「おはよう、レイチェル
「……おはよう、エリザべス」

授業が始まる日の朝、レイチェルはいつもより1時間も早くベッドから起き出した。
もちろん、授業が楽しみすぎて早く目が覚めた────わけではない。今レイチェルに微笑みかけるエリザベスのように、予習するために早く起きたわけでもない。今年のクリスマス休暇は今までで1番充実していたし、これ以上ないくらい満喫したと思うけれど、授業が始まるのはやっぱり憂鬱だ。まあ、これ以上休暇が続くとジョージと会うとき何を着ていいか困りそうだったから、ちょっとだけホッとしたりもするけれど。授業が始まってしまえば、とりあえず制服を着ていればいいからコーディネートに悩まなくて済む。
新学期だから、普段より気合いを入れて身支度をするため……と言うのも早起きした理由の1つではあった。今日も、授業でジョージと顔を合わせるから。休暇の前とは違って、多少……これからは制服のときもお化粧してみようかな、と思う。休暇中も、ちょっとだけしていたし。とは言え、それだけならここまで早く起きる必要はないのだ。1番の目的は他にあった。

「ニフラー!」

小さな体をギュッと抱きしめて、ふわふわの黒い毛並みをそっと撫でる。ハグリッドが世話をしていたニフラーは人懐っこくて、抱っこされても大人しい。そして、今日はとうとう飼い主が迎えに来る日だ。わかっていたことだけれど、やっぱり寂しい。

「せっかく顔を覚えてくれたのに……もう会えなくなっちゃうなんて」
「でも、怪我が治ってよかったよ。もう何ともないみたいだし。さすがハグリッドだね」

約束の時間はレイチェル達の授業中だから、会えるのはこれで最後だ。当然、ニフラーに会いに来たのはレイチェルだけではなかった。腕の中のニフラーがセドリックの方へと行きたそうにもがいたので、レイチェルは渋々その小さな体を解放した。レイチェルだけが可愛いニフラーを独り占めするのは良くない。レイチェルの膝から床へと飛び降りたニフラーは、ビーズのような黒い目でセドリックを見上げ、抱っこをねだるようにセドリックのスラックスを小さな前足で引っ張っている。ずるい。レイチェルはあんな風に甘えられたことなんてないのに。どうして、動物っていつもレイチェルよりセドリックに懐くのだろう?

「……セドったら、今日からニフラーを監督生にするつもり?」
「ダメだよ。ほら、返して……いい子だから……」

と思ったら、どうやらニフラーの目当てはセドリック本人ではなかったらしい。ピカピカに磨かれた監督生バッジをセドリックのローブの胸からむしり取ったニフラーは、満足した様子でそれをお腹のポケットへと隠してしまった。セドリックが頼んでも、ニフラーはプイとそっぽを向くばかりだ。そんな仕草も可愛い。が、そうも言っていられない。せっかくの戦利品を奪い返されないようにと小屋の中をあちこち逃げ回るニフラーを、レイチェルとセドリックは慌てて追いかけた。

「あ、いけない。忘れてた」

どうにかバッジを取り戻すまでには、それなりに時間がかかった。もうほとんどの生徒は朝食に向かっているだろう時間だ。急ぎ足で城へと戻る道すがら、レイチェルははっとして立ち止まった。ニフラーに取られないよう、キラキラしたものはあらかじめスカートのポケットへとしまっておいたのを思い出したのだ。うっかりポケットに入れっぱなしにして、なくしてしまったら大変だ。

「……そのブレスレット、最近よくしてるよね」
「ええ」

取り出した腕時計やブレスレットを身につけていると、その様子を見ていたセドリックが呟いた。言われてみれば、このブレスレットはクリスマスプレゼントにもらって以来ほとんど毎日つけている。シンプルで何にでも合うし、ちょっと大人っぽいデザインなのも素敵なのだ。てっきりセドリックが褒めてくれたのだと思ってレイチェルは微笑んだが、セドリックは何だか難しい表情だった。

「……ジョージからもらったの?」

セドリックが口にした言葉に、レイチェルはポカンとした。そして、言ったセドリック本人も、我に返ったかのように気まずそうな表情をしている。思ってもみなかった質問に、レイチェルは困惑した。確かに、レイチェルが自分で買ったものではない────人に贈られたものなのは当たっているけれど、贈り主はジョージじゃない。

「えっと……違うわ。アンジェリーナがくれたの」

別に何一つやましいことはないのに、自分の口から出てきた声が何だか言い訳じみた響きをしていて、レイチェルもちょっと気まずくなった。ジョージがセドリックから貰ったバレッタを気にしていたことと言い、もしかしたら男の子ってレイチェルが思っていたよりも持ち物や髪型ををよく見ているものなのかもしれない。

「セドは……」

そんな質問をすると言うことは、もしかしてセドリックはチョウへのクリスマスプレゼントとして何かアクセサリーを贈ったのだろうか? そう疑問に思ったものの、レイチェルははたしてそれを本人に尋ねるべきなのか躊躇ってしまった。もしも、「そうなんだ。指輪をあげたんだよ」なんて返事が返って来たとしたら。何と言うか……ちょっと複雑な気分になってしまうかもしれない。本当に、ちょっとだけ。レイチェルは今更に、さっきのセドリックの気持ちがわかった気がした。

「僕がどうかしたの?」
「……ううん。別に」

不思議そうな表情をするセドリックに何でもないと首を振って、レイチェルは足を速めた。
そう、何でもないのだ。セドリックがチョウに指輪を贈っていたとしても、別に何も驚くようなことじゃない。だって、2人は恋人同士なんだから。特別な贈り物だってするだろうし、キスだってもうしてるだろうし、2人だけの秘密の話だってあるだろう。頭ではそう理解しているのに。

認めたくないけれど、やっぱりたぶん、寂しいのだと思う。

今まではセドリックのたった1人の特別な女の子は、レイチェルだったから。でも、今はもう違う。
わかっているのだ。レイチェルセドリックとこれまでの距離感で過ごすことができたのは、2人とも特定の相手が居なかったから。恋人同士だと思われることに困りはしたけれど、どうしても誤解されたくないたった1人は居なかった。だから、どちらかに恋人ができたらもう今まで通りにはいかないだろうとわかっていた。それなのに、実際に“恋人”であるジョージやチョウは理解を示してくれていて……無理に距離を置く必要はない、と考えてくれている。2人で過ごす時間は減ったけれど、一緒に居るときは今まで通りに過ごせている。

いや……今まで通り、ではないかもしれない。ジョージと付き合い始めてから、レイチェルの方も前よりもセドリックに秘密が増えた。

いや、別に、いつも規則違反をしているわけじゃないし、隠さなければまずいことばかりではないのだけれど……でも、何となくセドリックには言いにくい。ジョージからのクリスマスプレゼントのことだって、話していない。いや、別に強い意志を持って秘密にしているわけじゃないのだ。たとえば「ジョージから何をもらったの?」って何気なく話を振られたとしたら、わざわざ隠したりはしない……と思う。でも、聞かれてもないのに自分から話すのは躊躇ってしまう。と言うか、初めての恋人ができて舞い上がってるみたいに見えそうでちょっと嫌だ。話したところで、セドリックはきっとからかったりしないとわかっているけれど。それにやっぱり、ジョージとのデートとか、キスとか……そう言う話は、セドリックにはしにくい。やっぱり、セドリックは男子だし。いや、まあ、パメラやエリザベスにだって何もかも打ち明けられるわけじゃないけれど。
レイチェルはぼんやりとそんなことを考えていたし、セドリックの方も何も言わないので、すっかり沈黙が続いていた。気まずい。何か他に話題はないかと頭を巡らせていたレイチェルは、今朝談話室の掲示板で見た告知のことを思い出した。

「あっ、ねえ、そう言えばあれ、セドはもう見た? ハッフルパフの談話室にも貼ってあったでしょ?」

 

 

 

「講習ってこんなにやるんだね。もっと少ないかと思ってた」
「試験はいつなの?」
「誕生日が来れば受けられるって聞いたぜ」
「受講料高くない?」
「でも、卒業してから受講するとこの倍くらいするらしいよ」

朝食の席では、6年生は誰もがその“告知”の話題で持ちきりだった。すなわち、6年生を対象とした姿現しの講習について。魔法省からの講師を招いて、全12回の初心者向け姿現し練習コース。参加費用は12ガリオン。来月からはとうとう、その練習が始まる。レイチェルとパメラ、それにエリザベスも勿論、参加希望者の名簿に名前を書いた。レイチェルが実際に試験を受けられるようになるのはまだ半年近くも先だけれど、練習は皆と同じタイミングで受けられるのだ。

「練習ってどこでやるの? ホグワーツの敷地内じゃできないんでしょ? ホグズミード?」
「練習に使う場所だけ使えるようにするそうよ。たぶん、校庭じゃないかしら?」

パメラの質問にエリザベスが答える。レイチェルもなるほどと頷いた。姿現しの練習って、どんな風にやるものなのだろう? 以前上級生に聞いてみたこともあるけれど、実際自分達が受けてみてのお楽しみだと詳しくは教えてくれなかった。

「エリザベスは、えーっと……“付き添い姿現し”だっけ? したことある?」
「いいえ。1度もないの……。だから私、上手くできるかどうか心配で……」
レイチェルは?」
「昔、1度だけパパとやったらしいんだけど……たぶん7歳くらいのとき……? でも、全然覚えてないの」
「ふぅん。じゃあ、今回は全員スタートラインは同じってわけね!」

パメラがニヤッとした。確かに、煙突飛行や移動キーと違って、姿現しに関して言えば魔法使いの家で育った生徒もマグル生まれの生徒もほとんど条件は同じだろう。周囲の大人達が実際にやっているのを見る機会はあるけれど、あまりにも一瞬で終わってしまうから実際何をどうやってるのかよくわからないし。本で調べてみたこともあるけれど、あまり詳しく載っていなかった。

「難しい魔法だし、向き不向きがあるそうよ。すごく優秀な人でも、姿現しだけは苦手な人も多いって……」

ワクワクした様子のパメラとは反対に、エリザベスは不安そうだった。レイチェルもその話は聞いたことがある。成人で、しかも免許を取得していないと使用が禁止されているのは、姿現しがとても高度な魔法だからだ。杖を使って呪文を唱えるわけではない分、難しいし、失敗したときのリスクも大きい。だって、“ばらけ”────自分の体の一部だけが置き去りになってしまうなんて。想像するだけでものすごく痛そうだし、その状態でマグルに見られてしまったら大変だ。

「それに、慣れないと気分が悪くなるらしいわよね……」

しかも、姿現しをするときの感覚はかなり独特だとも聞いたことがあった。だから、免許自体は持っているけれど、普段はできるだけ使わないと言う人も居る。これも心配だった。「姿現しに比べれば、移動キーや煙突飛行の方が100倍マシ」なんて言っている親戚も居たから。レイチェルは移動キーでも気分が悪くなってしまったことがあるし。
レイチェルが覚えていない、子供の頃の“付き添い姿現し”も散々な結果だったらしい。“ばらけ”こそしなかったけれど、すっかり青ざめてぐったりしてしまって、お出かけの予定だったのが目的地は聖マンゴに変わってしまったのだとか。いつかの夏休み、レイチェルが頼んでも両親は絶対に付き添い姿現しをしてくれないとぼやいたら────セドリックはおじさんと何度かやっていたのに────おじさんがこっそり教えてくれた。レイチェルの母親があれほど怒ったところは後にも先にも見たことがない、とも。まあ、聖マンゴに連れて行かれるほどの騒ぎになったのは当時のレイチェルがまだ小さかったからだろうけれど、やっぱり不安だ。姿現し、向いてなさそう。

でも────レイチェルは、どうしても姿現しを覚えたい。いや、覚えなければいけない。

暖炉や箒がなくても一瞬で自分の好きな場所に行けると言うのは魅力的だ。それだけでなく、レイチェルの進路を考えると、姿現しを習得していないと不便だから。忘却術士と言う仕事は、それこそ誰かが姿現しに失敗した事後対応をすることもある。今すぐその現場に駆けつけて、目撃したマグルの記憶を修正しなければいけないと言うときに、レイチェルだけ姿現しはできないので箒で向かいます……と言う訳にはいかないだろう。事件が起こったのがマグルの街だったりすると、近くに暖炉があるとも限らないし。たぶん、忘却術士に関しては姿現しの免許がある人の方が採用されやすいはずだ。

「……ペニーは何回くらいでできるようになった?」
「んー……最初の数回は全然ダメだったわ。でも、皆そうよ。1番成功が早かった人でも、4回目以降だったと思うもの」
「その……何かコツとかってある……?」

とりあえず経験者に話を聞いてみようと、レイチェルは斜め前に座っていたペネロピーへと声をかけた。ペネロピーは確か、姿現し試験を1発合格していたはずだ。レイチェルの質問に、ペネロピーは「うーん」と首を捻った。

「そうね……近くで練習した誰かが“ばらけ”ても、そっちを見ないようにすることかしら。あれを見ると、何て言うか……姿現しが怖くなるもの。あっ……でも、ほら、ばらけても先生達がすぐ治してくれるから!」

レイチェルとエリザベスが青ざめたのを見てペネロピーは慌ててフォローしてくれたけれど、全然安心できなかった。やっぱり、練習で生徒が“ばらけ”てしまうこともあるらしい。勿論、全員ではないのだろうけれど……でも、やっぱり姿現しって恐ろしい魔法だ。

「もう! やる前から失敗したときのこと考えたって仕方ないじゃない!」

呆れたようなパメラの表情に、レイチェルは視線を泳がせた。確かにそうだ。まだ1度もやってみたことがないのに、今から怖がるのは気が早すぎるかもしれない。独学で習得するのならともかく、魔法省からの講師が来てくれるのだし、ほとんどの上級生は試験にパスしているのだからレイチェルも何とかなるだろう……たぶん。

「それより、姿現しを使えるようになった後のことを考えましょ!次の夏休みは、どこでも行けるじゃない!海だって、外国だって!」

パメラの言う通り、難しいことにチャレンジするのならば、不安やプレッシャーに気を取られるよりも、楽しいことをモチベーションにした方がいいだろう。どうせやるなら、できるだけポジティブに考えた方がいい。たとえば……そう。姿現しの試験を受けられるのは成人してからだ。つまり、レイチェルの場合は夏休みになってから。他の人よりも練習する時間はたっぷりある。それに、試験がどんな風だったかも周りの同級生達に聞くことができる。何回失敗したとしても最終的に合格すればよいのだろうけれど、できれば1回で合格したい。しっかり練習してしっかり習得しよう、とレイチェルは決意した。

「……成人したら、外国に行くには渡航先の魔法省に杖の使用許可申請が必要よ。自分の都合で好きなタイミングで行けるわけではないですもの。それに、姿現しは長距離ほどリスクも上がってしまうの」
「そう言うことを言ってるんじゃないわよ! エリザベスって本当に頭固いんだから!」

エリザベスの冷静な反応に、パメラが眉を顰めた。外国────レイチェルの頭に、パッとルーマニアのドラゴン研究所のことが浮かんだ。チャーリー達にも遊びに来るよう誘ってもらったけれど、次の夏休みはまたあそこに行けるだろうか? マグルの家庭にホームステイに行く予定があるから、日程が被らなければ大丈夫かもしれない。それに、ジョージとの約束もある。そう考えると、何だか次の夏休みはとても楽しみだ。つい昨日クリスマス休暇が終わったばかりなのに、夏休みのことを考えると言うのは、それこそちょっと気が早すぎるような気がするけれど。

「……私、また来年も3人でロンドンに行きたい」
「えー? せっかくだから、もっと遠出したいわよ。魔法じゃなきゃ行けない場所ってないの?」

そう言えば、セドリックは成人しているから、その気になれば今すぐにでも姿現しの試験が受けられる。それに……フレッドとジョージも、誕生日は4月だ。優秀なセドリックや、要領のいい双子ならあっと言う間に姿現しを習得してしまいそうだ。姿現しを覚えたら2人の悪戯はますます手がつけられなくなるんだろうな、なんて考えてレイチェルは思わずクスクス笑ってしまった。

 

 

 

2週間の休暇を挟んだ後だと、いつもと同じはずの45分はとてつもなく長く感じられた。
特に、朝1番の授業が古代ルーン文字となれば尚更だ。教室に居るほとんどの生徒は、眠そうな顔でぼんやりと黒板を眺めるか、姿現しについて声を潜めておしゃべりするかのどちらかだった。レイチェルも何度か欠伸を噛み殺したし、羊皮紙の上にはいくつか解読不明な文字が混ざってしまっていた。もっとも、この眠気はニフラーに会うために早起きしたせいかもあるかもしれない。もう今頃は、飼い主の元に帰っただろうか? ハグリッドに話を聞きたいけれど、今日レイチェル達の魔法生物飼育学の授業はない。それに、ハグリッドの方も授業があるはずだからあまり何度も訪ねては迷惑になるだろう。

「こんな日に外の授業がなくて良かったわよねー」

パメラがしみじみと言ったので、レイチェルも全くだと頷いた。今日は特に朝からひどく冷え込んでいる。城の中の授業ばかりなのは幸運だったが、廊下までがとてつもなく寒い。深く雪が積もった校庭を窓から見下ろしていると、そこに見覚えのない人物が歩いていることに気が付いた。生徒ではない。かなりお年寄りに見える。白髪を短く刈りこんだその女性は、ハグリッドの小屋の方向へ向かっているように見えた。もしかしたら、あの人がニフラーの飼い主なのかもしれない。

「……おはよう、ジョージ」
「ああ。おはよう」

呪文学の教室に着くと、ちょうど向こうからジョージとリーが歩いて来るところだった。見慣れているはずなのに、制服姿を見るのが何だか久しぶりで新鮮に感じる。何てことないただの挨拶なのに、皆が見ている前だと思うと、何だか妙に意識してしまう。それに……顔を見たら、昨日のやり取りを思い出してしまって、ちょっと照れくさい。ジョージに微笑みかけて、レイチェルはさっさと教室へ入っていつもの席に着こうとした。

「何してるのよ。レイチェルはジョージの隣でしょ?」
「えっ?」

────が、鞄を置いたところでパメラに止められた。それが至極当然だと言いたげな口調に、レイチェルはポカンとした。いや、まあ、席は決められているわけじゃないから、移動してジョージと座ったとしても特に問題はないだろうけれど……。

「“恋人と並んで授業”っていいわよね!青春って感じ!」
「でも、あの、ジョージとそんな約束してないし……」

やけにウキウキした口調のパメラに、レイチェルは戸惑った。ジョージはジョージで、いつもリーやアンジェリーナ達と受けているし、急に席を替わってほしいなんて言ったら困らせてしまう気がする。とりあえず今日は大丈夫だとレイチェルは主張したものの、パメラに「いいからいいから」と押し切られてしまった。

「あの……ごめんね、急に……」
「いや、別に……」

ジョージはやっぱりちょっと驚いていたし、アンジェリーナとアリシアが気を利かせて席を移動してくれたのが居た堪れなかった。まあ、2人の反応はパメラと似たようなものだったので、迷惑だと思われてはいないようだけれど。魔法薬学以外でジョージと一緒に授業を受けるのは初めてだ。ジョージの隣に座るとわかっていたら、教室に入る前に1度鏡を確認したかった……。

「あのね、たぶん……寮が違うから、一緒に過ごせる時間が少ないんじゃないかって心配してくれてるの」

もしかしたらジョージには迷惑だったかもしれない。レイチェルはちょっと不安になってそう言い訳した。想像だけれど、たぶん当たっている。強引なところもあるけれど、パメラはレイチェルのことを気遣ってくれているのだ。レイチェルがそう言うと、「それもあるだろうけど」と前の席のアリシアが振り向いた。

「パメラの恋人って上級生だったでしょ。一緒に授業を受けるのって憧れだったんじゃない?」

言われてみれば、パメラの恋人は学年が違ったので“並んで授業”と言うのは不可能だったはずだ。それに、エリザベスの恋人も5年生だから……なるほど、とレイチェルは納得した。それが実現できるのは3人の中だとレイチェルしか居ない。そう考えてみると、恋人と一緒に授業を受けられるのって、すごく貴重な機会なのかもしれない。とりあえず、今日のこの授業は一緒に受けるとして……この先はどうするのがいいのだろう?

「その……ジョージはどうしたい?」

魔法薬学の授業は元々2人で受けていたから除外するとして、それ以外。マグル学とか、魔法生物飼育学とか。ジョージと一緒の授業は他にもある。ただ、いくら会える時間が少ないとは言っても、その全ての授業を一緒に受けると言うのはさすがに現実的ではないだろう。

「私は、その……授業は、今まで通り友達と一緒でもいいかなって……」

一方的にジョージの意見だけを聞くのではずるいだろうと、レイチェルはボソボソとそう言った。恋人なのだし、努力して少しでも長く一緒に居る時間を作るべきなのかもしれない。でも、ジョージと同じくらい、友人達との時間だって大切にしたい。今までパメラやエリザベスと過ごしていた時間を何もかもジョージに置き換えてしまう、と言うのは違う……気がする。

「あのっ、ジョージと一緒に受けるのが嫌だってことじゃなくて! だって、なんか……集中できないし……」
「君らしいよな」

それに、隣にジョージが居たらどうしても気になってしまう。レイチェルはジョージと違って、教科書を読んだだけで理解できるほど要領が良くないのだ。授業は真面目に聞かないと、間違いなく成績が落ちるだろう。特に、最近は授業内容もますます複雑になっているし。それは避けたい。

「俺も同じ考えかな。授業って一緒に受けたところでなあ……君、そんなにしゃべらないだろうし……何もできないし……」
「何もって……だってノート取ったり……」

そこまで言って、レイチェルはハッとして言葉を飲み込んだ。ジョージが言っているのはたぶん、こう……イチャイチャすることだ。そう言えば、昨日「側に居ると触りたくなる」なんて言われたんだっけ。いや、だからって、皆の居るところでいきなりキスしたりはしないだろうけれど。思い出したら、何だか急に緊張してしまう。

「……まあ、授業が始まると時間が取りにくくなるのは事実だよな」

それは、レイチェルも気になっていたことだった。休暇中は、毎日2人で過ごす時間を作れていた。でも、授業が始まると難しくなるだろう。放課後だって予定があるし、課題もやらなければいけないし。休暇中と同じように過ごすのはどう考えても無理だ。

「君って今日、授業が終わったら図書室に行く?」
「え? えっと……たぶん」
「じゃあ、俺も行くから。待ってて」

ちょうどそのとき、扉からフリットウィック教授が入って来た。
もう少し話していたかったのにと残念に思ってしまって、レイチェルは慌てて首を横に振ってそんな考えを追い出した。いけない、ちゃんと授業に集中。背筋を伸ばして座り直して、ペンケースから羽根ペンを取り出してインクに浸して────ふとジョージの机へと視線を向けてみると、そこに置かれているものを見て嬉しくなった。真新しいペンケースはレイチェルがクリスマスに贈ったものだったからだ。

「……使ってくれてるの?」
「ああ。ありがとな」

気に入ってくれたのなら何よりだ。でも、やっぱり、ジョージがくれたプレゼントに比べると平凡すぎた気がする。次に何かジョージを贈り物をするときは、もう少し……何と言うか、特別な物にしたい。そう、たとえば────ああ、もう。だから、ダメ。もうフリットウィック教授が説明を始めてるじゃない。授業に集中。ジョージの方は見ない。気にしない。考えない。

「……まあ、授業中でもこれくらいならできるか」

そんなレイチェルの心中も知らず、頬杖を突いたままのジョージがぽつりと呟いた。一体何のことだろうと思っていたら、すぐにその理由は明らかになった。机の上に置いたレイチェルの手へとジョージの手が伸びてきて、指先がするっと絡んだ。後ろの席だからたぶん周りにはわからないだろうし、ペンを持つとのは反対の手だから、ノートを取る分には支障はないのだけれど……。

「やっぱり、集中できない……」

レイチェルが眉を下げて呟くと、ジョージが小さく笑った。
……これもやっぱり、セドリックには言えないかもしれない。

ふれていたい

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