「えーっと、ここをくぐらせて……ねぇ、やっぱりレイチェルの髪ってちょっとまとめにくい。このスタイリング剤つかっていい?」
「いいけど……今日は本番じゃないし、あんまりガチガチに固めないでね。元に戻せなくなるもの」

日曜日の午後。外は今日も雪が降り続いていたので、レイチェル達は大人しく自分達の部屋で過ごしていた。雑誌を参考に、パーティー用のヘアアレンジを試してみることにしたのだ。レイチェルはあまり凝ったことはできないけれど、パメラは手先が器用だから上手だ。されるがままに髪をいじられながら、レイチェルは小さく息を吐いた。

「もしかして、パートナーのこと考えてる?」

レイチェルの溜息に気づいたパメラにそんな風に問われたので、思わず視線を泳がせた。図星だ。今日も朝から女の子達はその話題で持ちきりだった。積極的な彼女達を見ていると、こんな風に友人達と呑気に過ごしていていいのだろうかと、何となく落ち着かない気持ちになる。……まあ、だからと言って部屋から出たところで特に行く場所もないのだけれど。

「ちょっと脅しすぎちゃったかもだけど……心配しなくたって、レイチェルなら誰か見つかるわよ。ただ、のんびりしすぎて後悔してほしくないだけ。せっかくのパーティーなんだから、楽しく過ごせる相手の方がいいでしょ」
「うん……」

パーティーの存在を知らされて以来、散々早く行動するよう焚きつけられているけれど、パメラが意地悪でレイチェルを焦らせようとしているわけじゃないことはわかっている。普段からどちらかと言えば恋愛事に疎いレイチェルのことを心配してくれているのだろう。

レイチェル、好きな人が居るって言ってたじゃない。その人とはどうなってるわけ?」

そんな問いかけに、レイチェルはぱちりと瞬きをした。そう言えば、“好きな人が居る”ことは打ち明けたけれど、結局、レイチェルの想い人が誰かは伝えていなかったんだっけ。新学期が始まってからは特にバタバタしていたし、2人が無理に聞き出そうとはせずにいてくれたから、そのままになってしまっていた。

「パメラと同じよ。……もう、ホグワーツには居ないの」

そう。パメラは相手が在校生だと思っているのだろうけれど、以前伝えたレイチェルの“好きな人”────オリバー・ウッドは、もうホグワーツを卒業してしまっている。だから、彼をパートナーにするのはどうしたって不可能だ。

……ダンスパーティーの開催が去年だったとしたら、レイチェルはウッドを誘ってみただろうか?

いや、でも、ウッドのことが好きだと気が付いたのは、確かクリスマス休暇よりも後のことだった。だとしたらたぶん、去年のレイチェルにはそんな行動は取れなかったはずだ。どちらかと言うと、ダンスパーティーでウッドが誰かを踊るのを見て自分の気持ちを自覚する、なんてことになっていた可能性の方が高い。いくらウッドがクィディッチで頭がいっぱいだったとしても、ダンスパーティーとなれば誰か女の子と一緒に参加しただろうし。そしてその相手はきっと、レイチェルではなかったはずだ。

「……ねぇ、やっぱりレイチェルの好きな人ってルーピン教授じゃないわよね?」
「違うってば」

手鏡越しに見たパメラの怪訝そうな表情がおかしくて、レイチェルはクスクス笑った。ルーピン教授のことは尊敬しているし、素敵な人だとも思うけれど、レイチェルの想い人じゃない。レイチェルが好きになったのは────。

「……ね、パメラ。オリバー・ウッドって覚えてる?」
「オリバー・ウッド? って、あの、グリフィンドールのキャプテンよね?去年卒業した」
「うん」

以前は胸の中に隠しておきたかったはずの言葉は、驚くほどするりと舌の上を転がった。
……もう、言っても良いかなと思った。ウッドが卒業してもう半年近く経つ。教えたところで、きっと今更パメラだってレイチェルの恋を応援しようだなんて言い出さないだろう。いや、そんなのは建前で、もしかしたらレイチェルが誰かに聞いてほしくなっただけかもしれない。
沈黙が続いた。パメラの持つ櫛がレイチェルの髪を梳く。が、ふいにその手はピタリと止まった。

「えっ!? まさか、レイチェルの好きな人って、ウッドなの!?」
「……そんなに意外?」
「えっ、だって……2人、接点あった!?」
「ほんの少しだけ」

パメラだけでなく、魔法史の本を読んでいたはずのエリザベスも目を見開いて固まっていた。
確かに、2人が驚くのも無理はないのかもしれない。ウッドとレイチェルは友人と呼べるかも曖昧な程度の親しさだったし、レイチェルでさえいつからウッドのことが好きだったのかよくわからないのだ。はっきりとしたわかりやすいきっかけなんてなかったし、いつの間にか、好きになってしまっていた。

「好きだったけど……見てるだけで、満足しちゃった。恋人になりたいとか、そう言うのじゃなくて……」

一緒にホグズミードでデートしてみたいとか、彼と2人きりで図書室で勉強したいとか。そんな、淡い願望がほんの少しもないわけじゃなかった。たぶん、そうできたとしたら────ウッドもレイチェルとそうしたいと思ってくれたとしたら、嬉しくて舞い上がったと思う。でも、ウッドの関心がレイチェルよりも、他の女の子よりも、クィディッチに向かっていたのは明らかで。ひたむきに夢を追うウッドに憧れていたから、それを応援したかった。レイチェルの恋心のせいで、邪魔してしまうのは嫌だった。だから結局、彼が卒業してしまうとわかっていても、気持ちさえ伝えることはなかった。
人によっては、そんなに簡単に諦めがつくなんて本物の恋じゃない、と言われてしまうのかもしれないけれど。でも、確かにウッドはレイチェルにとって特別な人で、彼のことが好きだったと思う。ウッドが笑ってくれると嬉しかったし、名前を呼ばれるとドキドキした。彼の指に触れられると、何だか泣きたいような気持ちになった。

「……今も、彼のことが忘れられない?」

気遣わしげにそう問いかけるエリザベスに、レイチェルは言葉に詰まった。
それは、ここ数ヶ月、レイチェルも考えてみたことだった。半年前のレイチェルは確かにウッドのことが好きだった。夏休みに会えたときも、たぶんまだ好きだった。────でも、今は?

「……自分でも、よくわからないの。……でも、たぶん違うと思う」

もしもホグワーツの外からのお客様を招待できるとしたら、勇気を出してウッドを誘ってみただろうか。そう考えてみても、レイチェルはたぶんそうすることはないような気がした。ウッドを嫌いになったとか、そう言うわけじゃない。ウッドが目の前に現れたとしたら、たぶん今でも多少動揺してしまうとは思う。でも、それはきっと、以前のレイチェルがウッドに抱いていた感情とは少し違う。

「今も好きよ。尊敬してるし、応援してる。元気で過ごしてほしいし、笑っていてほしいなって思う。でも、何て言うか……」

以前のレイチェルは、ウッドのことで頭がいっぱいだった。
廊下でウッドとすれ違えば、心臓が破裂しそうなほどにうるさくなったし、集中しなければいけないはずの授業中ですら、ぼんやりとウッドのことを考えてしまったりした。でも。
ウッドは卒業してしまって、顔を合わせることはなくなった。もう、この城のどこにもウッドは居ない。最初はそれが寂しかったはずなのに、いつしか慣れて、それが当たり前になってしまった。
忙しくなったNEWTの授業。100年ぶりに開催された対抗試合。セドリックが代表選手になったこと。日々の慌しさに、ウッドのことを考える時間は自然と減っていった。目の前に居なくても彼のことをずっと想い続けるには、レイチェルとウッドの間にはあまりにも思い出が少なすぎたのだろうと思う。

「たぶん……もう、恋じゃないの」

ウッドのことは、今でも好きだ。レイチェルにとって、憧れの人。でももう、あんな風に胸の中をかき乱す、激しい感情じゃない。もっと、柔らかくて穏やかな熱だ。自分でも持て余すほどに膨らんでいた感情は、会わない間に溶けてしまった。温かいココアみたいな、甘くて優しい、ホッとするような感情。

「そっか……話してくれてありがとう、レイチェル
「ふふ。パメラ、くすぐったい」

パメラが背中からギュッとレイチェルを抱きしめた。長い髪が首筋を掠めるのがくすぐったくて、レイチェルはクスクス笑ってしまった。
言葉に出してみると、ほんの少しだけ寂しさに胸が痛んだ。でも、同時に懐かしさに胸が温かくなるのも感じた。自分でも気付かないうちに、いつの間にかウッドのことはレイチェルの中でもう思い出に変わってしまっていたのだろう。“時間が解決してくれた”と言うことなのかもしれないけれど、少し違う気もする。
たぶん、ウッドとレイチェルの時間は最初からうまく噛み合っていなくて────それでも、あのときはウッドもレイチェルもこのホグワーツに、同じ場所に居た。だから、ほんの少しだけ一緒に過ごすことができていた。彼と話をすることも、ちょっとしたことで笑うこともできた。だから、レイチェルは彼に恋をした。
でも、今はそのたった1つの接点もなくなってしまった。ウッドにはウッドの、レイチェルにはレイチェルの日常があって、未来がある。たぶんこの先、もう重なることはないのだろう。何かのきっかけで、また会うこともあるかもしれないし、そんな偶然や運命を待たなくても、自分できっかけを作ることをきっとできなくはない。たとえば彼に手紙を出すとか、彼に近づけるような進路を選ぶとか。けれど、少なくとも今のレイチェルはそうすることを望んではいなかった。以前のように、彼に迷惑になることを恐れて、気持ちを抑えているわけでもない。勇気が出ない、と言うのとも少し違う気がする。彼が元気で過ごしていてくれるのなら、それでいいと思えた。
ウッドがくれた言葉や、頭を撫でてくれた手の温かさ。ほんの少しだけ一緒に過ごした時間。他人から見れば些細なことばかりだろうけれど、レイチェルにとっては、きっとこれからも大切な思い出だ。
気持ちを伝えることすら、できなかったけれど。実を結ぶことはなかったけれど。ひとりよがりだったかもしれないけれど────それでも、レイチェルは確かに彼が好きだった。素敵な人に恋をしたと、彼を好きになってよかったと、今は素直にそう思える。

たぶん、今度こそ、レイチェルの恋は終わったのだろうと思う。

 

 

 

そう。ウッドのことは、自分の中でも整理がついている……はずだ。
それはつまり、『好きな人が居るから他の人とパートナーになるなんて考えられない』なんて言い訳ができないと言うことでもあった。まあ、たとえレイチェルがそんな一途な女の子だったとしても、卒業生であるウッドを誘うのは不可能だ。皆が素敵なパートナーと仲睦まじく寄り添う中、たった1人でパーティーに参加するのが嫌なら、誰か他に相手を見つけるか、いっそ欠席する他ない。勿論せっかくのパーティーを見逃したくはないので、パートナーを探すしかない。

「やっぱり私、この水色のやつにする」

とは言え、やっぱりパートナーはレイチェルの意志だけじゃ決められない。とりあえず自分1人で決められるものだけでも先に決めてしまおうと、レイチェルは考え中だったドレスに合わせる小物類を決断することにした。靴にバッグ、それにショールだ。エリザベスが用意してくれた写真とにらめっこした結果、レイチェルはようやくその中から1つを選ぶことができた。

「パメラはこの薄紫と、ボルドーのものでよかったかしら?」
「本当ごめんエリザベス!どうしても実物見てから決めたくって!」

パメラは結局1つには絞り切れず、2つの靴を送ってもらうことになった。確かに、どれも素敵だから目移りしてしまう気持ちはわかる。レイチェルも最後まで迷ってしまった。エリザベスは写真の束の中からレイチェル達が選んだ靴やショールだけを選び取ると、封筒へと入れた。

「じゃあ私、ふくろう小屋に行ってくるわ。届くなら早い方がいいですもの」
「あっ、私も行く」

エリザベス1人だけこの寒さの中ふくろう小屋へ行かせるのは何だか申し訳ないし、ちょうど新しいインク壺を買うためにふくろう通販の申し込みをしたかったのだ。お茶の準備をして待っていると手を振るパメラを残して、レイチェル達は部屋を後にした。

レイチェルもエリザベスも、髪型かわいい! どうしたの?」
「パメラがやってくれたの」
「えー、上手!いいなあ」

談話室に降りると、ソファでおしゃべりをしていたチョウとマリエッタが褒めてくれた。
さすがにパーティー用の豪華なまとめ髪は恥ずかしいのでほどいてもらったけれど、複雑な編み込みが入った髪型はパメラの自信作だった。

「あっ、もしかしてダンスパーティーに向けて練習してたの? 私達もヘアアレンジどうしようかって迷ってて……」
「やっぱりまとめた方がいいんだよね?」
「ねぇ、それどの雑誌に載ってたやつ?」

いつの間にか、チョウ達以外に同級生の女の子達も集まって来ていた。ドレスの色や、アクセサリー。すっかり当日のファッションの情報交換に盛り上がっている女の子達を置いて、レイチェル達はそっと談話室を抜け出した。

「無理もないけれど、皆ダンスパーティーの話題ばかりね」

人気のない廊下を歩きながら、エリザベスが溜息を吐いた。どこか疲れたような口調だ。パーティーやドレスに慣れているエリザベスは女の子達から質問されることが多いので、もしかしたらちょっとウンザリしてしまったのかもしれない。

「エリザベス、スリザリンの人に誘われたのよね。どうして断っちゃったの?」
「……だって、ほとんど話したこともない人だったんですもの。それに、『自分に誘われて嬉しいだろう』 みたいな自信過剰な態度で、すごく印象が悪かったわ」

エリザベスが眉を顰めた。エリザベスの言い分はわかる気はするし、その場に居なかったレイチェルには実際のところはわからないけれど……せっかく誘ってくれた人をその場で断ってしまうと言うのは、ちょっともったいないような気がする。

「エリザベスって、誰か一緒にパーティーに行きたい男子って居るの? 誘ってきた人の中から選ぶの?」

レイチェルの疑問に、答えは返って来なかった。
エリザベスは美人だし、たぶん1人断ったとしても誘ってくる男子は他にもたくさん居るのだろう。でも、何と言うか……選択肢が多いと、かえって誰をパートナーにするか決めるのって困りそうな気がする。エリザベスが誘えばNOと居ない男子は居ない気がするけれど、彼女の性格からして自分から誘うと言うのも考えにくい。

レイチェルこそ……誰かパートナーの心当たりは居るのかしら?」

今度はレイチェルが口をつぐむ番だった。
確かにこの質問は意地悪だったかもしれないと、レイチェルは反省した。この人だと断言できるような相手が居るのなら、もう今頃はとっくに一緒にパーティーに行く約束を取り付けているに決まっているからだ。

「……本当、パメラやクロディーヌはすごいなって思うわ」
「同感よ」

レイチェルの呟きに、エリザベスの溜息が重なった。
パートナーの心当たり。つまり、レイチェルを誘ってくれそうな男の子。……レイチェルを女の子として意識してくれていそうな相手。そう考えてみると、1人だけ……たった1人だけ、心当たりがないわけじゃないけれど……。

「あれ? レイチェル
「あ……」

ちょうど廊下の角から、たった今頭の中に思い浮かべていた相手の姿が現れたので、レイチェルは動揺してしまった。向こうから歩いて来る燃えるような赤毛は、見間違えるはずもない。フレッドと、そしてジョージだった。

「もしかして、ふくろう小屋に行くところか?」
「ええ。貴方達は戻って来たところ?」
「気をつけろよ。入口が凍っててかなり滑るぞ」
「わかったわ。ありがとう」

フレッドがそう教えてくれたので、レイチェルはニッコリした。そうして、すぐにフレッドは通り過ぎてしまったけれど、ジョージは立ち止まったまま動かなかった。その目がじっとレイチェルを見つめるので、レイチェルはますます動揺した。

「な、何?」
「いや……いつもと髪型が違うなと思って」

レイチェルは無意識に自分の髪へと触れた。確かに、いつもならこんなに凝った髪型はしないから、ジョージの目にも珍しく映ったのだろう。何だそんなことか、と思わず肩の力が抜けた。てっきり────てっきり、何を言われると期待したのだろう? レイチェルは頬に熱が集まるのを感じた。

「そう言うのも似合うんだな」
「え? あっ、……ありがとう」

ジョージはいつも通りなのに、レイチェルは急に褒められたことで驚いて、素っ気ない口調になってしまった。奇妙に思われたかもしれないと焦ったが、ジョージは気にした様子もなくさっさとレイチェルの脇を通り過ぎて行ってしまった。

ジョージはもしかしたら、レイチェルのことを好きなのかもしれない。

ここ数ヶ月、何度かそう考えてみたことがあった。だから、もしかしたらジョージなら、レイチェルを誘ってくれるんじゃないか、なんて。そんな淡い期待を抱いてしまっていることに、自分でも気が付いている。でも……確信が持てない。気になっている女の子の前にしては、何と言うか……ジョージはあまりにも冷静だから。いつだって、動揺しているのはレイチェルの方ばかりだ。やっぱり……面白がって、からかわれているだけなのかもしれない。ジョージはレイチェルのことなんて、押したら音がするマグル製品のゴムのアヒルくらいにしか思っていないのかも。
それに……レイチェルの方も、まだ自分がジョージをどう思っているのかわからない。ジョージに惹かれているのか、それともからかわれるせいで気になっているだけなのか。
わからないことだらけだ、とレイチェルは頭を抱えたくなった。

 

 

「ねぇ、お願い。配達を頼みたいの。うーん……今日は無理かしら?」
「でも、予報だとこの先1週間はずっと雪ですもの」

よく訓練されたエリザベスのふくろうは自ら手紙を括りつけられることを望み、颯爽と飛び立って行ったが、学校のふくろう達はそうはいかなかった。ふくろうフーズごときではつられないと、眠ったフリをして配達を拒否するふくろう達に、レイチェルは途方に暮れた。とりあえず、時間がかかりそうだからエリザベスには先に部屋に戻ってもらったけれど……この分だと、明日の朝食の後にトーストの耳か何か手に入れて、出直すしかないだろうか? レイチェルが溜息を吐いていると、向こうからもバサバサと羽音が聞こえた。やっぱり、どのふくろうも配達を嫌がっているようだ。音のした方を振り向いたレイチェルは、そのすぐ側に居た人物を見てあれ、と思った。

「ヴィクトール?」

私服なのでちょっと自信がなかったが、向こうに居るのはたぶんクラムだ。クラムの方は、どうやら配達の交渉が上手く行ったところだったらしい。ふくろうは空へと飛び去って行き、レイチェルの声に気が付いたクラムは、こっちへ歩いてきた。

「ヴィクトールも手紙を出してたの?」
「はい。少し早いですが、家族にクリスマスカードを」
「あっ……私も出さなきゃ」

クリスマス休暇にホグワーツに残ると言うことは、いつもとは違って母親や、おじさんやおばさんにもクリスマスカードを出さなければいけない。今年は休暇中に学校に残る生徒が多いから、クリスマスが近くなるとふくろうも足りなくなりそうだし、早めに準備した方が良さそうだ。

「ふくろう、配達嫌がりますか? これ、よかったら使ってください」
「いいの? ありがとう」

そう言ってクラムが余ったらしいリンゴをくれたので、レイチェルは眠ったフリを続けているふくろう達へと差し出してみた。ふくろう達は誰が配達を引き受けるかと目配せしていたが、やがてその中の1羽がリンゴを啄ばみ、レイチェルに足を差し出してくれた。

「ごめんね。引き受けてくれてありがとう。よろしくね」

滑らかな翼を撫でてそう頼むと、任せろと言いたげに自信たっぷりにホーと鳴いて空へと飛び立って行く。小さくなっていくその姿を見送っていると、視線を感じた。クラムが何か言いたげにレイチェルをじっと見つめていた。

「ハーモンニニーのこと、ありがとうございました。彼女にオーケーもらえました」
「本当に? よかった」
「断られるかもしれない、そう思ってました。もしかして、君が彼女を説得してくれましたか?」
「……説得ってほどじゃないわ。決めたのはハーマイオニーだもの」

どうやら、あの後無事にハーマイオニーはクラムと会えたらしい。背中を押しはしたけれど、結局そうすると決めたのはハーマイオニーだ。大したことはしていないとレイチェルが首を振ると、クラムは微かに微笑んだ。

「彼女と話しました。彼女、色々なことを知ってます。彼女と居る、楽しいです」

それならよかったと、レイチェルもつられて微笑んだ。2人とも本が好きだからきっと話してみたら気が合うんじゃないかと思っていたけれど、やっぱりその想像は当たっていたようだ。上手く行っているなら何よりだ。

「彼女がやっている、アー……S.P……?」
「……もしかして、SPEW?」
「そうです。彼女の考え、僕にはなかった。驚きました」

レイチェルも驚いた。まさか、もうSPEWのことまで話していたなんて。もしかして、クラムも勧誘したのだろうか?確かに、クラムが参加してくれたとしたらSPEWに興味を持ってくれる人は増えそうだけれど……。

「ただ、彼女は、僕がパートナーだと知られたくない。パーティーの日まで秘密、そう言われました」
「あー……」

どうやらそう言うわけでもないらしい。クラムは少し寂しそうだった。クラムが残念に思う気持ちもわかるけれど、レイチェルにはハーマイオニーの気持ちもよくわかった。もしもレイチェルが彼女の立場だったとしたら、やっぱりクラムには秘密にしてほしいとお願いするだろう。

「周りに冷やかされるのが恥ずかしいんだと思うわ。貴方は有名人だし……」

レイチェルの頭に、クラムのファンの女の子達の姿が浮かんだ。彼女達はやっぱりクラムのパートナーになりたかっただろうから、2人を祝福するのは難しいだろうし……周りの声って、関係ないと思ってもどうしても気になってしまうものなのだ。

「君に、何かお礼がしたい。僕にできること、ありますか?」

そう尋ねられて、レイチェルは戸惑った。確かにほんの少しだけ協力はしたけれど、お礼をしてもらうほどのことはしていない。そう言おうとしたものの、レイチェルは開きかけたぴたりと唇を閉じた。クラムにしてほしい“お礼”を思いついてしまったからだ。

「……じゃあ、1つお願いしてもいい?ヴィクトールにしかできないことなの」

何か、お礼をしたいと思ってくれるのなら……図々しいかもしれないけれど、レイチェルには1つクラムに頼みたいことがあった。ちょっと照れくさいし、後ろめたいけれど……でもせっかくこう言ってくれているのだから、またとない機会だ。

「あのね……あなたのサイン、貰ってもいい?私と、セドの分」

言いながら、レイチェルは頬が熱が集まるのを感じた。
彼のサインを欲しい生徒はたくさん居て、皆が頼んでしまったらそれに応えるクラムは大変だ。だから、遠慮するべきだと思っていたけれど……でも、やっぱり、できるなら彼のサインが欲しい。

「喜んで」

クラムが快くそう言ってくれたので、レイチェルは大急ぎでレイブンクロー寮へと戻り、サインをしてもらえそうな物を探した。レイチェルは日記帳に。そして、セドリックにはクリスマスに贈る予定の競技用のゴーグルへとサインを入れてもらった。

「ありがとう! セド、きっとすごく喜ぶわ」
「……やっぱり、セドリックは君の恋人じゃないのか?」
「違うの。家が隣で……小さい頃から一緒だから、兄妹みたいなものなのよ」

不思議そうな表情のクラムに、レイチェルはそう答えた。何だかまた最近、よくこの質問をされている気がする。……たぶんレイチェル達の距離感に誤解される原因があるのだろうとわかっているし、クラムもやっぱりあまり納得できていなさそうだったけれど、それが事実なのだ。照れ隠しでも、誤魔化しでもない。

「本当にありがとう、ヴィクトール!」

何度もお礼を言って、レイチェルはクラムと別れた。嬉しい出来事のおかげですっかり憂鬱も不安も吹き飛んだレイチェルは、部屋へ戻って親友達とお茶の時間を楽しんだ。話題はやっぱり、ダンスパーティーについてだ。当日の髪型をどうするかや、メイクについて。

おしゃべりに夢中になっていたら、いつもより賑やかな週末はあっという間に過ぎて行った。

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