「レイチェル!待ってたわよ! どうだった!?」
エリザベス達と再び顔を合わせたのは、夕食の時間のことだった。レイチェルが大広間に向かうと、先にテーブルに着いていたパメラ達はレイチェルを手招きし、期待にキラキラ輝く瞳をレイチェルに向けた。
「『どうだった』って……」
「とぼけないで!決まってるでしょ!例の『マスタードの君』とのことよ!上手く行った!?」
勿論、わかっている。さっきの授業の終わり、レイチェルは『返事をしてくる』と言って2人と別れたのだから。パメラからすれば、どうなったか気になるはずだ。でも、レイチェルにも予想外だったことに、あのときとは状況が変わってしまって────どこから話せばいいだろう?
「あのね……その……彼の誘いは、断ったの」
「えっ!? 何でよ!?」
一応考えてみたものの、よくわからなくなってしまったし、親友達はレイチェルの言葉を待っている。沈黙に耐えられなくなった結果、レイチェルはとりあえずパメラの質問に返事をすることにした。が、友人達の表情を見てやっぱり順序立てて話すべきだったと後悔した。
「もったいない! 彼、結構ハンサムだったじゃない! 性格だって良さそうだったし……本当もったいない! うっ……わかってるわよ、エリザベス……まあ、選ぶのはレイチェルだけど……」
信じられないと驚くパメラに、エリザベスが咎めるような視線を向ける。マクゴナガル教授そっくりのその表情に、パメラの声が段々と小さくなった。レイチェルへと向き直ったエリザベスは、眉を下げて気遣わしげな表情だ。白い手がレイチェルの手を包みこむように握った。
「大丈夫? 何か嫌なことされたの? 話してみたら、すごく横柄だったとか……」
「えっ? ううん……そんなことないわ。彼、すごくいい人だった……」
「じゃあ、やっぱり何でよ!? オーケーすればよかったじゃない!」
もったいないと、パメラが悔しそうに頭を抱えた。
確かに、ジュリアンはレイチェルにはもったいないくらい素敵な人だった。あんな男の子に誘ってもらったのに、断ってしまうなんて……罪悪感がチクチクと胸を刺す。何だか、すごく悪いことをしてしまった気分だ。
そう。ジュリアンは、やっぱりすごくいい人だった。
あの後、レイチェルはジョージと別れてボーバトンの馬車へと向かった。彼の申し出は断ることになってしまったけれど、それでも返事は早い方がいいと思ったからだ。そして、近くに居たボーバトンの生徒に彼を呼んでもらって、パートナーにはなれないと打ち明けた。
「せっかく誘ってくれたのに、ごめんなさい。その……一緒に行きたかった人が、誘ってくれて……」
『一緒に行きたかった人』────ジョージのことをそう表現するのは照れくさかったけれど、でもそうなるのだろう。だって、他の女の子に誘われるところを偶然見かけなければ、自分からジョージを誘おうと思っていたのだから。
「あなたが誘ってくれて、嬉しかったの。返事だって待ってもらったのに……本当にごめんなさい」
自分でも、勝手な言い分だと思った。そんなつもりはなかったけれど、結果的にはただ返事を引き延ばしただけになってしまった。レイチェルだって、ついさっきまで彼とパーティーに行くつもりだったのに……でも、結局返事はノーなのだから、そんなのはきっと口にしたところで彼にとっては言い訳でしかないだろう。
「そんな顔をしないで。抱きしめたくなってしまうから」
ジュリアンの声が優しいせいで、レイチェルはますます胸が締めつけられた。そして────彼の言葉の意味を理解して赤くなった。ジュリアンの手がそっとレイチェルの頬に触れたので、それにも緊張した。何だか、見た目の印象とちょっと違う。まるでロジャーみたいだ。いや、ロジャーが女の子にこんなことを言っているかどうかは知らないけれど。
「君みたいに素敵な女の子なら、きっと僕以外にも誘いたがってる男が居るだろうなって思ってた。君をパートナーにできないのは悲しいけど、そんな風に泣きそうな顔をされるともっと悲しいな」
ね、とレイチェルに微笑みかけるその顔はやっぱりハンサムで、レイチェルはすっかりドギマギしてしまった。やっぱり、あのマグルの郵便配達の青年にも似ている。
行きたい相手と一緒に行けるのならそれが1番だと祝福してくれたジュリアンに、レイチェルもありがとうとぎこちなく微笑んだ。
「僕のことなら心配しないで。実は今日、ホグワーツの女の子が誘ってくれたんだ。彼女と行くことにするよ」
だから大丈夫、とジュリアンは白い歯を見せて笑って────そして、レイチェルの頬に軽くキスをしたのだった。思い出して、レイチェルは彼の唇が触れた方の頬を押さえた。やっぱり、フランスの男の子って情熱的なのかな……。
「レイチェル。その……大丈夫なの? パートナーは見つかりそう?」
心配そうに表情を曇らせるエリザベスに、レイチェルはハッとした。そうだ。情報が中途半端なせいで、すっかり2人に誤解させてしまっている。2人は、パートナー探しが振り出しに戻ったんじゃないかと心配しているのだ。そうじゃない。レイチェルはすぅっと深呼吸した。
「あのね……実は、その……パートナーが見つかったの。だから、彼の誘いを断ったの」
「えっ!? パートナー決まったの!? 誰!?」
「パメラ、ちょっと……声大きい……」
周囲の視線が集まるのを感じて、レイチェルは身を縮こまらせた。誰とパートナーなのかは隠し通せないとわかっているけれど、だからってこんな風に注目されるのは恥ずかしい。レイチェルは頬に熱が集まるのを感じた。
「ねえ、誰よ!?」
「その……ジョージと行くことになったの」
「ジョージ……ってあのジョージ!?」
「何がどうなってそうなったわけ!? えっ、ジョージに誘われたってことよね!? それともレイチェルから誘ったってこと!?いつ!?」
早口で捲し立てるパメラに、レイチェルはたじろいだ。ジュリアンに誘われたと打ち明けたときも恥ずかしかったけれど、相手が親友達も知っている相手だと尚更に恥ずかしい。当事者のレイチェルですら戸惑っているくらいなので、エリザベスやパメラが疑問に思うのも無理はないのだろうけれど……。
「パメラ……お願いだからもうちょっと声落として……恥ずかしいから……」
「それは本当にごめん! でも、私だってびっくりしてるのよ!いつの間にそんなことになってたわけ!?」
「話すわ。話すから……寮に戻ってからにしてもらってもいい……?」
寮の部屋か、せめて談話室に戻ってから話を切り出すべきだったとレイチェルは反省した。
少なくともこんなに周りに人が居るところでは……そしてこんな風に注目されている中で話すのは無理だ。レイチェルが懇願すると、パメラは渋々納得してくれた。ようやくスプーンを手に取り、レイチェルはスープを口へと運んだ。……おいしい。でも、ちょっと冷めかけている。
「ふぅん。レイチェル、やっぱりジョージと行くの?」
ひとまずこの話題は終わったと安心していたら、意外な人物が会話に入って来たことでまた蒸し返されてしまった。たった今来たらしいクロディーヌが、斜め向かいの席へと座る。レイチェルは「そうだ」と肯定しようとしたが、それよりもパメラの方が早かった。
「やっぱり、ってどう言うことよ? クロディーヌ」
「だって、2人って結構いい雰囲気だったでしょう?見ててじれったくって。とりあえず付き合ってみればいいのにって思ってたの」
クロディーヌの言葉に、パメラは怪訝そうな表情になった。
そう言えば、パメラやエリザベスにはジョージのことは話していなかったかもしれない……。レイチェルがぼんやりとそんなことを考えていると、クロディーヌがレイチェルに向かって優雅に笑みを浮かべた。
「よかったじゃない。ジョージと上手く行きそうで。前に相談してくれたものね?」
それは事実だけれど、今ここでそれを言うのはやめてほしい────。せっかく落ち着いてくれたはずのパメラが勢いよくレイチェルを振り返ったので、レイチェルは助けを求めてエリザベスへと視線を送った。が、エリザベスも驚いた表情で固まっていて、レイチェルの視線には気が付いてくれていない……。
「相談ってどう言うことよ! 何で私じゃなくてクロディーヌなの!? 確かにクロディーヌは経験豊富だけど、クロディーヌの恋愛相談はクロディーヌの顔と性格じゃないと意味ないって評判なんだからね!?」
「あら。失礼ね」
……あ、やっぱりそうなんだ。悔しそうに言うパメラに、クロディーヌが心外だと肩を竦める。
そう。ジョージのことを相談する相手に、レイチェルはクロディーヌを選んだ。まだ自分の気持ちもよくわかっていない状況で親友達に打ち明けるのは照れくさかったし、レイチェルそっちのけで過剰に盛り上がりそうと言うか、熱心に応援してくれるのが想像できて気が引けてしまって────レイチェルの恋愛にそこまで関心がなさそうなクロディーヌの方が相談しやすかったのだ……と言うのは、さすがに素直に口に出すべきではないだろう。
「だって……パメラ、魔法薬学とってないから……」
ジョージと1番関わりが多いのが魔法薬学なのだと言い訳すると、パメラはまるで雷に打たれたかのようにショックを受けた顔をした。
嘘ではない。実際、レイチェルがジョージとの距離が縮まった……ような気がしていたのは、魔法薬学で一緒に授業を受けていることが1番の原因だ。あの授業がなければ、フレッドとジョージの見分けがつくようにもならなかったかもしれないし……。
「今、初めて魔法薬学をとらなかったことを後悔してる!!」
「そんな理由で……?」
異様なまでに悔しがるパメラの様子に、レイチェルは困惑した。
どうしてだろう。夕食をとりに来たはずなのに、さっきから2口くらいしか食べられていない。スープが冷めきってしまう。あとパンも食べたい。いや、もう食事はいいから部屋に戻りたい……。
結局、夕食を終えた後も、レイチェルは談話室でジョージとの関係について質問責めに遭った。とは言え、全てを包み隠さず打ち明けることはしなかった。当たり障りのない部分だけを簡潔に話して、人に話したくないところは上手く誤魔化した……つもりだ。「魔法薬学の授業でペアを組むようになって、去年より話す機会が増えた」とか、「授業にフレッドが代わりに参加していたことがあって、そのときに見分けがつくようになった」とか。
「さっき、ボーバトンの馬車に向かってたら、ジョージと偶然会って……それで、『ボーバトンの男子に誘われてるのか』って聞かれて……これから返事をするつもりだって言ったら、その、一緒にパーティーに行って欲しいって言われたの」
「ねえ、それってレイチェルのこと探してたんじゃないの!?」
「絶対そうだよ! そんな偶然ないって!」
いつの間にか、パメラやエリザベス、それにクロディーヌ以外にも同級生の女の子達が会話に加わっていた。そうなのだろうか……? レイチェルは首を捻った。言われてみると、確かにタイミングが良かったような気もするけれど……。
「レイチェルはてっきりセドリックと行くのかと思ってた!ジョージと行くって、何か意外」
「その誘ってくれたボーバトンの男子も素敵だったんでしょ? 2人も誘われたなんて、いいなあー」
「ね、ね、ジョージのどんなとこが好き? フレッドとジョージの見分けって、どうやってわかったの?」
「え? えっと、見分けは……その……雰囲気……?」
結局、レイチェルが言葉に詰まってしまったせいか、彼女達のおしゃべりはどんどん別の話題へと移っていった。他の同級生のパートナーのこと、パーティーがきっかけで喧嘩してしまったカップルのこと、ドレスのこと、メイクや髪型のこと、それに城の中のクリスマスの飾りつけについてなど────。
「そう言えば知ってる? ハグリッド、マダム・マクシームを誘ったんだって!」
「えー!そうなの!? 返事は?」
「オッケーらしいよ」
「それは……いろんな意味でビッグカップルだね」
「って言うか、それでだったんだ!最近のハグリッド、様子おかしかったもんね」
「あー……コロンの香りヤバいよね。授業のたびに鼻もげるかと思った」
「何の香りなんだろうね、あれ」
ようやく、レイチェルとジョージの話題は今度こそ終わったようだ。すっかり盛り上がっている彼女達に、レイチェルはホッとした。今なら大丈夫かもしれない。そろそろ部屋に戻る、とその輪を抜け出したレイチェルを、彼女達はあっさりと解放してくれた。
「疲れた……」
親友達より一足早く部屋へと戻ったレイチェルは、ぐったりとベッドに横たわった。大人数でのおしゃべりは楽しい。楽しいけれど……どうして恋の話となると女の子達はああも団結するのだろう……? いや、レイチェルも女の子のつもりだし、恋の話だって嫌いじゃないけど……自分以外の誰かの話を聞く方が楽しい。自分が話の中心になると落ち着かない。
とは言え、いいこともあった。話の流れの中でレイチェルがジニーのドレスについて相談したところ、エリザベスが自分が昔着ていたものでよければ貸そうかと提案してくれたのだった。下級生の頃のエリザベスと今のジニーは体型が似ているし、きっと合うものが見つかるだろう。
ジニー。そう、ジニーだ。ドレスのことも気がかりだけれど、それ以上に心配なことがあった。ジョージの、ジニーにとってはお兄さんのパートナーがレイチェルだと知ったら、ジニーはどんな反応をするだろう? 喜んでくれるだろうか? それとも、嫌がるだろうか……?
『ビルがロクでもない女を連れてきたら、叩きだしてやるわ』
確か以前、ジニーはそんな風に言っていた。
大切なお兄さんの恋人がどんな人かジニーが気にするのは、当然だと思う。いや、レイチェルとジョージはまだ恋人なんて段階じゃないけれど……でも、パートナーになると言うことは、この先そうなるのだとジニーは考えるかもしれない。レイチェルがジョージとパーティーに行くことで、ジニーと気まずくなってしまったらどうしよう……。
「フレッドはアンジェリーナを誘ったって話だったけど、ジョージの相手は誰なんだって噂になってたのよ。ジョージのこと誘った女の子、何人か居たらしいのに」
さっきのおしゃべりの中で聞いた言葉も、頭の中に引っかかっていた。
レイチェルはそれを聞いて、申し訳ないような、くすぐったいような気持ちになった。あの子だけじゃなかったんだ……。あの女の子だけじゃなく、ジョージには他にもパートナーにできる女の子が居て……それでも、レイチェルを誘ってくれた。そう考えると、胸がきゅうっと甘く締めつけられるような気がした。
もしかして、レイチェルが思っている以上に、ジョージはレイチェルのことを好きで居てくれているのかもし
れない。
そう考えて、レイチェルは枕に顔を埋めた。今のはちょっと、だいぶ、自意識過剰な気がした。
いや、でも、他の子を断ってまで誘ってくれたってことは、そう考えてもいいんじゃないだろうか……? その子達とは気が合わなそうだったとか、単純に知っている相手の方がいいと思った可能性もあるけれど……。
あの女の子を含め、ジョージを誘った女の子達は、きっとジョージのことが好きだったのだろう。
それなのに、レイチェルが────まだ気持ちが宙ぶらりんなままジョージのパートナーになることは、彼女達に失礼なことなのかもしれない。今のレイチェルには、胸を張って「ジョージが好き」と言うことができないから。さっき、「どこが好きなの」と聞かれたときも、上手く答えは浮かばなかった。
結局、まだ、自分がジョージをどう思っているのかはよくわからない。少なくとも今はまだ、恋ではないような気がした。恋だとしたら、やっぱりあの女の子がジョージを誘ったときに、もっと嫉妬したりショックを受けたりしたんじゃないかと思うから。だからきっと、違うのだろう。でも……ジョージが誘ってくれて、嬉しかった。ジョージとダンスパーティーに行きたいと思った。そう思ったと言うことは、やっぱりジョージが好きなのだろうか……? ジョージも、レイチェルと一緒に行きたいと思ってくれている……。
パートナーが見つかるかどうかで頭がいっぱいで、決まった後のことは考えていなかったけれど……つまり、レイチェルはジョージの彼女になると言うことなのだろうか?
……ううん、でも、わからない。ジョージはどう考えているんだろう。友達として誘っただけかもしれないし────彼女を作るのが面倒だから、あえてレイチェルを誘った、なんて可能性もある。ただ、パーティーのパートナーが欲しかっただけかもしれない。レイチェルだって、とにかくパートナーを見つけなければと焦っていたし。でも、普通は……普通は、パートナーになるってことは付き合うってこと……だよね? 友達として、とは言われなかったし……。
「ふぁ……」
欠伸を噛み殺す。トロトロと瞼が重くなるのを感じて、レイチェルは目を擦った。ダメだ。頭が朦朧とする。そう言えば、レポートのせいで寝不足だった。眠い。それに、今日は色々ありすぎて疲れた。でも、まだシャワーを浴びてないし、ローブのまま寝たら皺になる。でも眠い……。落ちて来る瞼を持ち上げようと努力していると、何か視界の端にちらつくものに気がついた。
「鳥……?」
レイチェルはぱちりと瞬いた。部屋の中に鳥が居る……。窓を開けた記憶はないけれど、どこから入って来たのだろう?そう思って、レイチェルは体を起こした。が、よく見るとその鳥は本物ではなかった。ハンカチでできた鳥が、レイチェルのすぐ側でパタパタと羽ばたいていた。
青いチェックのハンカチでできた“鳥”の羽には、よく見るとイニシャルの縫い取りがしてあった。アルファベットのGの文字。もっとも、イニシャルの刺繍がなかったとしても、こんなことをしそうな知り合いなんてレイチェルには1人しか思い当たらないのだけれど。
ハンカチの鳥がレイチェルのローブを引っ張って付いて来るよう急かすので、レイチェルは大人しくそれに従った。部屋を出て階段を下り、まだ寮生達のおしゃべりで溢れている談話室をそっと通り抜け、そして寮を出て────。
「あれ? レイチェル」
「ロジャー」
「珍しいな。今からどっか行くの?あと30分で消灯時間だろ」
「ええ……ちょっとね」
レイブンクロー塔の階段を下りて行くと、ちょうどロジャーが上って来るのが見えた。不思議そうに首を傾げるロジャーに、レイチェルは歯切れ悪く誤魔化した。“鳥”がまたローブを啄ばんで引っ張ろうとしたので、レイチェルはロジャーに見えないようそっと手の中に隠した。ジョージに呼び出されて会いに行くのだと、誰かに知られるのは気まずい。いや、もしかしたらジョージじゃないかもしれないけれど……でも、他にイニシャルがGの知り合いってレイチェルには心当たりがない……。
「そう言えば、ジョージのパートナーになったんだって?」
「な、何で知ってるの……?」
「……いや、あれだけでかい声で騒いでたら聞こえるって」
それもそうだ。レイチェルは恥ずかしくなって俯いた。夕食のとき、ロジャーってどのあたりの席に座ってたっけ? それほど近くはなかったような気がする。そうでなければ、さっきの談話室? 何にしろ、結構な人数の耳に入ってしまっただろうことは間違いない。明日には学年中に知られていたらどうしよう……。
「何だかんだ、レイチェルはセドリックと行くのかと思ってたんだけどなぁ」
「違うって言ったじゃない……」
「いや、まあ、聞いたけど。今更だし、照れてんのかなーと思って。フラーだって2人がパートナーだと思ってたって言ってたし」
でも、レイチェルがジョージのパートナーになったことがわかれば、セドリックに振られたと言う誤解は解けるだろうか? ……いや、単純に「セドリックと振られたから仕方なくジョージと行く」なんて噂されるのかもしれない。レイチェルは小さく溜息を吐いた。
「しかし、レイチェルがジョージと付き合うことになるとはなー」
「付き……ま、まだわからないけど……」
「何言ってんだよ。普通そうなるだろ」
「やっぱり、そうなの……?」
「レイチェルはお子様だからなー」
そんなレイチェルの頭の中を見透かしたかのように、ロジャーがニヤッとした。ぐしゃぐしゃとレイチェルの髪をかき混ぜるロジャーに、レイチェルはムッとした。馬鹿にされている。まあ、今まで何人も恋人が居たロジャーと比べたら、レイチェルは確かに子供かもしれないけれど……。
「ま、何か困ったことがあったら相談くらいは乗ってやるよ。気が向いたら」
「それは……どうもありがとう……?」
ポンポンと軽く頭を叩いてそんなことを言うロジャーに、レイチェルは戸惑った。何だか、ロジャーがいつもより優しい……。そのまままた階段を上がっていくロジャーの背中をぼんやりと見送っていると、手の中の“鳥”が暴れ出したのでレイチェルは慌ててそれを自由にした。
レイチェルの少し前を飛んでいる“鳥”は、一体どこに向かっているのだろう? 何だか心細い気持ちで、人気のない廊下を進む。羽がパタパタ上下に動く様子が、ちょっと可愛いかもしれない……。そんなことを考えていると、廊下の突き当たりで“鳥”はピタリと動きを止め、ただのハンカチに戻ってしまった。ヒラヒラと宙を舞うそれを掴んで、レイチェルは辺りを見回した。行き止まりになった廊下には、レイチェル以外は誰も居ない。
「……ジョージ?」
レイチェルは小声で名前を呼んだ。返事はない。ただの悪戯だったのだろうか……?そう不安に思いかけたところで、レイチェルは探していた人物を見つけることができた。窓から差した月明かりが、その影を照らしている。建物の中じゃない。外だ。窓の向こうに、ジョージの姿があった。
「……こんな時間に、クィディッチの練習?」
「まさか」
ジョージの顔を見たら、放課後にあった出来事を思い出してしまった。そう言えば今、2人きりだ。消灯時間が近いから、もうほとんど誰も居ない。レイチェルは照れくさくなって俯いた。あんまりジョージと2人で一緒に居ると、また緊張して妙なことを口走りそうな気がする。こんな風にレイチェルを呼び出したと言うことは、ジョージは何か用事があるのだろう。早く部屋に戻らないといけないし、モタモタしている場合じゃない。
「えっと……あの鳥、やっぱりあなたが?」
「ああ。ちょっと、君に見せたいものがあって」
「見せたいもの?」
こんな夜更けにわざわざ見せたいものって、一体何だろう? 明日になれば、授業でまた会うのに。ジョージの手に握られているのは、箒の柄だけに見える。……あっ、ローブのポケットに何か入っているとか? レイチェルはジョージの動きを待った。ジョージは困ったように頭を掻き、咳払いした。
「あー、つまりだ。その……後ろに乗って」
レイチェルは目を見開いた。それはつまり、箒に2人乗りすると言うことだろうか? ジョージと?思いがけない提案に、嬉しさと、恥ずかしさと、それから躊躇いが胸の中にぐるぐると渦巻く。夜に2人乗りなんて、危なくないだろうか。しかも、もうすぐ消灯時間だ。でも、まだ少し時間に余裕はある。ジョージだってきっとわかっているはずだ。ほんの少しなら……ほんの少しだけなら、大丈夫だろうか?
「ほら。レイチェル」
月明かりを背にしたジョージが、そう言って悪戯っぽく笑うから────レイチェルはまるで催眠術にでもかけられたみたいに、差し出されたその手を掴んでしまった。