「セドリック! 私とも一緒にダンスしませんかー?」

レイチェル達がダンスを終えて戻ろうとすると、フラーに声をかけられた。正確に言えば、フラーの他にもセドリックに話しかけるタイミングを見計らっていた様子の女の子達は他にも何組か居たのだけれど、フラーの方が早かったのだ。セドリックはフラーの誘いを受けるかどうかちょっと迷っていたようだが、チョウの方へと視線を向けると構わない、と言うように微笑んでみせたのでフラーとも踊ることにしたようだ。

「じゃあ……またね、レイチェル
「ええ。セドも、楽しんで。フラーも、またね」

フラーと共にまたダンスフロアへと戻って行くセドリックの背中を見送って────2人とも長身で、しかも美男美女なのでものすごく目立つ────レイチェルは、自分がジョージに言ったことを思い出してちょっと気まずくなった。ジョージは構わないと言ってくれたけれど、特定の女の子と踊らないでほしい、なんて言うのはやっぱり狭量すぎたかもしれない。そのジョージは……今はアリシアと踊っているようだ。どうやら、レイチェルはあともう少し時間を潰す必要があるらしい。
レイチェルは邪魔にならないよう壁際に寄ると、周囲の様子を眺めた。セドリックのパートナーであるチョウは特にフラーを気にした様子はなく、変わらずマリエッタ達と談笑している。
チョウくらい可愛いと、パートナーがフラーのような女の子と踊っても余裕で居られるものなのだろうか……? いや、まあセドリックはフラーと一緒に居ても特にヴィーラの魅了にあてられている様子はないと言うのもあるかもしれないけれど……それとも、チョウもやっぱり内心は心配だけれど、セドリックを気遣ってそれを隠しているだけなのだろうか? わからない、とレイチェルは首を捻った。チョウはいつもニコニコしているし、レイチェルはチョウのような美少女になったことがないし。

「どうしよう……あの人とのダンスが終わるの待つ?」
「でも、あの人の後に踊るのはちょっと……」
「せめて、写真だけでも一緒に撮れたらいいんだけど……」

近くに居た5年生の女の子達がそんな風にヒソヒソ話しているのを聞いて、レイチェルはハッとした。そうだ。ハーマイオニーと写真を撮りたいと思っていたんだった。チョウやマリエッタとも撮りたいけれど、2人は最悪寮に戻っても撮れるだろうからとりあえずハーマイオニーだ。どこに居るだろう? レイチェルがきょろきょろと辺りを見回していると、近くに居た見知った顔と目が合った。

「あれ、レイチェルじゃん。1人? なら、俺が踊ってやってもいいけど」
「…………素敵なお誘いをありがとう、ロジャー」

パートナーであるフラーがセドリックと踊っているので、どうやらロジャーの方も今は1人らしい。くだけた口調でそんなことを言うロジャーの誘い方があまりにもいつものロジャーだったので、レイチェルは何だか肩の力が抜けた。とは言え、一応ダンスのお誘いには違いない。それに、ジョージも言っていた通り、せっかくのパーティーなのだ。できるだけたくさんの人と踊って楽しんだ方がいいだろう。

「ロジャーも城の外に行ってたの? 庭園には行った?」
「行った行った。すげー気合入ってたよな」

お互い上達したからか、練習のときよりもずっと余裕があって踊りやすい。おしゃべりしつつ踊っていると、またしても視線を感じた。近くに居るボーバトンの女の子が、ロジャーに熱っぽい視線を送っている。そう言えば、ロジャーもセドリックと同じくらい長身だし、キリッとした真面目な表情をしていればかなりハンサムなのだった。ジョージもそうだったけれど、普段は制服を着崩していることが多いからロジャーがきちりした服装をしているのって何だか新鮮だ。整った横顔をぼんやりと眺めていたレイチェルは、ふとロジャーの首元に視線を留めた。

「ねえ、ロジャー。私の記憶違いかもしれないけど……さっきはネクタイしてなかった?」
「え? あー…やべ、落としたかも」
「えっ……誰かに踏まれてないといいけど……後で、呼び寄せ呪文を使ってみたら?」

今は比較的ゆったりとした曲調だけれど、アップテンポの曲もあったからそのときに落としてしまったのかもしれない。もしかしたら、屋敷しもべ妖精がこっそり拾ってくれてるかも知れないけれど……せっかくまだ新品のはずなのにとレイチェルは気の毒に思ったが、ロジャーはやれやれと言いたげに小さく溜息を吐いた。

「馬車でフラーとイチャイチャしてたら、スネイプにドア吹っ飛ばされたんだよな。顔見られる前に走って逃げて来たから、たぶんそのとき馬車の中に忘れて来たっぽい……もしかしたら、スネイプが持ってるかも」
「……一緒に居たのがフラーなら、顔が見えなくてもすぐわかっちゃうんじゃない?」

どうやら、スネイプ教授が摘発したのはさっきレイチェル達が見たカップルだけではなかったらしい。減点される前に逃げたからセーフだとロジャーは主張したけれど、フラーは遠目に見てもすぐにフラーだとわかってしまうので────あんなに綺麗なシルバーブロンドで、うっすら銀色に輝いているような女の子もそうは居ない────あまり意味がないような気がする。きっと今頃、レイブンクローの砂時計の中身はしっかり引かれてしまっているだろう。レイチェルが呆れて思わず溜息を吐いていると、今度は頭上から視線を感じた。つまり、ロジャーから。

「……な、何?」
「いや……俺、女子の鎖骨のラインって好きなんだよなー。そう言う肩出たドレスだと見えるからやっぱりいいよな、と」
「……ああ、そう……」

悪びれもせずにそんなことを言うロジャーに、レイチェルは何と返すのが正解なのかわからなかった。
褒められているんだろうけれど、あまり嬉しくない。一体どこを見ているんだと足を踏んづけたい衝動に駆られたものの、レイチェルはどうにかそれを思い留まった。さっきジョージと2人で居たとき、ロジャーからのアドバイスを参考にしたのを思い出したからだ。

「……ありがとう、ロジャー」

ロジャーの女の子との付き合い方は決して誠実とは言い難いし、ロジャーの軽薄さと言うか、何と言うか────は困ったところでもあるけれど、でも、意外と面倒見のいい一面もあるし、レイチェルの相談に快く乗ってくれるような優しいところもある。とは言え、素直にお礼を言うのは恥ずかしかったせいで、思ったより小さな声になってしまった。

「ん? 今何か言った?」
「ううん、別に」
「何だよ、別にって……あ、わかった。もしかして、俺の顔に見惚れてた?」
「違うけど……もう、それでいいわ」

ちょうどオーケストラの演奏が大きく響いた瞬間だったので、ロジャーの耳には届かなかったらしい。ニヤッと笑ってみせるロジャーに、レイチェルは再び小さく溜息を吐いた。レイチェルのことを女の子として見ていないせいもあるのだろうけれど……正装していても、やっぱりロジャーはロジャーだ。前にも言ったけれど、もう少し紳士的に振舞って欲しい。せめて、セドリックの半分でも。……いや、でも、ロジャーに紳士的に誘われたとしたらそれはそれで気まずいだろうから、やっぱりロジャーはこれでいいのかも。

 

 

「美しいお嬢さん。君がよければ、僕と1曲踊ってもらえませんか?」

ロジャーとは正反対に、そんな紳士的な言葉でレイチェルをダンスに誘ってくれたのはあのマスタードの瓶の男の子、ジュリアンだった。ボーバトンのグレーのローブがとてもよく似合っている。ちょうどジョージと合流したタイミングだったのでレイチェルは戸惑ったが、ジョージが踊ってくればいいと勧めてくれたので、その誘いを受けることにした。

「君は、フラーと友達だったんだね」
「ええ。この間、ボーバトンの馬車を案内してもらったの!」

フラーが、レイチェルの友達────何だかちょっと照れくさいけれど、もしかしたらフラーがそう言ってくれたのだろうか? だとしたら嬉しい。でも、クリスマスカードも贈り合ったのだし、そう呼んでもいいのかもしれない。馬車の中の庭園や噴水がとても素敵だったと伝えると、ジュリアンは嬉しそうに微笑んでくれた。

「他に、僕達の学校に友達は居るの?」
「あー……えっとね、一応、いとこが通ってるんだけど……」
「へぇ。どんな子なの?」
「私より1つ年上の男の子なの。えっと……だから、今は17歳のはず」

ジュリアンの質問に、レイチェルは視線を泳がせた。
従兄とは言っても、もう数年会っていないせいで、全然親しくはないからだ。レイチェルが入学する前には何度か会ったことがあるけれど……正直に言えば、あまりいい思い出はないのだ。
レイチェルにとっては1番年の近い従兄だし、せっかく外国から遊びに来ると言うこともあって仲良くしたいと思ってはいたのだ。でも、向こうはそう思っていなかったのが問題だった。従兄はフランス語がわからないレイチェルを馬鹿にしていて、大人達の前だと英語も喋っていたのに、レイチェルに対しては絶対にフランス語でしか話してくれなかった。たった1つ年上なだけだけれど、従兄の方が魔法を使うのずっと上手だったのも原因かもしれない。そしてその魔法をひけらかすために悪戯ばかりしていた。レイチェルのぬいぐるみを高く浮かせて届かないようにしたり、レイチェルのお気に入りの絵本のページをバラバラに入れ替えてしまったり、レイチェルの靴を1歩進むたびに豚の鳴き声がするようにしてしまったり。要するに、散々意地悪をされた。
まあ、あれは従兄もまだ子供だったからで、今はもっと穏やかな性格になっている……と信じたい。当時は金髪で青い目────子供の頃のレイチェルにとってはとても羨ましかった────だったような記憶があるけれど、今はもう違うかもしれない。つまり、今のレイチェルにとっては従兄に関する情報が「ボーバトンに通っている1つ年上の男の子」以上にないのである。

「その……ほとんど連絡取ってなくて……こっちに来てるかどうかもわからないの。ボーバトンに残ってるかもしれないし……」
「同じ学年なら、きっと僕も知ってるよ。名前はわかる?」
「えっと……確か……」

発音が合っているかどうか自信がなかったけれど、レイチェルが伝えた従兄の名前にジュリアンは心当たりがあったらしい。ダンスが終わった後、ジュリアンはレイチェルの従兄を呼んでくると言って人波の中に消えて行った。やっぱり、とてもいい人だ。
レイチェルとしては、それほど従兄に強く会いたいと思っているわけでもないので、何だか申し訳ない気がしたけれど……いや、でも、せっかくホグワーツに来ているのなら会っておくべきなのだろうか? 次に会うのはまたいつになるかわからないし。

「待たせてごめんね。連れて来たよ」

そう言って5分ほどして戻って来たジュリアンは、男の子をもう1人連れて来た。当たり前だけれどジュリアンと同じ、ボーバトンのローブを着ている。確かに、レイチェルの記憶に近いブロンドに青い目だ。背が高くてハンサムなその青年に、レイチェルは見覚えがあった。さっき見かけた、クロディーヌの従兄だ。

「あ……えっと、違うわ。この人にもホグワーツに従妹が居ると思うけど、その子って私の友達で……」

怪訝そうにこっちを見るその青年は、やっぱりクロディーヌに雰囲気が似ていた。髪や瞳の色のせいもあるだろうけれど、顔立ちもどことなく似ているのだ。不機嫌そうな表情をしていると、特に。つまり、せっかく探しに行ってくれたジュリアンには申し訳ないけれど、別人だ。

「その……探して来てくれてありがとう。でも、この人は……私の従兄じゃないみたい。貴方も……えっと、人違いをしてしまったみたいで、ごめんなさい」

もしかしたら、従兄と同じ名前の男の子がボーバトンには何人か居るのかもしれない。レイチェルにはフランス語の名前の珍しさについてはよくわからないし。ジュリアンだけでなく、人違いでわざわざ呼びつけた形になってしまった彼にも申し訳ないことをしてしまった。言葉が上手く通じるといいな、なんて思いながらレイチェルが微笑みかけると、青年はますます怪訝そうな表情になった。

「まさかとは思ったけど、お前マジで気づいてなかったわけ?」
「えっ?」
「俺はすぐわかった。お前、叔母さんの昔の写真とほとんど同じ顔だし」
「え? えっと……あの……あなたはその……クロディーヌの従兄だって……」
「お前だって俺以外にも親戚居るだろ。クロディーヌは母方の従妹。あいつの母親と俺の母親が姉妹」

青年の見た目からは想像がつかない高圧的な口調に、レイチェルはポカンとした。でも、この話し方には覚えがある。間違いない、従兄だ。言われてみれば確かにその通りだし、親戚の顔をすっかり忘れていたレイチェルも失礼だったとは思うけれど……でも、そもそもボーバトン生はたくさん居るし、従兄がホグワーツに来ているかさえわからなかったのだ。気づいていたなら、言ってくれればよかったのに……。

「ホグワーツの代表選手の奴って、あれだろ。お前んちの隣に住んでた……テディだっけ?」
「セディね」
「お前ら、まだ仲良しこよしなんだな。あいつ、お前がピーピー泣いてるといっつも血相変えて飛んできてたっけ。番犬みたいだったよな」
「私が1人で勝手に泣いてたみたいな言い方はやめてもらっていい……?」

子供だったから意地悪だっただけで、今はきっと従兄も落ち着いているはず……なんて言うのは、どうやらレイチェルの幻想だったらしい。やっぱり苦手だ、とレイチェルは眉を顰めた。
それにしてもまさか、「クロディーヌの従兄」と「レイチェルの従兄」が同一人物だったなんて。思いもよらなかった親戚関係が判明して、レイチェルは驚いた。

「魔法界くらい近親婚を繰り返してると、そう言うこともあるのね」

たった今の事の顛末を話して聞かせると、ハーマイオニーは興味深そうにそんな感想をくれた。
レイチェルがジュリアンと踊っている間に、ジョージ────正確に言えばフレッドとジョージの2人────は下級生の女の子達からダンスを申し込まれたらしく、その子達と順番に踊っている。全員と踊り終わるまでにはかなり時間がかかりそうだ。どうしようかと思っていたところ、ハーマイオニーが声をかけてくれたのだ。彼女のパートナーであるクラムは今、ダームストラングの男の子達と話している。

「まあね、割とよくあるの。会ったことない親戚のお葬式に行ったら、見覚えのある上級生が何人も居たりとか。たぶん、ジョージやセドとだって大雑把に言えば親戚だと思うし……教授とばったり会ったときは、さすがにちょっと気まずかったけど」
「だから、ごく近い親戚しか交流がない……って、前に教えてくれたわよね」
「……私、前にもそんな話してた?」

どうしてそんな話になったんだっけ、とレイチェルは首を捻った。でも、そう。その通りだ。親戚と言う括りで言うと当てはまる人が多すぎるせいで、いとこやせいぜい又いとこくらいとしか付き合いがない。名家の人達はわからないけれど、少なくともレイチェルの家はそうだった。でも、親戚だからって仲良くできるとは限らないのだ。

「……久しぶりに従兄に会って思ったわ。セドって、小さい頃から本っっっっ当に、ものすごく穏やかで心優しい男の子だったんだって」

レイチェルとセドリックが“仲の良い幼馴染”で居られたのは────勿論たまたま隣に住んでいたと言うのも大きいだろうけれど────セドリックの性格によるところが大きいのだろう、と改めてレイチェルは実感した。セドリックが従兄のような性格だったとしたら、絶対今のような関係ではなかったはずだ。まあ、従兄の場合は、普段は外国に住んでいて会えないと言うのも原因だろうけれど。最後に写真で顔を見たのですら、もう何年も前なのだから、やっぱり顔を忘れてしまったのも仕方ない気がする。そう、写真────。

「そうだわ、ハーマイオニー! ねぇ、一緒に写真撮りましょ!」
「え? あ、そう言えばまだ撮ってなかったわね」

元々一緒に写真を撮ろうと思ってハーマイオニーを探していたのだった。バッグの中からカメラを取り出し、レイチェルはきょろきょろと辺りを見回した。また、コリンに頼めるだろうか? そうでなければ、誰かシャッターを押してくれそうな人は……。

「ヴぉくが撮りますよ。カメラ、ください」

ちょうどハーマイオニーのところに戻って来たらしいクラムがそう言ってくれたのだけれど、レイチェルはカメラを渡していいものか戸惑ってしまった。願ってもない申し出だったけれど、あのヴィクトール・クラムにカメラのシャッターを押させている……。

「あの……ヴィクトールも……よかったら一緒に撮ってもらえたら……あ、でも、迷惑だったら……」
「勿論。ヴぉくも撮りたいです。写真あれば、帰った後も思い出せますから」

プロのクィディッチ選手であるクラムに写真を頼むと言うのは迷惑になるかもしれないと不安に思ったが、クラムが快く承諾してくれたので、レイチェルは一緒に写真を撮ってもらった。レイチェルも勿論、パーティーの記念として頼んだわけだけれど……それでも、あのクラムとの写真には違いない。夏休みのレイチェルがこのことを知ったら、きっと信じられないと驚くだろう。

そう言えば、たくさんの人と写真を撮ったのに、セドリックとの写真はまだ1枚もない。

セドリック本人の写真はたぶんたくさんあるだろうけれど、せっかくなら一緒に撮りたい。
そう思って探してみると、セドリックは、スプラウト教授とフリットウィック教授と何か話しているところだった。やっぱり、パーティーの主役となると忙しそうだ。そんな感想を抱いて、レイチェルはあれ、と不思議に思った。スプラウト教授達と話しているセドリックが、1人だったからだ。

「こんばんは、チョウ。踊らないの?」
レイチェル

チョウはさっきと変わらず、端の方のテーブルに座っていた。どうやら、マリエッタは自分のパートナーと踊りに行ったらしい。レイチェルの見ていた限り、1人で座っているチョウにはさっきから何人もの男の子がダンスを申し込んでいたようなのだけれど、そのどれもチョウは断っていた様子だった。

「……実は、人に酔っちゃったみたいで、気分が良くなくて。……皆の前で踊らなきゃって緊張してたからかも」
「えっ……大丈夫?」
「ええ。大したことないのよ。少し休めば楽になるから……私、プレッシャーに弱くって……クィディッチの試合の前なんかも、いつもなのよね」
「そう……?」

チョウはそう言って苦笑してみせたけれど、レイチェルは笑い返すことはできなかった。お化粧のせいでわかりにくいけれど、確かにあまり顔色が良くないように見える。医務室に行った方がいいんじゃないだろうか? ああ、でも、今日はマダム・ポンフリーもパーティーに参加しているのをさっき見かけたから医務室には誰も居ないんだっけ……。

「……その反応、セドリックとそっくり」

チョウがふっと目元を緩めた。そうして、チョウは何か言いたげにじっとレイチェルを見上げる。大きな黒い瞳に見つめられると、何だか心の中まで見透かされてしまいそうな気がして、レイチェルは何だかドキッとした。チョウが隣に空いた椅子を差して、微笑む。

「ねえ、レイチェル。……少し、話さない?」

 

 

 

チョウからわざわざ話したいと言うことは、やっぱりセドリックに関してだろうか。
いや、間違いなくそうだろう。だとしたら……以前セドリックを好きな女の子達に言われたように、チョウはレイチェルがセドリックとベタベタし過ぎている、なんて考えているのかもしれない。

「あの……セド……リックから聞いたの。チョウが、私と踊ったらって言ってくれたって」
「ええ」

そう話題を振ってみたものの、レイチェルはその後どう続けていいものか困ってしまった。
「ありがとう」と言うのも何だか奇妙な気がする。でも、「怒ってる?」なんて聞くのは、チョウが嫉妬していると決めつけているみたいに聞こえるかもしれない……。

「私ね、自分がセドリックに誘われるなんて思ってなかったの」

チョウの声は静かで、耳を澄ましていなければ賑やかな喧騒の中に紛れて消えてしまいそうだった。そして、どこか淡々としているようにも聞こえた。真っ直ぐに前を見る横顔からは、表情が読めない。

「たぶん、セドリックはレイチェルと行くんだろうなって、当たり前みたいに思っていたから」
「あの……私とセドは、本当にそんな関係じゃなくて……」
「ええ、そうよね。わかってるわ。ただ……私が勝手にそう思ってただけ」

やっぱり、セドリックとの仲を疑われているのだろうか……? でも、チョウの口調からは、レイチェルを咎めるような雰囲気は感じられない。どう返事をすればいいものかと迷っていると、先にチョウが口を開いた。

「私ね、男の子の友達って全然居ないの」
「えっ?」

急に話題が変わったように感じて、レイチェルは驚いた。そして、その内容にも。チョウは可愛いからモテるし、それだけでなく寮チームでも活躍しているチョウは皆に知られているし、人気もある。レイブンクロー生にも、それ以外にも。

「チョウって、その……すごく、友達が多いイメージだけど」
「確かに、話しかけられることは多いけど……でも、友達って呼べるほど親しい男の子はほとんど居ないもの。ううん……私にとっては、友達だと思ってた人は何人も居たわ。でも……仲良くなれたって思ってたら、みんな友達じゃなくなってしまって……私のことが好きになったって、恋人になってほしいって、みんなそう言うの」

そのせいで女の子の友達も少ないんだけどね、なんてチョウが苦笑してみせた。その言葉に、レイチェルはやっぱり何と返していいものかわからなかった。レイチェルには想像がつかないだけで、チョウみたいに周りに憧れられて、全てが上手く行っているように見える女の子だって、不安や悩みを抱えているのだ。そんな当たり前のことに、レイチェルは改めて気が付いた。

「誰かに好きになってもらうのって……たった1人の『恋人』にしたいと思ってるような、特別な存在だって感じてもらえるのって、きっとすごく恵まれたことなんだって、わかってるの。でも、私は友達だと思ってたのよ。同じように好きになって欲しいって言われても、急にそんな風には見られない。どうせ期待させるようなことしたんでしょってマリエッタなんかには言われるけど……私は、そんなつもりなかったのに。普通に、友達として接していたつもりだったわ。でも、実際に相手は私も自分のことを好きなはずだって思い込んでて、そのせいでいつも、せっかくできた友達が居なくなってしまうの」

チョウやセドリックのような容姿と才能に恵まれた人達は人目を引いて、輝いていて。皆に羨まれて、悩みなんてないだろうと思われてしまう。レイチェル自身も、チョウは可愛くてモテるからいいな、なんてつい考えてしまったりもする。

「2人が一緒にパーティーに行かないって聞いて、私、驚いたの。私、あんなに仲が良いんだから、あなたたちもきっとそのうち恋人になるんだろうって、思い込んでたみたい。……そうやって、自分が押し付けられるの、嫌だったのにね」

でも、セドリックが周囲の期待に応えられないんじゃないかと不安に感じていたように、チョウにはきっとチョウだけの葛藤があって。レイチェルとは違った性格で立場だからこそ、レイチェルにはない、レイチェルとは違った悩みを抱えている。

「恋に変わらなくたって、いいのよね。恋じゃないからって、大切じゃないことにはならないもの……」

開心術が使えないレイチェルには、誰かの心の中は見えない。だから、無頓着になってしまう。自分だけがちっぽけなことで悩んでいる気がして、自分だけがひどくみじめに思えて。でも、きっとそれは、レイチェルの傲慢な勘違いだ。

「私ね、ずっと……心のどこかで、自分が悪いのかもしれないって不安だったの。いつも同じ結果になってしまうのは、私に原因があるんじゃないかって……せっかく私のことを特別に思ってくれた人に対して、同じように特別だって思えなくて、傷つけてしまって。……でも、恋じゃなかったかもしれないけど、友達として、ちゃんと大切に思ってたのよ」

チョウの悩みは、レイチェルにはきっとわからない。レイチェルはどんなに足掻いてもレイチェル以外の誰かにはなれなくて、チョウの目で世界を見ることはできないから。でも、同じだ。レイチェルにはチョウの痛みが想像できる。レイチェルもかつて、今のチョウと同じ気持ちを抱えていたから。

「気持ちが変わるまで待つって言ってくれた人も居たわ。でも、結局は決断してほしいって言い出すの。好きなのに、今まで通り何も変わらないのはつらいって、結局はもう、元の関係には戻れなくなってしまって……。悲しかったの。恋人になれないのなら、友達としての私には価値はないって言われてるみたいで……」

恋人にならなければ、セドリックとはこのまま一緒に居られないのだと。ただの幼馴染としての自分は、セドリックには必要ないんじゃないかと。そんな風に、レイチェルも悩んでいた。そんな風に考えなければいけないことが、とても寂しかった。

「友達を失ってしまうくらいならって、望まれた通りに付き合ってみたこともあったわ。でも、ダメだった。もっと2人の時間を作ってほしいとか、友達より自分を優先してほしいとか、本当に自分のことが好きなのかとか……相手が期待するものに上手く応えられなくて……何て言うか、相手の頭の中にしか居ない『理想の恋人としての私』と比較されてるみたいで……結局、相手も私も疲れちゃうのよね」

レイチェルも、同じだった。皆が思う“幼馴染”としての適切な距離をなぞろうとした。でもそれは、レイチェルにとってはひどく不自然なことだったから。レイチェルレイチェルらしくしたいなんて言うのは子供じみたわがままで、きっと周囲の意見の方が正しいのだろうと、そう思うと余計に苦しくて、息が詰まった。

「このパーティーもね、たくさんの男の子にパートナーになってほしいって言われたけど……選べなかったの。ほとんど話したこともないのに、いつの間にか私のことを好きになってる人も……私のことなんて全然好きじゃないのに、私をパートナーにすれば友達に自慢できるって考えてるだろう人も。結局、『私』をパートナーにしたいわけじゃないんだろうって思って……誰にも誘ってもらえないかもしれないって不安がってる子も多いのに贅沢だって、マリエッタ達には怒られたけどね」

レイチェルとチョウの悩みは、全てが同じわけじゃない。貴方の気持ちがわかる、なんて軽々しく言うのは、きっとチョウに対して失礼だろう。きっとチョウは自分の悩みが他人には理解してもらいにくい、ともすれば傲慢だと受け取られてしまうことに、今まで傷ついてきたのだろうから。ほんの少し話を聞いただけでわかったようなフリをするのは、たぶんレイチェルの自己満足でしかない。寂しそうに瞼を伏せるチョウにレイチェルが言葉を探していると、チョウがレイチェルを振り向いた。

「……あなたたちの関係ってすごく素敵だと思うわ。2人とも、お互いのことを大切にしてるのが伝わって来て……私には、兄弟も幼馴染も居ないから眩しくて、レイチェルが羨ましかった」
「羨ましい……? ……チョウが、私を?」
「そんなに意外?」

クスクス笑ってみせるチョウに、レイチェルは躊躇いつつも頷いた。チョウに指摘された通り、意外だった。だって、レイチェルがチョウを羨むことはあっても、チョウがレイチェルを羨ましがるなんてことは想像したことがなかったのだ。

レイチェルも知ってると思うけど……クィディッチではライバル同士だから、去年まではほとんど話したこともなかったし……でも、セドリックが誘ってくれて……嬉しかったの。変な話だけれど、この人って、別に私に恋してるわけでも、私が『人気がある女の子』だから誘ったわけでもなくて……私に対して、何も期待してないんだって。だからオーケーしたわ」

それは何だか、わかる気がする。チョウが感じた通り、たぶんセドリックがチョウを誘ったのは、チョウが人気者だと言うことだとか、チョウが美少女だと評判なことだとか、そう言った誰かの評価とはたぶんあまり関係がなくて。セドリックはただ、クィディッチの練習で会ったチョウ自身に好感と興味を持ったのだろう。

「セドリックって素敵な人よね。さっきも、私が気分が悪くなったことに気づいて、すごく心配してくれたの。とっても優しくて、紳士的で……心の温かい人。まだ、彼のことをよく知らないけれど……好きになっていけたらいいなって思うわ」

ああ、何だかすごくセドリックらしいな、とレイチェルは思わず口元が緩んだ。そして、チョウがそう言ってくれたことが何だかとても嬉しかった。他ならない、セドリックの恋人であるチョウが、セドリックの優しさに目を向けてくれていることが。

「だからね、レイチェルレイチェルはいつも通りで大丈夫」
「え?」
「私に遠慮してくれてたでしょ?……それくらい、気づくわ」

レイチェルはばつの悪さに視線を泳がせた。そんなにあからさまに態度にしたつもりはなかったのだけれど、どうやらチョウにはバレていたらしい。確かに、自分がジョージやパーティーのことで精一杯だったのを差し引いても、セドリックと数日も顔を合わせないと言うのは初めてのことで、そしてその理由に「セドリックに恋人ができた」ことが無関係だとは言いきれないけれど。

「……無理してない?」
「まあ……時々は、嫉妬しちゃうかもしれないわ。だってあなた達って本当に仲が良いんだもの。ずっと前から、憧れてたから。だからね……私が原因で、2人がギクシャクしちゃうのは嫌みたい」

セドリックと話す時間が減るのは寂しい。でも、だからと言ってチョウを不安にさせたり傷つけることになるのは嫌だ。チョウがセドリックの恋人だからと言うだけが理由じゃない。レイチェルにとっても、チョウは大切な友人だから。

レイチェルが……そうやって、私の気持ちを考えてくれるからよ。幼馴染なんだから恋人よりも優先されて当然でしょって態度だったら、こんな風には言えなかったかも」

それにね、とチョウが言葉を切った。花びらのように淡いピンク色に染まった唇が、緩やかに弧を描く。長い睫毛が揺れて、チョウがレイチェルを見つめた。星が瞬く夜空のような深い色をした瞳が、真っ直ぐにレイチェルを映している。

「私は私で、これからセドリックの素敵なところを1つずつ知っていくんだもの。今はまだレイチェルに敵わないけど、私達はこれから1つずつ思い出を増やしていくの。それってすごく贅沢で、特別なことよ。知り合ったばかりの私達2人だからこそ、できること。……だからね、私に気を遣って、無理にセドリックを遠ざけたりする必要はないわ」
「でも……」
「私ね、OWLの勉強でもういっぱいいっぱいなの。これから、もっと忙しくなると思うし。だから、レイチェルがセドリックを手伝ってくれないと。ホグワーツが優勝できなくなっちゃったら困るもの」

レイチェルは膝の上でぎゅっとドレスのスカートを握りしめた。そうしなければ、今にも胸からこみ上げてくる感情が溢れて、泣いてしまいそうだったから。予想もしなかったチョウの言葉が、チョウが気持ちを打ち明けてくれたことが、レイチェルへの信頼が嬉しい。ああ、でも、泣いたら、せっかくのお化粧が崩れてしまう……。レイチェルはどうにか涙を飲み込み、精一杯微笑んだ。

「……ありがとう、チョウ」

変わらなければいけないのだと、思っていた。レイチェルがセドリックの隣に居ることができるのは、お互いにまだ特別な誰かが居なかったからで、レイチェルかセドリックのどちらかに恋人ができたら「終わり」なのだと────セドリックに恋人ができることは、それまでレイチェルが当たり前に居た場所をその人に明け渡すことなのだと。そんな風に。

「私……私、チョウが大好きよ。セドのパートナーになったのがチョウだって聞いて、すごく嬉しかったし……チョウとは、これからもずっと仲良くしたいもの」
「私もよ」

泣きそうになっているのを悟られたくなくて、レイチェルはチョウの華奢な体をぎゅっと抱きしめた。自分とは全然違うと思っていたチョウの内面に初めて触れた気がして、その不安を知って、レイチェルは今までになくチョウを身近に感じた。チョウの艶やかな髪からは柔らかな甘い花の香りがして、レイチェルはほんの少し気持ちが落ち着くのを感じた。
そう。チョウは今はセドリックの恋人だけれど、それよりもずっと前からレイチェルの友達だ。チョウが良い子だと言うことも、誰かのために自分を抑えて我慢してしまうところも、努力家なところも、責任感が強いところも、繊細なところも、レイチェルは知っている。チョウを悲しませることはしたくない。チョウの信頼に応えたい。

「チョウ!待たせてごめん! ……あれ、レイチェル?」

2人が喧嘩することがあったら絶対にチョウの味方をしよう、とレイチェルが決意していると、ようやくセドリックが戻って来た。どうやら、教授達との話は終わったらしい。いや、もしかしたら教授達の後にも他の誰かに掴まっていたのかもしれない。何にしても、なぜか自分の幼馴染とパートナーが抱き合っていると言う状況にセドリックはひどく困惑している様子だった。無理もない。レイチェルはチョウから体を離して、セドリックに何か言おうと向き直った────が、チョウに腕を引かれたのでそっちを振り向いた。

「……さっきの話、セドリックには秘密ね」

レイチェルの耳元で、チョウが囁く。悪戯っぽく目を細めるチョウは、やっぱり見惚れるほどに可愛かった。

内緒話

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