「えっ……エリザベス、パートナー決まったの?」
水曜日の朝、まだベッドに座って瞼を擦っていたレイチェルは、親友に打ち明けられた言葉によって覚醒した。いつも早起きの彼女にしては珍しく、まだネグリジェ姿のエリザベスは白い頬を染めてはにかんだ。
「ええ。昨夜、監督生の見回りのときに誘われて……承諾したわ」
相手は、1学年下のレイブンクローの監督生らしい。レイチェルも知っている。確か、人懐こいと言うか、感じのいい少年だったはずだ。エリザベスの口から彼の話題が出ていた印象はないけれど……監督生同士だし、きっと関わりも多かったのだろう。おめでとう、とレイチェルはニッコリした。
「そう言えば、ペニーもパートナー決まったのよ! ダンスの練習のとき 近くだったから聞こえたの。『君に恋人が居るのはわかってるけど、ずっと好きだった。思い出に一緒に行って欲しい』って!ロマンチックよねー」
寝そべって枕を抱きしめたまま、パメラがうっとりと言った。レイチェルはぱちぱちと瞬いた。ペネロピーまで? つい昨日、お互いまだパートナーが決まっていないと話したばかりなのに……。ダンスってことは、あの後すぐに……?起き抜けの頭には多すぎる情報量に、レイチェルは混乱した。
「聞いた?アンジェリーナ、フレッドと行くんだって」
「知ってる!アリシアはリーとでしょ?」
「あーあ、私、フレッド狙ってたのに」
「何言ってんのよ、彼氏とラブラブのくせに」
「それとこれとは別。かっこいい男の子が人のものになるのはイヤ!」
授業の合間の休み時間にもそんな会話を耳にしたせいで、レイチェルはいよいよ焦り始めていた。
ダンスパーティーがあると掲示されたのは、先週の水曜日だった。最初の数日は、同級生の中でもパートナーが決まっているのは数人だった。週末が終わる頃には、4分の1くらいに増えていた。そこからたったの2日間で一体何がどうなったのか────いつの間にか、どうやら既に同級生の半分くらいはパートナーが決まっているようだった。もしかしたら、今ではもう、パートナーが居ない方が少数派かもしれない……。
「ねえねえ、レイチェル。セドリックのパートナーって、チョウ・チャンなの?」
「え? えっと……本人から聞いたの?」
「違うけど、そうじゃないかって噂なの!」
「本当のところはどうなの?レイチェルなら聞いてるでしょ?」
「……ごめんね。私も知らないの」
憂鬱な気分で昼食のサンドイッチを咀嚼していると、ハッフルパフの女の子達に話しかけられた。レイチェルは躊躇ったが、結局は言葉を濁す選択をとった。嘘を吐く心苦しさに視線を泳がせると、彼女達はハッと息を呑み、意味ありげに目配せを交わした。
「あっ……そうなんだ」
「こっちこそごめんね」
「元気出してね」
気遣わしげな笑みがレイチェルに向けられる。そして、彼女達はそそくさとハッフルパフのテーブルへと戻って行った。……いつもならもっと食い下がるのに、珍しい。そんなに気を遣われるほど落ち込んだ顔をしていただろうか?レイチェルが不思議に思っていると、エリザベスが苦笑した。
「私も噂を聞いたわ。セドリックのパートナーが決まったって……皆、気になって仕方ないのよ。代表選手は憧れの的ですもの」
「事実よ。相手は、私の口からは言えないけど……」
セドリックに確認しておけばよかった、とレイチェルはちょっと後悔した。ハーマイオニーとクラムみたいに、チョウも秘密にしてほしいと思っている可能性がある。だとしたら、レイチェルが勝手に喋ってしまうのは良くない。
「でも、よかった。セドとパーティーに行くって思われてたの、居心地悪かったもの」
何より、セドリックのパートナーだと誤解されたままでは、誰かがレイチェルを誘ってくれるはずもない。だから、その誤解が解けるのは喜ばしいことだ。ほんの少し希望が見えた。レイチェルがニッコリすると、反対にパメラは眉を寄せた。
「うーん……でも、今の状況ってレイチェルにとっては良くないんじゃない?」
「どうして?」
セドリックのパートナーが決まって、しかもそれはレイチェルではない。誤解が広まっているよりも、事実が正しく知れ渡った方がいい。レイチェルが見返すと、パメラは肩を竦めてみせた。
「だって、誤解してた子達は、今みたいに『レイチェルがセドリックに振られた』って考えるでしょ? 男の子だって、わざわざ失恋したての女の子に声をかけるのは気まずいって思うじゃない」
その言葉で、レイチェルはさっきの彼女達の態度の理由に思い当たった。だから、妙に気まずそうだったのか……。元々一緒に行くつもりがなかったのだから振られてはいないし、むしろ断ったのはレイチェルの方なのだけれど……いや、でもそれはそれで、知られたら反感を買いそうだ。振られたと誤解されている方がまだマシかもしれない。
「でも、ほら、逆に『失恋したてってことは今がチャンス!』って思う男だって居るだろ」
「ええ、まあ、ロジャーの価値観ではそうなんでしょうけれど……その考えはあまり一般的ではないと思うわ」
「いーい、レイチェル。ロジャーは無視して。そんな男はロクでもないからやめておいた方がいいわよ!」
「ひどくね?」
近くに座っていたロジャーが会話に入ってきたが、エリザベスもパメラも辛辣だった。
言われてみれば、パメラの言う通りだ。セドリックのパートナーが決まれば誤解は解けると思っていたけれど……レイチェルはセドリックと行きたかったのに断られたと言う更なる誤解が上書きされるだけなのかもしれない。
「え……? どうしよう……どうしたらいいの……?」
そもそもセドリックのパートナーになりたいなんて望んでいなかったのに、振られたと噂されるなんて不名誉だし、変に気遣われるのも嫌だ。でも、それ以上に────腫れ物扱いされて、レイチェルだけパートナーが決まらなかったらどうしよう。レイチェルは、皆が音楽に合わせて楽しそうにダンスしている中、1人ポツンと壁際に立って手拍子をする自分を想像した。……どう考えても絶対に寂しい。悲しい。嫌だ。
「だから、早く動いた方がいいって言ったでしょ……」
青ざめるレイチェルに、パメラが深い溜息を吐いた。
いっそ、セドリックに誘ってもらったとき素直に頷いておいた方が良かったのだろうか? どうせ元々誤解されていたのだし。……いや、でも、絶対に後々面倒なことになったはずだ。レイチェルのあのときの判断は間違ってない。……たぶん。
「誰か紹介してやろっか?」
「私も、ダームストラングの男子で誰か居ないか聞いてみるわよ?」
「私も……その……何か力になれることがありそうなら……」
「うん……ありがとう」
頼もしい提案に、レイチェルは力なく微笑んだ。既にパートナーの悩みからは解放されている友人達は余裕があって、とても心強い。が、同時にこの中でパートナーが決まっていないのは自分だけだと言うことを実感して、ちょっとみじめな気分になった。
「レイチェルってどんなタイプの男子が好みだっけ?」
「好み……」
ダンスを踊るのだから、自分より背が低かったり……レイチェルより体重が軽い男子だと難しそうな気がする。かと言って、あんまり体格がいい人はちょっと怖いし……。
ダンス。そう、ダンスだ。
一応はそれなりに親しい友人であるロジャーとでさえ、ダンスとなるとちょっと緊張した。距離が近いし、あちこち体に触るし……あんなの、親しくない男の子とできるだろうか。いや、ロジャーは友人だから却って気まずかったのかもしれないけれど……。
会話が弾むかも心配だし、できたらよく知らない男の子よりは知り合いと行きたい……と思うのは、贅沢なのかもしれないけれど。
「あのね……皆の気持ちは嬉しいけど、もう少し、その……自分で頑張ってみる」
レイチェルがボソボソと言うと、友人達は顔を見合わせた。「まあ、誰も見つからなかったら1曲くらい踊ってやるよ」とロジャーがレイチェルの肩を叩く。「いいなって思う男の子が居たら、躊躇わないこと!」のアドバイスはパメラだ。エリザベスは「いい報告を待っているわ」と微笑んでくれたけれど……レイチェルは曖昧に笑みを浮かべることしかできなかった。
……正直、あまり自信はない。
わかっている。問題の解決方法は、ものすごくシンプルだ。男の子から誘ってもらえる見込みがないなら、自分から誘うしかない。誰か私のこと誘ってくれないかしら……なんて淡い期待はいい加減捨てるべきだ。ラプンツェルやシンデレラみたいに、王子様を待っている場合じゃない。レイチェルはお姫様みたいな健気さも美しさもない代わりに、高い塔からでも自力で降りられるしガラスの靴は作れる。魔女だから。……そう、わかってはいるけれど。
誘われるのはただ待つだけでいいけれど、自分から誘うなら相手を選ばなければいけない。たとえば、次の曲がり角で最初に出会った相手、とか。……この選び方だとパートナーがピーブズになる可能性があるけれど。
ダンスを踊れそうな程度に親しくて、2人で話しても気まずくならない。そんな男の子の知り合いなんて、レイチェルには数えるほどしか居ない。そして……今もパートナーが決まっていない、レイチェルと一緒にパーティーに行ってくれそうな相手となると、その候補はたった1人きりしか思い当たらない。
ダンスパーティーの告知からもう1週間が経った。
その間、その相手────ジョージとは何度も顔を合わせている。ジョージがレイチェルを誘うつもりなら、機会は何度かあった……と、思う。けれど、ジョージからは何もアクションはなかった。つまり、たぶん……ジョージはレイチェルを誘うつもりはないのだろう。ここまではいい。
問題はその理由だ。他の人と同じに、レイチェルはセドリックと行くと思っているからなのか。それとも、ジョージには他に誘いたい女の子が居るのか。
わからない。わからないけれど、ジョージを誘ってみるしかない。ジョージのことはわからないが、レイチェルには他に当てがないことは確かだ。ジョージを誘おう。でも、誘うってどんな風に?
『ハーイ、ジョージ。ねえ、私と一緒にダンスパーティーに行かない?』
…………無理。想像だけで恥ずかしくなって、レイチェルは顔を手で覆った。そんな風に積極的に声をかけられるなら、今頃とっくにパートナーが3人くらい居る。できないから、今こうやって焦る羽目になっているのだ。
……開心術が使えたら、きっとこんな風に悩まなくてもいいのに。
そうしたら、ジョージの心を読みことができる。もうパートナーは決まっているのか、誰を誘いたいと考えているのか。レイチェルのことをどう思ってるのか。……アンジェリーナ達にそれとなく話を振ってみたら、ジョージのパートナーはまだ決まってないんじゃないかと言っていたけれど、あくまで参考程度だ。情報が古い可能性がある。「あ、もうパートナー決まったんだ」なんて断られるかもしれない。
そう。勇気を出して誘ってみても、断られる可能性もある。今この瞬間、まさに誰かがジョージとパーティーに行く約束をしているかもしれない。
そもそも、どうしてジョージならオーケーしてくれるかもと考えたんだっけ?
それは……ジョージなら、レイチェルを誘ってくれるかもしれないと思っていたからだ。でも、それは思い違いだった。前提が間違っている。と言うことは、断られる可能性もそこそこ高い。あれ、オーケーしてもらえる可能性が高いから誘うんじゃなかったっけ? 違う、ダンスを踊るなら親しい人の方がいいから……確かにまあそれなりに仲は良いけれど、それって断られたら気まずい関係だと言うことでもある。そもそも、レイチェルはジョージとパーティーに行きたいんだっけ……? いや、そうじゃない。ジョージが自分と行きたいんじゃないかと思っていて、それならレイチェルもジョージと行っても構わないと思っていて……ああもう、こんがらがってきた。
いや、もう、この期に及んでグチャグチャと考えるのはやめよう。
1週間だ。1週間、グダグダ悩んだり、他のことの気を取られたりして、足踏みしていた。これ以上もう猶予はない。
ジョージを探そう。そして、誘ってみよう。断られたら……パメラ達に慰めてもらおう。しばらく気まずくなるかもしれないけれど……たぶんレイチェルは重く考えすぎだろうとも思う。たかがダンスパーティー。ドラコだってそう言っていた。
申し込んでみなければ、可能性はゼロだ。ガリオンくじと同じ。むしろ、ガリオンくじよりは確率が高いはず。頑張れ。勇気を出して。あと、笑顔。
「あのね、ジョージ。その……私と、ダンスパーティーに行ってほしいの」
しかし────そうジョージに告げたのは、レイチェルではなかった。
向こうの渡り廊下にはジョージが居て、そのすぐ近くにはもう1人誰か立っていた。くるくると綺麗にカールしたブロンドに、薔薇色の頬。ネクタイの色はカナリアイエロー。レイチェルの知らない女の子だ。下級生か、もしかしたら上級生かもしれない。零れ落ちそうな大きな瞳を潤ませて、頼りなげにジョージのローブを細い指で引く彼女は、同性のレイチェルから見ても可愛らしい。
「ありがとう」
そう答えるジョージの声は、優しい響きをしていた。
ぼんやりと廊下を歩いていたら、いつの間にか図書室に着いていた。
レポートをする気分にはなれそうになかったが、〆切は明日だ。気分の問題ではない。参考になりそうな本を見つけると、レイチェルは空いている席を探した。セドリックはまだ来ていない。早く来てほしいな、と思った。1人で居ると余計なことばかり考えてしまいそうだ。さっきの光景が、妙に頭に焼きついて離れない。
思わせぶりなことをしないでほしいとジョージに言ったのは、レイチェル自身だ。
この間だって、せっかくジョージが髪型を褒めてくれたのに、驚いてつい素っ気ない態度をとってしまった。気まずくて、目を逸らしてしまったりもした。感じが悪かったかもしれない。迷惑がっている、と受け取られた可能性もある。そんなことないのに。
『レイチェルは可愛いよ』
幼馴染の欲目でセドリックはそう言ってくれるけれど────たぶん客観的に見ると、レイチェルはあまり可愛げがない。エリザベスみたいに美人でもないし、クロディーヌみたいに洗練された雰囲気もない。パメラみたいにおしゃれで話し上手なわけでもない。つまり、これと言った魅力がない。同級生の女の子達は男子からデートの誘いを受けたりしているのに、レイチェルには1度たりともそんな機会がなかったのが、悲しいけれどその証拠だ。
ジョージだって、そんな可愛げがないレイチェルなんかよりも他の女の子の方が……もっと素直で、ジョージに好意を持ってくれる子の方がいいに決まっている。
……ああ、ダメだ。つい自分なんか、と考えてしまいそうになる。これはよくない。この間、ハリーに誰かと比較する必要はない、なんて偉そうに言ったのは誰?
そもそも、何に対して落ち込んでいるのだろう? レイチェルが男の子にモテないのなんて今更だ。……ジョージが他の女の子とパーティーに行くのがショックだった?
だとしたら、随分と自分勝手な気がする。だって、ジョージのことが好きなのかどうかすらわからないのに。むしろ……やっぱりこれは、恋とは呼べないような気がした。だって、ジョージが他の女の子をパートナーにするとわかっても、あまり驚いていないのだ。寂しいとか、悲しいとか、嫉妬とか……そう言う感情とも違う。『期待はずれ』……?『ガッカリした』……? もしくは、肩透かしだった……そんな感じが近いかもしれない。ああそうなんだ、と妙に冷静に受け入れている自分が居る。
それに……どこかホッとしてもいた。
やっぱり、レイチェルの勘違いだったのだ。ジョージはレイチェルのことを好きなわけではなかった。そしてたぶん、レイチェルも同じで。つまり、今まで通りただの友達。そのことに────あんなに悩んだのが馬鹿みたいだなとは思うものの────少し、安心してしまった。
思わせぶりなことをされたから、ドキドキしてしまっただけ。……ロジャーとダンスの練習をしたときだって、ちょっとドキッとしてしまったりした。セドリック以外の男の子に慣れていないから、ちょっとしたことでドギマギしてしまう。レイチェルが思わせぶりだと感じたことは、ジョージにとっては何てことない些細なことで────、
『綺麗な髪だよな』
『キスしてもいいのかと思って』
『なんだ。残念』
……いや、やっぱりあれは相当、かなり思わせぶりだったと思う。
まあ、とにかく、ジョージが無意識で何も考えていなかったにしろ、意図的に思わせぶりなことをしてレイチェルをからかっていたにしろ、ジョージにとってレイチェルは友達の1人で、特別な感情はなかったのだろう。そう結論付けて、レイチェルは頭を抱えた。
……どうしよう。1人で勘違いしていたことが、ものすごく恥ずかしくなってきた。
レイチェルはジョージのことが気になっていた。ジョージが自分のことを好きかもしれないと思ったから、意識してしまっていた。たぶん、ジョージにもバレていただろう。どうしよう。レイチェルの勘違いを笑われていたかも。いや……でも、ジョージはそんな男の子じゃない。そう。悪戯好きで困ったところもあるけれど、ジョージは優しい。……レイチェルにも優しかった。ただ、危なっかしくて放っておけなかっただけなのかもしれないけれど……だから、勘違いしてしまった。それに、最近は2人で過ごす機会が増えていたし……ただの友達の距離にしては、近すぎる気がしたから。
だから、もしかしてジョージはレイチェルのことを女の子として見ていて────パートナーに誘ってくれるんじゃないか、と。そんな、淡い期待を抱いてしまった。ジョージがレイチェルと一緒に行きたいと言ってくれるなら、オーケーしてもいいかな……なんて。改めて考えてみると、すごく自意識過剰で、何よりものすごく傲慢な気がする。ジョージだって、頬を染めて一緒に連れて行ってとお願いしてくる女の子がいいに決まっている。……あの子、すごく可愛かったし。偶然とは言え、盗み聞きしたみたいであの子には申し訳ないことをしてしまった。とは言え、申し込む前に結果がわかったことはレイチェルにとっては助かった。断られて気まずくならずに済んだから。ジョージとあの子のカップル、お似合いだろうな……。
そもそも、エリザベスやチョウみたいに男の子にモテるわけでもないのに、のんびり誘われるのを待っていたのが間違いだったのかもしれない。
だって……誘われてみたかったんだもん。セドリックは誘ってくれたけれど、あれは友達としてだ。モテないと言う自覚があるからこそ、男の子にパートナーに申し込まれると言うのに憧れてしまった。一緒に行ってほしい、と言われてみたかった。
まあ、その結果、今こうして誰1人当てがなくなって途方に暮れているわけだけれど……やめよう。凹んできた。ロジャーに「夢見がち」なんて言われてしまったけれど、本当にそうかもしれない。しかし、ダンスパーティーが10日後に迫っているのは夢じゃない。現実だ。
とにかく今は、誰かパートナーを見つけなければいけない。談話室に戻ったら、やっぱりパメラ達に紹介を頼んでみよう。まだパートナーが決まらず困っている男の子だって居るはずだ。それでも、どうしても相手が見つからなかったら……さすがに1人で参加するのは寂しいから、チャーリーやパパに会いにルーマニアに行くのもいいかもしれない。ああ、でも今からだと移動キーのチケットの手配が間に合わないかも。いや、速達用のふくろうなら何とかなる気がする────ルーマニアのクリスマスってどんな風なんだろう?
「あの……」
すっかりドラゴン研究所での休暇について想像を膨らませていたレイチェルは、自分が話しかけられていると気づくのに時間がかかった。顔を上げて、声の方を振り向く。ボーバトンのローブを着た青年の顔には見覚えがあった。あの、マスタードの瓶の男の子だ。
「あっ、えっと……何かしら? あっ、もしかしてこの本?」
困ったように微笑む青年に話しかけられる理由が思い当たらず、レイチェルは首を傾げた。彼がこの本を必要としているのなら、先に使ってもらって構わない。レポートを書くつもりで広げてはいるものの、1文字も進んでいないから。
「違います。その本も面白そうだけど。君の名前、レイチェル……で、合ってますか?」
「え? ええ、そうだけど……」
「僕はジュリアン。はじめまして」
白い歯を見せて笑うと、大人びた顔立ちが親しみのあるものに変わる。はじめまして、と会釈を返しながら、レイチェルは戸惑っていた。この様子だと、レイチェルに用があって話しかけてきたみたいだけれど、何の用事だろう?
「僕とダンスパーティーに一緒に行ってくれませんか?」
青年の口から紡がれた言葉に、レイチェルはポカンとした。
今度こそ、パートナーのことで悩むあまりの幻聴だろうか? レイチェルはまじまじとマスタードの男の子、改めジュリアンを見返した。以前パメラも言っていたけれど、ハンサムだ。だから尚更信じられない。ほとんど話したこともない男の子に一目ぼれされるほど、レイチェルは美人ではない自信がある。誰かと人違いしているのだろうか……?
「貴方はここに来た最初の日、僕に親切にしてくれました」
キラキラした青い目で見つめられて、レイチェルは居た堪れない気持ちになった。どうやら人違いではないみたいだけれど、彼の言う『親切』がレイチェルの記憶にあるものと同じなら、そんな風に言ってもらえるほどのことじゃない。ただ、そこにあったマスタードの瓶を渡しただけだ。
「それに、貴方は朝食のとき、アー……新聞? 読んでいます。笑ったり、悲しんだり、怒ったり。それがとても可愛い」
知らないうちに見られていたらしい。頬に熱が集まって来るのがわかって、レイチェルは俯いた。 こう言うとき何て返すのが正解なんだろう。言葉に詰まっていると、青年が困ったようにレイチェルの顔を覗きこんだ。
「もう、誰かパートナー決まってますか?」
「い、いいえ!」
「あ……あの、誘ってくれてありがとう。すごく嬉しい。ただ、えっと……その……びっくりして……」
セドリックに誘われたときの反省を活かし、レイチェルはどうにかそう言葉にすることができた。
戸惑いの方が大きいけれど、嬉しいのは本当だ。まさか自分が他校の男の子から誘ってもらえるなんて思いもしなかった。
「返事、急ぎません。考えてみてください」
「は、はい……」
「断られなくてよかった。いい返事を待ってます」
ニッコリ笑って、ジュリアンは図書室を出て行った。姿勢がいいからか、それともローブの色のせいか、後ろ姿までが爽やかだ。レイチェルよりも1つか2つ年上のはずだから、その余裕だろうか? ……何と言うか、ホグワーツではあまり見ないタイプの男の子だ。
「レイチェル!ごめん、遅れて」
そう言えば、セドリックと約束していたんだった。今のやり取りを見られていただろうかと、レイチェルはギクッとした。だとしたら気まずい。けれど、セドリックはいつも通りだった。ちょうど入れ違いだったのだろう。レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。
「どうしたの? 顔が赤いけど……風邪?」
何でもないと首を振って、レイチェルは本で顔を隠した。
パートナーに誘ってくれたと言うことは、たぶんあのマスタードの瓶の男の子、じゃなかった、ジュリアンには、レイチェルが女の子に見えているのだろう。彼と一緒にパーティーに行く────2人で話したり、踊ったりする……。彼のことは何も、ついさっきまで名前すら知らなかったのに? いや、でも、ハーマイオニーとクラムだって似たようなものだし、レイチェルには他にパートナーになってくれそうな男の子の心当たりなんてない。
……とりあえず、後で落ち着いて考えよう。今のレイチェルにとっての最優先事項は、今日中にこのレポートを仕上げることのはずだ。