「セド!」
翌朝。1時限目のルーン文字の授業の終わりに、レイチェルは幼馴染を呼び止めた。セドリックは友人達と一緒に教室を出るところだったが、どうやら気が付いてくれたらしい。足を止めて振り返ってくれたので、レイチェルは急いで駆け寄った。
「昨日はごめんね。先にセドと約束してたのに……」
あの後しばらくしてレイチェルは図書室に戻ったのだけれど、セドリックももう元の場所には居なかった。夕食のとき話しかけたくてもタイミングが悪くて入れ違いになってしまったし、夜はチョウと約束していると言っていたから邪魔したくなかった。わざわざハッフルパフ寮まで会いに行くのも気が引けて、結局今になってしまったのだ。
「大丈夫だよ、気にしないで。僕のせいで2人がケンカするのも嫌だしね」
「本当にごめんね……」
セドリックは本当に、何一つとして非がないのに────意図せず痴話喧嘩に巻き込む形になってしまった。一緒に薬草学のレポートをやろうと約束していたのにすっぽかしてしまったし、レイチェルがセドリックの立場だったとしたら、きっと気まずい思いをしただろうと想像できてしまう。とても申し訳ない。
「ジョージの誤解は解けた?」
「えっと……ええ、まあ……」
穏やかに微笑むセドリックに、レイチェルは曖昧に誤魔化した。元々ジョージは誤解していたわけではなさそうだったけれど────ジョージがセドリックとのやり取りを見て気を悪くしたのは事実だから間違ってはいない。それに、キスで機嫌を直してもらったと言うのも言いにくいし。
「セドは……チョウから何も言われてない? 私達、結構2人で過ごしてるけど……嫌な気持ちにさせてないかしら……?」
「大丈夫じゃないかな。あのときチョウもマリエッタと図書室に居たらしくて……レイチェルが慌てて出ていくの、見かけたみたいなんだ。事情を話したら、心配してたよ」
「そう……?」
ジョージと喧嘩になりかけたことで、心配になった。「今まで通りでいい」と言ってくれたチョウに甘えて────ジョージも何も言わなかったし────この1ヶ月、以前と変わらずセドリックと過ごしている。会う頻度や時間は減っているけれど、特に接し方を変えたりはしていない。もしチョウが「ああは言ったけど、さすがにもう少し遠慮してほしい」なんて感じていたらどうしよう。気遣い屋のチョウの性格なら、直接聞いてみたとしても大丈夫だと言いそうな気がする。レイチェルのせいでチョウに我慢させてしまったり、2人がケンカになってしまうことは避けたい。
すっかり忘れかけていたけれど、ただでさえ「レイチェルはセドリックに振られたから仕方なくジョージをパートナーに選んだ」なんて噂が流れているくらいだし。もしかしたら、チョウの耳にも入っているかもしれない。噂よりレイチェルを信じてくれたとしても、やっぱり多少気になってしまうだろう。……噂自体がなくなってくれればいいけれど、否定したところでたぶん噂をしている子達は信じてくれないだろうし。
たぶん、“2人きり”だと言うのが周りに誤解される原因なのだ。
「実は付き合っているんじゃないか」とか「本当はセドリックのことが好きなんじゃないか」とか。今までも散々聞かれてきたけれど、その理由はやっぱり2人で過ごす時間が多いからなのだと思う。アンジェリーナ達みたいに数人のグループで仲良くしていたら、きっとこんなに頻繁には言われていない。たぶん、2人きりと言う状況がとびきり親密そうな印象を与えるのだろう。実際にはマグルの文化や授業の内容について話していたとしても、何かもっと“2人でしか話せない、特別な会話”をしていたんじゃないかと。何を話していたか聞かれて「マグルの文化についてだ」と素直に伝えても、誤魔化すためにそう言っているんじゃないかと思われてしまったりする。事実なのに。そう考えると────“2人きり”と言う状況を避ければ、この誤解も避けられるのだろうか?
「えっ、それ……ジョージと3人で勉強するってこと? やめておいた方がいいんじゃない?」
「……やっぱりそう?」
ベッドに寝転がってマニキュアを塗っていたパメラがそんな風に顔を顰めたので、レイチェルは眉を下げた。2人きの状況を避けるのなら、誰かに同席してもらわなければいけない。でも、ジョージと3人で……と想像してみると、どう考えてもセドリックが気を遣う。逆に、チョウと3人だとせっかくの2人の時間を邪魔してしまっている気がしてレイチェルが落ち着かない。ジョージとチョウはほぼ面識がないはずだから、4人で過ごすのも難しいだろう。となると、誰か共通の友人だろうか? 例えば────じっとパメラを見つめると、パメラは大げさに肩を竦めてみせた。
「言っておくけど、私も遠慮するわよ。だって、レイチェルとセドリックと同席って、2人がイチャイチャしてるのずーっと見てなきゃいけないんでしょ」
「イチャイチャなんてしてない……」
「自覚がないのは知ってるけど、してるのよ。自覚ないんだから、直せないでしょ」
呆れたようなパメラの口調に、レイチェルは言葉に詰まった。図書室が苦手なパメラに同席を頼むつもりはなかったし、誰が相手だとしても「2人きりにならないように居てほしい」なんて理由でお願いするのは失礼だろう。となると、やっぱりセドリックと会うなら2人でと言う結論になってしまうのだ。でも、そうするとまた変に誤解を生むかもしれない……。
「イチャイチャって……みんなそう言うけど、具体的には何を指してるの? セドとはいつも、普通に話してるだけよ」
「うーん……まあ、あなた達ってキスとかハグみたいなわかりやすいスキンシップをしてるわけじゃないけど。でも、何て言うか雰囲気とか距離感がカップルっぽいのよね。付き合ってすっごい長いカップル。『僕達ずっと前からこうなんですー』って感じ」
反論の言葉が思い浮かばず、レイチェルは黙って手元を動かした。編み針で毛糸を掬って、編み目の中をぐぐらせる。
雰囲気や距離感。そんなのって、レイチェルが意識的に変えるのは────以前のようにセドリックと会わない、とか極端なものでなければ────難しい気がする。
「下級生の頃は、私だって『レイチェルってそのうちセドリックと付き合うんだろうなあ』って思ってたし。って言うか、たぶん同級生のほとんどはそう思ってたと思うわよ!」
レイチェルだってわかっている。本人が否定しても信じてもらえないのはともかく、これだけたくさんの人に誤解されると言うことは、自分達にそう思わせる原因があるのだろう。同級生どころか、出会ったばかりのクラムやフラー、それにハリーにさえ誤解されていたくらいだ。誰かの目を気にして無理に距離を置くくらいなら、誤解されても構わない。そう思っていたけれど────。「今回は、喧嘩にならずに済んだからよかったけど……セドが原因でジョージと気まずくなるのは嫌なの……」
喧嘩してしまうのは、ある程度は仕方ないと思う。お互いに価値観も性格も違うのだから、意見が食い違うことや、ぶつかってしまうことだってあるだろう。でも、その原因がセドリックなら話は別だ。
喧嘩にならずに済んだのは、たぶん相手がジョージだったからだ。
ジョージはレイチェルを責めなかったし、疑わなかった。自分が勝手に嫉妬しただけだ、なんて言う。だからこそ、考えてしまった。もしもレイチェルが逆の立場だったら、あんな風に言えるだろうか?
チョウが────“セドリックの恋人”はレイチェルの存在を嫌がるんじゃないかとか、そうなったらセドリックと距離を置かなければいけないんじゃないかとか。そればかり気にして、チョウがそんな必要はないと言ってくれたことに安心していたけれど。自分の恋人がセドリックとの仲を嫉妬するかもしれない、と言う心配は……いや、理解してもらえないかもしれないとは心配していたけれど、理解した上で嫉妬されると言うのは想定外だった。
「ジョージなら大丈夫でしょ。いつもふざけてばっかりだけど、意外と冷静だもの。周りのことよく見てるし。『セドリックと仲良くするな』なんて言わないと思うわよ」
「うん……」
わかっている。ジョージはきっと、そんなこと言わない。わかっているからこそ、悩んでしまう。
もしも、逆の立場だったら。ジョージが、誰か他の女の子といつも2人で仲良くして居たら。レイチェルはきっと、不安になるし、嫌な気持ちにもなるだろう。でも、レイチェルはそれをしている。恋人が居るのに、セドリックとも────会う時間は減ったにしろ────今まで通り仲良くしたい、なんて言うのはレイチェルのわがままで、ジョージに対して不誠実だろうか?
「まあ……あとは、愛情表現じゃない? 本当は自分よりあっちに惹かれてるんじゃないか、とか自分のことなんて大して好きじゃないかもって思うから、不安になるわけでしょ?」
パメラの言葉に、レイチェルはギクリとした。相手の気持ちや考えがわからないと不安になると言うのは、レイチェルにも覚えがある。去年、セドリックとぎくしゃくしたのもそれが原因だったから。そして、愛情表現と言う意味では、ジョージがしてくれているほどレイチェルは返せていない、と言うのも自覚がある。
「それって、その……やっぱり、キスとか……私からしないとダメ……?」
「まあ、無理にとは言わないけど……そりゃ、しないよりはした方がいいんじゃない? ジョージはしたいタイプなんでしょ?」
昨日、たった1回自分からキスしただけでも恥ずかしかったのに。でも、確かにジョージも嬉しそうだった。キスを誘う……のもやっぱりまだちょっとハードルが高い。『好き』って言ってみるとか? ……前にも一応伝えたことはあるけれど、あれは会話の流れとか、雰囲気もあるし────。
「そう言う意味では、それ、いいと思うわよ。彼女が自分のために編んでくれたーって思ったら、嬉しいんじゃない?」
それ、とパメラが指差したのはレイチェルの編みかけのマフラーだ。ヘアバンドくらいの細さから、今はハンドタオルくらいの大きさになっている。少し慣れてきたので、編み目も整ってきた。……最初の方の編み目が不ぞろいなのが目立つようになったから、1度ほどいてやり直した方がいいかもしれない。バレンタインまでは、まだもう少し時間があるし。
「……何を読んでるんだ?」
「姿現しについての本。……来週から、講習が始まるの」
バレンタインまではまだ時間があるけれど、姿現しの訓練まではあと10日しかない。待ち合わせ場所へ現れたドラコが怪訝そうな表情になったので、レイチェルは指で隠れていた表紙のタイトルをドラコに見えるようにした。年季が入った革表紙は何百人と言う生徒が触ったせいかくたびれていて、背表紙のタイトルも消えかけているので、ドラコには読めなかったのだろう。講習の告知が出て以来予約でいっぱいだったけれど、ようやく順番が回って来たのだ。
「私、付き添い姿現しもほとんどしたことなくって……しかも、小さい頃だから覚えてないの。ドラコは?」
「僕もないな。5歳の頃だから覚えてないんだが、父上と一緒にやったところ僕の足首から先がばらけたらしくて……それ以来、母上が嫌がってる」
「……どこの家も同じね」
本を読めば少しは落ち着いて講習に臨めるんじゃないかと期待したのだけれど、むしろ逆だ。不安を煽るようなことばかり書いてある。姿現しを失敗するとどんなに危険か、実際に起きた重大な事故の例。“ばらけ”がどれほど激痛を伴うか────。
「私、移動キーでもたまに酔うの……上手くできるか心配」
「……移動キーで?」
「そんなに悲観することもないだろう。そこまで合格率が低い試験と言うわけでもないし」
「そうだといいんだけど……」
ドラコの言う通り、姿現しの試験はそこまで合格率が低いわけじゃない。確か、1発合格が6割くらいで……3回以内で合格する人まで合わせると8割くらい。ほとんどの人は何とかなっているのだからレイチェルも大丈夫だと信じたい。けれど、レイチェルの場合、希望している進路のことを考えるどうしても不安になってしまう。
去年の今頃は進路が決まらないと悩んでいたのに、決まったら決まったで悩みは尽きない。
闇祓いやドラゴンキーパーほどではないけれど、忘却術士も狭き門だ。採用枠がどれくらいあるかも、その年によって違うみたいだし。忘却術士になるのなら、姿現しを習得していることはたぶん最低条件。それから、NEWTで優秀な成績を収めること────。
憂鬱な気分になりかけて、レイチェルは溜息を吐いた。NEWTも卒業も就職も、まだまだ先のことだと思っていたけれど、6年生も残り半分しかない。次の夏休みが終われば、あっと言う間に最終学年になってしまう。
「……ドラコも、来年はOWLだものね」
「まあね。程々にやるさ」
ドラコだけじゃない。ハーマイオニーやハリーだってそう。出会ったときは、まだ皆、小さな1年生だったのに。時間が経つのって本当に早い。
レイチェルがそうだったように、彼らも進路や試験のことで悩むのかもしれない。力になれたらいいなと思う。……レイチェルもNEWTがあるし、もしかしたら自分のことでいっぱいいっぱいかもしれないけれど。
「あ」
友達が困っているのなら、力になりたい。とは言え────内容によっては難しかったりもする。
ここのところ、ハリーは見かけるたびに元気がなくなっているように見える。チョウとセドリックのことなのか、それとも対抗試合のことなのか。どちらにしても、たぶんレイチェルが相談に乗るのは難しいだろう。
今も、中庭を歩いているハリーは心ここにあらずと言った様子に見えた。心配で目で追っていると、フラフラと他の生徒達からは外れた方向へと歩き出したので声をかけようとしたのだけれど────距離が離れていたせいで間に合わず、ハリーはそのまま生垣へと突っ込んだ。
「大丈夫!?」
「あー……ウン。大丈夫」
状況が認識できていないのか、呆然としているハリーにレイチェルは慌てて駆け寄った。前を見て歩かないと危ない、なんてつい言いたくなったけれど、青白いその顔を見たらそんな小言は喉の奥へと引っ込んでしまった。
「髪に葉っぱがついてるわ」
ハリーのクシャクシャの髪へと手を伸ばし、絡まった葉を払う。まあ、壁や柱に激突していてもおかしくなかったのだから、ぶつかったのが生垣だったのは幸運だろう。ハリーはぼんやりした表情のまま、視線が合わない。たぶん、話しかけているのがレイチェルだと言うことも気が付いていないだろう。声をかけたのがチョウだったら違ったのだろうか、とレイチェルはぼんやりと考えた。そうしたら、ハリーも少しは元気が出たのかもしれない。
「あとここ、傷が────」
たぶん、木の枝が掠ったのだろう。ハリーの頬に小さな切り傷ができていた。血が出ていないか確認しようと指で触れたら、ハリーがビクッと体を震わせてこちらを見返したので、レイチェルはパッとその手を離した。
「あ……ごめんなさい」
動揺に瞳を見開くハリーを見て、レイチェルも動揺した。痛かっただろうか? いや、それもあるかもしれないけれど、いきなり触れられたことに驚いたのだろう。馴れ馴れしすぎたかもしれない。照れているのかハリーの頬が赤くなったせいで、レイチェルも妙に意識してしまう。
「えっと、僕、大丈夫だから……ありがとう。またね」
「……ええ。気を付けてね」
早足で去って行くハリーの姿を見送って、レイチェルは頭を抱えたくなった。
……またやってしまった。前もそうだった。大して親しくもない相手に急に馴れ馴れしくされたら、驚くに決まっている。どうしてか、ハリーと2人で居ると、レイチェルは時々ハリーを11歳の男の子みたいに扱ってしまう。ハリーはもう、小さな新入生なんかじゃないとわかっているのに─────。
……それにしても、ハリーがあんなにも悩んでいる理由って何なのだろう?
対抗試合のことなのか、恋の悩みか。それとも、別の何か? ハーマイオニーなら知っているかもしれない。今日は約束している金曜日ではないけれど、彼女ならこの時間は図書室だろうか? いや、でも、ハリーの悩みを勝手に本人以外から聞き出そうとするのはよくない。知ったところで、きっとレイチェルには解決できないだろう
し……。そう結論付けて、元来た道へと引き返そうとしたところで、ふとレイチェルの頭にある疑問が浮かんだ。
「ね、ジョージ。もしかして……この間図書室に居たのって、私のこと探しに来てくれたの?」
せっかく喧嘩せずに済んだのだから蒸し返すべきではないかもしれない。そう思ったものの、1度疑問に思ったら気になってしまった。ほとんど図書室に来ないジョージが、どうしてあの日に限って図書室に来ていたのだろう?
「あー、まあ……」
「……何か用事だった?」
「あの日は……アンジェリーナやリー達とクィディッチのミニゲームをやろうって話になったんだ。ハリーは対抗試合のことがあるし、ケイティはOWLで課題が忙しいだろ。だから、代わりにジニーと……君もどうかってことになって……で、俺が君を探しに行くことになった」
やっぱり、ジョージが居たのはただの偶然ではなかったらしい。わざわざレイチェルを探しに来てくれたのだ。なるほどと頷いていると、ジョージが困ったような顔でレイチェルを覗きこんでいた。
「……セドリックと約束してたんだよな。今更だけど、邪魔してごめん」
「ううん」
あの日はセドリックとの約束が先だったから、ジョージが誘ってくれたとしても断ってしまっただろう。だとしても、一緒に過ごす時間を作ってくれようとしていたことが嬉しい。
「私も参加したいから……また誘ってね」
「了解」
自分以外は全員グリフィンドール生と言うのはちょっと緊張しそうだけれど、レイチェルも混ぜてもらえるのはくすぐったいような気分になる。そして、ほんの少し申し訳なくもなった。せっかく誘いに来てくれたのに、結果は危うく喧嘩になるところだった。レイチェルが事前にジョージに「今日はセドリックと勉強する予定だ」と伝えておけば、あんな風な行き違いは起きなかったかもしれない。
「その……私がセドと2人で居るのって、ジョージは嫌な気持ちになったりする?」
「いや、別に……」
でも、ジョージにとってはそんな風に聞かされる方が複雑だったりするだろうか? レイチェルだったら、後から知るよりは先に聞いておきたいような気がするけれど。レイチェルが首を傾げると、ジョージは視線を外して頬をかいた。
「家族みたいなものなんだろ。たぶん想像するに、俺にとってのフレッドとジニーを混ぜたみたいな……」
ジョージは冗談を言っているわけではなさそうだったけれど、レイチェルは想像してクスクス笑ってしまった。ジョージにとってはしっくり来る喩えなのだろうけれど、フレッドとジニーが混ざって1人になった姿って全然想像がつかない。
「……セドリックとの仲を疑ってるかって意味なら……まあ……君がそんなに器用じゃないことは知ってる。セドリックと“何か”あったにしては、君は色々と慣れてなさすぎるし」
小さく呟いたジョージに、レイチェルは赤くなった。実際、セドリックとは本当に何も────子供の頃と、去年キスをした以外は────ないし、レイチェルが“恋人同士のスキンシップ”に慣れていないのは事実だ。疑われていないことにはホッとしたけれど、改めてそれを指摘されると恥ずかしい。
「あー……つまりだ。信用してるから、いいよ。君だって、『もっとフレッドとの時間を減らせ』なんて言ってないのに、俺だけ要求するのはフェアじゃないだろ」
ジョージのこう言うところが好きだな、と思う。
「セドリックと違って、フレッドは異性じゃない」とか、「フレッドと違って、セドリックは本物の家族じゃない」とか。そんな風に言ったりしないところ。照れくさそうにするのに、伝えるべきだと思ったことはきちんと言葉にしてくれるところ。
「……フレッドが女の子だったら、私、嫉妬しちゃってたかも」
「あいつが女子だったら、今以上に色々と手が付けられなくて怖いだろ……まだ俺が女子だった方がマシだと思うぜ」
「ふふ。そうかも」
ジョージが男の子でよかった。
ジョージが男の子じゃなかったら、きっとこんな風に恋人にはなれなかったし────こんな風に、手を繋ぐことも、ハグすることもなかっただろうから。
「ジョージのお兄さん達は、姿現しの試験って1回で合格してた?」
「ビルとパーシーは、余裕でパス。パースの奴、去年の夏休みなんか家の中で1メートルおきに姿現ししてたんだぜ。自慢したくってさ」
「……えっと、ビルとパーシーの2人だけ? チャーリーは?」
「チャーリーは2回受けてる。1回目は失敗したって聞いてるな」
「チャーリーでも?」
「ああ。試験のとき、着地点を1メートル間違えてさ。マグルの婆さんの上に着地したんだ。試験官も大慌てで、試験は中止になったって」
「……それって、どこまでが本当の話?」
ジョージと話す時間が好きだ。
冗談好きなジョージの話が楽しいと言うのもあるけれど、ジョージの目に映る世界は、レイチェルとは少し違っているのがわかるから。姿現しのことだってそう。失敗するんじゃないかと不安になってしまうレイチェルと違って、ジョージは新しいことへの挑戦を楽しみにして、ワクワクしている。そのポジティブさが眩しくて、ジョージの言葉を聞いていると、レイチェルまで少し前向きになれる気がして────レイチェルも、こんな風になれたらいいのになと思う。
「おやすみ」
「おやすみなさい、ジョージ」
今日もまた、話しこんでいたら消灯時間ギリギリになってしまった。恒例のように寮の近くまでジョージが送ってくれたので、いつも通り挨拶してレイチェルはジョージに手を振った。そうしてジョージも、グリフィンドール塔へ戻るため反対方向へと歩き出す。そう、いつも通り────。
「ジョージ!」
離れて行く背中を駆け足で追いかける。振り向いたジョージのネクタイを軽く引っ張って、キスをした。
……唇にしようと思ったのだけれど、ちょっと躊躇ったのと、背伸びしないと届かなかったせいもあって目測を誤ったので、唇の端と頬のあたりになってしまった。上手くやるにはもう少し慣れと言うか、コツがいるのかもしれない。
「あのね……大好き」
でも、ジョージの驚いた顔を見れたから一応成功だろう。目を見開くジョージに照れ隠しに笑ってみせると、今度はジョージに腕を引かれてその胸の中へと閉じ込められた。返事の代わりのように、瞼へ、頬へと唇が降って来る。そのまま唇へと降りて来て、深くなっていくキスの甘さに、レイチェルはジョージのローブの胸をぎゅっと握りこんだ。
「また明日」
何だかまだ離れがたいけれど、もう消灯時間だ。今度こそジョージと別れて、寮へと戻るべくレイチェルは歩き出した。が、角を1つ曲がったところでピタリとその足は止まってしまった。
柱の影に、セドリックとロジャーが居たからだ。
「い、いつから居たの……?」
頬が引きつる。答えを聞きたいような、聞きたくないような。どうか、たった今通りかかったばかりでありますように。そう言ってほしい。が、そんなレイチェルの願いもむなしく、セドリックは困ったように眉を下げ、視線を逸らした。
「あー……うん。ごめん。見た」
やっぱり……。どこからだろう? 会話も聞かれていただろうか? 詳細を確認するのが怖い。たぶん、これ以上は聞かない方がいいだろう。「最初から全部見てた」とか言われたら立ち直れる気がしない。
「こっちこそ、ごめんね……変なとこ見せちゃって……」
廊下なのだから、誰か通りかかってもおかしくないとわかっていたはずなのに。見られた方も気まずいけれど、見てしまった方だって同じだろう。知らない上級生や、親しくない同級生のキスシーンでも遭遇してしまうとちょっと気まずい思いをする。知り合いならなおさらだ。
「……いつも、こんなに帰りが遅いの?」
「え?」
「もう消灯時間だよ。いくら付き合ってるからって、こんな夜遅くに2人きりなんて……」
すっかり動揺していたレイチェルは、一瞬セドリックが何を言っているか理解するのに時間がかかった。確かに……まあ、消灯時間ギリギリだけれど。でも、まだ過ぎていないから一応規則違反ではない。それに、寮に戻っていないのはセドリックだって同じだ。いや、セドリックの場合は監督生の見回りなのだろうけれど。心配してくれているはわかるけれど……何と言うか、過保護すぎる気がする。
「別に……ちょっとくらい遅くなったって大丈夫よ。いつも、寮の近くまで送ってくれるし……ジョージのこと、信用してるもの」
セドリックの表情が険しくなったのがわかって、レイチェルはしまったと思った。つい言い返してしまった。いや、でも、キスしているところを見られて────セドリック達はたまたま通りかかっただけだろうから、客観的にはむしろレイチェルが見せたことになるのかもしれないけれど────おまけにお説教されると言うのは、何と言うか、素直に受け入れるのは難しい。セドリックが何か言いたげに口を開いたが、呆れたようなロジャーの溜息がそれを遮った。
「……まあ、そんな深刻になるようなことでもないだろ。夜中に抜け出してるとかならともかく、廊下でキスしてるカップルなんて別に珍しくもないし」
肩を竦めるロジャーに、レイチェルは視線を泳がせた。セドリックには言っていないけれど、以前夜中に抜け出した形になったことはあった。そして、パメラにも不用心すぎると怒られたのだった。それを考えると、さっきのセドリックの言葉は真っ当かもしれない。
「セドリックも、そんな怖い顔するのやめてやれよ。彼氏とちょっとイチャイチャしてただけでそんな顔で説教されたら、レイチェルだって言い返したくもなるだろ」
「なあ?」同意を求めるようにロジャーがこっちを振り返ったので、レイチェルは返事に詰まった。頭ではわかっている。セドリックは心配してくれているのだ。思わず反発してしまったのは、ロジャーの言う通りそれがお説教に感じてしまったのと……1番はやっぱり、恥ずかしかったから。
「さてと。俺達は寮に戻ろうぜ。急がないと、それこそ消灯時間だ」
「えっ……でも……」
「大丈夫だって。監督生のセドリックが、“こんな夜遅く”に寮に戻ろうとするのを引き留めるわけないだろ?」
ロジャーがレイチェルの肩を抱いて歩き出したので、レイチェルは戸惑った。まだ話の途中な気がするのだけれど、セドリックを置いていっていいのだろうか? でも、ロジャーはどんどん歩いて行くので、つられてレイチェルも進んでしまう。
「あの……またね、セド」
振り向いて、レイチェルはセドリックへとそう声をかけた。セドリックはまだそこに居たけれど、何も言わなかった。セドリックも踵を返し、ハッフルパフ寮の方向へと歩いて行ったので、段々とその背中は小さくなっていった。
「もう嫌……信じられない……」
消灯時間には無事間に合った。談話室にはもうほとんど人気がない。誰も座っていないふかふかのソファへと吸い寄せられるように身を投げ出して、レイチェルは肘掛けに突っ伏した。何だか、とてつもなく疲れた。
「明日セドと会ったとき、どんな顔すればいいの……?」
「別に、いつも通りでいんじゃね?」
ロジャーの軽い口調に、レイチェルは呻いた。
セドリックが原因でジョージと気まずくなりたくないとは思ったけれど、その逆だって嫌だ。よりによって、セドリックに見られるなんて。いや、相手が誰だったとしても見られたいものではないけれど。
「まあ、面白いもん見れたよなー」
「面白い……?」
「あ、違う違う。レイチェル達じゃなくてさ。さっきのセドリック。意外な反応っつーか」
悪びれる様子もなく笑うロジャーに、レイチェルは思わず顔を上げた。
意外な反応。そうだろうか? セドリックは知り合いのキスシーンを見たからと言って冷やかすタイプではないし、困った顔をするのは予想通りな気がする。過保護なのも、今に始まったことじゃない。ちょっと不機嫌そうだったのも……下級生だって通りかかるかもしれないのだから自重すべき、と考えているからだろう。セドリックは監督生だし。……レイチェルだって、少し前ではそう考えていたはずなのだけれど。
「だってあれ、たぶん独占欲だろ?」
「自分だってもうチョウとキスくらいしてるだろうになー」なんて呟くロジャーに、レイチェルはぱちりと瞬いた。独占欲。誰が……たぶん、セドリックが。誰に対して……レイチェルに? やけに難しい顔をしているなとは感じたけれど。
「……ロジャーの考えすぎじゃない?」
「まあ、自分の妹分のキスシーンなんて、兄貴としちゃ複雑だろうけど。でも、それだけじゃないと思うぜ」
「……単に、気まずかっただけだと思うわ」
「いーや。前に俺がボーバトンの子とキスしてたときは、あんな反応じゃなかった」
間違いないとロジャーは断言してみせたけれど、レイチェルにはしっくり来なかった。それは、ロジャーが女の子とキスをしているところがそれこそ珍しくなさすぎて、注意する気が起きなかっただけじゃないだろうか……?
「『お利口さん』のセドリックがあんな顔するって、やっぱりレイチェルにだけだよな」
どうやら、ロジャーはどうしてもさっきのセドリックの態度は独占欲から来るものだと思いたいらしい。まあ、本当のところはセドリック本人にしかわからないだろうし、ここでレイチェルとロジャーが言い争っても仕方ない。
「だとしても……別に、セドが私のこと好きとか、そう言うわけじゃないと思うわ」
セドリックのさっきの言動が独占欲から来るものだったとして────たぶんロジャーや同級生達の期待しているような甘酸っぱい種類のものではない気がする。独占欲や嫉妬って、別に恋愛に限ったことではないし。レイチェルだってシャールがセドリックの方に懐いているのは寂しかったし、ちょっとムッとしてしまうことだってあった。
「まあ、そうかもな。俺も元カノが他の奴とデートしてるとこ見たら、やっぱ微妙な気分にはなるし。何にしても、“あの”セドリックにも嫉妬とか独占欲があるって思うと、なんかちょっと安心するよなー」
ロジャーの言葉に、レイチェルは眉を寄せた。それだと、まるでセドリックが機械か何かのように聞こえる。確かにセドリックは温厚な性格で人当たりが良いから、あまり人前で不機嫌になったりすることはないけれど。
「セドはいつも穏やかだけど……怒ることだって普通にあるわよ。……たまにだけど」
「特別親しい人間の前では、だろ。俺の前ではそうじゃないもん」
それは事実だ。セドリックが怒る……と言うか、素直に感情をむき出しにするのは、ルームメイトなんかの親しい友人の前だけだ。ロジャーとも最近は随分と親しくなったように見えるけれど、もしかしたらまだ距離があるのかもしれない。
「レイチェルは?」
「……私?」
「セドリックにも彼女ができたわけだろ。“私よりチョウを優先するなんて!”とか、“セドにふさわしいか見極めてやる!”とか思ったりすんの?」
「んー……」
そんな自分勝手なことや意地悪なことを思ったりしない、とは言えない。
以前、クロディーヌとセドリックが親しげにしていたときは似たようなことを考えてしまったし。でも、じゃあ今はどうなのか、と考えてみると。
「特には……」
セドリックからチョウの話を聞いても別に嫌な気分になったりしないし、むしろ上手く行っていそうだとホッとする。2人がキスしているところを想像してみても、変に気持ちがざわつくこともない。ただの想像と、実際に見るのとはまた違うかもしれないけれど。
「チョウのことはよく知ってるし……すごくいい子だし……」
「ま、相手があのチョウだもんな」
相手がチョウだからなのか、それともあのときとはレイチェルの心境や状況が変わったからなのだろうか。もしかしたら、どちらもかもしれない。あのときと違って、今はレイチェル自身にもジョージと言う恋人が居るわけだし。
「……想像してたより、ずっと上手く行ってるからかも」
たぶん、本当に嫌だったのは、セドリックに恋人ができることそのものじゃなくて────そのせいで、自分の居場所がなくなってしまうことだったのかもしれない。
どちらかに恋人ができたら、きっともう今まで通りではなくなるのだと、そう思っていたから。ずっと一緒だったのに、変わってしまうことが嫌だった。お互いに恋人ができたことで、変わったことも確かにある。でも、想像して悲観していた状況よりも、今の方がずっと楽しい。
「ああ……まあ、“上手く行ってる”みたいだよな」
暗にロジャーがさっきのジョージとのキスのことを言っているのがわかって、レイチェルは頬に熱が集まるのを感じた。
「あのジョージとレイチェルが、すっかり恋人同士だもんなー」
「からかわないで……」
「からかってるわけじゃなくてさ。……いや、それも否定はしねーけど。2人が付き合うって聞いた時、意外だったんだよな。ジョージみたいなタイプは……まあ……何つーか、レイチェルとは正反対だし……下級生のときは苦手だっただろ。どうなるのかって、ちょっと心配してたんだよな。仲良くやってるみたいで安心した」
そう言えば、ジョージからパーティーに一緒に言って欲しいと誘われた日もロジャーから「何かあったら相談に乗る」なんて言われたのだった。口調こそからかいまじりだけれど、心配してくれていたと言うのは本当なのだろう。
「合わないの、自分でもわかってるから……気を付けたいの。上手く行かせたいから……」
レイチェルにとってはジョージの価値観や考え方は新鮮で、羨ましく思う。一緒に居ると楽しくて、ドキドキする。けれど、気を付けなければちょっとしたことで行き違ってしまいそうだし、ジョージの方はレイチェルほどは楽しくないかもしれないと、ほんの少し不安にも思ってしまう。ジョージの好みの、駆け引きの上手な女の子じゃないし……キスだって下手だと言われてしまったし。セドリックと一緒に過ごすことだって、ジョージには面白くはないかもしれない。だからせめて、パメラのアドバイス通り愛情表現を頑張ろうと……した結果、ロジャー達に見られてしまったわけだけれど。
「ま、そんな風に相手を気遣いたいって気持ちがあれば、大体何とかなるって」
「……ありがとう、ロジャー」
「……やっぱ、雰囲気ちょっと変わったよな」
「え?」
「化粧とか髪型のせいもあるだろうけど……表情とか? 柔らかくなったって言うか、可愛くなったよな」
「あ、ありがとう……?」
「女子は『可愛い』って言われてると本当に可愛くなるって言うもんなあ。まあ、フラーみたいに元々美人だとあんまりわかんねーけど」
さりげなく惚気られた。……まあ、フラーとロジャーも上手く行っているのなら何よりだけれど。
外見はともかく、表情や雰囲気となると自分ではいまいちわからない。けれど、言われてみればジョージはよく『可愛い』と言ってくれる……思い出して、頬が緩みそうになるのを引き締めていると、ロジャーが「ごちそうさま」と小さく溜息を吐いた。
「レイチェルは、セドリックと似たタイプとしか付き合えないんじゃないかって思ってたんだけどなー。俺らの間じゃ、絶対セドリックが理想のタイプだろうって噂だったし」
パメラの「同学年のほとんどはそう思っている」と言う主張は正しかったらしい。1番身近な分、男の子の基準がセドリックであることは否定できないけれど……そんな風に噂されていたと言うのはちょっと心外だ。初恋の郵便配達の青年だって、ウッドだって、別にセドリックとは似ていないタイプだったのに。しかし何と返していいものかと困惑すると、ロジャーがじっとレイチェルを見つめた。
「案外、セドリック本人もそう思ってたのかもな。なのに、レイチェルの方から『大好き♡』なんてキスしてるもんだから、ショック受けたんじゃね?」
「やっぱり、最初から見てたの……!?」
楽しげにニヤッと笑うロジャーに、レイチェルは悲鳴を上げそうになった。
と言うことは、セドリックにも一部始終を見られていたのだろう。どうして今日に限って。居た堪れなくなって再びレイチェルが肘掛けへ崩れ落ちると、慰めるようにロジャーがポンポンと頭を叩いた。
「寮生活なんだから、こう言うこともあるって。気にすんなよ」
「私には無理……」
ロジャーは慣れているから気にならないのかもしれないけれど、レイチェルは気にする。気を付けていたはずなのに、気が緩んでいたのかもしれない。だって、今日はジョージがすごく嬉しいことを言ってくれて……レイチェルも、何か返したいと思ったから。
「……まあ、誰かに見られるのが嫌なら、もうちょっと場所には気を遣った方がいいかもな」
「わ、わかってるわ。今日は何て言うかその、ちょっと……」
「いや、今日だけじゃなくてさ。前にもジョージと廊下でキスしてただろ。わざわざ言わなかったけど」
確かホグズミードに行く前の日だと指摘されて、レイチェルは動揺した。
その日は一体何をしていたっけ? そうだ。確か、授業が急に休講になったからジョージを探したけれど、会えなくて────そうしたら、それを聞いたジョージがレイチェルを探してくれたのだ。そして、ホグズミードに行く約束をして……廊下でキスをした。だって、周りには誰も居ないと思ったから。
「2人きりだって思ってても、意外と色々なところから見えてるし、誰かに見られてるもんだぜ」
油断大敵、なんて悪戯っぽく笑ってみせるロジャーに、レイチェルはますます赤くなった。