「本当にいいの? だってあなた達って、ほとんど一緒に過ごせる時間ないじゃない!」
「レイチェル、大丈夫? もし、私達に遠慮しているのなら……」
「違うの、エリザベス……そう言うわけじゃないの」
結局、授業に関してはお互いこれまで通り受けることに決めた。つまり、ジョージはフレッドやリー達と、レイチェルはパメラやエリザベスと一緒に。マグル学に関しては、今まで通りセドリックと。夜、談話室でレイチェルがそう伝えると、パメラは怪訝そうに眉を寄せ、エリザベスは心配そうに表情を曇らせた。
「元々、魔法薬学の授業は一緒に受けてるし……授業は集中して受けたいし……だから、それ以外は今まで通りにするつもり」
確かにジョージと過ごせる時間は少ないし、2人が気遣いからジョージと過ごすよう言ってくれているのはわかっている。でも、『恋人と一緒に授業を受ける』ことができない2人に遠慮して我慢しているとか、そんな理由じゃない。ジョージと時間は貴重だけれど、パメラやエリザベス、それにセドリックと過ごせる時間だって、やっぱり下級生の頃に比べれば減ってしまっている。親友達とだって一緒に過ごす時間をとりたいと言うのは、レイチェルの意志なのだ。……なんて、本人達には照れくさくて言えないけれど。
「やっぱりわかんないわ。付き合いたての頃って、もっとこう、『早く会いたーい!』とか『少しでも長く一緒に居たい!』とか、『ずっとくっついてたい!』ってならない?」
理解不能だと首を振るパメラに、レイチェルは視線を泳がせた。自分では、初めての恋人に浮かれてしまっているなと感じることも多いのだけれど、パメラの目にはそうは見えないらしい。
今日1日意識して周囲を見て気が付いた。並んで授業を受けているカップルは休暇が明けてからかなり増えたように見える。せっかく恋人と同じ授業を受けるのなら当然隣の席がいい、と考えるのが恋する乙女としては一般的なのかもしれない。
「レイチェルが納得しているのなら、私達が口を出すのもおかしいわ。付き合い方は人それぞれですもの」
「そうだけど……! まあ、ベタベタしてるカップルの方が意外とすぐ冷めちゃったりするし、レイチェル達くらいの方がちょうどいいのかもね」
2人きりのときは、ジョージは割とくっつきたがる────そう言いかけて、レイチェルはそのまま言葉を飲み込んだ。パメラにからかわれそうだし、せっかく2人きりのときのジョージのことを誰かに教えてしまうのは、何だか少しもったいないような気がしたから。
「本当、カップル増えたわよねー。こんなに談話室がカップルだらけなのって初めて見た」
いいなあ、とパメラが羨ましそうに溜息を吐いた。
確かに、談話室がこんなにもカップルで溢れているのなんてこれまでになかったことだ。学年が上がるにつれてレイチェルの周りでも誰が誰を好きだとか恋人ができたとか別れたと言った話を聞く機会は増えていたけれど、この1ヶ月がたぶん1番多い。談話室だけじゃない。図書室も中庭も、城の中のどこもかしもがカップルだらけだ。そのうちの何割かは、レイチェルとジョージのようにパートナーの申し込みをきっかけに付き合い始めたカップルだ。
「そう言えば聞いた? リリーとライアン、また付き合い始めたんだって」
「そうなの? えっと、確か結構前に別れちゃった……のよね?」
「パーティーで他の人と組んで、やっぱりお互いがいいって思ったみたい。よかったわよね。逆に、リックはメーガンとやり直そうとしてこっぴどく振られたらしいけど」
一方で、失恋してしまった子や、パーティーでぎくしゃくして別れてしまったカップルも居る。かと思えばやっぱり別の人と付き合い始めたり、元通りの相手とヨリを戻したり……色々と耳に入っては来るけれど、かつてなく情報量が多いせいでとても追いつけていなかった。もはや誰と誰が今付き合っていて別れたのか、よくわからない。
「ね、ね、あの2人って、結局どうなってるんだと思う?」
「2人って……ああ、レイチェルとセドリック?」
変身術の教室へ入ろうとして、レイチェルは中から聞こえてきた会話に扉の前で立ち尽くした。
考えてみれば、この情報の目まぐるしさに戸惑っているのは他の子達だって同じだろう。だって本当に、毎日のように新しい情報が入って来るから。
「えー……普通に考えて、レイチェルは振られたんでしょ? だって、セドリックはチョウを彼女にしたわけだし」
「でもさあ、それにしては2人ともすっごいいつも通りじゃない? 気まずくなったりしないのかな」
「授業も相変わらず一緒に受けてるしねー」
「って言うか、パーティーのときも一緒に踊ってたよね?」
そう言えば、そんな話になっていたんだっけ……。自分の噂話を聞くのって、何だか奇妙な気分だ。確かに、彼女達が気にするのも無理はないと言うか……振られたと噂になっていた2人がまるでいつもと同じように過ごしていたら、傍から見たら奇妙に思うものかもしれない。
「あーあ。セドリックくらい性格良くても、結局チョウみたいな子を選ぶのって、なんかガッカリ」
「え、何で? チョウってそんな性格悪いの?」
「そう言うわけじゃないけど。結局、イケメンは美少女とくっつくんだなあって」
「あー、まあね。それはちょっとわかるかも」
「10年以上一緒に居てもポッと出の可愛い子に勝てないってさあ……現実って厳しいわ」
セドリックがチョウを誘ったのは、たぶんチョウが可愛いからと言うよりクィディッチの話ができることが決め手な気がするし、そもそも「レイチェルはセドリックに振られた」と言う前提からして間違っているのだけれど……まあ、チョウが美少女だから、そう見えてしまうのだろうか? チョウは確かに可愛いけれど、人柄だってとても魅力的なのに……。
「あの子とジョージの組み合わせって言うのも意外だよね。そんな仲良かったっけ?」
急にジョージの名前が出てきて、レイチェルはちょっとドキッとした。ドキッとした、よりもギクッとしたと言う方が正しいかもしれない。セドリックとの関係を噂されるのは、まあ……何と言うか、慣れてしまった部分もあるのだけれど。ジョージと自分は、周りの子達からはどんな風に見えているのだろう?
「セドリックに振られたからジョージって言うのもすごいよねー。ジョージも結構人気あるのに。上手くやったなって感じ」
「あれじゃない?セドリックに振られたのに同情したとか?」
「フレッドがアンジェリーナを誘ったって聞いたから、てっきりジョージはアリシアと行くかと思ったよね」
なるほど、とレイチェルはちょっと納得した。ジョージと仲の良い女の子はたくさん居るし、そんな中でレイチェルとジョージって特別仲が良いようには見えなかったはずだ。「レイチェルはセドリックに振られた」と言う前提と────間違ってるけど────組み合わせると、そう見えるかもしれない。
「人気者ね」
ふいにそんな声がして、レイチェルは振り返った。クロディーヌが悠然とした微笑みを浮かべて、そこに立っていた。
「クロディーヌ」
「気にすることないわよ。根拠のない噂でしょう? そのうち収まるわ」
「うん……」
堂々とした様子で教室の中へと入って行くクロディーヌにレイチェルも続くと、噂をしていた女の子達はほんの少し気まずそうな表情になった。けれど、レイチェルは彼女達に対してそれほど嫌な気持ちにはならなかった。まさか本人に聞かれるとは彼女達も思っていなかったのだろうし、「セドリックに振られたの?」「なんでジョージはあなたをパーティーに誘ったの?」なんて、レイチェルやジョージ本人には直接聞きにくいのもわかる気がするから。
─────『ジョージがレイチェルを誘ったのは、セドリックに振られたことに同情したから』。
そんな風に言われているのを聞いても、あまり動揺していない自分が何だか意外だ。
たぶん、この噂を聞いたのが今じゃなかったら。パーティーよりも前だったとしたら、もっとショックを受けていたような気がする。あのときは、ジョージが好きだと胸を張って言えないのに、パートナーになってしまったことが後ろめたかったから。ジョージの気持ちも、よくわからなかったから。だからきっと、無関係の誰かの言葉でも気になって、不安になってしまったかもしれない。
でも、今は違う。今は……レイチェルも、ジョージが好きだから。それに、ジョージもレイチェルのことが好きだと言ってくれている。他の誰かが口にする噂より、ジョージの言葉を信じたい。
噂と言えば、レイチェルにも今、1つ気がかりな噂がある。
「セド、会えた?」
「ううん。訪ねてみたけど……返事がないんだ。たぶん、中には居るみたいなんだけど」
「そう……」
「心配だよね」
新学期が始まって以来、ハグリッドは授業に出ていない。
授業だけでなく、食事の時間の大広間にも姿を見せていない。本当に、ただの1度きりも。新学期の朝、ニフラーにお別れをしに行ったとき以来、レイチェルも1度もハグリッドと会えていなかった。そして、先日ハグリッドの小屋に向かうのを見かけたあの女性。グラブリー・プランク先生が、代理講師として魔法生物飼育学の授業を受け持っている。てっきり、ハグリッドは風邪か何かで体調を崩してしまったのだろうかと心配していたのだけれど。
「今日でもう3日よ! もし、ハグリッドがその……半巨人? だったとして、一体何が問題なわけ?」
憤慨したように言うパメラに、レイチェルは言葉に詰まった。
どうやらハグリッドが授業に出なくなった原因は、新学期の朝に出た日刊預言者新聞の記事にあるらしかった。とは言っても、1面記事ではない。新聞の隅々まで読む人でなければ気付かないような、後ろの方の紙面だ。実際、レイチェルは4年生の女の子に教えてもらうまでそんな記事が掲載されていることさえ気が付かなかった。記事に書かれていた内容は、ハグリッドの母親は凶悪な巨人で、ハグリッドもその血を引いた半巨人である、と言うものだったらしい。
「その……パメラは知らなくて当然なんだけど……巨人に対しては、その……何て言うか、偏見がある人が多いの」
「またそれ? 人狼のときもそんなこと言ってなかった? 魔法界ってそんなのばっかりね」
呆れたように溜息を吐くパメラに、レイチェルはどう返していいものかわからなかった。
確かに、巨人に対する差別と人狼に対する差別って似ている部分があるかもしれない。マグル生まれやマグルへの偏見や差別と違って、擁護しようとする人や、おかしいと声を上げる人が少ないと言う点で。危険なのだから社会から隔絶されるのは当然だと、そんな風に考えている人も多いのだ。
「だって、巨人ってものすごく凶暴なんだぜ!」
「昔、巨人のせいでたくさんの魔法使いが死んだってパパが言ってた……人を殺すのが好きなんだって」
近くに座っていた3年生の男の子達が口々に言った。
その話は、レイチェルも大人達から聞いたことがある。例のあの人が最も力を持っていた頃、あの人に従っていたのは死喰い人だけではない。吸魂鬼や人狼、そして多くの巨人達があの人の陣営に加わり、たくさんの魔法使いに恐怖を与えた。巨人や人狼に対する嫌悪感を示す大人達は、その時代の記憶が強く残っているからと言うのもあるのだろう。
レイチェルは……レイチェル自身は、大人達の話や授業で習ったこと以外、巨人のことをよく知らない。実際に見たこともない。そもそも、巨人は山を住処とするものだから、街に暮らしていると出会うこともないのだ。巨人によってたくさんの魔法使いが殺されたと言うのは事実で、怖くないと言えば嘘になる。だって、巨人はレイチェルよりずっと大きくて、力が強いから。危険だから。ドラゴンと同じだ。ドラゴンに悪気はなかったとしても、踏みつぶされたり火傷するかもしれないと思うと怖い。でも。
「でも、ハグリッドはそんなことしないわ」
巨人は怖いけれど、ハグリッドは怖くない。ハグリッドは確かにレイチェル達よりずっと体が大きくて、力持ちだ。けれど動物好きで、涙もろくて、少しうっかりしたところもあって、優しくて楽しい人だ。決して危険な存在なんかじゃないと、レイチェルは、レイチェル達ホグワーツ生は知っている。
「わかんないよ。あの怪物……尻尾爆発スクリュートに僕達を悲鳴を上げてるときだって、ハグリッドはいつもニコニコ笑ってるじゃないか」
「そうだよ。僕達が襲われてるのを楽しんでたのかも」
「それは……ハグリッドはただ、その……毒や牙を持つ生物が好きなだけよ。生徒を傷つけたいなんて、絶対思ってないわ」
とは言え、ハグリッドのことをよく知らない生徒なら……たとえばほとんど関わりのない下級生なんかは、新聞記事に書かれていることを信じてしまうものなのかもしれない。とは言え、レイチェルはその記事を読んだわけではないのだけれど。
そもそも、リータ・スキーターの記事らしいから、記事の信憑性も不確かだとレイチェルは思ってしまったりもする。だって、ここ最近の彼女の記事と言ったらハリーに関する好き勝手なゴシップばかりだ。とは言え、根も葉もないでっちあげだとしたら、ハグリッドの性格なら馬鹿げていると笑い飛ばして気にしないような気がするし、やっぱり記事に書かれていたことはある程度は事実が含まれているのかもしれない。授業に顔を出さなくなってしまったと言うことは、ハグリッドはひどくショックを受けたのだろう。もしかしたら、ハグリッドにとっては誰にも知られたくなかった秘密だったのかもしれない。何にしても、心配だ。
「……早く、元気になってくれたらいいんだけど」
「お見舞い行ってみる?」
「でも、急に押し掛けてしまったら迷惑じゃないかしら……」
ハグリッドが半巨人だったとしても、そうじゃなかったとしても、レイチェルにとってハグリッドはハグリッドだ。何が真実なのかは、ハグリッドの口から話を聞きたい、と思う。ハグリッドを危険だと一方的に書き立てる新聞記事なんかじゃなくて。でも……ハグリッドにとって話したくないことなら、無理に聞き出したいわけじゃない。
あの優しいハグリッドが半巨人だなんて信じられない……なんて考えるのは、やっぱり巨人に対する偏見で、ハグリッドに対してすごく失礼なことだろうか?
そう言えば、SPEWの活動って今どうなっているのだろう?
そんな疑問が頭に浮かんで、レイチェルは何だか後ろめたいような気分になった。たった今この瞬間まで、SPEWの存在をほとんど忘れかけていたと自覚してしまったから。
ハーマイオニーの話を聞いて、協力したいと思ったのは嘘じゃないのに……。結局、ほとんど何もできていない。レイチェルが自発的にSPEWの活動について考えてみたことって、この数か月の間に何度あっただろう?ふとしたときに頭をよぎることはあったけれど……たとえば、クリスマスパーティーで忙しく働いている屋敷しもべ妖精を見かけたとき。クラムからSPEWの話を聞いたとき。ジョージと厨房に行ってたくさんの屋敷しもべ妖精と会ったとき。そして今、巨人への“差別”が話題になっているとき。つまりは、何か思い出すようなきっかけがあったときだけだった。それを過ぎると、また他のことで頭がいっぱいになってしまう。課題や、授業の予習。対抗試合に、姿現しの試験のこと。周囲の人間関係……ジョージとのこと。
屋敷しもべ妖精への待遇も、人狼への差別も、巨人への迫害も。レイチェルだって、今の魔法界の現状に全く何も問題がないとは思っていない。ハグリッドのように────ハグリッドが本当に半巨人なのかどうかはまだわからないけれど、仮にそうだとして────周囲から偏見の目を向けられることを恐れて秘密にしている人は、きっと他にも居るのだろう。ルーピン教授だってそうだった。あんなに優秀な魔法使いでも、人狼と言うだけで仕事の機会を奪われてしまう。ホグワーツの屋敷しもべ妖精達は皆大きな目をキラキラさせて楽しそうに慟いていたけれど、きっとハーマイオニーが心配していたようにひどい扱いを受けている妖精だってどこかに居る。隠されているからわからないだけで、困っている人はきっとレイチェルが想像している以上にたくさん居るのだろう。
今の魔法界の制度や価値観のせいで苦しんでいる人が居るのなら、少しでもより良い方向に変わっってほしいと思う。そのためには、声を上げなければいけない。考えなければいけない。関心を持たなければいけない。頭ではわかっているのに……。実際は考えることすらほとんどできていないし、何も行動できていない。
あまり認めたくはないけれど……たぷんその原因は、屋敷しもべ妖精も巨人も人狼も、レイチェルにとってあまり身近ではないせいなのだと思う。
身近ではないから、考えなくても過ごせてしまう。困っている人はたくさん居るかもしれないけれど、レイチェルはその人達にほとんど会ったことがないから。レイチェル自身や、レイチェルの周囲の友人が困っているわけではないから。SPEWの活動だって、友人であるハーマイオニーの言葉だから耳を傾けることができたけれど、他の知らない誰かだったら関心を持つこともなかったかもしれない。でも……本当に、身近ではないのだろうか?
『君がそんな顔をする必要はない。この仕事を引き受けたときから、覚悟はしていた』
レイチェルには詳しく話さなかっただけで、ルーピン教授はきっと今までレイチェルには想像もつかないような理不尽なことがたくさんあったはずだ。ハグリッドだって、もしかしたらずっと秘密を抱えていることに苦しんでいたかもしれない。きっと本当は、ずっとすぐ側にあった問題だった。ただ、レイチェルが気づかなかっただけ。隠されていたから、見えていなかっただけで。……もしかしたら、自分でも無意識のうちに見えないフリをしてしまっていたのかもしれない。気づかなければ、考えなくて済むから。でもそれはきっととてもずるくて、良くないことだ。目を逸らしたところで、確かにそこにある事実は変わらないのだから。
むしろ、無関心であることでレイチェルも知らないうちに差別に加担しているのかもしれない。無関心だから、巨人についても人狼についても、よく知らないままだ。だから、怖くて、不安で、遠ざけたいと思ってしまう。巨人“だとしても”ハグリッドは怖くない、とか。人狼“かどうかなんて関係なく”ルーピン教授は素晴らしい魔法使いだ、とか────怖くてよくわからないものと、自分の好きなものを切り離そうとしてしまう。本当はきっと、そんな風に簡単に切り離すことなんてできないのに。
たぶん、もっと関心を持たなければいいけない。考えなければいけない。もっと学ばなければいけない。たぷん、レイチェルにはまだ知らないことがあまりにも多すぎる。
知らないと言うことは、とても怖いことだ。
知っていれば、より良い方を選べること。知っていれば、それを元に考えて導き出せるかもしれないこと。その全てが、知らないと言うそれだけで、わからなくなってしまう。迷ってしまう。それはきっと、テストやレポートに限ったことだけではなくて。きっと、気づかないうちに誰かの大切なものを踏みにじってしまう。
レイチェルにとっては素請らしいと思うことも、他の誰かには違うかもしれない。レイチェルが気にも留めなかったことで、他の誰かが苦しんでいるかもしれない。
レイチェルはマグルの文化を勉強しているけれど、やっぱり授業や本で読んだことだけでは足りない部分も多い。時にはマグル生まれの友人達からすると常識外れなことを言ってしまって、呆れられてしまうこともある。もしかしたら、すごく失礼な発言をしてしまったこともあったかもしれない。
悪意があったわけじゃないからと、ハーマイオニー達ならきっと許してくれるだろう。でも、相手が何を大切にしているかを知っていれば。気遣うことができれば、最初から傷つけることなんてないかもしれない。足元に花が咲いているとを知っていれば、避けて歩くことができるみたいに。
『あなたが相手をマグル生まれかどうか気にするのはね、ピンクが好きだからピンクのものを選んだり、猫が好きだから猫を飼いたいって思うのと変わらないわ。あなたはただ、マグルの文化が好きなのよ』
以前、自分は純血主義者なのではないかと悩んだレイチェルに、ハーマイオニーはそう言ってくれた。……あのときから、ほんの少しは成長できているだろうか?
マグルに関する知識はあの頃よりずっと増えたし、マグルヘの差別に関しては以前より関心を持っている……つもりだ。以前よりも、新聞をしっかり読むようになった。ドラコがマグルについて誤解していたら、正しく理解してもらえるよう説明を試みてはいる。……あまり上手く行ったことはないけれど。自分なりにできることはしているつもりだけれど、でもきっと、まだ全然足りない。
ホグワーツや新聞や本の中だけでは、学べることは限られている。世の中にはたくさんの人が居て、たくさんの文化がある。それぞれ違う価値観を持っていて、違う事情を抱えている。城の外にも、世界は広がっている。魔法界だけでなく、マグルの世界にだって。レイチェルの目指す忘却術士は、マグルの価値観を知っていなければできない仕事だ。
魔法使い同士だからと言って、同じ考えを持っているとは限らない。物の見え方も、考えも、きっと1人1人、少しずつ違う。太陽が昇らない国だってあるし、北極星の位置も違う。それもやっぱり、ダームストラングやボーバトンの子達と話をしなければ、きっと知らないままだったことだ。もっと、たくさんのことを知りたい。本で知ったことや、誰かから聞いた噂だけで信じ込まずに、自分の目で確かめたい。他の誰かを経由した言葉は、時に真実を歪めてしまうから。もう、噂で誰かを嫌な奴だと思い込んで、誤解で嫌うようなことはしたくない。レイチェル自身の耳でたくさんの人の話を聞きたい。自分の目で見たい。そして、自分に何ができるのか、考えたい。
『僕達、もっと……世界を広げるべきだと思う』
あの日、セドリックに言われた言葉を思い出す。
小さい頃からずっと一緒に育った、たった1人の大切な幼馴染。お互いのことは誰よりもよく知っていて、価値観もわかっている。2人で過ごすのは居心地がいいけれど、ほんの少しの不安もあった。このまま2人で居ると、すごく視野が狭くなってしまうような気がして。だからもっと、他の人とも関わってみるべきだと思った。セドリックじゃない誰か。セドリックとは違う考えを持つ人と。
「あ……」
曲がり角の向こうに見つけた姿に、ほんの少しだけ心臓が跳ねた。制服を着崩した、背の高いシルエットに、遠くからでもパッと視線が惹きつけられる、燃えるような鮮やかな赤毛。たった今、頭に思い浮かべた人物がそこに居たから。
「ねぇ、ジ……」
ほんの少し足を早めて、詰めた距離。レイチェルからは横顧しか見えないけれど、こっちには気がついていない様子だったので、声をかけるのと同時にローブの袖を経く引っ張った。そして、振り向いたその顛が瞬くのを見て、レイチェルも目を見開いた。
ジョージじゃない。
「ごめんなさい、あの、」
間違えた。フレッドだ。と言うか、フレッドの影になって見えなかったけれど、アンジェリーナも居た。それに気づいていたら、フレッドかもしれないとわかったはずなのに。いや、アンジェリーナと一緒だからと言っていつも必ずフレッドだとは限らないけれど。ちょうどジョージのことを考えていたからって、ジョージだと思い込むなんて。声をかけるまでの数秒の間、すっかりジョージが双子だと言うことを忘れてしまっていた……。
「何だい?ダーリン」
「えっと……」
「ちょっとフレッド、浮気?」
ニヤッと笑ったフレッドは、やけに熱っぽい口調で囁くと、レイチェルの腰を抱いて引き寄せてきた。と言うか、顔も近い。悪ノリが過ぎる。アンジェリーナも、怒ったフリをしてみせてはいるものの全然止める気がなさそうだ。
「……何やってんだよ、フレッド」
レイチェルが戸惑っていると呆れたような声がして、振り向いたら今度こそジョージが居た。フレッドとアンジェリーナの反応を見ると、たぶんジョージが来るのはわかっていたのだろう。フレッドがやれやれと言いたげな表情になって離れてくれたので、レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。「おいおい。声をかけてきたのは、レイチェルの方からだぜ。まあ、俺の方がハンサムだしな」
「言ってろ」
からかうようなフレッドの口調に、ジョージが眉を輩めた。実際、レイチェルがフレッドに声をかけてしまったのは事実だ。最近は割と見分けがつくようになったと思っていたのだけれど、遠目だったのもあってわからなかった。あと、本当に、どうしてかジョージだと思い込んでしまっていた。……何だかちょっと恥ずかしいので言い出しにくい。
「しっかし、すっかり俺と相棒を見分けるようになったよなあ。今も、顔見た瞬間気づいただろ?」
感心したように言うフレッドに、レイチェルは瞬いた。言われてみればそうだ。まあ、パッと見た印象はそっくりだけれど、よく見ると結構違う。そばかすの位置だとか、目の形だとか、口元とか。あと、ジョージは眉毛の中に小さなホクロがある。……これはさすがに、普通に話している距離だとわからないけど。
……そう言えば、ちょっと前までフレッドとジョージの見分けってつかなかった。
フレッドとアンジェリーナの背中を見送って、レイチェルはぽんやりとそんなことを考えた。何だか随分と昔のことに思えて、感漑深いような気分になる。でも、たったの……2か月前。それどころか、下級生の頃はフレッドとジョージのことを苦手に思っていたし。苦手に思っていたからよく知ろうとしなかったし、2人を「悪戯ばかりの双子」としてセットで見ていた。あの頃は、まさか自分がジョージと付き合うことになるなんて、想像すらしていなかった。同級生の女の子達に「意外な組み合わせ」なんて評されるのも当然かもしれない。そう考えたらおかしくなって、思わずクスクス笑ってしまった。
「どうかしたか?」
「ううん」
あの頃は2人のことをよく知らなかった。知らなかったから、何を考えているかわからなくて、だから苦手だった。でも、今は知っている。ジョージが優しいこと。家族想いなところ。悪戯好きなのは相変わらずだけれど、ジョージなりに守っているらしいルールや倫理があること。レイチェルを気遣ってくれるところ。夢に向かって努力しているところ。価値観は違うけれど、だからこそレイチェルにはない視点を持っていて、全然違うと感じるところもあれば、似ている部分もあって。自分と考えは違っても、尊敬できるところがたくさんある。
「あのね……」
SPEWのことや、リータ・スキーターの新聞記事のこと。ジョージはどんな風に考えているのだろう?
ジョージが何を思っているのか、それはどうしてなのか。ジョージの目にはどんな風に世界が映っているのか、ジョージの言葉で聞いてみたい。もっとたくさん話がしたい。ジョージの好きなものや、嫌いなもの。考え方。ジョージの大切な家族のこと。
あなたのことを、もっと知りたい。