得が必要だから。だからそう、集中だ。集中。
「2────3」
トワイクロス教授の号令に会わせて、レイチェルはその場で右足に体重を乗せ、勢いをつけてぐるりと回転した。回転したが────予想していたものの、1回目で見事成功と言うわけにはいかなかった。いや、わかっていたのだ。これでいきなり成功したとしたら、レイチェル自身が驚いてしまう。
「大丈夫? 」
「ごめんね、セド……」
結論から言えば、勢いよく回転したせいでふらついた。爪先を木の輪へと引っかけてしまったらしく、バランスを崩してつんのめり、よろけて近くに居たセドリックにぶつかりそうになった。周りも似たような様子だった。レイチェルの場合はセドリックのローブにしがみついたのでどうにか転ばずに済んだが、中にはぬかるんだ地面に膝やお尻をついてしまって泥でローブが汚れてしまった生徒も居るようだ。
「やっぱり、大広間での練習の方がよかったんじゃないかって思うわ。こんなに寒いと、集中できないし……」
まあ、大広間の床は転んだらかなり痛そうだけれど、ローブが泥だらけになるよりはマシな気がする。さっきからずっと外に居るせいで体が冷えてしまったのか、寒気がひどい。レイチェルがくしゃみをすると、セドリックが不思議そうに瞬いた。
「ちょっといいかな」
「え?」
そう言って、セドリックの手がレイチェルの額に触れた。セドリックは何だか難しい顔をしている。が、しばらくして小さく溜息を吐き、「やっぱりだ」と困ったように眉を下げた。
「レイチェル、熱があるんじゃない?」
10分後、レイチェルは医務室に居た。
大丈夫だと主張したものの、セドリックが近くに居たマクゴナガル教授を呼んでしまったので、そのまま寮監であるフリットウィック教授に付き添われて医務室に行くことになってしまったのだ。
「37.6度。まあ、見たところ軽い風邪でしょう。最近流行っていますから。薬を飲めば、すぐ治ります」
「あの、マダム。私、そんなに体調悪くないんです……練習に戻っても……」
「いいわけないでしょう。これを飲んで、よく眠ること」
マダム・ポンフリーはピシャリと言い、杖の一振りで棚の上に必要なものを呼び寄せると医務室を出て行った。
残されたレイチェルは薬を飲み、モタモタとパジャマに着替えた。セドリックが心配してくれたのはわかる。わかるけれど……できるなら、あのまま最後まで講習を受けたかった。せっかくの、たった12回しかない姿現しの講習なのに。他の同級生はまだ練習しているはずだ。今この瞬間、姿現しをする上ですごく重要なコツを教えているかもしれない。いや、でも、そんな貴重な練習の機会だとわかっていたのに、談話室でうたた寝なんてしたレイチェルが悪い。ちゃんとベッドでぐっすり眠れていたら、今頃きっとまだ皆と一緒に練習できていたのに。
医務室が静かすぎるせいか、それともベッドに横になった途端重くのしかかってきた気だるさのせいかもしれない。レイチェルは急に心細くなってきた。不安と自己嫌悪と後悔が胸の中で膨らんで、泣きたいような気持ちになる。寒い。熱っぽい。いや、実際熱があるのだから当たり前なのだけれど。頭もズキズキする。そう言えば、去年の今頃も体調を崩して医務室で入院したんだっけ。あのときは、嫌がらせで水を浴びせられたせいでレイチェルのうっかりではなかったけれど……。そんなことを考えているうちに、レイチェルの意識はまどろんでいった。
ぼやけた視界の中、足元に白が広がっていた。
医務室のベッドシーツ────ではない。地面に積もった雪?いや、違う。石畳だ。降り注ぐ日差しが、敷き詰められた石畳を白く照らし出している。レンズのピントが合うように、不明瞭だった視界が段々はっきりしていく。ここはどこだろう? ホグワーツじゃない。1歩、また1歩と、勝手に足が進む。お気に入りのサンダルは可愛いけれど、ヒールがあるせいで石畳だとちょっと歩きにくい。
視線を上げると、行き交う人々の向こうに知っている街並みが目に入った。見覚えのある色褪せた看板。フラワーショップの店先に並んだたくさんの鉢植え。もう何年も前から変わらない、古ぼけた天球儀の並んだショーウィンドウ。それに、あの角を曲がったところには、フローリアン・フォーテスキューのアイスクリームパーラーがあるはずだ。
「……ダイアゴン横丁?」
そうだ。レイチェルは、教科書を買いに来たのだ。だって、今は夏休みで────ちょうど今日の午後、新学期の教科書リストが届いたから。セドリックは制服を買い直さないといけないから、おばさんと一緒にマダム・マルキンのお店に行っている。だから、レイチェルはしばらく1人で買い物をしていて構わないと言われたのだった。
どこから回ろう?文房具店で、可愛いノートを買いたい。それに、新しいインクも。雑貨屋さんで可愛いハンカチが欲しい。本屋さんもじっくり見たい。それに、アクセサリーショップも。あれこれと思いを巡らせていると、薬問屋の前に誰かが────小さな男の子が立っていることに気が付いた。
ハリーだ。
見慣れたクシャクシャの黒髪。まだあどけなさの残る顔立ち。ぶかぶかのTシャツとジーンズは、レイチェルよりずっと小柄で痩せた体には明らかにサイズが合っていない。ポツンと1人で立っているハリーは、通りを歩く人々を好奇心いっぱいに眺めている。
「どうしたの?」
ハリー、と名前を呼ぼうと思ったのに。代わりにレイチェルの口からは出たのはそんな言葉だった。声に気が付いたハリーがこっちを見返す。眼鏡の向こうの鮮やかな緑の瞳が、戸惑ったように揺れる。
「さっきから、ずっと1人で居るでしょ? 誰かとはぐれたの?」
またしても、レイチェルの唇は勝手に動いていた。まるで、誰かが服従の呪文でレイチェルを操っているみたいに。
ああ、これは記憶だ。この先ハリーが何と答えるのか、レイチェルは知っている。ハリーがホグワーツに入学する前。レイチェルが、11歳のハリーと初めて会った日。ハリーを迷子だと思って、声をかけた。けれどそれは勘違いで、ハリーは人を待っているだけだったのだ。
「レイチェル」
しかし────ハリーの反応は、レイチェルの記憶とは違っていた。キラキラと目を輝かせたハリーが、レイチェルに向かって駆け寄って来る。目の前まで近づいて来たハリーは、人懐っこい笑みを浮かべるとレイチェルの手を握った。
「君だったんだね」
驚いて一瞬手元へと落とした視線を戻すと、どうしてかハリーの姿はさっきとは変わっていた。真っ黒なローブに、鮮やかな赤と黄のストライプのネクタイ。見慣れたホグワーツの制服に。それに、視線の位置も。レイチェルよりも背の高い、14歳のハリーがそこに居た。
「やっぱり、あのときの女の子は君だったんだ。僕、ずっと探してたんだよ」
いつの間にかダイアゴン横丁の街並みと雑踏は消え、代わりに動く階段と肖像画がそこにあった。見慣れたホグワーツの廊下だ。
「ずっと黙ってたなんてひどいや」なんて、ハリーが拗ねたように唇を尖らせる。レイチェルが返事に困っていると、ハリーがくるりと踵を返した。
「行こう、レイチェル」
「えっ……? 行くって、どこに?」
「いいから。ね、僕について来て!」
ハリーが走り出した。手を繋がれたままなせいで、つられてレイチェルの足も自然と前へ引っ張られる。一体どこへ行くつもりなのだろう? 答えをくれることも、レイチェルを振り返ることもなく、ハリーはどんどん進んでいく。足がもつれて転んでしまいそうでハラハラしながら、レイチェルも必死にその後を追いかけた。
「ハリー、待って!」
頼むから止まってと声を張り上げても、ハリーには聞こえてないみたいだ。誰も居ない廊下を、2人で走る。渡り廊下を過ぎて、また角を曲がって、階段を駆け下りる。周囲の景色が目まぐるしく変わっていくせいで、見知った城の中のはずなのに今居るのがどこなのかわからない。ハリーの走るスピードが速いから、レイチェルは付いて行くのに精一杯だ。いよいよもうダメだ、と思ったところで、ようやくハリーは足を止めた。レイチェルも立ち止まり、そこがどこなのか確認することができた。
玄関ホールには、たくさんの生徒達が集まっていた。
ランプの柔らかな灯りの中、熱帯魚の水槽のように色とりどりのドレスが翻る。楽しげなクスクス笑いが重なり合って、レイチェルの耳朶を撫でて行く。ああ、そうだ。今日はクリスマスだから、ダンスパーティーがあるんだっけ。その証拠に、ハリーもドレスローブを着ている。レイチェルも支度をしなくちゃ。急がないと。だって、レイチェルも と待ち合わせの約束をしているんだから。
「変なの。だって君、もうドレスを着てるじゃないか」
部屋に戻らなければとレイチェルが言うと、ハリーが笑って手を引いた。目の前にある大きな鏡に映る自分の姿に、レイチェルはぱちぱちと瞬きをした。どうしてか、いつの間にかレイチェルもあのドレスを着ていたからだ。
「ほら、早く。僕達、最初に踊らなきゃ」
そうだ。代表選手は、他の生徒達よりも先にダンスをする伝統なのだ。レイチェルはハリーのパートナーだから、一緒に踊らなければならない。セドリック達、他の3人の代表選手のペアと一緒に。レイチェルが緊張にスカートの裾を握りしめていると、ハリーが照れくさそうに笑った。
「……僕が、君のことエスコートしてもいいかな」
「え? ええ……」
音を立てて、大広間の扉が開く。そこから漏れ出す眩しい光に、レイチェルは目を細めた。
盛大な拍手に迎えられて、扉の向こうへと進む。クリスマスの夜にふさわしく、大広間の中は美しく飾りつけられていた。星が瞬く天井からは魔法の雪が降り注ぎ、何もかもが銀色にきらめいている。
「あの……足、踏んだらごめんね」
「僕も……あんまりダンスは得意じゃないんだ。ごめん」
困ったようにハリーが眉を下げたので、2人で顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。
オーケストラの音色が、華やかなワルツを奏で出す。さっきの言葉は謙遜なのか、ハリーのリードは上手だった。久しぶりだから忘れているんじゃないかと思ったけれど、意外にもレイチェルもちゃんとステップを覚えていた。……あれ? エリザベスにも付き合ってもらってたくさん練習したはずなのに、どうして久しぶりだなんて思うのだろう?
「ねえ、ハリー。私のこと、誘ってくれてありがとう」
ステップを間違えないようにと緊張している様子のハリーに、そう微笑みかけて─────レイチェルは、自分の口にした言葉に違和感を覚えた。何か、大切なことを忘れている気がする。さっきから、何かが変だ。何かちぐはぐと言うか……例えるなら、合わないパズルのピースを無理矢理はめこんだみたいだ。
本当に、レイチェルのパートナーはハリーだっただろうか? 一緒にダンスパーティーに行こうと約束したのは、レイチェルをエスコートしてくれたのは、こんな風に踊ったのは、ハリーだっただろうか?
ふいに目の前を横切った華奢な影に、レイチェルはハッとした。そうだ。チョウ。ハリーが誘ったのはレイチェルじゃない。チョウだ。でも、チョウはハリーの誘いを承諾することはなかった。だって、チョウのパートナーは────踊っている2人がターンする。チョウと向かい合っている相手の顔が見えた。
チョウは、ハリーと踊っていた。
照れくさそうに見つめ合っている2人に、レイチェルは2度、3度と瞬きをした。どうして? だって、そんなはずない。今、ハリーはレイチェルの目の前に居るのに。ハリーが2人居る。パッと目の前へと視線を戻すと、そこに居たのはハリーではなかった。
「セド……?」
「どうしたの? ぼんやりして」
「えっと……何でもないの」
不思議そうにレイチェルを見返すセドリックに、レイチェルはそう苦笑した。
そうだ。レイチェルのパートナーはハリーじゃない。セドリックが図書室でレイチェルを誘ってくれて……それで、セドリックのパートナーになることにしたんだっけ。どうして勘違いしていたんだろう? レイチェルとハリーがパートナーだなんて、そんなはずないのに。
「……セド、そのドレスローブ、よく似合ってる」
「レイチェルも」
「ありがとう」
正装して髪型も違うせいか、目の前のセドリックはいつもよりずっと大人びて見える。セドリックだけでなく、 もそうだったけれど……何だか知らない男の子みたいでちょっと落ち着かない。やっぱりセドリックってハンサムなんだな、なんて改めて実感する。女の子達が「王子様みたい」とはしゃぐのもわかってしまう。
「王子様なんかじゃないよ」
セドリックの言葉に、レイチェルは驚いて目を見開いた。頭の中で考えただけのつもりだったけれど、声に出てしまっていただろうか? だとしたら、恥ずかしい。でも、そう思ったのは本当だ。今日のセドリックは王子様然としていて、誰が見ても文句なしに完璧だろう。
「そう思ってるのはセドだけよ。今日のセドって、本当に……」
「だって」
続けようとした言葉は、途中で遮られた。セドリックらしくない硬い声に、息を呑む。セドリックは微笑んでいた。けれどその表情は、いつもの穏やかな笑顔とは違っていた。まるで作り物めいて綺麗だけれど……人形みたいだ。完璧すぎてどこかゾッとするような。
「本物の王子様を見つけたから、もう僕のお嫁さんになるのはやめるって……レイチェルがそう言ったんじゃないか」
セドリックが自嘲するように呟いた。ガラス玉のような灰色の瞳が、静かにレイチェルを見つめている。
それは、かつて幼い頃のレイチェルが言った言葉だ。『理想の王子様を見つけたから、王子様としてのセディはもういらない』。悪気のない無邪気さで、レイチェルはそんな風に一方的にセドリックの手を振り払った。
「また、別の誰かを見つけたんだね。────今度は、ジョージのことがいらなくなったの?」
そうだ。レイチェルのパートナーは、セドリックじゃない。ジョージだ。
レイチェルを誘ってくれたのも、エスコートしてくれたのも、ダンスを踊ったのも……全部、ジョージだったのに。どうして、思い出せなかったんだろう?
セドリックの表情がぼやけてよく見えない。あんなにたくさんの人が居たはずなのに、辺りにはもう誰も居なかった。真っ暗な空間に、セドリックとレイチェルの2人だけ。セドリックはレイチェルに背を向けて、歩き出してしまう。
「待って、セド!」
暗闇の中に溶けそうなローブの背中が、遠ざかって小さくなる。必死に手を伸ばして追いかけようとするのに、ドレスの裾が足に纏わりついて上手く走れない。待って。ダメ。ごめんなさい。嫌わないで。
そんなつもりじゃなかった。セドを傷つけたかったわけじゃない。ごめんなさい。
違う、と叫ぼうとした声は音にならなくて────見開いた視界に、医務室の天井が飛び込んできた。
「…………嫌な夢」
浅い呼吸と早鐘を打つ心臓に、レイチェルは息を吐き出した。汗をかいたせいか、パジャマが肌に貼りついて気持ち悪い。窓の外を見ると、もう辺りは暗くなっていた。廊下が騒がしいのは、夕食の時間が近いからだろうか。
「……ただの夢よ」
そう。ただの夢だ。それ以上でも、それ以下でもない。
レイチェルの記憶とか、想像とか、不安とか。頭の中に詰まっている色々なことがごちゃ混ぜになっただけの……ただの夢。水が波立つときにできる、泡みたいなもの。ハリーがレイチェルをずっと探しているなんてありえないし、優しいセドリックがあんな風にレイチェルを責めない。夢の中の出来事は願望なんかじゃないし、怖いことだって現実には起こらない。
でも……昔のレイチェルがセドリックに酷いことを言ったのは事実だ。今となってはもう顔さえもおぼろげな相手に夢中になって、セドリックを傷つけた。セドリックはきっと子供の頃の話と笑うだろうけれど……セドリックが許してくれたからと言って、レイチェルが吐き出した言葉がなかったことになるわけじゃない。
「ああ、起きたのですか。ミス・グラント」
友人がお見舞いに来ていると言われて、レイチェルは瞬いた。お見舞い。誰だろう? 面会するかどうか尋ねられて、レイチェルは一瞬返事を躊躇ってしまった。 もしも、セドリックかジョージだとしたら……今顔を合わせるのは何となく気まずいから。
「レイチェル、起きているかしら?入るわね」
「うわっ、ひどい顔色ね。風邪だって?」
カーテンの向こうから顔を覗かせたのがエリザベスとパメラだったので、レイチェルはホッと肩の力を抜いた。夕食を終えて、部屋に戻る前に医務室に寄ってくれたらしい。友人達とおしゃべりしていると、さっきまでの憂鬱な気分も和らいだ。
「ね、パメラ。誰か……ケホッ、あの後、姿現し、成功させられた人って、居た?」
「ぜーんぜん」
自分だけ遅れてしまっていたらどうしようと不安になって尋ねると、パメラが肩を竦めた。
「3回目あたりでケネス・タウラーが“ばらけ”てたけど、それくらいよ。みーんな泥だらけでフラフラしてただけ。あのトワイクロスって人、教えるの下手なんじゃない?」
「パメラ!せっかく来てくださった教授に失礼だわ……!」
「事実でしょ。何よ“無に入る”って。急にスピリチュアルなこと言い出すから何事かと思ったわよ!」
やっぱり、あの説明に戸惑ったのはレイチェルだけではなかったらしい。思い切り顔を顰めるパメラに、レイチェルはこっそり胸を撫で下ろした。とは言え、たぶん今までの6年生もあの説明で姿現しを習得しているのだろうから、練習を重ねればレイチェルもトワイクロス教授の言っていた“無に入り込む感覚”がわかるようになるのだろうか?
「レイチェル、医務室で寝てて正解かもね。“ばらけ”ってめちゃくちゃスプラッタよ。隣で見ちゃった子は吐いてたし……エリザベスなんか、昼食も夕食もなーんにも食べれなかったんだから」
レイチェルはエリザベスへと視線を向けた。エリザベスはひどく疲れた様子で、その顔は青白い。もしかしたら、レイチェルよりも顔色が悪いかもしれない。“ばらけ”がどんなものかはレイチェルも本で読んだけれど、繊細なエリザベスにはショックだっただろう。「エリザベス……大丈夫?」
「ええ……ただ、自分が“姿現し”を使いこなせるか、自信がなくなったわ……免許の取得は目指すつもりだけれど……」
「そう言えば……免許、取っても、ケホッ、普段は使わない、って人、結構居るらしいわよね」
いざと言うときのために免許は持っているけれど、日常的な移動手段は煙突飛行、と言う魔法使いは割と多いと聞いたことがある。……まあ、レイチェルの場合目指している進路を考えるとそう言うわけにはいかないのだけれど。そんなことを考えて小さく溜息を吐くと、エリザベスが微笑んだ。
「ジョージが貴方のこと、心配していたわ。それに、セドリックも……」
「お見舞い、行っても大丈夫か聞いておいてって言われたけど。どうする?」
「い、いい! いらない!」
さっきの夢のことが頭によぎって、レイチェルはほとんど反射的にそう口にしていた。今セドリックやジョージと顔を合わせても、いつも通りに振舞える自信がない。が、2人が目を丸くしたのを見て、ハッとした。勢い良く否定しすぎたせいで、奇妙に思われてしまったかもしれない。
「あっ、あの……うつしちゃうかもしれないし……明日の昼には退院できるだろうってマダム・ポンフリーにも言われたから……」
「たぶんそう言うかなと思って、2人にはやめておいたらって言っておいたけど。まあ、体調崩しててコンディション悪いときってあんまり人に会いたくないわよね」
しどろもどろに言い繕ったレイチェルに、パメラは納得してくれたようだった。確かに、さっきの夢のことがなかったとしても……セドリックはともかく、ジョージには今のこの状態ではあまり会いたくないかもしれない。汗だくだし……たぶん髪もボサボサだし。
「あ、そうだ。そのジョージから預かってるわよ」
ジョージからの預かり物。何だろう?前にハリーが入院したときはトイレの便座を送ったと言う話を思い出して、レイチェルは身構えた。が────パメラが鞄の中から取り出したのは、何の変哲もない白い封筒だった。
「じゃ、私達はそろそろ行かなきゃ。マダム・ポンフリーに怒られたくないもの」
「おやすみなさい。ゆっくり休んで、元気になってね」
2人が出て行ったのを見送って、レイチェルは手の中の封筒をじっと見つめた。
お見舞いに手紙。嬉しいけれど、ジョージにしては、何と言うか……オーソドックスだ。ホッとしたような、ちょっと肩透かしなような。いや、あまり奇をてらったものを送られても困るけれど。やっぱり、『早く元気になって』なんて書かれているのだろうか? 何だかくすぐったいような気持ちで、レイチェルは封を開いた。
「きゃっ……」
が、中から飛び出してきたものに驚いて封筒を取り落としてしまった。薄い封筒の中からは、予想通りメッセージの書かれたカードが入っていた。が、それだけではない。種類も色もとりどりの、たくさんの花が溢れ出して来たのだ。
たぶん、検知不可能拡大呪文を応用したのだろう。ガーベラ。薔薇。ユリ。カーネーション。溢れ出す花々は、ブランケットの上に音もなく積もり、レイチェルの膝の上に山を作っていく。最後の1つの花が山の上へと舞い落ちると、ポンと音を立てて花束に変わった。
「綺麗な魔法……」
大輪の花が咲き誇る花束は、真っ白なシーツの上で色鮮やかだ。やっぱりジョージの魔法って素敵だな、と思わず頬が緩んだ。魔法だけじゃない。時々意地悪だけど、優しくて……意外と、ロマンチックなところも好き。ジョージが好き。優しい花の香りを胸いっぱいに吸うと、さっきまでの憂鬱を溶かしていってくれるような気がした。
「大丈夫……」
大丈夫だ。何でもない。体調が悪いから、少し不安になっているだけ。ただ、熱にうなされて嫌な夢を見ただけ。夢の中のレイチェルがハリーと踊っていたからと言って、レイチェルがそれを望んでいるわけじゃない。悪夢なんて、ぐっすり眠ればきっとすぐに忘れてしまう。
大丈夫。明日からもいつもと同じだ。何も変わらない。レイチェルはもう7歳の小さな女の子じゃないから。今度は間違えない。
少し眠ろう。熱が下がって、元気になったら……そうしたら、次にセドリックやジョージと会うときは、きっといつも通りに振る舞えるはずだ。