クリスマスの朝をホグワーツで迎えるのも、レイチェルにとっては初めてのことだ。
もう慣れ親しんだはずのオッタリー・セント・キャッチポールで過ごすときでさえ、クリスマスの朝は特別に感じてフワフワと気持ちが浮き足立ってしまう。それがホグワーツともなればなおのことだ。朝起きて、パジャマのまま「メリークリスマス」の挨拶を友人や同寮生達と交わすのも新鮮だった。

「ああ。そう言えば貴方たちって、休暇にホグワーツに残ったことないんだったかしら? 談話室にあるわよ」

それに、何と言っても楽しみなのはクリスマスプレゼントだ。部屋の中には見当たらなかったのでソワソワしてしまったけれど、通りがかったクロディーヌが教えてくれた。言われた通り談話室へと降りてみると、同じような生徒達で溢れていて、いつになく騒がしい。真ん中にある大きなツリーの下には生徒達に贈られたたくさんのプレゼントが置かれていて、カーペットの星座模様を覆い尽くしている。クリスマスらしい鮮やかな赤や緑の箱や、キラキラ光る金色の星飾り。パステルカラーの艶やかなサテンのリボン。ポップな水玉や優雅な花模様、天使やテディベアの描かれた可愛らしい包装紙。美しく飾り付けられた色とりどりの包みが所狭しと並ぶ様子は、まるでおもちゃ箱の中をひっくり返したかのように賑やかだ。

「サンタクロースのプレゼント工場ってもしかしたらこんな感じなのかもね!」

パメラがそんな風に笑ってみせたけれど、レイチェルもこんなにたくさんのプレゼントを見たのは初めてだ。まるで絵本の挿絵のような光景にワクワクしてしまう。全部で何個くらいあるのだろう? 何百……いや、何千個かもしれない。そこかしこに小さな山を作っているたくさんの贈り物は、よく見ると宛名ごとに仕分けされているようだった。きっと、ホグワーツの屋敷しもべ妖精たちが頑張ってくれたのだろう。レイチェル達も早速、自分達宛てのプレゼントを探すことにした。勿論、誰かの大切な贈り物をうっかり踏んでしまわないよう気を付けながら。人が多い上に、あまりにもたくさんプレゼントがあるせいで、ちょっとぶつかっただけでも山が崩れて混ざってしまいそうだ。

「ねえ、エリザベス。あの人だかりができてるのって、どうやらあなた宛てのプレゼントみたいよ」

ころころと足元に転がってきた小さな箱に書かれた宛名を見て、パメラがそう呟いた。
談話室に入ってきたときはツリーの影に隠れて見えなかったが、ツリーの反対側に一際大きなプレゼントの山があった。まるでおもちゃ屋さんのショーウィンドウのようなその光景に、何人かの1年生達が目をキラキラさせてその山を取り囲んでいた。そう、数人で囲んでしまえるほどの大きな山だ。パメラの手にあるプレゼントはどうやらその山から雪崩れてきたものらしかった。そこに書かれた自分の宛名を確認して、エリザベスがサッと赤くなった。

「確かに、宛名は私になっているけれど……私に向けた贈り物ばかりではないんですもの。お父様の仕事関係の方ばかりよ……」
「ああ……うちも、ママの小説のファンが『娘さんに』って贈ってくれることあるわ」

注目を浴びるのが恥ずかしいのか、エリザベスの声は消え入りそうだった。なるほどと、レイチェルは納得した。とは言っても、母親宛ての贈り物は1度出版社預かりになるので、さすがにこんな風にはならないのだけれど。遠目に見ても目立つ小山は、近づいてみると見上げるほどに大きい。レイチェルはマグルの公園にあった遊具を思い出した。

「我が家のふくろうには、学校じゃなく家に届けるように頼んでおいたのだけれど……ああ、後でお礼状のリストを作らなくっちゃ……」
「つまり、これでもまだいつもより減ってるってことね」

呆れ半分、感心半分と言ったパメラの口調に、エリザベスが頷いた。
賢いプライス家のふくろうは主人の命令通りにしてくれたとしても、贈り主の飼っているふくろうはそんな事情は知らないので、ホグワーツに運んできてしまったと言うわけらしい。溜息を吐くエリザベスに、レイチェルは同情した。山のようなプレゼントと言うのは小さい頃に憧れたけれど、確かにこんなにたくさんあると誰から何をもらったのか把握するのも大変そうだ。

「まあ、いつもよりプレゼントが少ないのは私もだけど」

自分宛てのプレゼントを確認していたパメラがそんな風に呟いたので、レイチェルは不思議に思った。エリザベスほどではないけれど、友人の多いパメラもやっぱりプレゼントの数はかなり多いように見えるけれど……誰かと喧嘩でもしたのだろうか? 理由を聞いてもいいものかとレイチェルが躊躇っていると、パメラが肩を竦めた。

「パパとママからのプレゼントはあったけど、さすがに親戚やマグルの友達からのやつはここにはないみたい」
「あっ……そうよね。えっと……ふくろうで届けてもらったら?」
「そうね。お菓子とかだと夏休みまで放置したら腐っちゃうし……うーん、ママに開封してもらって必要なものだけ送ってもらった方がいい? でも、中身わかんないから見られて気まずくなるようなものだとイヤだし……」

パメラに言われるまで気が付かなかったが、マグル育ちの子だとプレゼントが自宅に届いてしまう場合もあるのだろう。マグルの郵便配達技術の素晴らしさはレイチェルも本で読んだが、ホグワーツはさすがにその範囲外だ。
驚くことばかりですっかり圧倒されてしまったが、エリザベスとパメラの山の近くにレイチェル宛てのプレゼントもあった。2人と違って“特別な事情”のないレイチェル宛てのプレゼントは、見たところいつも通りだ。でも、やっぱりいつもとは違うこともあった。

「エリザベス、これ……私が欲しがってたの覚えててくれたの?」
「ええ。かなり迷っていたでしょう? 喜んでもらえたかしら?」
「勿論よ!」

プレゼントを開封した嬉しさのまま、贈り主にお礼が言えるのって新鮮だ。レイチェルの場合は誕生日も夏休み中だから、特に。
エリザベスが贈ってくれたのは、温かそうなマフラーだった。手触りが滑らかで、綺麗な薄紫色のものだ。以前ホグズミードに行ったとき、白い模様編みのマフラーとこれとでかなり迷って、結局白い方を選んだのだけれど……エリザベスが買っておいてくれたらしい。

「パメラもありがとう! これ、すっごく可愛い」
レイチェルに似合うと思ったの。それなら普段でも使いやすいでしょ! エリザベスのも色違いなのよ」

パメラがくれたのはリップグロスだった。キラキラと光るガラス容器の中に詰められたグロスはバラの花びらのような淡いピンク色をしていて、シロップのように透き通っている。レイチェルは一目でそれが気に入ってしまった。エリザベスの方を見せてもらうと、もう少し濃いピンク色だった。パメラは自分用にオレンジを買ったらしい。こんな素敵なものが親友達とお揃いだと言うことに、レイチェルはなおさら嬉しくなった。
それからは各自、プレゼントの開封作業に集中した。今年も嬉しいプレゼントばかりだ。セドリックは、以前レイチェルが雑誌で気になっていたブローチをくれた。キューピッドの矢に貫かれたハートの形をしていて、小さな透明なガラスがたくさんはめこまれている。エリザベスのくれたマフラーにつけたら素敵かもしれない。ディゴリー夫妻からは新しいカメラ────夏休みに思い出話を聞かせてくれるのを楽しみにしている、とメッセージが入っていた。両親からは新しい鞄だった。黒に近いこげ茶色の革だけれど、大きめの金色の金具がアクセントになっていて、裏地の明るいサーモンピンクも可愛い。ハーマイオニーが贈ってくれたのはステンドグラスのような美しいデザインの栞と、マグルの小説だ。猫の刺繍が入ったハンカチとハンドクリームはジニーから。アンジェリーナがくれたブレスレットも素敵だ。デザインがシンプルだから普段からつけられそうで嬉しい。可愛らしい花柄のポーチをくれたのはアリシアだ。クロディーヌからは香水だった。この間のデートのときに貸してもらった香水と同じシリーズのものらしい。洗練されたガラス瓶は見ているだけで心が華やぐし、クロディーヌが貸してくれた香水も素敵だったけれど、こっちの方がレイチェルの好みに近いのが何だか嬉しかった。ドラコからはヘアオイル、ミセス・マルフォイからはバレッタが届いた。椿の花を象られた大ぶりな飾りは、花びらの部分が貝殻のような光沢のある素材でできていて、淡いピンク色が上品な雰囲気だ。チョウは手鏡をくれた。鏡の背の部分が光沢のある布張りになっていて、中国らしい蝶や花の刺繍が入っている。この間ムーディ教授からお茶をもらったとき、箱の模様が素敵だとレイチェルが言ったのを覚えていてくれたのかもしれない。マリエッタからは瓶に詰まった色鮮やかなキャンディ、それにセドリックの祖母や他にも何人かの友人達からはお菓子が届いていた。

「そう言えば、クリスマスカードは届いていないのかしら?」

エリザベスの疑問の答えは、朝食の席でわかった。
レイチェル達が遅めの朝食へと向かうと、待ちかまえていたふくろう達が飛んできて、束になったクリスマスカードを頭上から落とした。トーストを齧りながら、レイチェル達は今度はカードの確認に夢中になった。

「えっ、そのカードってルーピン教授から!?なんでレイチェルだけ!?」
「だって、私も送ったもの。学期末に、クリスマスカードを送りたいって言ったの」
「あー、私も送ればよかった! そうよね、ふくろう便なら、住所なんて知らなくてもカード出せるんじゃない……!」

レイチェルにも、何枚かのカードが届いていた。父親から、そしてルーピン教授にチャーリー。父方や母方のいとこ達。色とりどりのクリスマスカードを、レイチェルは楽しく眺めた。ほとんどは予想していた人から届いていたのだけれど、中には予想外の贈り主からのものも混ざっていた。

レイチェル、これ、絶対隠した方がいいわよ。廊下で後ろから失神呪文かけられたくないでしょ」

クラムと、それにフラー。せっかく仲良くなったのでレイチェルからもカードを贈ったのだけれど、まさか2人からももらえるとは思っていなかった。特にクラムは、たくさんの女の子からカードをもらうだろうし。予想外だけれど、とても嬉しいことだ。

「ダームストラングの船も、今頃大変なんじゃないかしら。きっとファンからもカードやプレゼントが届くでしょう?」

エリザベスが苦笑した。言われてみれば、クラムはホグワーツだけじゃなく世界中のファンからカードが届くのだろう。……あの船室に入りきるのだろうか? そんなことを考えていると、手元に残ったカードに見覚えのある筆跡のものがあることに気が付いた。ジョージからだ。

メリークリスマス
パーティーが始まる10分前に、玄関ホールで待ってる
君と過ごせるのを楽しみにしてる

『楽しみにしてる』────その文字を見て、レイチェルは思わず頬が緩んだ。レイチェルは2度、3度とその文字を目で追った。意外と言うか……ジョージらしくないデザインのカードだ。水色に金の星が散りばめられているデザインは綺麗だけれど、ジョージのイメージとは何だか合わない。……レイチェルの好みを考えて選んでくれた、と言うのは自意識過剰だろうか。だって、今までジョージから受け取った手紙からすると、ジョージってそんなに便箋やインクにこだわるタイプじゃない……。

「それ、ジョージからよね? ラブラブな内容だったの?」
「違うわ。待ち合わせ場所の確認」
「なーんだ」

そう。別に、熱烈な愛の言葉が書いてあるわけじゃない。たぶん、もっと情熱的なカードをもらっている女の子はきっとたくさん居るのだろう。でも、レイチェルにとっては初めて家族以外と過ごすクリスマスで────初めて“恋人”からもらったクリスマスカードだ。たった数行のメッセージだけでも、レイチェルにとっては充分すぎるほど特別に感じて、何だかちょっとくすぐったい。

 

 

 

午後の予定は決めていなかったが、レイチェル達は寮で静かに過ごすことにした。正確に言えばパメラは雪遊びがしたいと主張したのだけれど、多数決でそう決まった。夜には今日のメインイベントが控えているのだから、体力を温存するべきだと言うのがエリザベスとレイチェルの意見だった。
談話室で同級生達とダンスパーティーについて話したり、エリザベス宛てのプレゼントのリストを作る手伝いをしたり。ダンスステップの復習もした。パーティーへの期待と興奮でソワソワと落ち着かない空気の中、時間はのんびりと過ぎて行った。

「忘れ物はない?」

夕方になると、いよいよパーティーに向けての準備だ。ちょうどティーカップも空になったところだったので、おしゃべりを切り上げて、レイチェル達は1度荷物を取りに部屋に戻った。そうして、必要なものを詰めたバッグを抱えて寮を出た。向かう先は、控室に指定されている魔法史の教室だ。

「わざわざ控室が用意されてるなんて思わなかったわ」

ドレスに靴、バッグに化粧品。そこまで重くはないけれど、嵩張るせいでなかなかの大荷物だ。てっきり、自分達の部屋で準備してからパーティーに向かうのかと思っていたとレイチェルが言うと、エリザベスが苦笑した。

「男子はそうよ」
「えっ? 女子だけなの?」
「正確に言えば、レイブンクローとグリフィンドールの女子生徒だけ。魔法史と防衛術の教室の2つを使っていいことになっているわ。あとは、変身術の教室はボーバトンとダームストラングの子達が使うことになっているはずだけれど……」
「じゃあ、スリザリンとハッフルパフの子達は?」
「あの人達は、寮が地下だから大丈夫よ。イブニングドレスでレイブンクロー塔から大広間まで降りて行くのは難しいですもの。何百段も階段があるでしょう? 寮の中の階段は幅も狭いから、一斉に大勢が降りようとすると詰まってしまって危険でしょうし……」
「ヒール履きなれてない子も多いしねー。ドレスの裾踏んづけたり、足首挫いたら悲劇よ。せっかくのダンスパーティーなのに」
「あ……」

確かに。レイチェルはフラフラとドレス姿でレイブンクロー寮の階段を下りる自分を想像した。ものすごく時間がかかりそう。あと、パメラの言う通り間違いなく転ぶ。ハイヒールは何度か履いてみたけれど、今更にちょっと不安になってきた。ダンスの途中で転んだらどうしよう……。
魔法史の教室は、以前授業で使っていたときとは随分様子が違っていた。いつもなら黒板に向かって行儀よく並んでいたはずの机と椅子は、間引かれて数が半分くらいに減らされている。そのせいでずっと通路が広くなっているし、並べられた机の1つ1つには大きな鏡が置かれていた。既にそのうちの3分の1くらいが先に来た女の子達で埋まっている。

「あれ? レイチェル?」

レイチェル達が空いている奥の方のスペースへと移動すると、そんな声がした。アンジェリーナとアリシアだ。それにジニーも。どうやら3人も今来たところらしい。そう言えば、グリフィンドールの子達も使うってさっきエリザベスが言っていたっけ。

「ハーマイオニーは? あなた達ってさっき、みんなで雪合戦してなかった?」
「そうなんだけど、ハーマイオニーだけ先に寮に戻ったんだよね。先に来てるのかなって思ったんだけど、見当たらなくって。防衛術の教室の方に居るのかも」
「そう……」

1人で支度をしているのだろうか? 大丈夫かな……。いや、もしかしたらルームメイトと一緒に準備しているのかもしれないし、レイチェルもハーマイオニーを手伝えるほどヘアメイクの腕に自信があるわけではないのだけれど。

「そう言えばレイチェル、ハーマイオニーが誰と行くかって知ってる?」
「え? ええ、まあ一応……」

アリシアの質問に、レイチェルは苦笑した。どうやら、アンジェリーナとアリシアもハーマイオニーのパートナーがあのクラムだとは知らないらしい。レイチェルも教える気がないと言うのを察したのか、アリシアは小さく溜息を吐いてジニーの頬を指で突ついた。

「ジニーったら、知ってるくせに教えてくれないのよ」
「あたし言わないわ。秘密にするって約束なんだもの。もうちょっとでわかるんだし、いいじゃない」
「だって気になるんだもの!」
「そんなにやきもきしなくたって、アリシアのパートナーほどは意外じゃないから大丈夫だよ」

今度はジニーが溜息を吐いた。その言葉にレイチェルはあれ、と思った。ジニーの言い方だと、アリシアのパートナーはレイチェル達が予想もしない人物のように聞こえたからだ。でも、確か、レイチェルが聞いた話だとアリシアのパートナって────。

「アリシアって、その……リーとパーティーに行くんじゃないの?」
「えっ? 違うわよ。なんか、結構皆に聞かれるんだけど。どうしてそんな話になってるの?」
「前に、グリフィンドールの子達がそう話してて……」
「リーじゃないわ。リーはただの友達だし。リーはケイティと行くのよ。私は、その……」

アリシアは何だか言いづらそうに言葉を切った。確かに本人から聞いたわけじゃないけれど、レイチェルもすっかりアリシアとリーがパートナーだとばかり思ってしまっていた。困ったように頬を染めて俯いてしまったアリシアの代わりに、アンジェリーナがニヤッと笑っていみせた。

「アリシアはマイルズと行くの」
「マイルズって……マイルズ・ブレッチリー!? あの、スリザリンの……」
「えっ!?どっちが誘ったのよ!? あいつ、確かに顔はいいけど、前にアリシアに呪いかけてたじゃない!」
「ああ、もう……やっぱりそう言う反応になるでしょ……? だから言いたくなかったの……」

アリシアはますます赤くなった。確かにかなり意外な組み合わせだ。だって、2人は顔を合わせれば言い争ってばかりで────いや、大体は突っかかるマイルズの方に問題があった気がするけれど────とにかく、まさか2人がダンスパーティーに行くことになるなんて考えもしなかった。もしも本人の口から聞いたのでなければ、何かの間違いじゃないかと思ったかもしれない。

「貴方達……おしゃべりが楽しいのはわかるけれど、そろそろ手を動かした方がいいわ。やらなければいけないことは山ほどあるのよ」

すっかり会話に夢中になっていたレイチェル達に、エリザベスが呆れたように溜息を吐いた。

 

 

 

「んー……シニョンの位置、もうちょっと下の方がいいかなあ?」
「それより、髪飾りじゃない? ここじゃなくて、こう……」
「最悪!ボディクリームの蓋ちゃんと閉まってなかったんだけど!」
「ドレスに防水呪文ってもうかけた?」

そう、やることは山のようにあった。せっかくお姫様みたいなドレスを着るのだから、その支度も落ち着いて、優雅に────できればよかったのだけれど、何だかひどく慌しい。レイチェル達だけでなく、周囲の女の子達も似たような様子で、控室の中はざわざわと騒がしかった。これからクィディッチのワールドカップが始まってもおかしくないような空気だ。
さて、とレイチェルは机の上に並べた化粧品を眺めた。ヘアセットはパメラが張りきってやってくれたので次はお化粧だ。どれを最初に塗るんだっけ。確かこの瓶……いや、その前にこっちだっけ? パメラに聞けばすぐわかるのだろうけれど、今は下級生のヘアセットを手伝いに行っている。エリザベスの方も、誰かに呼ばれて今は席を外していた。アンジェリーナ達はジニーの準備を手伝うと言っていたし、レイチェルは自力で何とかしなければ。何度か練習もしたし、どうにかなるはずだ。……たぶん。

レイチェル、どう? 準備進んでる?」
「うん……」
「あ、いい感じじゃない。可愛い可愛い」
「……ほ、本当?」

戻ってきたパメラがそう言ってくれたので、レイチェルはホッとした。お化粧をするのは新鮮で楽しかったのだけれど、一通り終わって鏡を見てみたら、なんだかすごくお化粧が濃くなってしまった気がしたのだ。教えてもらった通りやったつもりなのに、この間パメラとクロディーヌにやってもらったときと全然違う気がする。

「……変じゃない?濃すぎたりとか……」
「単に見慣れないからでしょ。普段着のまま顔だけパーティーメイクなんだから、誰だって変に見えるわよ。あ、ねえ、アイラインちょっと直していい?」
「任せるわ……」
「うーん、チークちょっと濃いかも。もうちょっとぼかして、広めに……」

手早くレイチェルの顔にブラシを走らせるパメラは、慣れた手つきだ。もはや何が正解かよくわからず不安になってきたので、レイチェルは大人しくパメラにされるがままにしていた。ふわふわのブラシが頬に当たるのがくすぐったい。

「初心者の割には、想像してたよりずっと上手くできてるわよ。気になるなら練習したら?」
「そうする……」

確かに、普段は全然お化粧をしないのにパーティーのときだけいきなり完璧にやろうとしても無理に決まっている。ジョージがまたデートに誘ってくれるかどうかはわからないけれど、デートのたびにパメラに助けてもらうのも申し訳ないし、自分でもできるようになりたい。

「はい、完成。どう?」

改めて、鏡の中を見返す。そこに映っている顔は、自分の顔のはずなのに何だか見慣れない。
まるで知らない女の子のようだとか、目を見張るような美女に変身したとか、そう言うわけではないのだけれど……でも、やっぱりいつもとは全然違う。印象と言うか、雰囲気が。この間のデートのときしてもらったメイクよりも濃い……と言うか、華やかなせいかもしれない。
肌は陶器のお人形みたいに整っているし、パメラが直してくれたチークのおかげで、頬は上気したように淡く桃色に染まっている。マスカラによって長く伸ばされた睫毛は、瞬きするとバサバサ音を立てそうだ。長く引いたアイラインが、目をいつもの倍くらいの大きさに見せている。シャンパンゴールドのアイシャドウが塗られた瞼は、光の加減で星屑を散りばめたようにキラキラと輝いていた。口紅はアドバイス通りに柔らかいピンク色にしたけれど、濡れたような艶があるので充分に華やかだ。髪をアップにしているせいか、いつもよりずっと大人びている。……ような気がする。

「……お化粧ってすごい」

レイチェルはまじまじと鏡を見返した。瞬きをすると、鏡の中の女の子も瞬きをする。やっぱりどこか見慣れなくて、ちょっと恥ずかしい。とは言え、いつまでも自分の顔と見つめ合っている場合じゃない。ドレスに着替えなくちゃ。ええと、アクセサリーはどこにしまったんだったっけ……。

レイチェル、ファスナー上げてもらっていい?」
「ええ。私のもお願いしてもいい?」
「あれ、ねぇ、私のピアス知らない?」

全員の準備が整うまでには、それなりに時間がかかった。準備が進むにつれて、控室の中の雰囲気はさっきのような慌しさではなくなっていたけれど、代わりに楽しげなおしゃべりで重なっていた。ドレスに着替えた子が増えてきたせいで、色とりどりでとても華やかだ。

「アンジェリーナ、足長すぎるでしょ!?」
「ありがと、パメラ。まあ、ヒール高いからそう見えるのもあるかも」
「にしたって長いわよ!」

友人達のドレスアップした姿を見るのも新鮮で嬉しい。
アンジェリーナは夜空のような深い紺色のドレスだ。装飾のないシンプルなマーメイドラインのドレスだけれど、少し凝ったデザインのオフショルダーと膝の上から大きく入ったスリットがアンジェリーナのスタイルの良さを際立たせていた。ドレスがシンプルな分、ビジューがたっぷりの大ぶりなピアスと、グリッター素材のハイヒールが目立つ。ドレスに合わせた濃いブルーのアイシャドウも大粒のラメが華やかな印象で、とてもよく似合っていた。

「アリシアのドレスもかわいい!」

アリシアは、思わずパッと視線が引き寄せられるような鮮やかな濃いピンクのドレスだ。ハイヒールも同じ色。艶やかな光沢のある生地がアリシアの動きに合わせてふんわり広がる様子は、思わずうっとりしてしまう。ドレスが華やかな分、アクセサリーはシンプルにしたようだけれど、小ぶりなピアスは揺れるたびにキラッと光ってとても素敵だ。アクセサリーと合わせたゴールドのアイシャドウもよく似合っている。

「パメラはなんか、すっごくパメラっぽいなあって感じ」
「似合うでしょ?」
「エリザベスはちょっと意外かも」
「わかる。なんかもっとお姫様っぽい感じかと思ってた。でも似合うね」
「ありがとう。せっかくだから家のパーティーでは着られないドレスにしたくて…」

レイチェルは親友達のドレスを知っていたけれど、そう言えばアンジェリーナ達は初めて見るのだ。
パメラのドレスは、優雅なマーメイドラインで、ライラックの花のような明るい薄紫色。布に織り込んであるラメが光の加減でキラキラと星のように瞬くのがとても素敵だ。髪をすっきりと結い上げている分、シャンデリアのように大小さまざまなビジューが連なったピアスが目立つ。ハイヒールの色に合わせた濃いボルドーの口紅が大人っぽい。
エリザベスの方は、シャーベットのような淡いピンク色のドレスだ。とても装飾が華やかなドレスで、胸の切り替えの下のところで絞った生地が正面から見るとリボンのように見える。襟ぐりや胸の部分にはピンクやオレンジ、オーロラのビーズやスパンコールで孔雀の羽根のような刺繍が入っていた。ブレスレットも似た色合いのデザインだ。元々の顔立ちがはっきりしていることもあってエリザベスの希望によりメイクはシンプルだけれど、ドレスに合わせたピンクの口紅が可愛い。

レイチェルも、そのドレス素敵ね」
「ありがとう」

そしてレイチェルも、やっぱりこのドレスにしてよかったと思う。
ほんの少しくすんだようなミントグリーンは、レイチェルの好きな色だ。母親からもらった指輪ともぴったり合っている。オーガンジーを重ねてふんわりと広がったスカートも、ビスチェに刺繍された大ぶりな銀色のビーズの花模様が光の加減で控えめに輝くのも素敵だ。刺繍が目立つように、ネックレスはシンプルなものにした。さっきはちょうど派手かもしれないと思ったメイクも、こうして大きめのイヤリングをつけるとちょうどいい気がしてくる。たっぷりのビジューを使った大ぶりなイヤリングは、髪をアップにしていると目を引いた。複雑な編み込みが入ったシニョンは、パメラの自信作だ。それを留めるバレッタもやっぱりミントグリーンだけれど、ほんの少しだけ水色のガラスが入っている。それに合わせてハイヒールは水色を選んだ。綺麗なエナメルは足元を見るたびに嬉しくなってしまう。

「ねぇ、ジニーを見て!私達の最高傑作なんだから!」

この中で1番変身したのは、やっぱりジニーだろう。
先日皆で選んだシンプルな黒いドレスは、やっぱりジニーの赤毛や白い肌を引き立てている。さりげなくあしらわれた同色のレースが大人っぽくなりすぎず可愛らしい印象だ。鮮やかな赤毛はすっきりとまとめ上げられてもなお華やかだ。耳元には、小さなビジューをたくさん連ねたイヤリングが揺れている。濃い目に入れたブラウンのアイシャドウとはっきりしたアイラインが、ジニーの顔立ちをいつもよりずっと大人びた印象にしていた。結局ドレスだけでなく靴も黒を選んだのだが、そのせいか艶やかな赤い口紅が目を引く。

「同級生の誰かだって言われたら信じちゃうかも」
レイチェル、それはちょっと大げさだよ」

ジニーが照れたように笑ってみせたけれど、本心だった。笑うとやっぱりあどけなさがあるけれど、黙っているといつものジニーじゃないみたいだ。少なくとも、レイチェルはパーティー会場で急に会ったらすぐにジニーだとは気付けないかもしれない。

「ねぇ、写真撮ろうよ、写真!」
「えーっ、せっかくならパーティーのときに撮らない?」
「でも、仕上がりとしては今が1番完璧でしょ!時間経ったら髪だってメイクだって崩れてくるし!」
「それより、先に片付けるべきだわ。そろそろ会場に向かわないとまずいですもの」

エリザベスの言葉に時計を見てみると、パーティーの開始はあと30分後に迫っている。もう早々に会場に向かった子達も居るのか、気がつけば控室の中に居る人数もさっきより少なくなっている気がする。十分すぎるくらい余裕があったはずなのに、一体いつの間にこんなに時間が経ってしまったのだろう?

「ねぇ、このヘアピン誰の?」
「私の杖見なかった?」
「あっ、口紅!さっき鞄にしまっちゃった!」
「ここって、パーティーの途中でも荷物取りに戻って来れるんだっけ?」
「この時計、落ちてたんだけど。誰かの忘れ物?」

どうやら、周囲の女の子達も似たようなものらしい。再び慌ただしくなった空気の中、レイチェル達も片付けに専念した。皆のドレスが素敵で、ついそっちに気を取られてしまってメイク道具を広げたままになってしまっていたのだ。

「マクゴナガルが見たら、『淑女らしく!』なんて言いそう」
「そうかも」

肩を竦めるアンジェリーナに、レイチェルも苦笑した。
パーティーが始まる前から、何だかもう十分すぎるほどお祭り騒ぎだ。今のこの状況は、到底教授達が望むような「ホグワーツ生らしい聡明さと落ち着き」に溢れた姿とは言いがたいだろう。でも、仕方ないとも思う。こんな風に大掛かりなパーティーが開かれるなんて今までなかったことだし、次またあるかどうかもわからないのだ。どうしても気合いが入ってしまう。ドレスもアクセサリーもメイクも、せっかくならできるだけ素敵な自分に装いたいし……パートナーにも綺麗だと思ってもらいたい。

『女の子って大変だな』

そう言えば、ドレスローブの他にも揃えなければいけない小物がたくさんあるのだと言ったら、セドリックはそんな風に驚いていたっけ。
準備にかかる時間に差はあるとは言え、ダンスパーティーが珍しいと言う意味では男の子達も同じはずだけれど……ジョージやセドリックも今頃こんな風に、パーティーの準備に慌てているのだろうか?

でもきっとこれほど慌ただしくはないだろうなと想像して、レイチェルはクスクス笑ってしまった。

とっておきのお楽しみ

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