荷物を片付けて、皆で記念に写真を撮って。そして、仕上げにもう1度念入りに最終チェックもして。ようやく準備を終えた女子達は、さっきまでの騒々しさが嘘のように澄ました顔で控室を後にした。レイチェル達もそれに続いた。薄暗い廊下に、楽しげなクスクス笑いがこだましている。こんな風に夜に皆で廊下を歩いているのって不思議だ。首元や耳を飾るアクセサリーやドレスについたビーズが、蝋燭の灯りに照らされてキラキラと光っている。
「じゃあまたね」
「うん、また後でね」
ダームストラング生と約束をしているパメラ、それにスリザリン生がパートナーのアリシアは別に待ち合わせ場所を決めているらしい。曲がり角のところで2人と別れ、レイチェル達はそのまま1階へと階段を下りた。1段、また1段と足を踏み出す度、ハイヒールが硬い音を鳴らす。長いスカートがくるぶしのあたりで揺れるのも何だか慣れない。大広間に近づいていくにつれ、ざわめきはどんどん大きくなっていく。
玄関ホールはかつてない程に混雑していた。
いつもと違って、色とりどりのパーティーローブのせいでそう見えると言うのもあるかもしれない。ひらひらとドレスの裾が翻って、まるで熱帯魚の水槽の中のようだ。壁際でパートナーが来るのを待っている男子も居れば、数人で話しこんでいる女子のグループも居る。誰もがこれから特別な夜が始まると言う期待と興奮に満ちた表情をしていた。
「あっ、ネビル!私、ここよ!」
「エリザベス、あそこに居るのって、貴方のパートナーじゃない?」
ジニーとエリザベスがそれぞれのパートナーを見つけて離脱した。レイチェルもきょろきょろと辺りを見回す。ジョージはもう来ているだろうか? ドレスローブの色を聞いておけばよかったかもしれない。そうしているうちに、知り合いの姿を何人か見つけた。あそこに居るブロンドの女の子はマリエッタだ。淡いピンク色のドレスが可愛い。あっちに居るのはペネロピーだ。光沢のある深緑色のドレスが黒髪によく似合っている……。
「フレッドとジョージはたぶん一緒だと思うんだけど…… あっ、居た居た!」
アンジェリーナの言葉に視線を向けると、壁際にフレッドジョージの姿があった。2人ともよく似たドレスローブだけれど、フレッドは濃紺、ジョージはダークグレーのローブを着ている。蝶ネクタイも同じ色だ。すっきりとしたシンプルなデザインだけれど、ジャケットの下に着た同系色のベストはさりげなくチェック模様になっているのがお洒落な印象だ。「今日は2人を取り違えなくて済みそうよね」なんてアンジェリーナが囁いてみせたので、レイチェルもクスクス笑ってしまった。
「待たせてごめんなさい」
ようやく見つけたパートナーの元へと急いで、レイチェルはそんな風に微笑みかけた。ジョージは「ああ」と返事をしてくれたけれど、レイチェルは何となくジョージの顔が見れなかった。直接会うのはホグズミードデート以来だから、どうしても照れてしまう。
「何? ジョージ。やけに静かじゃない。レイチェルに見惚れちゃった?」
「ちょっと、アンジェリーナ……!」
冷やかすようなアンジェリーナの口調に、レイチェルは戸惑った。
確かに、ジョージなら会った瞬間もっと何と言うか……いつも通りの軽い調子でからかいまじりに褒めてくれるのかな、なんて思っていた。アンジェリーナの言う通り、照れているのだろうか? もしもそうなら、嬉しい……。
「いや、まあ……化粧してドレスを着たレイチェルだよなあ、と思って」
が、ジョージがボソッと言った言葉によって、レイチェルのそんな淡い期待は裏切られた。まあ、ジョージの感想は正しい。今ジョージの前に居るのは化粧をしてドレスを着ているレイチェル以外の何者でもない。見違えるような大変身をしたわけじゃないのは、自分でもわかっているし。……パートナーからかけられる言葉としては、ちょっと寂しい気はするけれど。
「何よ、それだけ?信じられない!」
「おいおい。せっかくめかしこんだパートナーに対してそりゃ失礼ってもんだぜ、相棒」
が、レイチェルが何か言うよりもアンジェリーナとフレッドがジョージを非難する方が早かった。
「やれやれ」フレッドが溜息を吐くと、「見ておけ」とでも言うようにジョージに向かって目配せした。そして、サッとアンジェリーナの足元に跪くと、騎士のように恭しく胸に手を当てた。
「アンジェリーナ……今夜の君は、ヴィーラも嫉妬しそうなほど輝いてる。そのドレスもまるで、君のためだけに作られたみたいに似合ってるし、セクシーだ。こんなに素晴らしい女性をパートナーにできるだなんて、もしかして今朝飲んだゴブレットがフェリックス・フェリシスだったのか? この身に余る幸運に感激で胸が震える……」
「オーバーね!」
まあでも悪い気はしないわと、アンジェリーナはクスクス笑った。
ちょうど8時になったのか、大広間の扉が開いた。人の波が大きく動き、フレッド達もその流れに乗って意気揚々と進んで行った。腕を組んで楽しげに囁き合うその様子は、すっかり2人の世界だ。が、大広間へと入るとき、フレッドが一瞬振り向いて「上手くやれ」とでも言うようにウインクした。
「あー……」
ジョージもそれに気づいたらしく、視線を泳がせて頬をかいた。レイチェルの方はと言えば、たった今目の前で繰り広げられた出来事を処理しきれず、すっかり呆気にとられてしまっていた。だって……まるでお芝居みたいにドラマチックだったから。気まずいような沈黙が落ちて、ジョージがレイチェルの顔を覗きこんだ。
「……俺もあれ、やった方がいいか?」
「あんなに大げさじゃなくていいけど……」
あそこまで熱烈に褒めちぎられたら、周囲の注目を浴びそうで恥ずかしい。
とは言え、せっかくドレスアップしたのだ。ジョージのためだけに準備したわけではないけれど、正直に言えば、パートナーに綺麗だと言ってもらえたらと期待する気持ちはあった。
「……頑張ったから、できたらその……ちょっとだけ大げさに褒めてもらえたら嬉しい……」
自分から催促するのもどうなんだろうと恥ずかしかったけれど、後から『ジョージは何も言ってくれなかった』なんて喧嘩をしたりするくらいなら自己申告しておいた方がいい気がする。友人達も褒めてくれたし、自分では結構上手く行ったと思うのだけれど、ジョージには違ったのかな……。この間のデートのときはお化粧を褒めてくれたから、嬉しかったのだけれど。レイチェルが期待を込めてジョージを見つめると、ジョージは困ったような表情になった。
「いや、可愛いけど……だって君、元々可愛い方だろ。ドレス着たらこんな風になるだろうって言うのは、何となく想像ついてたし……」
またしても予想外の言葉に、レイチェルは目を見開いた。頬に熱が集まってくるのがわかって、レイチェルは俯いた。どうしてかわからないけれど、さっきのフレッドのように大げさに称賛されるよりもかえって恥ずかしい気がする。言葉に詰まってレイチェルが視線を泳がせていると、ジョージが小さく咳払いをした。そうして、レイチェルの手をとると─────手の甲にそっと口づけた。
「……大広間まで、俺が君をエスコートしても?」
そう言って、ジョージが僅かに首を傾げてみせる。どこか王子様じみたその仕草に、レイチェルは心臓が小さく跳ねるのを感じた。微笑んだその表情はドレスローブのせいか、それとも髪を少しセットしているせいか、いつもよりやけに大人びて見える。
「そのドレス、君によく似合ってる」
「ありがとう。その……ジョージも、すごく素敵だと思うわ」
差し出された腕を取ると、ジョージがそんな風に褒めてくれたので、レイチェルもぎこちなく微笑んだ。まるでお姫様みたいに扱ってもらうと、何だかソワソワして落ち着かなくて……でも、嬉しい。
こんなにも華やかに飾り付けられている大広間を、レイチェルは見たことがなかった。
どうやら、レイチェル達が見ていたのはまだまだ飾り付けの途中経過に過ぎなかったらしい。目の前に広がる大広間の装飾は、まるで氷の城のようだ。本物の氷でできた美しい彫像があちこちに並び、キラキラと輝く霜が壁を覆い尽くしている。氷の粒を幾重にも繋げたガーランドが垂れ下がり、いつもの蝋燭の代わりに、たくさんの銀細工と氷で作られたランタンが宙に浮かんでいた。その青白い灯りに照らし出されて、たっぷりとした布地のカーテンも、窓枠や硝子も、テーブルクロスも、何もかもが銀色に光っている。星が瞬く夜空を映した天井には、銀色に染められたヤドリギの蔦が絡んでいた。優しく降り注ぐ魔法の雪が、大きなクリスマスツリーの上に優しく降り積もっている。
「綺麗……」
まるで大広間全体が光り輝いているようで、レイチェルはあまりの素晴らしさにほうと息を吐いた。いつものホグワーツのクリスマスももちろん素敵だけれど、いつもよりずっとロマンチックな雰囲気だ。
先に大広間に入った生徒達に、列を作るようフリットウィック教授が指示していた。2列に分かれて、真ん中に代表選手達の通り道を作るらしい。
「クラムのパートナーの女、見た? あの、ブルーのドレスの」
「あれ、誰なの? うちの学校にあんな子居た?」
「ね、ね、あの男の子かっこよくない?」
「えー、私あの隣の人の方が好み。って言うか、ボーバトンのローブ、かっこいい」
「私ダームストラングのローブの方がいいなあ」
今度はそんな4年生の女の子達が耳に入って、レイチェルは改めて辺りを見回した。
さっきはジョージを探すのにすっかり気を取られていたけれど、ホグワーツ以外の生徒達はお揃いのローブを着ているようだった。ボーバトンの男子生徒は、光沢のある淡いグレーのジャケットとスラックスに、ブルーグレーのベストと蝶ネクタイ。全体的に淡い色合いが涼しげな印象だ。女子の方もグレーのドレスで、男子のものよりも華やかな光沢のある生地だ。首元のところがバレエシューズのリボンのように交差したホルターネックになっている。ドレスの裾から覗くハイヒールはブルーグレーで、男女で色合いが揃っているのでペアで並んでいるととても優美で素敵だ。
ダームストラングの方は、ボーバトンとはがらりと印象が違う。男子の方は、スラックスや革靴は落ち着いた黒だったけれど、首から下は鮮やかな真紅のローブだ。温かそうな毛皮の縁取りのあるマントが翻る様子は華やかで、思わず視線が引き付けられる。女子の方もやっぱり真紅のドレスで、ゴールドのアクセサリーや黒いハイヒールとの組み合わせがとてもシックだ。
「ロンの奴、すっかり自分のパートナーのこと忘れちまってるな」
ジョージの方も静かだと思ったら、どうやら弟を気にしていたらしい。視線の先を追うと、向かい側の列の端にジョージの弟の姿があった。隣にはパドマが居る。ターコイズブルーのドレスを着たパドマはとても可愛らしかったけれど、確かにロンは何か別のことに気を取られているのか、パドマのことをあまり気にしていないように見えた。
「その……本当は他に誘いたい相手が居たとか?」
「どうだろうな。まあ何だ、ハーマイオニーお嬢さんが他の奴のパートナーになったのが気になって仕方ないらしい。俺も相手が誰なのかは知らないんだよな。君、知ってる?」
「ええ。どうせもうすぐわかるでしょうし、えっとね……」
ふいに聞こえた歓声に、レイチェルはそこで言葉を切った。ちょうど、扉から代表選手達が入場したところだった。
割れんばかりの拍手に迎えられて、堂々と先頭を歩いているのはフラーだ。シンプルなドレスを完璧に着こなし、優雅にヒールを鳴らすフラーは、同性のレイチェルですら見惚れてしまうような美しさだ。フラーをエスコートするロジャーも、すっかりその美しさに陶酔した様子だった。表情はともかく、背の高いロジャーもすっきりとしたドレスローブがよく似合っている。
フラーとロジャーに続き、クラムが入って来た。こちらも注目されるのは慣れているのか、颯爽とした立ち居振る舞いだ。クラムも、鮮やかな真紅のローブが凛々しくてとても素敵だ。かっこいい。そして、その隣で微笑む女の子は────。
「ハーマイオニーのパートナーが秘密だった理由、わかったでしょ?」
驚いた表情のジョージに、レイチェルはひそひそと囁いた。
クラムにエスコートされるハーマイオニーは、はにかんだ笑みを浮かべている。元々、ハーマイオニーの顔立ちは整っていたのだけれど、印象が違って見えるとしたらたぶんその表情のせいだろう。最近は本人が気にしていた歯並びが綺麗に整ったことで以前より表情が明るくなったから。髪を結い上げていることで額や輪郭が見えているので、それがより際立つ。本が詰まった重たい鞄がないせいか、背筋もスッと伸びていて、歩き方もどこか優雅だ。背の高いクラムの隣に並んでいても、彼女が気にしていた歳の差は感じさせない。
「あの子、誰?」
「見たことある気がするんだけど……」
「綺麗な子よね。何年生?」
「うちの寮の子じゃないわ」
シンデレラが舞踏会に姿を現したときって、もしかしたらこんな風だったのかもしれない。
さざ波のように広まっていくざわめきに、レイチェルは何だか誇らしい気持ちになった。ハーマイオニーは心配していたけれど、今彼女に向けられている視線は、やっかみなんかじゃない。羨望だ。それにやっぱり、あのドレスはハーマイオニーにとてもよく似合っている。
「もしかして……ハーマイオニー・グレンジャーじゃない?」
「嘘だろ?」
謎に包まれていたクラムのパートナーの正体に、とうとう周囲も気が付き始めたらしい。“ハリー・ポッターと仲良しの3人組”の1人でもあり、“マグル生まれの優等生”であるハーマイオニーは、ホグワーツでは有名人だ。しかし、すぐに生徒達の関心はまた別のことへと移った。いよいよ、ホグワーツの代表選手の入場だからだ。
「あっ、セドだわ」
思わず口をついてしまった呟きは、よりいっそう大きくなった拍手にかき消された。先に入って来たのはセドリックとチョウのペア。セドリックのローブ自体は夏休みに見せてもらったけれど、やっぱり全身きちんと正装すると印象が変わる。チョウは中国風の白いドレスを着ていた。光沢のある絹に、淡い青や銀の糸で入った大ぶりな花の刺繍がとても華やかだ。セドリックは緊張している様子だったが、チョウを気遣ってエスコートするその王子様然とした様子に、女子生徒達からうっとりと溜息が漏れるのがわかった。
最後に、ハリーが入場した。隣に居る女の子はパドマ────ではない、パーバティ・パチルだ。美少女と評判のパドマにそっくりの彼女も、やっぱりすごく可愛い。鮮やかなサーモンピンクのインド風のドレスがよく似合っている。
「ハリーの奴、かなり緊張してるな」
ジョージの呟きには、レイチェルも同意見だった。輝くような笑みを浮かべて堂々とした様子で歩くパーバティとは対照的に、彼女をエスコートするハリーは困ったような表情だ。ジョージの言う通り、緊張しているのだろう。やっぱり、皆が思うほどハリーは目立ちたがり屋ではないような気がする────。
代表選手達のペアが前を通り、そして大広間の奥へと歩いていくまで、レイチェルは手が痛くなるほど拍手を送った。
拍手が止み静寂が訪れると、代わりにオーケストラが美しい音色を奏で始める。フロアの中央には4組の代表選手達だけが進み出た。数百人の観衆が見守る中、代表選手達によるダンスが始まった。
事前に練習したと言っていただけあって、セドリックとチョウは落ち着いた様子でとても優雅だ。ハーマイオニーはちょっと緊張している様子に見えたが、クラムのリードで危なげなくステップを踏んでいる。フラーは妖精のような軽やかさで、周囲に居る生徒達を魅了していた。ターンするのに合わせて、彼女達のドレスのスカートが花のように広がって美しい軌跡を描く。
……もしもセドリックのパートナーになっていたら、今頃レイチェルもあそこで踊っていたのだろうか?
絵本の挿絵で見た舞踏会そのものの光景をどこか夢見心地で眺めながら、レイチェルはぼんやりとそんなことを考えた。たぶんそうなっていたのだろうけれど……何だかピンと来ない。こうやって見ていると溜息が出そうなくらい素敵だけれど、自分がああやって皆の前で踊ると考えると……無理だ。想像しただけで緊張する。どんなに練習したとしても、頭が真っ白になってステップを忘れそう。
そうして自分の身に置き換えてみると……やっぱり、ハリーってすごい。レイチェルから見てもかなり緊張しているように見えるのに、この注目の中でぎこちないながらもパーバティをリードしている。……いや、あれはもしかするとパーバティがハリーをリードしているのかもしれないけれど。
ジニーから話を聞いていなかったら、レイチェルはきっとパーバティがハリーの想い人なのだと思ったに違いない。
明るく、そして積極的な様子のパーバティはチャーミングだし、ハリーと相性が良さそうに見える。パーバティも小柄なので、並んだ2人は違和感なくお似合いのカップルに見えた。でも……2人を見ていると、どうしても胸のあたりがモヤモヤするような、チクチク痛むような感覚が拭えなかった。考えないようにしようとしても、ついジニーの顔が頭に浮かんでしまう。
『だからね、私、思ったの。ハリーのことなんて忘れて、思いっきりパーティーを楽しむべきだって』
ああ言ってはいたけれど、やっぱり想い人が目の前で他の女の子とダンスを踊るのはショックなんじゃないだろうか。それも、その相手が想い人の好きな人ならともかく────ジニーは知らないけれど、ハリーの想い人はチョウだ。となると、ハリーにとってもセドリックとチョウが踊っているこの状況は心穏やかではないのだろうか……? そう考えると、何だか胸が締め付けられた。パートナーの誘いを受けるくらいだし、パーバティの方はハリーのことを好きなのだろうか?
……やめよう。外野でしかないレイチェルが、こんな風にあれこれと勝手に想像を巡らせるのは失礼だ。せっかく選手達が踊っているのだから、今は目の前のこの光景をしっかり目に焼き付けておくべきだろう。セドリックとチョウも、クラムとハーマイオニーも、フラーとロジャーも、そしてハリーとパーバティも。皆あんなに素敵に踊っているのだから。
……今日も取材に来ているらしい日刊預言者新聞のカメラマンが、たくさん写真を撮ってくれているといいな、とレイチェルは祈った。
オーケストラが曲調を変えるのに合わせて、ダンブルドアがフロアの真ん中へと進み出た。それに、マダム・マクシームやカルカロフ校長も。彼らに倣って、壁際に居た生徒達も動き出す。いよいよ、レイチェル達も踊るようだ。
「お手をどうぞ、お姫様」
恭しく手を差し出すジョージに、レイチェルも自分の手を重ねた。エスコートされるままに、レイチェルも歩き出す。先に踊り始めた生徒達にぶつからないよう距離を取り、ジョージと向かい合った。そして、右手をジョージの左手と繋いで、左手はジョージの肩へ。背筋は伸ばして、できるだけ下は見ないように……。
「あの……足、踏んだらごめんね」
不安になって、レイチェルはひそひそとジョージに囁いた。寮で何度か練習はしたけれど、そう言えばジョージと踊るのは初めてだ。2人で会う機会は何度かあったのだから、1度くらい合わせておくべきだったかも。タイミングが合わなくて足を踏んだらどうしようとちょっと心配になったけれど、ジョージはリードが上手だった。運動神経がいいと、ダンスも上手なのだろうか?
「そう言えば君、さっき、クラムに見惚れてなかったか?」
レイチェルの頭の中は次のステップのことでいっぱいだったが────やっぱり本番となると緊張してしまう────ジョージがそんな風に呟いたので、レイチェルはまじまじとジョージの顔を見つめた。ジョージの口調は素っ気なかったけれど……これって、もしかしてヤキモチなのだろうか?「あの……ごめんなさい、だって、その……ファンなの……」
「まあ、わかる。かっこいいよな」
どちらかと言えば、クラムよりもハーマイオニーを見ていたのだけれど……ジョージの目にはそう見えてしまったのかもしれない。それに実際、クラムを見てかっこいいと思ったのも事実だ。鍛えているからか、正装するとすごく精悍な印象で素敵なのだ。ダームストラングのローブもかっこいい。
「しかし、クラムのパートナーがハーマイオニーだったとはな」
「ヴィクトールも読書家なの。よく図書室に来てて……2人はそこで知り合ったのよ」
「へぇ」
「2人、すごくお似合いじゃなかった? 並んでると、すごくしっくり来るって言うか……年が離れてるせいもあるのかしら? ヴィクトールって、ハーマイオニーが可愛くって仕方ないみたいなの」
でも、そんな心配は杞憂だとレイチェルは思う。クラムは口数は少ないけれど────もしかしたら単に母国語でのコミュニケーションじゃないせいかもしれない────意外にも情熱的だ。ハーマイオニーを見る視線だけで、充分にクラムからハーマイオニーの好意は伝わって来る。
「それに、セドとチョウも素敵だったわ。フラーも、妖精みたいにステップが軽やかで……」
お似合いと言えば、セドリックとチョウもだ。2人が並んでいると、チョウはますます華奢で可憐に見えるし、セドリックの方もやっぱり長身でハンサムなのだと再確認させられる。代表選手達のダンスは本当に素敵だった……。レイチェルがさっきの光景を思い出して反芻していると、視線を感じた。ジョージがじっとレイチェルを見つめている。
「君のそう言う素直に人を褒めるところ、すごいよな」
「……そ、そう?」
急に褒められて、レイチェルは戸惑った。さっきの代表選手達のダンスは素晴らしかったし、きっとレイチェルだけじゃなく皆が褒めちぎると思うけれど……。照れくささのせいか、それとも踊っているせいか、頬が熱くなってくる。動揺したせいかステップを間違えそうになり、慌ててドラコにもらったアドバイスを思い出した。背筋を伸ばして、顔は上げる。俯かない────すると、向かい合っているせいで自然とジョージの顔が視線の先に来る。
……ジョージって、こんなにかっこよかったっけ?
ドレスローブと、髪型のせいかもしれない。シンプルなローブはジョージによく似合っていたし……クラムほどではないのだろうけれど、ジョージもクィディッチをしているからか、触れている腕や肩がレイチェルよりもずっと鍛えられているのがわかる。女の子ほど大変身はしなくても、男の子だってやっぱり正装すると印象が全然違う。
ダンスってやっぱり距離が近い。ハイヒールのせいで、視線の高さがあまり変わらない。待ち合わせのときに感じた通り、いつもより大人びて見えて、緊張してしまう。背中に回された手から、自分の鼓動まで伝わってしまいそうな気がして。重なった手の平から伝わる体温も、何だか落ち着かない。……でも、嫌じゃない。
「あのね、ジョージ」
ドレスやダンスのことですっかり頭がいっぱいになってしまっていたけれど、さっきの選手達や周りの様子を見ていたら改めて気が付いてしまった。ここに居る全ての人が、パートナーにと望んだ相手とパーティーに参加できているわけじゃない。それが叶ったのは、たぶん一握りの幸運な人達だけだ。誰かから誰かへ向けられた好意は、パズルみたいに綺麗に噛み合うとは限らないから。ジニーとハリーがそうだったように、ちょっとしたタイミングのズレや言葉が原因で上手く行かなくなってしまうことだってある。
レイチェルがドレスやダンスのことで頭をいっぱいにできたのは────憂鬱や不安を抱えずに、ダンスパーティーを楽しみに待つことができたのは、レイチェルが幸運だったからだ。一緒にパーティーに行きたいと思える相手と、パートナーになることができたから。
「……私のこと、誘ってくれてありがとう」
そして、その相手────ジョージが、レイチェルをパートナーにしたいと望んでくれたから。
レイチェルとジョージだって、ほんの少しタイミングが違っていたらきっと今頃は別の人と踊っていただろう。今こうして2人が向かい合っているのは、ジョージのおかげだ。上手く行っても行かなくても、今まで築いてきた友達としての関係が終わってしまうんじゃないかと怖くて、気持ちを確かめる勇気が出なくて。レイチェルが躊躇ってしまった1歩を、ジョージが代わりに踏み出してくれたから。
何もかもが、ちょっとした奇跡みたいだ。
ランタンの灯りが、何もかもを眩く煌めかせている。こんな幻想的で美しい場所で、ダンスを踊れること。その相手が、他の誰でもないジョージだと言うこと。
ほんの1週間ちょっと前までは、ジョージはただの友達だった。きっと、ダンスパーティーがなければ今も友達のままだっただろう。何となくだけれど、そんな風に思う。パートナーを決めると言うきっかけがあったからこそ、ジョージは手を差し伸べてくれたのだろうし、レイチェルもその手を取ることができた。ダンスパーティーが開かれたのは、三大魔法学校対抗試合が200年ぶりに開催されることになったから。それに、もしも対抗試合が開催されたのが他の2校だったなら、レイチェルもジョージもきっと今頃は何の変哲もないクリスマスを過ごしていただろう。そう考えると、今こうしてジョージと踊っていることは、レイチェルが感じているよりずっと特別で、奇跡みたいなことなのかもしれない。
「実を言うとね……対抗試合なんてなければよかったのに、って考えちゃいそうになる瞬間もあったの。本当に、ほんの一瞬だけ……。そうしたら、ハリーが皆に責められることも、セドがドラゴンと戦ったり、怪我することもなかったのにって。……セドには内緒ね?」
セドリックが、大切な幼馴染が危険な課題に立ち向かうのは、やっぱり心配で。セドリックなら大丈夫だと信じようと思うけれど、やっぱりドラゴンの前にセドリックが身を晒したときには心臓が潰れそうになった。対抗試合を復活させるまでにはきっとレイチェルの想像もしないくらい多くの人が関わっていて、そして今もこのイベントを成功させるために尽力している。魔法界がようやく平和を取り戻した今だからこそ、対抗試合が開催されること自体に大きな意義があって、たくさんの人がこの先のことを楽しみにしている。だから、そんな風に考えるのは良くないと────そして何より、セドリックにとって1番の味方で居たくて、セドリックの決断を応援すると決めたから。セドリックを困らせたくなかったから。何度も、そんな考えを浮かびそうになっては無理矢理蓋をしていた。でも。
「対抗試合が開催されてよかった。それに……開催校がホグワーツで本当によかった!」
「同感」
この1週間の慌しさと言ったら、あまりにもたくさんのことがありすぎて、目が回りそうだった。何もかもが初めてのことばかりで、新鮮で、レイチェルにとってはとても刺激的で。戸惑ってしまうことも多かったけれど……でも、とても楽しかった。ひどく待ち遠しかったはずなのに、こうして今日パーティーの本番を迎えてしまったことが寂しいくらいに。楽しみにしていたダンスパーティーは、期待していた以上にずっと素晴らしくて、楽しい。休暇中はルーマニアで過ごそうかな、なんて考えたりしたのが随分と昔のことに思える。参加できてよかった。こんな素敵なパーティーに出られなかったなんて後から知ったら、きっとずっと後悔しただろう。
そして────今レイチェルの目の前に居る男の子が、ジョージでよかった。