この間のデートのときもそうだったけれど、ジョージが早足で歩くとレイチェルはどうしても遅れてしまう。あのときはどうにかレイチェルも急いで追いついていたけれど、今は慣れないハイヒールのせいでそれも難しかった。必死に足を動かすレイチェルの努力もむなしく、みるみる距離が開いてしまう。そもそも、レイチェルのドレスはスカートが長いから急いで動くのには向いていないのだ。

「ジョージ、お願い、もう少しゆっくり歩いて……」
「……あ、ごめん」

とうとう音を上げてそう懇願したレイチェルに、ジョージが立ち止まって振り返った。どうしてか、さっきからジョージはやけに急いで大広間に戻りたがっているように思えた。もしかしたら、お腹が空いてしまったのかもしれない。さっきもバタービールが飲みたい、なんて言っていたし。だとしたら────。

「あの……腕、掴まってもいい?」
「…………どうぞ」

ジョージの返答には一瞬間があったように思えたけれど、レイチェルの希望通り腕を貸してくれた。両親が揃ってパーティーに参加するときはそうしていたのを思い出したから、こうした方が早く歩けるかもしれないと提案してみたのだけれど……なるほど、確かにこれだと安定してフラフラしにくい。

「……ごめんね、歩きにくい?」
「……いや、まあ、別に」

レイチェルは支えてもらって歩きやすくなったけれど、ジョージの方に多少なりとも体重がかかってしまっていると言うことだから、ジョージからすると歩きにくいかもしれない。あと、やっぱり体が密着するからちょっと緊張する。ダンスやキスに比べれば腕を組むなんて何てことないはずなのに、沈黙のせいか妙に意識してしまう。
レイチェルは隣に立つジョージの横顔をそっと見上げた。相変わらず視線が合わない。でも、機嫌が悪いわけではなさそうだ。ジョージがこっちを見ないので、レイチェルはその横顔をぼんやりと見つめていた。思っていたより鼻が高くて、スッと鼻筋が通っている。それに、睫毛が長い。日差しの下だと太陽の光を集めたように見える赤毛は、今はずっと深い色合いに見える。

「……ジニーのドレス、ありがとな」

ポツリとジョージが呟いた声に、レイチェルはハッとした。話しかけられるまですっかりジョージに見惚れていたことを自覚してしまって、何だか恥ずかしい。何はともあれ、ジョージのその声が穏やかだったのでレイチェルは安心した。

「ジニーと会えた? 素敵だったでしょ?」
「ああ。さっき見かけたけど、楽しそうにしてた。女の子にとってはやっぱり、ドレスって大事だろ」
「前も言ったけど、私は大したことしてないもの……ドレスを貸してくれたのはエリザベスだし……」
「でも、君が頼んでくれたからだろ。ジニーは元々彼女とは知り合いじゃないし……」

ジニーがパーティーを楽しんでいた、と言う情報にレイチェルはホッとした。ジニー自身も楽しむつもりだとは言っていたけれど、やっぱり想い人が皆に見守られる中で他の女の子と踊ると言うのはショックを受けるんじゃないかと、ちょっと心配だったから。兄であるジョージの目にそう見えたのなら、きっと確かだろう。

「……そのジニーがさ、君のこと、おふくろへの手紙に書いたらしくて」
「私のこと?」
「ああ。元々、ジニーはよく君の話をしてたんだけど……『レイチェルが友達に頼んでくれてドレスを貸してもらえることになった』とか、『コーディネートも一緒に考えてくれた』とか…………『君が俺のパートナーになった』とか」

それを聞いて、レイチェルは何だか落ち着かない気分になった。
いや、レイチェルが気づかなかっただけで、考えてみれば当たり前なのかもしれないけれど……ジョージとパートナーになったことが同級生達に知られていることすら恥ずかしいのに、ジョージの家族に知られていると聞くと動揺してしまう。いや、まあ、付き合っていることを家族には知られたくない、なんて言われるよりはずっといいのかもしれないけれど。おばさんにも以前、『恋人を作るのは構わないけれど、ママやおばさんに言えないような男の子とは付き合うな』なんて言われたっけ……。

「で、まあ……おふくろが、君に是非お礼をしなくちゃって張り切ってて」
「えっ?」

予想外のジョージの言葉に、レイチェルは戸惑った。
お礼。お礼って、ジニーのドレスに関してだろうか? それなら、お礼をされるべきはレイチェルよりもエリザベスの方だろうし、レイチェルについてならジョージとのデートがその『お礼』だったはずだ。

「君、夏休みにリンゴ持ってうちに来ただろ。あのときも、まあ……『賢そうで礼儀正しいお嬢さん』だって君のことは褒めてたんだけど……リンゴのお返しもまだだし、ジニーがそんなにお世話になったのなら、次の夏休みにぜひ我が家のディナーに招待したいって」

言われてみれば、そんなこともあったっけ。何だか、つい半年ほど前のことなのに随分と遠い出来事のように思える。レイチェルは記憶を辿り、夏休みに会ったウィーズリー夫人の顔を引っ張り出した。そう言えば、あのときも食事に招待してもらったような気がする。一応ご近所なのに今まであまり関わりはなかったけれど、優しそうな女性だった。

「1人で招待されるのが心細かったら、他にも誰か一緒に……アンジェリーナとか、ハーマイオニーとか……まあ、君が嫌だったらこっちで適当に誤魔化すから、考えておいてくれれば」
「……わ、わかったわ。あの……エリザベスにも聞いてみる」

その招待って、「ジニーの友達の上級生」としてなのだろうか? それとも……「ジョージの彼女」として? だとしたら……ジョージはレイチェルのことを自分の恋人としてウィーズリー夫人の紹介するつもりなのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かんだものの、レイチェルは自意識過剰な気がして恥ずかしくなった。他の女の子達と一緒に、と言うことはきっと友達としてだろう。ジョージに全然そんなつもりがなかったとしたら、変に深く考えるとかえって困らせるかもしれない。でも、どちらにしても、半年も先の夏休みの約束があると言うのは、何だかくすぐったいような気分になる。

「そこ、ちょっと段差になってる。気をつけろよ」

おしゃべりをしているうちに、いつの間にか庭園の端までやって来ていた。後ろを振り返ってみると、青い薔薇の生垣が波のように連なって、妖精の光で淡く銀色に輝いていた。やっぱりとても綺麗だ。まるで夢のように幻想的なその光景に、レイチェルはほうと溜息を吐いた。

「この庭園って、パーティーが終わったら取り壊されちゃうのかしら」
「そんなに気に入ったのかい?」
「……だって、すごく綺麗だもの」

こんなに素敵なのに、たった1晩だけでなくなってしまうと言うのは寂しい気がする。自分でも子供っぽいとわかるから口には出せないけれど、あの豪華な馬車も、この薔薇の庭園も、まるでおとぎ話の中に入りこんでしまったみたいにロマンチックだった。まるでお姫様になったみたいで……なんて言ったら、ジョージにはからかわれそうだけれど。
やっぱり、もう少し見ていたかったなとレイチェルは名残惜しく感じた。でも、と気を取り直す。

「だから……貴方がくれたこれ、本当に嬉しい。ありがとう」
「どういたしまして」

手に握りしめたままだった箱の中身を思い浮かべて、レイチェルは微笑んだ。ジョージが贈ってくれたプレゼント。あの魔法があれば、この光景をいつでも見ることができる。
なくさないようにしまっておこうとポケットを探して────レイチェルはそこで、今まで気が付かなかった重大な事実に気が付いた。

この服、ポケットがない。

 

 

 

そう言えばダンスを踊るには邪魔だからと、パーティーの前にバッグを預かってもらったんだった。
あのときは何と言うか、期待と興奮で舞い上がっていたせいでちょっと記憶がぼんやりしているけれど、確か大広間の入り口のところで屋敷しもべ妖精達がバッグを回収していた気がする。そして、預けたまま手ぶらで大広間から出てきてしまった。

「俺のジャケットにはポケットあるから、入れておこうか?」
「ううん。大丈夫……ジョージは先に大広間に戻ってて」

ジョージはそう提案してくれたけれど、レイチェルは1度自分のバッグを取りに行くことにした。プレゼントをしまっておきたいと言うのもあるけれど、明々とした城の灯りが近づいて来るのを見たら急に気がかりなことを思い出してしまったせいだった。

「やっぱり……」

“気がかり”に関してはは、やっぱり予想していた通りだった。
ちぐはぐな靴下を身に付けたやけに元気な屋敷しもべ妖精────確かドビーと言っていた────から自分のバッグを受け取ったレイチェルは、ある場所へと急いだ。パウダールームだ。そして、鏡の前に立つと自分の顔を改めて確認してはあと小さく溜息を吐いた。口紅がほとんど取れてしまっている。それに、気をつけて塗ったはずなのにちょっとはみ出してしまってもいた。

『こまめに鏡を見た方がいいわよ!特に、食事した後と、キスした後は必ずね!』

お化粧が終わったときのパメラのアドバイスを思い出して、レイチェルは顔を覆って俯いた。明るい灯りの中に戻って来ると、レイチェルはさっきまでの自分の行動が途端に恥ずかしくなってきた。何と言うか、少し……かなり、雰囲気に酔っていた。普段のレイチェルなら到底言えないだろうことや、しないだろう行動を取ってしまった気がする。だって、何だかすごくロマンチックで、2人きりで……気分がフワフワしてしまった。
ダンスパーティーだし、たぶんキスもするだろうと思ってはいたけれど……今日だけで、一体何回キスしたのだろう?
パメラに言われた通り、濃い色の口紅にしなくてよかった……。あの庭園は暗かったからジョージにはたぶん気づかれなかったと思うけれど、大広間に戻る前に確認しておいて正解だ。どこかおかしなところはないだろうかと、レイチェルは目の前の自分の顔をじっと見つめた。えっと、口紅以外は何も気を付けるよう言われたんだっけ。ファンデーション……は今のところは問題ない。アイライン……も、滲んでいない。マスカラも……ちょっとカールが下がって来ている気がするけれど、大丈夫そうだ。

「…………本当にキラキラしてる」

鏡の中の自分の瞼が光の加減で艶やかに輝くのを見て、レイチェルはさっきのハリーの言葉を思い出してクスクス笑ってしまった。まさか、ハリーがあんな風に褒めてくれるなんて思わなかったから、驚いたけれど────そもそもハリーとパーティーで話すとは思わなかったし────嬉しかった。たぶん、ハリーにとっては率直な言葉だったとわかるからこそ、不思議と印象に残ってしまう。何だか、この先お化粧をするたびに思い出しそうだ。

鏡の中の自分が何だかいつもよりすごく可愛く見える気がするのは、やっぱり色々な人に褒めてもらったおかげなのだろうか。

お化粧が終わったときは、これで本当に変じゃないだろうかとちょっと不安だったのに、我ながら単純だ。でも、やっぱり……褒められるのは嬉しいし、ちょっとだけ自信が持てるような気がする。
さて、とレイチェルはバッグの中から手鏡と口紅を探した。早くお化粧を直して、ジョージのところに戻らないと。
そうして慎重に口紅を塗り直し終えたところで、レイチェルはいつの間にか隣に誰かが立っていたことに気が付いた。淡いブルーのドレスを着た可愛い子だ。レイチェルと同じように、その女の子も口紅を塗り直している。もしかしたらこの子もキスをした後なのかな、なんてぼんやり考えていたレイチェルは、よく見ればそれが見知った相手だと気づいて瞬いた。

「……ハーマイオニー?」
「え?」

振り返ったその顔は、やっぱりハーマイオニーだ。
レイチェルは目の前の美少女をまじまじと見つめた。さっきも遠目に見て今日のハーマイオニーがどんな様子かは知っていたはずなのに、てっきり知らない女の子だと思ってしまった。薄く化粧をした顔はお人形のように整っていたし、爽やかなブルーのドレスの立ち姿もとても優雅だ。レイチェルは思わず感嘆の息を吐いた。

「やっぱり、今日すっごく綺麗……」
「ありがとう。実は、プロのメイクさんがやってくれたの。私は代表選手のパートナーだからって」
「そうだわ、ダンス……おつかれさま。すごく素敵だったわ」
「ありがとう。ちょっと緊張したけど……ヴィクトールのリードが上手みたい」

はにかんだように微笑むその表情はいつものハーマイオニーだ。でも、やっぱりいつも以上に可愛らしい。薔薇色に染まった頬を見れば、彼女がパーティーを楽しんでいることが伝わってきて、レイチェルまで何だか嬉しくなった。

「そう言えばレイチェル、ハリーとロンを見なかった?」
「ハリーとロン?」
「ええ。パーバティやパドマに聞いてみたんだけど、2人は知らないって言うのよ」

大広間に戻る道すがら、ハーマイオニーにそんな風に尋ねられてレイチェルははてと首を傾げた。クラムと行動していただろうハーマイオニーはともかく、パートナーである彼女達が居場所を把握していないと言うのは、何だか奇妙な気がする。何かトラブルでもあったのだろうか?

「んー……大広間を出て行くところを見かけたけど……そのときは2人一緒だったわ」
「それっていつ?」
「うーん……30分くらい前……? もしかしたら、もっと前かも」

レイチェルがハリー達を見かけたのは、ジョージと大広間を出るより更に前だ。その後、馬車に乗って、庭園を眺めて……時計を見ていないからわからないけれど、どれくらいの時間が経ったのだろう? そう言えばちょっとお腹が空いてきたな、とレイチェルは気が付いた。大広間に戻ったら、何か食べよう。でも、食事したらまた口紅が取れてしまうのだろうか。

「ハーマイオニーは、ずっと大広間に居たの?」
「ええ。ずっと踊ってたから……どうして?」
「外に庭園が作られてて、すごく素敵なの。よかったら、後でヴィクトールと行ってみて」

あまり詳しく言ってしまうと楽しみが減ってしまいそうだけれど、薔薇も妖精もとても幻想的だったし、何より“魔法で造られた庭園”となればハーマイオニーもきっと気に入るはずだ。レイチェルがそう勧めると、どうやらハーマイオニーも興味を持ってくれたようだ。

「馬車も用意されてたの。すごく綺麗なのよ。あっ、ほら、あれ……」

ちょうど玄関ホールに差しかかるところだったので、遠くに馬車が停まっているのが見えた。レイチェルがその1台を指差したその瞬間────バーン!と大きな音を立てて馬車の扉が勢いよく開いて悲鳴が上がった。レイチェルはてっきり馬車が急に爆発したのかと思って驚いた。中に居たらしいカップルが慌てて飛び出して来る。

「ハッフルパフ、10点減点だ、フォーセット!それにステビンズ!レイブンクロー、10点減点!」

遠くからそんな声が響いた。スネイプ教授の声だ。そして、減点されてる男子の方はレイチェルの同級生だ。どうやら、馬車が急に爆発したわけではなく、スネイプ教授が呪文を使って扉を開けたらしい。そして、中に居た生徒達は何か減点されるようなことをしていたようだ。何か────スネイプ教授から逃げるようにカップルはこちらへ走って来る。その、女の子の方のドレスの背中のファスナーが奇妙に大きく開いていることに気が付いて、レイチェルは赤くなった。

レイチェルはお子様だからなー』

ロジャーにそう言われたときには、馬鹿にされている気がして反発したくなったけれど、たぶんそれは事実なのだろう。頭ではわかっていたけれど、キスだけでいっぱいいっぱいになっているレイチェルとは違って、同級生の中にはもっと進んでいるカップルもたくさん居る。そして、クリスマスの夜の、しかもダンスパーティーと言うこの特別な空間は、きっと恋人達をより情熱的で開放的な気分にさせてしまうものなのだろう。

「……教授達も大変ね」

レイチェルと同じく頬を染めたハーマイオニーが、気の毒そうに言った。

 

 

「じゃあね、ハーマイオニー。楽しんで」
「ええ。レイチェルも」

ハーマイオニーとは、大広間の入り口のところで別れることになった。パートナーであるクラムが彼女を待っていたからだ。扉の向こうからはさっきと同じに妖女シスターズの演奏が響いていたが、中の様子は大きく変わっていた。さっき大広間を出たときはまだほとんどの生徒達がダンスに参加してたが、今ではフロアは閑散としていた。踊っているのは、中に居る生徒達の半分程度だろう。さっきレイチェル達がそうしたように、どこか別の場所に移動した生徒達も多いのかもしれない。ダンスは一休みして、おしゃべりを楽しんでいる生徒達も多いようだ。
ジョージはどこだろう……? レイチェルがきょろきょろと辺りを見回していると、見知った顔を見つけた。

「クロディーヌ?」
「あら、レイチェルじゃない」

シャンパングラスを片手に壁に寄り掛かっていたのは、クロディーヌだった。どうやら、ボーバトンのドレスローブを着た綺麗な男の子と、フランス語で何か喋っているところだったようだ。豪華な花模様のレースが優美な、ブルーグレーのドレスがよく似合っている。

「えっと……彼があなたのパートナー?」
「まさか。従兄よ。私のパートナーはもっとハンサムだもの」

なるほどと、レイチェルは納得した。確かに、クロディーヌによく似ている。髪の色とか、それに目の色も。あと雰囲気も。綺麗だけれど、ちょっと近寄りがたい感じだ。無視するのも何だか気が引けたので、レイチェルは「こんにちは」とフランス語で話しかけてみた。けれど、何だか怪訝そうな表情をされてしまっただけだった。……発音がまずかったのかもしれない。フランス語って難しい。

「彼、ダームストラングの女の子がパートナーなのよ」
「そうなの? 素敵ね!」

ダームストラングとボーバトン……確かに、考えてもみなかったけれど、ホグワーツ生の中でも他校生と組んだ子達も居るのだから────レイチェルだってボーバトンの男の子から誘ってもらったし────留学生同士パートナーを組むと言うこともあるのだろう。国際交流って素敵だ。でも、その場合、一体何語で意志疎通をするのだろう……?

レイチェル、居た居た。こっちよ!」
「アンジェリーナ?」

レイチェルがはてと首を傾げていると、そんな声がした。白い歯を見せて笑うアンジェリーナに手を引かれて、レイチェルは壁際のテーブルの1つへと連れて行かれた。隣のテーブルには、フレッドとジョージの姿もあった。それに、アリシアやジニーに、ジニーのパートナーらしき男の子……えっと、ネビルだ。それに、ネビルの友人らしき黄土色の髪の男の子とレイチェルの知らない可愛い女の子。確か、ハーマイオニーのルームメイトだ。リーとケイティも居る。どうやら、ダンスは一休みして、仲の良い友人同士で集まっておしゃべりをしているようだ。
……グリフィンドール生ばかりだ。ほんのちょっと緊張してしまったものの、ジニーの側にルーナの姿を見つけたのでレイチェルはホッとした。レイチェルはきょろきょろとテーブルに着いた面々を見回した。こんなにもグリフィンドール生が集まっているのに、ハーマイオニーはともかく、フレッドとジョージの弟であるロンの姿も、それにハリーの姿もない。やっぱり、何かあったのだろうか……?

「お腹空かない? これで頼めば、軽食出してもらえるみたいなの」

アンジェリーナに勧められるままに席に着くと、アリシアがメニュー表らしき冊子を掲げてみせた。すごいよねと目をキラキラさせるアリシアに圧倒されて、レイチェルも頷いた。注文すると好きな料理が出てくるだなんて、これまでのパーティーにはない豪華な仕組みだ。屋敷しもべ妖精達の仕事が増えていそうだな、なんてつい考えてしまうのはやっぱりハーマイオニーの影響かもしれない。

「この飲み物何かしら? グレナデンシロップ……って、どんな味……?」
「名前からだと想像つかないね。とりあえずなんかおいしそうなのいくつか頼もうよ」
「ケーキ食べたい! クリームがたっぷり乗ったやつ! 今日はいっぱい食べる!」
「アリシア、今日まで甘いもの我慢してたもんねー」
「でも、ドレスって結構ぴったりしてるから、あんまり食べすぎるとお腹出ちゃうかも……」
「何かしょっぱいものも欲しいよね。チップスでいい?」

とは言え、夕方から何も食べていないせいでレイチェル達はすっかりお腹を空かせていた。どうやら男の子達は男の子達の方で、料理を頼むことにしたらしい。ジニーやルーナ達他の女の子達も交えて、あれでもないこれでもないと言い合いながら料理を選ぶのは楽しかった。色々な種類のサンドイッチに、フィッシュアンドチップス。それに色とりどりのケーキ。大人数なこともあって、テーブルの上にはたくさんの料理が並んだ。

「こんな時間にこんなに食べるの、すごい背徳感……」
「いっぱい踊ったし、この後もまた踊るし、大丈夫だよ。今日はクリスマスだし」
「アンジェリーナはスラッとしてるから大丈夫だろうけど……!」

時計を見てみると、もう10時近くなっていた。いつの間にか、パーティーが始まってから2時間が経とうとしている。たっぷりのクリームで飾られたチョコレートケーキを口へと運んで、レイチェルはうぅと呻いた。こんな夜遅くに食べるなんて後が怖いけれど、ここのところ甘いものを控えていたせいもあって格別のおいしさだ。

「ルーナのドレス、可愛い! よく見たら、ユニコーンの刺繍が入ってるの?」
「やっぱり白いドレスっていいなあ。最後まで迷ったんだよね」
「ありがとう。これ、とっても気に入ってるンだ」
「あ、ねえ、見て!あの子のドレス、すっごい綺麗!」
「あっちの子の髪型も素敵だよね」

ダンスや、ジョージと2人で過ごす時間も楽しかったけれど、友人達と一緒におしゃべりするのもやっぱり楽しい。特に、おいしいケーキを味わいながら、パーティーの様子を眺めるのはとても贅沢な気分だった。さっきは自分が踊るのに一生懸命だったせいであまり周囲を見る余裕がなかったけれど、思い思いにドレスアップした女の子達のコーディネートは、見ているだけでも楽しい。特別な夜のためだからこそとびきりお洒落しているのだとわかっているけれど、このパーティーがたったの1晩で終わってしまうなんてもったいないと思ってしまうくらいに。

「まさか、ハーマイオニーのパートナーがあのクラムだなんてね」
「びっくりしたよね。って言うか、ハーマイオニーにもびっくりした。あんなに可愛くなるなんて」
「さっきジョージから聞いたけど、レイチェルは知ってたんでしょ?」
「ええ、まあ……」

踊っている人達の中にハーマイオニーとクラムの姿があったので、自然と話題は彼らについてになってしまう。今日1番話題を攫ったカップルと言えば、間違いなくあの2人だろう。軽快な音楽に乗って楽しそうに踊る2人は、やっぱりお似合いのカップルに見えた。クラムと踊りたがっている女の子達はたぶんたくさん居るのだろうけれど、クラムにはハーマイオニーしか目に入っていないように見えた。パートナーと言えば────。

「そう言えば、アリシアのパートナーは?」
「あー……あっちは今、スリザリンの方でしゃべってるよ。マイルズのことは嫌いじゃないけど、マイルズの友達はさすがに無理。一応、後でまた踊ろうって話にはなってるけど」

そんなものだろうか、とレイチェルは首を捻った。確かに、気の良いグリフィンドール生に囲まれているレイチェルですら、最初はほんの少しだけ緊張してしまったくらいだ。スリザリン生の集団の中に1人だけグリフィンドール生のアリシアが混ざると言うのは、かなり気まずいものなのかもしれない。
大広間の中を眺めていると、友人や知り合いの姿を見つけることができた。パメラもエリザベスも、それぞれにパートナーの男の子と楽しく過ごしているようだ。ドラコとパンジーはスリザリン生達で固まって、ダームストラングの男の子達とおしゃべりしている様子だった。パーバティとパドマは、フロアの端で他校生の男の子達に囲まれている。でも、やっぱりハリーの姿は見当たらなかった。それに、セドリックとチョウも。

「そうだ、写真撮ろうよ、写真!」
「ねぇ、コリン!撮ってくれる?」
「いいよ、任せて!」

アンジェリーナ達がそんな風に声をかけた大きなカメラを持った男の子は、どうやらまだ3年生だけれどカメラマンとして特別にパーティーに参加しているらしい。コリンと言うその名前を聞いて、レイチェルはあっと声を上げそうになった。ジニーと同じ学年のグリフィンドール生で、コリン────コリン・クリービー。あの、継承者事件のときの被害者の子だ。明るく笑うコリンの笑顔を見ていると、何だかあの事件のことがものすごく遠い、非現実的な出来事に思えてしまうけれど。

「今年って、すっごく慌しいけど……もしかしたら、ここ数年だと1番平和な1年なのかも」
「どうしたのよ、レイチェル。急に改まって」

どうやら他の女の子達にも写真を頼まれたらしく、急いだ様子で走って行くコリンの後ろ姿を見送って、レイチェルはそんな風に呟いた。
だって、何だか唐突にそう思ったのだ。対抗試合の課題はものすごく危険だし心配だけれど、事前に17歳の魔法使いの知識や呪文でクリアできるかたくさんの人によって検討されているはずだ。予期せず年齢制限を満たしたハリーの存在はイレギュラーではあるけれど、それだって何かあったときのために大人の魔法使い達が待機もしている。それでもやっぱり、すごく危険だとは思うし、不安だけれど……競技として行われる分、脱獄した凶悪な殺人犯や、野放しのバジリスクよりはきっとずっとマシだろう。それに、今のホグワーツには例のあの人の腹心がこっそり紛れこんでいると言うこともないだろうし。

「まあでも確かに、ホグワーツの1年って今までも色々あったけど、今年は特別な感じするよね。こんな大掛かりなイベントって、卒業するまでもうないだろうし」
「でも、こんなの今年だけじゃないと困るわ。来年で私達は卒業なんだから! 最後の年なのに、クィディッチリーグが中止になんてなったら冗談じゃないわよ!」

快活に笑うアンジェリーナに、対抗試合なんて4年に1度で十分だとアリシアが唇を尖らせた。確かに、対抗試合は全校生徒が注目しているイベントだけれど、そのせいでクィディッチリーグは中止になっているのだ。想像したのか顔を顰めてみせるアリシアに、レイチェルは思わずクスクス笑ってしまった。

「……セドもロジャーも最後のチャンスだって頑張るから、グリフィンドールが優勝とは限らないかも」
「あ、言ったわねレイチェル!」
「待って、アリシア、やめてやめて。くすぐったい」
「ちょっともうやめなよ2人とも。せっかく綺麗にしてるのに台無し」

怒ったフリをしてみせてレイチェルをくすぐるアリシアも、呆れた表情をしてみせるアンジェリーナも。そして、レイチェルも。どうしてか長続きしなくて、自然とクスクス笑い出してしまう。アンジェリーナの言う通り、せっかく綺麗なドレスを着ておめかししたのにこれじゃ優雅さとは程遠い。今日くらいはドレスにふさわしく淑女らしく過ごそうと思っていたのに、これではいつもと同じどころか、いつもよりはしゃいでしまっているかもしれない。それでもやっぱり、クスクス笑いがこみ上げて来て止まらなくなってしまう。

だって今この瞬間が、本当に楽しいから。

しらふの夢

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