クリスマスの翌朝は、ほとんどの生徒が朝寝坊した。
結局、あの後もすぐには寝つけなかった。ベッドに入っても高揚した気分は落ち着かず、パメラやエリザベスとそれぞれがどんな風にパーティーを過ごしたかを長々と話しこんだ。……まあ、結局は睡魔に負けていつの間にか眠ってしまったみたいだけれど。レイチェル達は疲れていたので参加しなかったが、パーティーのごちそうを持ち帰ってきて談話室で盛り上がっていた子達も居たようだ。
「レイチェル、どうだった? 見つかった?」
「……ダメ。心当たりのある場所は全部探したんだけど」
まだ重たい瞼を擦りながら、レイチェルは朝食の席へ向かった。
昨夜落としてしまったネックレスを探すためにパメラよりも先に部屋を出たはずが、あちこち探し回っていたらすっかり遅くなってしまった。
「呼び寄せ呪文は?」
「使ったんだけど……どこかのドアか窓に引っかかっちゃってるのかも……」
「仕方ないわ。呼び寄せ呪文は、対象物から杖先への最短距離が基本ですもの。対象物が視認できるほど近くなれば多少は調整できるけれど……」
エリザベスが気の毒そうに眉を下げた。つまりはネックレスのような軽くて小さなもの、しかも様々な障害物がある建物の中だと成功しにくいと言うことだ。便利だけれど、いつも上手くいくとは限らない。レイチェルは小さく溜息を吐いた。
「マリエッタもバレッタを落としちゃったって言ってたわよ。そっちは落し物で届いてたみたいだけど。聞いてみたら?」
「……私もそう思って見に行ってみたけど、届いてなかったの……」
マクゴナガル教授は羽目を外しすぎた生徒が多いと呆れた様子だったけれど、パーティーで落し物をしたのはレイチェルだけではなかったらしい。屋敷しもべ妖精や監督生が回収したと言う箱の中には、指輪やハンカチ、ブレスレット、髪飾り、ショールやジャケット、口紅や鏡、それになぜか靴まで────ありとあらゆるものが詰まっていた。が、そこにレイチェルの落としたネックレスはなかった。
それ以外も、心当たりのある場所は探したのだ。談話室や寮に向かう階段。大広間に玄関ホール。薔薇の庭園があった辺りに、パウダールーム。廊下、念のため控室だった教室も。もしかしたらあの馬車の中だろうか、とレイチェルは考えた。だとしたら、もう片付けられてしまっているだろうし、何台もあったうちのどれかもわからないから探すのは難しいかもしれない。
「残念だけど、なくなっちゃったものは仕方ないわよ。次のホグズミードで新しいの買ったら?」
「うん……」
パメラの言う通り、ここまで探しても見つからなかったのだから、もう諦めた方がいいだろう。気に入っていたので悲しいけれど、なくしたのが母親から譲られた指輪でなくてよかった。ネックレスはレイチェルのお小遣いで買ったものだし、たぶんホグズミードに行けば似たものが手に入るはずだ。
「せっかくだし、ジョージに選んでもらえばいいじゃない」
パメラの言葉に、レイチェルはぱちりと瞬いた。
そうか。いつもアクセサリーや服で迷ったときは、パメラやエリザベス、それにセドリックに相談していたけれど……今のレイチェルには、「ジョージに選んでもらう」と言う選択肢があるのだった。アクセサリーを恋人に選んでもらうのって、何と言うか……ちょっと憧れていた。だって、何だか「友達に選んでもらった」よりロマンチックな感じがする。いや、もちろんパメラやエリザベスのセンスは信頼しているけれど。
グリフィンドールのテーブルを振り返ってみると、鮮やかな赤毛はすぐに見つかった。眠そうにトーストを齧っている。思わず緩みそうになる口元を隠すため、レイチェルはティーカップを傾けた────そしてふと、向かいに座ったエリザベスの席に置かれているものに視線を留めた。
「ねぇエリザベス。それって……」
「綺麗でしょう? 今朝、監督生は会場の片付けを手伝ったんだけれど……私は庭園の担当だったから、スプラウト教授がくださったの」
部屋に飾ろうかと思って、とエリザベスが微笑む。エリザベスの手元に置かれているのは、薔薇をリボンで束ねた小さなブーケだ。花びらの深い青の色合いが、昨夜ジョージと一緒に庭園で見たものと同じ。もっとも、さっきレイチェルが向かったときは、既にあの庭園はほとんど元通り片付けられてしまっていたけれど。
「もったいないわよねー。せっかく作ったんだし、しばらく残しておけばいいのに! パトリシアなんかは、ずっと大広間に居たから見れてないって言ってたし」
「スプラウト教授がおっしゃっていたわ。この薔薇、魔法で色を変えているから、水に浸さないとすぐ萎れてしまうんですって」
確かに、あの庭園の存在は教授達からのサプライズだったのだろうけれど、見られなかった人も居ただろう。そんなことをぼんやりと考えていると、エリザベスの隣に座っている2年生の女の子がチラチラとこっちの会話を気にしている様子だった。
「ね、ね、エリザベス……その庭園ってもしかしてこれのこと?」
目をキラキラさせる彼女の手にあるのは、どうやら今朝の日刊預言者新聞だ。そこに印刷されている写真には確かに、昨夜レイチェルも見たあの庭園が映っている。エリザベスが頷くと、彼女はパッと頬を紅潮させた。
「昨夜のパーティーのこと、新聞に載ってるの!」
そう言えば、昨夜のパーティーには取材が来ていたっけ。その言葉が耳に入ったのか、近くに座っていた下級生の女の子達────皆、パーティーには参加できなかった学年だ────が集まって来て、彼女の手元の新聞を覗きこむ。
「見せて見せて!うわぁ、セドリック、カッコイイ!」
「あのボーバトンの人も美人!女優さんみたい」
「ロジャーも写真だとハンサムだよね」
「黙ってればかっこいいのにね」
「ちょっと、そんなにみんなで覗きこまないでよぉ……」
「だって見えないんだもん。ね、ね、この写真あとでスクラップさせて!」
「ダメ! 私だって取っておきたいもん」
「えーっ!ケチ」
「ケチって何!私の新聞なの!自分も買えばいいでしょ!」
「ちょっと引っ張っちゃダメだよ、破れちゃう」
ちょうどレイチェルの分の新聞をふくろうが運んできてくれたので、レイチェルも紙面に目を通した。確かに、ダンスパーティーが大きく取り上げられている。さすがプロの仕事だけあって、どの写真もすごく綺麗に撮れていた。セドリックも、フラーもクラムも。ハーマイオニーも可愛い。そして、やっぱりハリーの写真は他の選手に比べて枚数が多い……。どうやら、またリータ・スキーターの記事だ。
「そう言えば、あのリータって記者、出入り禁止になったらしいわよ」
「えっ?」
「だってあの人、パーティーの最中も生徒達にハリーのこと根掘り葉掘り聞こうとするんだもの。ダンブルドアがそんな取材なら今後は許可できないってキッパリ言って、パーティーの途中で帰しちゃったみたい」
記事を読み進めて見ると、確かにまたもハリーのことばかりだ。以前はハリーとハーマイオニーの熱愛報道が出ていたけれど……今回は、野心家なハーマイオニーがハリーからクラムに乗り換えた、と言うようなことが書かれている。ひどい捏造だと、レイチェルは眉を寄せた。
「次のパーティーは、私達も参加できるかなあ」
「えーっ、でも4年後でしょ? すっごい先じゃない?」
「それに、選手団以外は留守番でしょ? 今年参加できた人の方が絶対いいよ」
「私は4年後でも年齢制限に引っかかっちゃうし……」
「上級生が誘ってくれたら今回だって行けたのに! ドレス着れたのいいなあ」
「ボーバトンの男子のローブ、素敵だよね」
「ダームストラングのがかっこよくない? クラムもこれ着たんだよね? 生で見たかったぁー」
下級生達のそんな会話に、レイチェルはふと考えた。
昨夜のパーティーでもジョージやジニーと話したけれど、今回レイチェル達もパーティーに参加できたのはホグワーツが開催校だからだ。次の対抗試合も年齢制限があるのかどうかはわからないけれど、今回と同じなら未成年は参加できないのだろうし、ホグワーツからは一部の生徒だけがボーバトンかダームストラングのどちらかに行くのだろう。
「……ホグワーツ生も、次のパーティーではお揃いのドレスを着るのかしら?」
ボーバトンとダームストラングの選手団は皆お揃いのドレスローブで、統一感があって素敵だった。今回ホグワーツ生は各自でローブを用意したけれど、選手団として他の学校を訪問するのなら、学校側が用意したドレスローブを着るのだろうか? レイチェルが思わずそう口に出したのが聞こえたのか、下級生達は目をキラキラと輝かせた。
「お揃いのドレス…… 何色かな?」
「えー……ホグワーツっぽい色って何? ……黒?」
「エンブレムの色って考えると、ゴールドは?」
「伝統のドレスのデザインがあるのかな? それとも大会ごとに作り直し?」
「もしかしたら、ホグワーツの歴史に前のときの写真載ってるかも!」
そうして、下級生達はパタパタと慌しく大広間を出て行った。
どうやら、図書室に向かうらしい。 寝不足と昨夜の疲れでまだ頭がボンヤリしているレイチェルは、朝から元気いっぱいのその様子に何だか圧倒されてしまった。
「まあ、あの子達にとってみたら、自分達は参加させてもらえなかったパーティーより、4年後のパーティーの方が重要よね」
スコーンにママレードジャムを塗りながら、パメラがしみじみと言った。
ダンスパーティーと言う一大イベントを終えて気が抜けたせいか、今日ばかりは機知と英知を誇るレイブンクロー寮の談話室にも勉強している生徒は誰1人居なかった。人で溢れた談話室はざわざわと騒がしく、誰もが昨夜のパーティーの話で持ちきりだ。エリザベスですら、今日はレポートを進めるべきだとは言わなかった。もっとも、エリザベスの場合は監督生としてのパーティーの準備や片付けで疲れきっているのかもしれない。
「あそこまで豪華じゃなくてもいいから、毎年ああ言うパーティーがあればいいのに!」
「パメラったら、また言ってる」
「何よ。レイチェルはそう思わないわけ?」
不思議なことに、昨夜もたくさんパーティーについて語ったはずなのに、話題は尽きることがなかった。
昨夜はパメラの意見にすぐには賛成できなかったけれど、今ではレイチェルも同意見だ。次の対抗試合のとき参加できるのはごく一部の生徒だけだと考えると、こんなに大掛かりなものでなくていいから、もう少し短いスパンで開催されてもいいのかも、なんて思う。毎年……は難しいだろうけれど、2年に1度とか、3年に1度とか。
「お父様達が学生の頃は開催されていたらしいけれど……」
「あ、それ……私もママに聞いたことある」
「そうなの!?」
エリザベスの言葉に、そう言えばとレイチェルも同意した。両親達がクリスマスに集まって学生時代の思い出話になると、よくそのパーティーの話をしていた。期待にキラキラと瞳を輝かせるパメラに、エリザベスは困ったように眉を下げた。
「私もお母様から少し話を聞いただけだけれど……学校全体でと言うわけではなかったらしいの。教授が個人的に主催していたらしくて……その教授が退任されてしまったから、なくなったのだと思うわ」
「確か薬草学……? 魔法薬学……? どっちかだったはず。そんなに大規模じゃないから、全員が参加できるわけじゃなかったみたい。ママは今でもたまに手紙のやり取りしてるみたいだけど……」
何だっけ。そう。“ナントカ・クラブ”のクリスマスパーティー。教授の愛称なのか、ちょっと風変わりな名前の……蛙クラブ? いや、カタツムリ・クラブだったかも。 確かそんな感じだ。小さい頃、レイチェルも1度だけ会ったことがあるけれど、人の良さそうなおじさんだった記憶がある。
「お気に入りの生徒だけパーティーに呼んで贔屓してたってこと? ウワッ、最悪」
魔法界ってそんなのばっかりよねと、パメラが眉を顰めた。レイチェルが何と返していいものかわからず戸惑ったが、その間にパメラの注意は他のことに逸れたようだった。パメラだけではなく、レイチェルも含め談話室に居たほとんどの生徒の注意が、と言った方が正確かもしれない。談話室の向こう側、暖炉の側のソファに集まっている女の子達が急に大きな歓声を上げたせいだった。
「何? どうしたの?」
「あのね、ローズが昨夜エリックにプロポーズされたんだって!」
2年生の女の子のはしゃいだ声に、談話室中の生徒がどよめいた。様々な学年の女子生徒が集まっているせいでわかりにくいけれど、どうやら話の中心はローズらしい。7年生で、ペネロピーのルームメイトだ。その顔にははにかんだような笑みが浮かんでいる。ええと、確か……エリックはローズの恋人で、ハッフルパフの男子生徒だ。5年生の頃から付き合っていると聞いたことがある。
「それ、エリックがくれた指輪?」
「そう……昨夜、パーティーの途中でエリックに話したいことがあるって言われたの。それで、2人で薔薇の庭園に行って……そうしたら、この指輪を嵌めてくれて、『卒業したら結婚しよう』って言われたの」
「それで、返事は? もうしたの?」
「ええ……」
花が綻ぶように幸せそうに笑うローズに、周囲の女の子達からまた歓声が上がった。おめでとう、結婚式には呼んでねと、口々に言いながら親しい友人達がローズを抱きしめる。どこからともなく拍手が沸き起こり、談話室は一気に祝福ムードになった。杖先から花火が飛び交い、色とりどりの花が降り注ぎ、リスやウサギに変えられたティーカップがそこら中を駆け回る……。
「魔法界の人達って、めちゃくちゃ早婚よね。毎年10組くらいは卒業と同時に結婚してない?」
「マグルは違うの?」
「学生時代の恋人と結婚すること自体はそこそこあるだろうけど……それでも、卒業と同時ってあんまりないわよ」
ローズが感動のあまり泣き出してしまったので、彼女達は部屋に戻っていった。ちょろちょろと腕をよじ登るリスを捕まえようと苦戦しながらパメラが言った言葉に、そうなのかとレイチェルは驚いた。“個人的に仲良くしている上級生”と言うのがあまり居なかったこともあって、レイチェルにはそれほど身近な話題ではなかったけれど……確かに毎年「上級生の誰それと誰それが結婚するらしい」と言う噂を聞いている気がする。卒業と同時でなくても、学生時代に親しかった相手と結婚する人は多い。
……そう言えば、エイモスおじさんがおばさんにプロポーズしたのも7年生のクリスマスだったって言ってたっけ。
若い頃のおばさんは清楚で可憐な美少女で────もちろん今もすごく美人だけれど────おじさんよりも1学年下だったから、おじさんは自分が卒業して居なくなったら他の男子達が放っておかないに違いないと心配で仕方なかった、と笑っていた。おばさんの卒業を待ってからと約束したけれど、本当は成人と同時に結婚したいくらいだった、とも。ディゴリー夫妻は去年がちょうど結婚20周年のお祝いだったから、えっと……今から21年前。
おじさん達だけじゃない。レイチェルの両親が出会ったのも学生の頃だ。それこそ、例のパーティー好きな教授のナントカ・クラブに初めて呼ばれたとき、パパはそこに参加していた上級生のママに一目惚れした、なんて言っていたっけ。……学生時代から仲睦まじい恋人同士だったおじさん達と違って、パパは全然ママに相手にされなくて、2人が付き合い始めたのはパパが卒業してからだったらしいけど。
「プロポーズかぁ……」
プロポーズを申し込まれるのって、どんな気分なんだろう。想像もつかない。つい1週間ちょっと前にようやく恋人ができたばかりのレイチェルにとってみれば、プロポーズなんてものすごく遠い世界の出来事に感じる。
でも、21年前、おばさんがプロポーズされたのは今のレイチェルと同じ6年生のときだ。ちょうど今のレイチェルと同じ時期には、もう卒業したらおじさんと結婚することを決断したなんてすごい。おばさんなら、「今とは時代が違うもの」なんて笑いそうだけれど。でも、実際今レイチェルの身近にも、こうして卒業前に結婚の約束をしているカップルが居る。毎日の課題や授業に追われて先のことはなかなか考えられないけれど、レイチェルも次の夏が来れば成人だ。もう、たったの半年後。
そう言えば、夏休みにジョージに家に招待してもらったのだった。やっぱりあれって、家族に紹介してくれると言う意味なのだろうか? まあ、そもそも家族のほとんどと既に会ったことがあるから改めての“紹介”も不思議な気がするけれど。
もしも……もしも、この先もずっと、ジョージと恋人同士だったとしたら。あと1年先と言うのは早すぎるとしても、3年後とか……5年後とか? までジョージと付き合っていたとしたら……そうしたら、レイチェルもジョージとの結婚を考えたり────プロポーズを受けたりするのだろうか?
「レイチェル、さっきからどうしたのよ百面相しちゃって。大丈夫?」
「えっ? えっと……何でもないの!」
パメラに顔を覗きこまれているのに気が付いて、レイチェルはハッと我に返り、視線を泳がせた。
こんなに至近距離で話しかけられていたのに気付かなかったなんて。ぼんやりし過ぎだ。それに……まだ付き合い始めて1週間なのに、ジョージからのプロポーズについて考えてしまっていたなんて。レイチェルは何だか恥ずかしくなった。いくら何でも気が早すぎる。
……やっぱり、昨夜のパーティーの余韻でレイチェルもまだ浮かれているのかもしれない。
そんな風に、朝からレイチェルの周りで耳にするパーティーの思い出と言えば、楽しい話題ばかりだった。聞いているこっちまでうっとりするようなパートナーと過ごしたロマンチックな時間、ホグワーツとは違う他校生達の生活や文化について、それにパーティーで見かけた素敵なドレス。
「信じられない! 彼ったら、昨夜パーティーが終わったら、急に冷たくなったの!それで……それで、さっき会いに来てくれたと思ったら、 『別れたい』って……」
が───どんなに素晴らしいパーティーも、参加した全員が楽しむと言うのは難しいのかもしれない。レイチェルが本を借りに行こうと図書室に向かっていると、渡り廊下のところでわんわん泣いている5年生の女の子を見かけた。
「……あたしとしては、何であんたがそんなにショック受けるのかの方が不思議なんだけど。あんだけワガママ放題したら、フラれるに決まってるじゃん……むしろ彼、よくパーティーが終わるまで我慢してくれたよね」
「だって……せっかくのダンスパーティーなのよ! レディらしくエスコートされたいって、そんなにおかしい!?」
「そりゃ、あんたのことが好きで好きで仕方ないって男子だったら、喜んでそうしてくれるかもしれないけどさ……お互いパートナー居なかったから組んだんでしょ? お姫様扱いされたかったんだろうけど、アレしてコレしてって、あれじゃ彼氏って言うより召使いじゃん……」
「何でそんな意地悪言うのぉ!? 友達でしょ!? 慰めてよ!!」
呆れたように溜息を吐く友人らしき女の子の言葉に、レイチェルまで何だかギクッとしてしまった。ダンスパーティーがきっかけのカップル、と言う意味ではレイチェルとジョージも同じだ。ジョージに対して、そんなに過剰な要求はしていないつもりだけれど……でも、全くないとは言い切れない。ジョージにとっては何か気に障ることをしてしまっていたらどうしよう……。
「あれ、レイチェル?」
せっかく寮を出たのだし、もう1度ネックレスを探そうと歩いていると、中庭でアンジェリーナ達を見かけた。アンジェリーナにアリシア、それにハーマイオニーとジニーだ。どこか深刻な雰囲気だったので、話しかけてもいいのかちょっと躊躇ったけれど────アンジェリーナの方から声をかけてくれたので、レイチェルもそこに加わった。近づいてみると、なるほど空気が重い理由はすぐわかった。昨夜あれほど艶やかに整えられていたのに、ハーマイオニーの髪はボサボサに乱れていて、目は泣き腫らしたように赤く腫れている。表情も暗い。
「どうしたの!? ハーマイオニー……大丈夫!?」
「ロンのせいよ!」
昨夜パーティーで話したときはあんなに楽しそうだったのに、たった半日の間に一体何があったと言うのだろう。レイチェルが動揺して尋ねると、ハーマイオニーが何か答える前にジニーがキッと目を吊り上げた。
「ロンったら、本当にデリカシーがないんだから!」
怒り心頭のジニーに代わって、アンジェリーナが説明してくれた。
パーティーの最中からロンはずっと不機嫌で、ハーマイオニーに対しても不満そうな態度を取っていたこと。寮に戻る途中、2人が口論になったこと。そして、ロンがハーマイオニーに対して「クラムが彼女を誘ったのは、ハリーの情報を聞き出すのが目的だ」と言ったこと。
「そんなこと言ったの……!? ひどい……」
「まあ、半分はその場の勢いって言うか……本気で言ったわけじゃないとは思うけどね。ロンのことだし。ハーマイオニー相手じゃ口では勝てないから、いつも頭に血が上っちゃうの」
やれやれと肩を竦めるアリシアに、レイチェルはちょっと気まずくなった。それは……ちょっとわかる気がする。レイチェル自身にも身に覚えがあった。ハーマイオニーは頭の回転が速くて毅然としているから、ケンカになるとこっちもムキになると言うか……ついヒートアップしてしまう。
「だからって許さないけど。あんまりムカついたから、さっきロン達の部屋に行ってとっちめてやったわ」
ジニーがフンと鼻を鳴らした。頼もしい。「アンジェリーナとレイチェルもフレッドとジョージに理不尽なことされたら言ってね!」本当に頼もしい。レイチェルはハーマイオニーに向き直った。はずみで口をついた言葉で、本心じゃなかったとしたって、ハーマイオニーが傷ついただろうことに変わりはない。
「彼がハーマイオニーを誘ったのは、ハーマイオニーとパーティーに行きたかったからよ。ハリーの情報を引き出すためなんて、そんなはずないわ」
ありがとう、とハーマイオニーが小さく呟いて鼻を啜った。「ライバル校の選手がホグワーツの代表選手と親しい女の子を誘った」と言う状況だけを見るとそれらしく聞こえるけれど、ロンの主張はクラムにもハーマイオニーにも失礼だし、全くの事実無根だ。
「わかってる。ロンの言葉は言いがかりで、ただ私を言い負かしたかっただけだって。だからもう、いいの。謝ってもらったって、楽しい気分が台無しになったのは許せないし……思い出したところで、イライラするだけだし。皆にこうやって愚痴も聞いてもらったし、忘れることにするわ」
「ハーマイオニー……」
健気なハーマイオニーの言葉に、アリシアが彼女をぎゅっと抱きしめ、アンジェリーナがその髪を撫でた。ハーマイオニーは皆を安心させようとしたのか、微笑んでみせた。が、その表情はどこか痛々しい。
「結局ね、誰も相手にしないだろうと思っていた私が……自分が“仕方なく”誘って“あげないと”1人あぶれて困るだろうと思ってた私が、よりによって代表選手の……しかも、あの人の憧れのクラムのパートナーだって言うのがロンには気に入らなかったんだと思うわ。ハリーが代表選手に選ばれたときと同じで……嫉妬して、拗ねてるのよ。子供なの。そんな人の言葉に傷ついてあげる必要なんてないんだわ」
「要は、自分と同じかそれ以上にモテないと思ったハーマイオニーが楽しそうにしてて、自分がなかなか話しかけられない愛しのヴィクトールと仲良くしてたのにムカついたってことね」
「アリシア、言い方」
アンジェリーナが軽く睨むと、アリシアが小さく舌を出した。
レイチェルがセドリックやチョウに対してそう感じるように、自分より早くパートナーが決まりそうだな、とか、たくさんの人から誘われそうだな、と言う印象は男の子にだってあるだろう。見くびっていた相手が自分よりも上手く行っているように見えて面白くない、と言うのも感情としては理解できる。でも……それだけでそんなに怒るものだろうか?
「でも、その嫉妬って本当にハーマイオニー自身に対してだけなのかな?」
「それ、私も思った」
「どう言うこと?」
そう思ったのは、レイチェルだけではなかったらしい。アンジェリーナの言葉にアリシアが同意すると、ハーマイオニーとジニーは不思議そうに瞬いた。
「ハーマイオニーが急に女の子に見えて、戸惑ってたのかもよ」
「クラムに取られちゃうって思って、焦ったんじゃないの?」
2人の言葉は、ハーマイオニーにとっては予想外だったのか、その頭脳を以てしても理解するのに時間がかかったらしい。まるで金縛り呪文にかけられたかのように固まったハーマイオニーは、怪訝そうに眉を寄せた。
「……ロンが、私のこと、女の子として意識してるって言いたいの?」
ありえないと言いたげに、ハーマイオニーが声を立てて笑ってみせた。が、笑ったのはハーマイオニーだけだった。ジニーはわからないが、レイチェルもどちらかと言えば、2人と同意見だ。
「そうだとしても、何もおかしくないと思うけど……」
「そうだよ。昨夜は特に、あの美少女は誰って皆ざわついてたくらいの変身ぶりだったし」
「ロンもわかったんじゃない? 自分が気づかなかっただけで、ハーマイオニーが“可愛い女の子”なんだって。それに先に気づいたのがあのクラムだったから、余計焦ったのかも」
「そんなこと……ありえないわ。だって、私達は友達で……そもそもロンはそうなる前だってガリ勉の知ったかぶりだって私のこと嫌ってたし……ロンの好みってもっとこう、あの、フラーって子みたいな……」
「私とフレッドだって、最初から恋人同士だったわけじゃないよ。レイチェルとジョージだって、最初は仲良くなかったし」
「それにね、昨日のハーマイオニーってフラーに負けないくらい綺麗だったわよ!」
「アリシアの言う通りよ。本当に素敵だったもの」
“昔は仲が悪かった例”として自分の名前が挙がるのはちょっと気まずかったけれど、下級生の頃は仲が悪かった2人が上級生になって付き合うと言うのは珍しくない。レイチェルの目から見ても最近のハーマイオニーは以前より大人っぽくなったし、特に昨夜のようなドレスアップした姿を見てしまったら、女の子として意識し始めると言うのはそう不思議でもない気がする。
「ありえない」
が、当のハーマイオニーはそうは考えられないらしく、頑なまでに否定するばかりだ。ハーマイオニーはどうにか反論する材料を探しているのか、顔色を赤くしたり青ざめたりと忙しかった。が、結局は少し1人で考えたいと言ってフラフラと寮へと戻ってしまったので、残されたレイチェル達も何となくその場は解散になったのだった。
「……ペニー、何だか疲れてる?」
「あ……レイチェル」
レイブンクロー寮に戻って来ると、談話室は随分と人が少なくなっていた。お茶の時間が近いから、皆大広間に行っているのかもしれない。パメラとエリザベスを探そうとレイチェルは部屋に向かいかけたが、ソファに座っているペネロピーがどこかぼんやりした様子なのが気になって声をかけた。
「その……パーシーとは話せた?」
「ええ」
その返事を聞いて、レイチェルはホッとした。パーティーのとき、ジョージからパーシーが来ていると聞いたので、ペネロピーと会えたのかちょっと心配だったのだ。よかった、とレイチェルが微笑むと、ペネロピーも微笑み返してくれた。
「久しぶりに、2人で会って話せたわ。それで……ちょっと、考え事してたの」
「考え事?」
「そう。実はね……パーシーに、卒業したら一緒に暮らそうって言われたの」
「えっ?」
驚いてつい大きな声が出てしまったので、レイチェルはパッと口元を手で押さえた。一緒に暮らす。プロポーズとはまた違うのだろうけれど、これもレイチェルにとっては遠い世界のことに思える出来事だ。でも……どうしてかペネロピーの表情は暗い。
「えっと……おめでとう、でいいのよね? だって……パーシーはペネロピーとの将来を考えてるってことでしょ?」
「ん……まあ、そうね。そうなんだろうけど……実は、そう言われたときも、私、あんまり喜べなくて……パーシーには悪いことしちゃった」
「えっ? その……どうして?」
「パーシーも、最近の私達が上手く行ってないことはわかってると思うんだけど……私達の根本的な問題って、遠距離じゃないのよ。遠距離はきっかけでしかなくて……今のままだと、一緒に暮らしたところでますますギクシャクするだけだと私は思ってるんだけど……パーシーは違うみたい」
ペネロピーが、ふうと溜息を吐いた。なるほどとレイチェルも神妙に頷く。つまり、パーシーが解決策として提案して来たことが、ペネロピーにとってはむしろ事態を悪化させるように思えて悩んでいると言うことなのだろう。
「私ね。卒業後は、マグルの大学への進学を考えてるの」
「えっ……そうなの?」
「手紙じゃなくて、会って話したかったの。でも、ずっと忙しいって言われてて……昨夜、ようやく会えるから直接言おうって思ってたんだけど……『私が卒業したら』って話をしてるはずなのに、パーシー、私の進路のことは聞こうともしなかった。……もうずっと前から、進路のこと話したいって言ってたのに、忘れちゃってるのね」
ペネロピーの黒い瞳が潤んで、長い睫毛に涙の粒が滲む。肩を震わせてしゃくり上げるペネロピーにレイチェルは戸惑ってオロオロするばかりだったが、ペネロピーの肩を抱き寄せて、そっとその背中を擦った。
「……パーシーって本当に努力家で……彼の前を見て進もうとするところに憧れたし、好きだったわ。パーシーの夢や考えについて話を聞くのも。……でも、隣に居る私のことは見てくれないし、私の話は全然聞いてくれないの。何だか少し……疲れちゃった。もう、無理なのかも」
パーシーはたぶん、きっと、本当にものすごく忙しいのだ、と。そう口にすることを。レイチェルは今度ばかりは躊躇ってしまった。ペネロピーだって、きっとそんなことはわかっているだろうから。
ペネロピーはたぶんまだパーシーのことがとても好きだし、パーシーもペネロピーのことが好きなのだろう。それなのにすれ違ってしまうと言うのは、レイチェルからするともどかしいし、悲しいことに思える。でも、2人の場合、たぶんどちらかが一方的に悪いと言うわけでもなくて……それなのに、上手く行かない。まだ好きだから、相手が悪いのだと嫌いになれないからこそ、ペネロピーは悩んでいるのだ。
「暗い話聞かせちゃってごめんなさい。でも、何だか話したらちょっとスッキリしちゃった。友達は皆今、ローズのプロポーズのお祝いに夢中だからこんな話しにくくて……聞いてくれてありがとう」
レイチェルはジョージと上手くいってるみたいで良かった、とペネロピーが微笑んだ。そんな彼女の優しさに、レイチェルは何だかギュッと胸が締め付けられた。レイチェルの目には、ペネロピーとパーシーだって仲睦まじい恋人同士で、上手く行っているように見えたのに。一口に恋人同士とは言っても、付き合って1日で別れてしまう2人も居れば、学生時代から付き合ってそのまま結婚する2人も居る。周囲から憧れられるほど仲が良かったのに別れてしまう2人も居れば、ケンカして別れたり元に戻ったりを繰り返している2人も居る。
長続きする恋人達と、別れしてしまう恋人達って一体何が違うんだろう?
タイミングや環境と言った、本人達の力ではどうしようもないものが原因の場合もあるのだろうけれど……やっぱり、相性や価値観? でも、似たもの同士だからこそぶつかってしまう2人だって居るし、一見凸凹に見えても上手く行っている2人だって居る。
アンジェリーナの言う通り、レイチェルとジョージは元々仲が良いわけじゃない。
この間のホグズミードデートのときも感じたけれど、ジョージとレイチェルはそもそも価値観が違うから。自分に持っていない部分があるからこそ惹かれる、と言う部分もあるのだろうけれど……たぶん、普通の恋人以上に上手く行くよう努力しないと、きっとすぐギクシャクしてしまう。
ダンスパーティーがきっかけで付き合いだしたのは確かけれど、だからってダンスパーティーが終わったら用は済んだしじゃあサヨナラ、なんてことになるのは避けたい。
とりあえず、ジョージの誘いを待ってばかりいないで、レイチェルからも手紙を出してみようと思ったのだけれど……ちょっと素っ気ないかもしれない。いや、でも、こんなものだろうか。恋人に手紙を出すのなんて初めてだからよくわからない。ううん、でも、同級生の女の子達が出してる恋人への手紙って、何と言うかもっとラブラブだった気がする。そうだ。手紙の相手を、ジョージじゃなくジニーだと思おう……。
もし夕食の後、時間が空いていたら会えないかしら? ほんの少しでもいいから、あなたの顔が見れたら嬉しい。
ジョージに宛てたものだと意識すると照れくさいけれど……でも、きっと、これくらいじゃないと伝わらない。ジョージはいつも言葉や態度で示してくれるのだから、レイチェルも恥ずかしがってばかりじゃダメだ。直接会って言うのは無理でも、せめて手紙くらいは頑張ろう。
これでよし、と便箋を封筒に入れる。あとは、えっと……どこに置いたっけ? きょろきょろと机の上を見回すと、シーリングワックスとスタンプは見つかった。この間のホグズミードで買った新品のものと、ハートの図柄。