「それでね……クィディッチの練習の後に呼び止められて……マイルズが、『君は僕とパーティーに行くんだから、他の男の誘いは受けるな』って。もう、どこの王様?って感じじゃない!? もうちょっと誘い方ってものがあるでしょ!? スリザリン生って、本当にもう……」
「でも、悩んだけど結局オッケーしたんだよね、アリシアは」
「仕方ないじゃない!! 性格は最悪だけど……本当に最悪だけど……でも、我慢できないほど酷いわけじゃないし、顔はすっごくタイプなんだもの……!!」
「前からずっと言ってるよね、それ。いい加減好きだって認めればいいのに。聞いてよレイチェル、私、そのとき夜中までアリシアの相談に付き合ってたせいで寝不足でさ……うっかり変身術の授業中に居眠りしちゃって、マクゴナガルから大目玉」
「それは本当にごめんって!」

パートナーのことであれほど悩んだのはほんの1週間ほど前のことなのに、今となっては随分と懐かしいできごとに思える。あのときは、焦っているのは自分だけで周りは皆スムーズにパートナーが決まっているように思えたけれど……それはレイチェルの錯覚だったのだと気が付いて、ほんの少し安心した。

「アンジェリーナはいいわよね。フレッドに誘われるってこと、わかってたでしょ?」
「まあ、何となくね。でも、まさかあんな風に皆の前で言われるとは思わなかったけど」
「あ……それ、グリフィンドールの子が話してたの聞いたわ。確か、大広間で申し込んだのよね?」
「そ。自習中にね。横に居た私の方がドキドキしちゃった」

皆が見ている前で意中の相手を誘うなんて、ものすごく緊張しそうだ。まあフレッドなら緊張なんてしないのかもしれないし、上手く行く勝算があったのかもしれないけれど────実際上手く行ったわけだし────やっぱりすごい。誘う側もだけれど、誘われたアンジェーナが落ち着いて返事が出来たと言うのも。もしもレイチェルがその立場だったら、うろたえてしまってその場で返事なんてできなさそうだ。ジョージが2人きりのときに誘ってくれてよかった、とレイチェルはこっそり胸を撫で下ろした。

「そう言えばレイチェル、結局ジョージには何て誘われたの?」
「そうそう、私も気になってた。ジョージってば全然口を割らないんだもの。確か、ボーバトンの男子に誘われたって話だったじゃない? それなのに、どうしてジョージと行くことになったの?」
「う……」

そんなことを考えたせいか、今度は自分に話の矛先が向かってしまった。そう言えば、レイブンクローの同級生達には話したけれど、アンジェリーナ達にはジョージとのことは詳しく話してはいなかったかもしれない。パメラやエリザベスに打ち明けるのも照れくさかったけれど、アンジェリーナとアリシアは2人よりジョージとも親しい分、余計に恥ずかしい気がする。

「あのなあ……そう言う話は本人が居ないところでやってくれないか?」

どうしたものかとレイチェルが悩んでいると、そんな溜息が降って来た。振り向けば、呆れたような表情のジョージが立っていた。隣ではフレッドが面白そうにニヤニヤしている。おしゃべりに夢中ですっかり忘れかけていたが、そう言えば男の子達も隣のテーブルに居たのだった。

「そうね。また今度、レイチェルからじっくり聞き出すとするわ!」
「……おいおい、俺の可愛い恋人をあんまり苛めないでくれよ」

高らかにそう宣言するアリシアに、ジョージが溜息を吐いた。
『恋人』────ジョージが口にしたその言葉に、レイチェルはパッと頬を染めた。冗談めかした口調ではあったけれど、皆の前でそんな風に言ってくれるんだと、ちょっと嬉しい。でも、アンジェリーナ達の微笑ましそうな視線が落ち着かない……。

レイチェル、ほら、ジョージと並んで!2人で撮ってもらいなよ!」

そうこうしているうちに、写真係でもあるコリンがまたテーブルを回って来てくれていた。
友人達の前でジョージに肩を抱かれて写真を撮ると言うのは────冷やかされたせいもあって────恥ずかしかったけれど、そう言えばおばさんにパートナーの男の子の写真が見たい、と言われていたんだっけ。ジョージとのツーショットだけではなく、コリンはたくさんの写真を撮ってくれた。近くに居た同級生も集まった皆での写真や、ルーナやジニーとの写真。アンジェリーナとアリシアとももう1回撮ってもらった。さっきは座っていたから、今度は全身が映るように。

「ハーマイオニーとも撮れたらいいんだけど……」
「後で誘ってみようよ。今声掛けちゃ悪いし」

ハーマイオニーとクラムは今はもう踊っていなかったけれど、向こう側のテーブルに座って2人で楽しそうに話していた。それがいいかもしれない、とレイチェルも納得した。せっかくだから記念に写真を撮りたいけれど、いい雰囲気の2人を邪魔するのは申し訳ない。

「そう言えば、あのスキーターって記者、居ないね」

アンジェリーナがきょろきょろと周囲を見渡して言った言葉に、レイチェルは首を傾げた。スキーター……リータ・スキーター女史だろう。そう言えば、パーティーが始まったときに見かけた気がする。カメラマンも連れていて、取材に来ている様子だった。確かに、今は姿がないように見えるけれど……彼女がどうかしたのだろうか?

「そっか、もしかしてレイチェルは見てない? 凄かったのよ、そのへんに居る生徒にインタビューしまくってて」
「勿論、ハリーに関してね。私達にも……クィディッチのチームメイトだって誰かが教えたみたいでさ、もうすっごいしつこかったんだから」
「何て言うか、ハリーの悪い評判を聞き出そうとしてるみたいだったよね」
「ずーっとハリーを悲劇のヒーローとして書いてたしね。そろそろ新しい切り口が欲しいのかも」
「ハリーも居ないのよね。追いかけていって、インタビューしてるとか?」

アンジェリーナとアリシアの言葉に、レイチェルは思わず頬を引きつらせた。せっかくのダンスパーティーの最中まで、追いかけ回されているとしたら、あまりにもハリーが気の毒だ。有名すぎると言うのも、きっと色々と大変なのだろう。

「あ。でもほら、あれ、ハリーじゃない?」

アンジェリーナの言葉に視線を向けると、確かに入り口からハリーとロンが戻って来たところだった。彼らだけではなく、他にも何人かの生徒が大広間に入って来ている。どうやら、外は雪が降り出してきたようだ。その中には、セドリックとチョウの姿もあった。それに、フラーとロジャーも。あの4人が固まっていると、ものすごく目立つ。
セドリックはロジャー達と何か会話した後、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回した。そして、チョウに何か話しかけられて─────なぜか、チョウと別れて1人で歩き出してしまう。かと思えば、近くに居た下級生の女の子達に呼び止められている。1メートルおきに誰かに声をかけられてしまうので、なかなか思うように進めないようだ。

「人気者は大変ねー」

アリシアが気の毒そうに言った。レイチェルがそんなセドリックの様子をしばらく眺めていると、どうやら向こうもこっちに気が付いたらしい。視線が合ったので、レイチェルは小さく手を振った。すると────セドリックは人波をかき分けるようにしてこっちへ向かってきた。

レイチェル。よかった、会えた。さっきも探したんだけど、見つけられなくて……」
「あっ……入れ違いだったのかも。私、しばらく大広間の外に居たから……」

どうやら、レイチェルを探していたらしい。
そう言えば、レイチェルは代表選手として踊るセドリックを見てすっかり満足していたけれど、今日セドリックと顔を合わせるのは初めてだった。まだ皆が踊っているうちに大広間を出てしまったから、セドリックが見つけられなかったのも当然だ。

「楽しんでる?」
「とっても!セドは?」

セドリックの問いかけに、レイチェルは自然と笑みを浮かべた。想像していた以上に、パーティーはとても楽しい。代表選手としてパーティーの主役であるセドリックは、きっとレイチェル以上に満喫しているだろう。そう思って聞き返すと、セドリックはちょっと困ったような表情になった。

「僕は……どうだろう。楽しいけど……同じくらい緊張もしたかな」
「あ……皆の前で踊らなきゃいけなかったものね。お疲れさま。でも、セドもチョウもすごく素敵だったわ」
「ありがとう」

何だかセドリックとこうやって話すのが久しぶりな気がするな、とレイチェルは思った。えっと、最後に会ってから3日……いや、4日ぶりだろうか? 日数にしてみると、そんなに経っていなかった。でも、授業がある日はほとんど毎日顔を合わせているし、クリスマスなのに夜までセドリックと会わないと言うのも初めてだ。朝から慌ただしかったせいであまり気にならなかったけれど、そう言えば今日はまだ「メリークリスマス」と言っていない。いつもなら、1番に言っていたのに……。そんなことをぼんやりと考えていると、「レイチェル」とセドリックに名前を呼ばれた。顔を上げると、はにかんだように微笑むセドリックと目が合った。レイチェルに向かって手を差し出している。

「せっかくだから、一緒に踊ろうよ」

 

 

「ジョージ。あのね……セドにダンスに誘われたの。……踊って来てもいい?」

セドリックにはひとまず待っていてもらって、レイチェルはフレッドと話しこんでいたジョージにそう話しかけた。さっきの反省を活かし、今度は事前にジョージに言っておくべきだろうと思ったからだ。振り返ったジョージはレイチェルの言葉に驚いたように目を見開いた後、ちょっと気まずそうな表情になった。

「別に俺に聞かなくても……さっきのことなら、相手がマルフォイだったからで、俺もちょっと誤解してたし……せっかくのパーティーなんだから、好きに踊った方が楽しいだろ。セドリックでも、クラムでも」
「ありがとう」

レイチェルはホッとして、ジョージに微笑みかけた。
別にそんなに奇妙な会話ではないと思うのだけれど、隣に居るフレッドは何がおかしいのかまたニヤニヤ笑っている。からかわれる前にセドリックのところに行こうと歩き出しかけたレイチェルだったが、そう言えばと再びジョージへと振り返った。

「あの……ジョージも、他の女の子と踊りたくなったら誘って大丈夫だから……あ、でも……」
「でも?」
「えっと……」

頭に浮かんだ言葉をそのまま続けるべきかどうか躊躇って、レイチェルは1度言葉を切った。が、ジョージの不思議そうな視線に促されて、結局は言うことにした。とは言え、フレッドにまで聞かれるのは恥ずかしかったので、ジョージにしか聞こえないよう、ごくごく小さく声を潜める。

「あのね、できたら……できたらでいいんだけど……フラーとは踊らないで」
「フラー? いや、まあ、言われなくても踊らないだろうけど……何で?」
「だって……フラーはすごく美人だし……ジョージがフラーに夢中になっちゃったら……その……困るもの」

フラーは同性のレイチェルの目から見ても綺麗で魅力的だし、ヴィーラの血の影響もあって男の子なら魅了されてしまうのは当然だとわかってはいるけれど……自分のパートナーが他の女の子に夢中になってしまうと言うのはやっぱり悲しい。誰とでも踊っていいと送り出して、後から気まずくなるよりは先に言っておいた方がいいと思ったのだけれど……口に出したら何だかすごく子供じみたわがままに感じて、レイチェルは頬に熱が集まるのを感じた。

「ごめんなさい、変なこと言って。忘れて……」
「いいよ。了解。フラーとは踊らない」

呆れられるかもしれないと思ったけれど、ジョージはクツクツと笑ってみせただけだった。「楽しんで」なんて囁かれて、頬に軽くキスされたせいでますます頬が熱くなるのを感じて、レイチェルは何か言われる前に逃げるようにその場を立ち去った。

「ごめんなさい。お待たせ、セド!」
「えっと……大丈夫だから、急がないで、レイチェル。危ないから」

すっかり待たせてしまったセドリックの元へと戻ると、またしても下級生の女の子達に囲まれていた。が、レイチェルの声に振り返ると途端に焦ったような表情になった。その視線が足元へ向けられているところを見ると、どうやらレイチェルがハイヒールで転ぶんじゃないかと心配しているらしい。

「……その靴、ちょっと踵が高すぎない?」
「あのね……セドって、いつまでも私のこと5歳の女の子だと思ってない?」

パパみたいなこと言うのはやめて、とレイチェルは呆れて溜息を吐いた。
別にドレスアップした姿を褒め称えてほしいわけじゃないけれど、だからって「ハイヒールだと転ぶんじゃない?」なんて言うのは、あまりにも過保護すぎる。それに、今話していた女の子達だってレイチェルとそう変わらないハイヒールを履いていたはずだ。

「ジョージと何話してたの?」
「え? 別に……普通よ。セドと踊ってきても構わないかって」

フラーとは踊らないで、なんて言ってしまったことをセドリックに話すのは恥ずかしくて、レイチェルはつい誤魔化した。……ちょっと素っ気ない口調になってしまったかもしれない。
目の前で踊る女の子達のドレスのスカートの軌跡を、レイチェルはぼんやりと眺めた。さっきと違って、またフロアには人が増えている。今の曲が終わるまでは、まだもうしばらく待つことになりそうだ。レイチェルが沈黙をちょっと気まずく思っていると、隣に立ったセドリックがぽつりと呟いた。

「……ジョージがダメだって言ったら、僕とは踊ってくれないの?」

その言葉に、レイチェルははたと気が付いた。言われてみれば、許可を取ると言うことは『ダメだ』と言われてしまう可能性もあったのだ。当たり前のことなのに、その可能性は全然考えていなかった。もしもジョージがそう言っていたとしたら……レイチェルは一体どうしただろう?

「えっと、ジョージはそんなこと言わないと思うけど……だって、その……黙って居なくなって他の人と踊るって言うのは良くないでしょ? 一応、こっ……恋人なんだし」

またしても、顔が熱くなる。やっぱり、ジョージのことを『恋人』と表現するのって慣れない。
でも、慣れなくてもそうなのだ。ジョージはレイチェルの恋人で────このダンスパーティーでパートナーになると約束した。もしもジョージがレイチェルに何も言わず他の女の子と踊っていたら、少なくともレイチェルはあまりいい気分ではないだろう。さっきは、ジョージが近くに居なかったと言うのもあってドラコと踊ってしまったけれど……ジョージは気にしていないと言ってくれたけれど、やっぱりちょっと軽率だったかもしれない。

「ジョージが……セドと踊るのはダメだって言ったら……?」

うーん、とレイチェルは首を捻った。何だろう。ジョージがそんな風に言うところがあまり想像できないけれど……その場合、やっぱりセドリックの誘いは断るべきなのだろうか? だって、セドリックは『幼馴染』だけれど、ジョージは『パートナー』で『恋人』なわけだし。

「……ごめん。別に、そんなに深刻に考えてほしくて言ったわけじゃなくて……」
「あ、うん……」

どうやら難しい顔をしてしまっていたらしく、セドリックが困ったように眉を下げた。
もしかして、ジョージも言っていた通り、わざわざ聞く必要はなかったのだろうか。そもそも、「踊って来ていい?」なんて聞かれたら、たとえ嫌だったとしても「ダメ」とは言い出しにくいかもしれない。そう考えて、レイチェルはハッとした。

「まさか、セド、チョウに何も言わず置いてきたんじゃないわよね!?」
「そんなことするわけないよ! チョウの方から言ってくれたんだ。レイチェルと踊って来たらどうかって」
「チョウが?」

オーケストラの演奏が止んだ。踊っていた生徒達がその場で止まったので、フロアの外側で待っていた生徒達が空いているスペースへと進み出る。レイチェルとセドリックもそれに続いた。向かい合って、右手をセドリックと繋いで、左手をセドリックの肩へ────。

「ごめん。最初に言っておくけど……僕、たぶんダンスはあんまり得意じゃないんだ」
「……私だって人のこと言えるほど上手くないもの。それに、さっきはすごく上手に踊れてたじゃない」
「練習したからね」
「そう? あー……そう言えばセド、リズム感あんまりないものね。1年生の頃、よく寮の樽にビネガーをかけられてたっけ」
「最初の何回かだけだよ……」

困ったような表情になるセドリックに、レイチェルはクスクス笑ってしまった。
何でも完璧にこなしているように見えるセドリックだけれど、そう言えば歌や絵は苦手だった。そんなにものすごく下手と言うわけではないのだけれど、他のことが人並み以上に出来るせいか本人はかなり苦手意識があるらしい。
そうしてオーケストラがまた新しい曲を演奏し始めたが、踊り始めてすぐにレイチェルはある異変に気が付いた。

「……何だか、すごく見られてる気がするわ」
「あー……やっぱり、そうだよね。ごめん」

普通に踊っているつもりなのに、ものすごく視線を感じる。
さっきドラコやジョージと踊ったときはこんな風じゃなかったから、たぶん理由はダンスの相手がセドリックだからなのだろう。さっき少し見ていただけでもわかったけれど、やっぱり代表選手はこのパーティーの主役だ。……もしかしたら、レイチェルはセドリックに振られた、と言う噂のせいもあるのかもしれないけれど。

「まあ、仕方ないわよね。今日のセド、王子様みたいだもの」

でも、きっと代表選手でなかったとしても、そんな噂なんてなかったとしても、セドリックはきっと注目の的だっただろう。チョウと一緒に踊っているのを見たときも思ったけれど、やっぱりセドリックって背が高いし、ものすごくハンサムだ。今日は正装しているから、余計にそれが際立つ。見慣れているレイチェルですらそう感じるのだから、他の女の子達からしたら思わず熱い視線を向けたくなってしまうのも無理はないのかもしれない。そんなことを考えて、レイチェルはまじまじとセドリックの整った顔を見つめる。ドラゴンの炎で負った火傷は綺麗に消えて、もうどこにあったかすらもすっかりわからなくなっていたので、レイチェルはホッとした。

レイチェルだってお姫様みたいだよ」

が────セドリックが笑ってそんなことを言い出したので、レイチェルはステップを間違えた。危うくヒールでセドリックの足を踏みそうになり、慌ててそれを避けようとしたら今度は後ろへとバランスを崩しかける。……が、セドリックに難なく支えてくれたのでどうにか元の姿勢に戻ることができた。

「大丈夫?」
「……ありがとう。お姫様みたい……そうね……まあ、ドレスがね……」

思い切り動揺してしまったのが居た堪れなくなって、レイチェルは視線を泳がせた。
たぶん裾の長いドレスや大ぶりなアクセサリーを指しての発言なのだろうけれど、どうしてセドリックは照れもせずこう言うことを言えてしまうのだろう……? いや、確かにまあ、レイチェルも似たようなことを言ったのだけれど、それはセドリックが王子様然としているのは客観的事実だからで……それにたぶん、相手がレイチェルじゃなければきっとさすがにもうちょっと照れたりするはずだ。やっぱり、セドリックってまだレイチェルのことを5歳の女の子だと思っているんじゃないだろうか?

「ドレスだけじゃないよ。レイチェルだってわかってるんだけど……知らない女の子みたいで、ちょっと緊張する」

長い睫毛の隙間から覗く灰色の瞳が、レイチェルを見ている。額を出しているのが見慣れないせいか、その表情がやけに大人びて見えて、レイチェルはちょっとドキッとした。そんなことを言われたら、レイチェルの方まで意識してしまう。

「さっき、僕、レイチェルのこと探してたんだけど……全然見つけられなかったんだ」
「……私が大広間に居なかったからでしょ?」
「それもあるけど……さっき、僕達が大広間に戻って来たときも」
「まあ……それはそうじゃない?」

チョウやフラーと違って、レイチェルは周囲の視線を集めるようなとびきりの美人と言うわけではないのだ。これだけたくさん人が居るのだし、レイチェルが埋もれて見つけられないのは仕方ない気がする。が、どうやらセドリックはそうは考えていないらしい。

レイチェルと会えてないって話してたら……ロジャーが、グリーンのドレスを着てるって教えてくれたんだ。それでも、僕、やっぱり見つけられなくて……」

その言葉を聞いて、レイチェルはあれ、と思った。そう言えば、レイチェルはセドリックのドレスローブを見せてもらったけれど、レイチェルの方はセドリックにどんなドレスを選んだか話していなかったかもしれない。いや、でも、夏休みにはドレスの写真を見せたような……?あれはおばさんに見せただけでセドリックは居なかったんだっけ……?

「でも、グリーンのドレスの女の子なんて、いっぱい居るし……」
「違うんだよ。レイチェルのことは何度も見てたのに、てっきり知らない女の子だと思って……チョウが先に気づいて教えてくれたんだけど、レイチェルの方から手を振ってくれるまで、やっぱり別人じゃないかって思ってた」
「そ、そんなには……誰だかわからないってほどじゃないでしょ?」

お化粧が濃すぎると指摘されたような気分になって、レイチェルは戸惑った。
確かに、多少は顔立ちや雰囲気が変わっているかもしれないし、ロジャーにもフラーの友人かと間違えられたけれど……でも、それだって近くに来るまでのほんの一瞬だ。それに、ジョージやドラコやハリーだって、すぐにレイチェルだと気づいてくれた。誰だかわからないと言うほど変わっているわけではないはずだ。

「うん。そうだね。よく見たら、ちゃんとレイチェルだったんだけど……すごく綺麗だったから、びっくりした」
「……あ、ありがとう」

あまりにもストレートな賛辞に、今度こそレイチェルはセドリックの顔が真っ直ぐ見れなくて俯いた。
そう言えば、身内の欲目もあって「可愛い」とはよく言ってくれるけれど、セドリックに「綺麗」だなんて言われたのって初めてかもしれない。そう気付いたら嬉しくて、ちょっとくすぐったいような気分になった。

「セドも……今日、すごくかっこいい」

ちゃんと顔を見てそう言ってみたらやっぱり照れくさくて、セドリックと顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。

 

 

 

セドリックと踊るのは、不思議な感覚だった。
踊るのが得意じゃないと言う本人の申告はたぶんその通りで、単純なダンスのリードで言うならドラコの方がずっと上手だ。緊張しているせいなのか、それともレイチェルと踊るのが初めてだからか、セドリックのリードはどちらかと言えばちょっとぎこちない。動作だってたぶん、ジョージの方が滑らかなのに────どうしてかレイチェルには安心できて、踊りやすい。

「さっきセドに聞かれたこと、考えてみたけど……ジョージがもし、セドとは踊らないでほしいって言ってたら、そうしたかもしれないわ」

せっかくのダンスパーティーだから。せっかく、セドリックが誘ってくれたから。だから勿論、レイチェルだってセドリックと踊りたかった。でも、もしもジョージがそれを嫌だと言ったら────たぶん、セドリックとのダンスは断ったんじゃないだろうかと思う。

「でもね、それって、私の意志よりジョージの言うことを優先するってことじゃなくて……ジョージが私とセドが踊るのを嫌がるとしたら、それってジョージが私とセドの間に何かあるんじゃないかって疑ってるってことでしょう? ジョージが嫌だって言ってるのを無視してセドと踊るより、ジョージと話して誤解を解く方が先だって思うから……ジョージならきっと、ちゃんと話したらわかってくれるもの」
「うん」

レイチェルにとってセドリックはたった1人の幼馴染で、家族同然で、特別な男の子だ。大切だけれど、恋じゃない。他の人には理解してもらいにくいこの関係は、きっとジョージにだってよくわからないだろう。でも、わからないなりに受け入れようとしてくれている。レイチェルの気持ちに寄り添ってくれる。それが伝わって来るから、レイチェルもジョージに対して誠実で居たいと思う。ジョージならきっと、レイチェルの言葉を無視したり、否定したりはしないから。さっきのドラコとのことだって、ちゃんとレイチェルの説明を聞いてくれたし、誤解だとわかってくれた。だからもし、セドリックとの仲をジョージが不安に思うようなことがあったら、ジョージと向き合って話すべきだろう。
たくさんの人が行き交う中でも、燃えるような赤い髪はすぐに見つかった。ジョージは今、レイチェルの知らない女の子と踊っていた。ジョージをパートナーにと誘っていた、あのハッフルパフの女の子だ。楽しそうなその様子にホッとするような、ちょっとだけ胸がチクッと痛むような、そんな複雑な感覚になってレイチェルは2人から視線を外した。すると、その近くでチョウがマリエッタとおしゃべりしていることに気が付いた。

ジョージは、セドリックとレイチェルの関係をある程度理解してくれている。けれど、チョウは────セドリックの彼女は、一体どう思っているのだろう?

さっき、セドリックはチョウからレイチェルと踊って来るよう勧めてくれたのだと言っていた。でも、それってチョウの本心なのだろうか? チョウはいい子だ。いい子過ぎて、自分が我慢して他人を優先してしまうようなところがあるほどに。もしかしたら、内心は嫌だと感じていても言い出せないかもしれない。そう言う意味では、セドリックとチョウって似ているのだ。2人とも努力家で、謙虚で、気遣い屋で、クィディッチが好きで。整った容姿もあって人目を引くけれど、実はあまり目立つことは好きじゃなくて。よく似ている2人だからこそ、上手く行く部分もあれば、きっと反発してしまう部分もあるのだろう。2人は今日、どんな風に過ごしていたのだろう? ジョージがそうしてくれたみたいに、セドリックもチョウに何か特別なクリスマスプレゼントを贈ったのだろうか? そう考えて、レイチェルははたと気が付いた。

「そうだわ、セド。クリスマスプレゼントをありがとう」

そう言えば、朝から顔を合わせていなかったせいでまだお礼を言っていなかった。もったいなくてまだ箱の中にしまったままだけれど、あのブローチはレイチェルがかなり悩んで諦めたものだったので嬉しい。レイチェルが微笑むと、セドリックの方もパッと表情を明るくした。

「僕の方こそ……びっくりしたよ! まさか、クラムのサインが入ってるなんて……もったいなくて使えないよ」
「セドならそう言いそうだなって思ったけど……せっかくプレゼントしたんだから、できたら使って欲しいわ」
「うん。そうだよね……次の公式戦で使うよ。大事にする」
「ふふ、楽しみにしてる」

レイチェルがセドリックに贈ったのは、クィディッチのゴーグルだった。ベルトのところに、クラムのサイン入りの。別に、普段の練習から使ってくれていいのに……。まあ、でも、特別な物は特別なときに使いたいと言うのはレイチェルにもわかる気がするけれど。

「この間、彼と一緒にクィディッチのミニゲームをやったんだ。本当にすごいよ。あれで僕達とたった1つしか違わないなんて……」
「まあ。私もファンだけど……一応、課題ではライバルなんじゃないの? 代表選手さん」

目をキラキラさせてクラムを称賛するセドリックに、レイチェルは苦笑した。セドリックはばつが悪そうに視線を泳がせたけれど、急に何かを思い出したかのように真剣な表情になった。

「……その課題に関して、レイチェルに相談があるんだ」
「相談?」

セドリックが頷く。課題に関して相談……何だろう? 次の課題は自分だけの力で挑戦したい、なんて言っていたはずだけれど、やっぱり気が変わったのだろうか? レイチェルが言葉を待つと、セドリックはレイチェルの耳元に顔を寄せ、声を潜めた。

「実は……第2の課題のヒントが解けたんだ」
「えっ……あの卵?」
「うん。レイチェルのおかげでね」
「私……?」

レイチェルははてと首を傾げた。レイチェルのおかげ、なんて言われても、何か役に立つようなことをした記憶が全くないのだ。が、セドリックは悪戯っぽく笑ってみせた。

レイチェルがこの間分けてくれた……ムーディ教授からもらったって言うお茶。あれがヒントになって、わかったんだ。あの卵、普通に開けると咽び泣くだけだけど、水の中だと歌うんだよ」
「水の中……マーミッシュ語ってこと?」
「たぶんね」
「それって……私じゃなくて、ムーディ教授のおかげじゃない?」
「そうかもしれない。でも、レイチェルが『お湯の中じゃないとちゃんと開かないんだって』って手紙で教えてくれただろう。あの言葉で閃いたんだ」

お茶をくれたのはムーディ教授だし、お茶の飲み方を教えてくれたのはチョウだ。レイチェルはセドリックに渡して、後から飲み方を伝えただけ。そう言えば、レイチェルもあのお茶を飲んだときに何か閃きそうな気がしていたのだけれど……もしかしたら、あの卵のことだったのかもしれない。

「それで……相談って言うのは……ハリーに、そのことを教えるべきか迷ってるんだ」
「ハリーに?」
「うん。ほら、僕……第1の課題のときに、彼にドラゴンのことを教えてもらったから。そのお返しに今度は、僕が彼にヒントを伝えられたらって思って……でも、選手は自分1人の力でヒントを探すことになってるから彼にもルールを破らせることになるし……僕らは一応ライバルだから、僕がそうだったみたいに、僕から伝えることでかえって不信感を持つかもしれない。伝えるにしても、誰か別の人に伝言を頼む方がいいのかな」

セドリックの言葉に、レイチェルはなるほどと頷いた。確かにあのとき、セドリックは事前に課題の内容を知ってしまうのはルール違反なんじゃないかと気に病んでいたし……そして、ハリーから伝えられた情報が真実なのかとも半信半疑だった。ハリーにも同じ思いをさせるんじゃないかと心配しているのだろう。

「うーん……ハリーなら、ルール違反だってことは、そんなに気にしないんじゃないかと思うけど……」

これは完全にレイチェルのイメージだけれど。セドリックと違って、ハリーはたぶん、目的のためなら手段とか規則とかはそれほど気にしないタイプな気がする。だからこそ、以前のレイチェルにとっては彼がひどく理不尽な存在に見えて、彼のことが嫌いだったのだから。

「それに、セドと少しでも話したことがあるなら……セドが他の選手を出し抜いたり、陥れようとしたりするような人間じゃないって、ハリーだってきっとわかってると思うもの」

確かに、セドリックはハリーにとってはライバルで────セドリックは知らないだろうけれど、課題だけじゃなく恋のライバルでもある────信用できないと思われるんじゃないか、と言うセドリックの心配はもっともなのだろう。でも。

「だから……セドがそうしたいのなら、そうするべきだと思うわ。今度こそ、彼とフェアに戦いたいんでしょ?」

でも、ハリーとセドリックに関して言えば、きっと大丈夫だ。立場の上ではライバル同士だけれど、セドリックの誠実さは、きっとハリーにも伝わっているだろう。それに、ハリーも。ちょっと皮肉屋な部分もあるみたいだけれど、やっぱり初めて会ったときに感じた通り、彼はとても優しい男の子だと思うから。
レイチェルがそう言うと、セドリックはホッとしたような表情になった。

「そうだよね。……ありがとう。今気がついたけど、たぶん僕、きっと、誰かにそう言ってほしかったんだ」
「……セドはお利口さんだものね」

たぶん、ハリーにルールを破らせてしまうこととか、彼にヒントを伝えたいと言うのが自分のエゴじゃないかとか。たぶん今レイチェルに打ち明けてくれたことの何倍も、セドリックは葛藤していたのだろう。レイチェルが背中を押すことができたのなら、何よりだ。

「セドはもう少し、わがままになってもいいと思うの。セドの思うわがままって、たぶん他の人から見たら全然わがままじゃないんだもの」
「そうかな……」
「そうよ。絶対そう。『自分がせっかく見つけたヒントをライバルにも教えてあげたい』なんて、ほとんどの人は考えないんだから」
「それを言ったら、ハリーもだよ。彼だって、僕にはドラゴンのことを秘密にしておくことだってできたんだし……」
「そうね」

真面目な顔でそう言うセドリックに、レイチェルはまたクスクス笑ってしまった。
オーケストラが奏でる優雅なワルツの音色は、そろそろ終盤へと近づいているようだ。何だかあっと言う間だったな、とレイチェルはちょっと寂しい気持ちになった。

「あのね……セドと踊れて嬉しかった。誘ってくれてありがとう」
「僕の方こそ」

改めてそんな風にかしこまってみるとやっぱりおかしくなって、またしても2人で顔を見合わせて笑い出してしまった。

いつもと違う

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