「レイチェル、何か今日、妙にソワソワしてない?」
金曜日は、朝から何だか落ち着かなかった。
朝食の席ではぼんやりしてトーストにバターを両面塗ってしまったし、午前の古代ルーン文字の授業ではスペルミスばかりしてしまった。薬草学の授業でも、危うくせっかく取り出したスナーガラフの種を割りそうになった。午後の変身術の授業ではどうにか持ち直して眉の色を変える呪文に成功したが、本当は暗いオレンジにしたかったのに鮮やかな黄色になってしまった。そんなレイチェルの様子は、パメラの目にも不審に映ってしまったようだった。
「もしかして、誰か男の子に呼び出しでも受けた?」
「そんなわけないでしょ」
楽しげな声に、レイチェルは小さく首を振った。ダンスパーティーのことを考えていて上の空だったのは確かだが、自分のことじゃない。パートナーにと誘いを受ける予定なのは、レイチェルではなくハーマイオニーだ。レイチェルは時計を確認した。午後2時半を少し過ぎたところだ。ハーマイオニー、そしてクラムと約束しているのはこの後だった。
「あのね、“そんなわけない”なんて言ってる場合?」
呆れたようなパメラの視線に、レイチェルは視線を泳がせた。
……確かに、ダンスパーティーはたったの2週間後なのに、「そんなわけない」と断言できる状況はまずいのかもしれない。とは言え実際、呼び出しなんてないのだから見栄を張ってもむなしいだけだ。
「あーあ、それにしてもガッカリよ。せっかくだから、ドレス着たとこ見せたかったのに」
「残念よね。マークと行けれればよかったのに」
「プロムなら大抵、他の学校の生徒や家族でも招待できるのよ。当然いけると思ったのに!」
プロムって何だろう。レイチェルは疑問に思ったものの、ブツブツ言っているパメラは答えてくれなさそうな気がした。たぶん、マグルの文化なのだろう。
ダンスパーティーのパートナーに、パメラは勿論恋人を誘うつもりだった。パメラの恋人であるマークは卒業生で、今は魔法省で働いている。が、さっきの授業終わりにマクゴナガル教授に確認したところ、外部のお客様の招待はできないと言われてしまったのだ。
「まあ、ホグワーツ生だけ誰でも招待できるって言うのも不公平よね。しょうがないか」
パメラが溜息を吐いた。……確かに、それができるのならボーバトンやダームストラングの生徒達だって招待したい人が居るかもしれない。それにエリザベスが言っていた通り、人数の問題で参加条件が絞られたのなら、外から誰かを招待する余裕はないのだろう。
パメラや、それからペネロピーのように恋人が居ても一緒にパーティーに行けない子達は、友達として誰かを誘うのだろうか? そんな疑問が浮かんだが、口に出すことはしなかった。どう考えても、社交的なパメラよりも自分の心配をするべきだからだ。そして更に、今はレイチェルよりもハーマイオニーのことだ。レイチェルが失敗せずアシストできるかどうかで、クラムがハーマイオニーと上手く行くかに関わってくる……かもしれない。キューピッド役なんて初めてだから、ちょっと緊張する。
「ごめん、パメラ。私、用事があるからここで」
「ずいぶん急いでるのね。やっぱり誰かと約束じゃなくて?」
「違うってば」
────よかった。空いている。
目当ての窓側の席が空席なのを確認し、急いで荷物を置いた。
パーティーに誘われるのなら、きっと2人きりになれる場所の方がいい。相手はあのヴィクトール・クラムなのだ。周りに人が居たら注目されるし、噂になってしまう可能性もある。そのためには、いつもよく使っている席よりも、できるだけ人が通らない席の方がいいはずだ。それに、この席は窓硝子がステンドグラスになっている。光に模様や色がつくのは集中できないと勉強目的の生徒は避けるけれど、2人きりになれるしロマンチックだとカップルには人気があるらしい。
「レイチェル。ここに居たのね。探しちゃった」
「ハーマイオニー」
「……珍しいわね。この席はやめておいた方がいいって前に言ってなかった?」
約束の時間の3分前に、ハーマイオニーは姿を見せた。
不思議そうに首を傾げる彼女に、レイチェルは焦った。クラムのことを良く思っていない彼女からしたら、レイチェルが協力して作戦を立てていることがバレたらたぶん更に悪印象だ。いや、まあ、そもそもハーマイオニーがクラムを嫌っていると知っているからこそレイチェルは協力を申し出たわけだけれど────。
「あの、えっと、いつもの席が空いてなくって」
「本当に? さっき通りかかったら空いてたみたいだったけど……移動する?」
「ううん! その、もうレポート広げちゃったし……ハーマイオニーが構わなければここがいいわ」
「私は別に、どこでもいいけど……初めて使ったけど綺麗ね、ここ」
ハーマイオニーが椅子に座ってくれたので、レイチェルは安心した。
これで、後はクラムが来るのを待つだけだ。が────そう考えて、レイチェルはハッとした。図書室に通い詰めているハーマイオニーですら見つけにくい場所と言うことは、クラムはもしかしたらこの席を見つけられないかもしれない。しまった。
「レイチェルったら。どうしたの?難しい顔して」
「ううん、何でも……」
あらかじめ、この席に座るつもりだとクラムに伝えておいた方がよかっただろうか?いや、でも、伝えようにもこの席が空いているかもわからなかったし……。一度、クラムを探しに行って場所を教えた方がいいだろうか? でも、時間を空けずに何度も席を空けたら変に思われてしまうかもしれない。
……どうか、クラムがここを見つけてくれますように。自分の詰めの甘さを後悔しつつ、レイチェルはそう願った。一応手元にはレポートを広げてはいるものの、この状況では捗るはずもない。
10分後。レイチェルが意味もなく羽根ペンをインクに浸していると、向こうからクラムが歩いてくるのが見えた。よかった。大きく手を振って名前を呼びたいのを我慢して、レイチェルはこっちに気づいてくれるようクラムに視線を送った。
「私、ちょっと本を探して来る。荷物見ててもらってもいい?」
「わかったわ」
クラムがこっちに気が付いた。作戦実行だ。
レイチェルはハーマイオニーにそう声をかけ、椅子から立ち上がった。本を読むのに集中しているハーマイオニーには気づかれないよう、クラムに向かって合図を送る。本棚の間へと向かい、その影に隠れた。そっと覗いてみると、クラムがハーマイオニーに近づき、何か話しかけているのが見えた。距離が遠いせいで、声までは聞こえない。
どうか、クラムの誘いが上手く行きますように────レイチェルは胸の前で手を組み、そっと祈った。……あと、2人の話が終わるまで、誰も通りかかりませんように。
「ごめんね、遅くなっちゃった。なかなか本が見つからなくって」
クラムが居なくなったのを確認して、レイチェルはそんな言い訳とともに席に戻った。パメラ達やロジャーには嘘が下手だとよく言われるけれど、何だか今のは割と良い感じだった気がする。レイチェルだってやればできるのだ。
「あっ……お帰りなさい、レイチェル」
ハーマイオニーはぼんやりしていた。その頬は薄っすらと赤く染まっている。クラムは無事に彼女をパーティーに誘えたようだ。問題は、ハーマイオニーがどう返事をしたかだけれど────気になる。でも、レイチェルが今それを聞くのは不自然だし、何もかもが台無しだ。
「……あのね」
ハーマイオニーが小さく呟いた。いつもハキハキとした彼女らしくない、弱弱しい声だ。レイチェルは急かしたくなるのを我慢して、言葉の続きを待った。ハーマイオニーは躊躇うような素振りを見せたが、しばらくしてポツポツと話し出した。
「私、あの人……クラムに、誘われたの。その、パーティーに一緒に行ってくれないかって」
言い終えて、ハーマイオニーの頬がますます紅潮した。
知っていた。ハーマイオニーよりも先に知ってしまったけれど、本人の口から聞くとやっぱりドキドキする。それに、ハーマイオニーがレイチェルに打ち明けてくれたことも嬉しい。
「オーケーしたの?」
レイチェルは声を潜めた。ハーマイオニーのこの様子を見る限り、少なくともクラムに誘われたことが嫌だったわけではなさそうだけれど……レイチェルがじっと見つめると、ハーマイオニーはブンブンと首を横に振った。「まだ……私、驚いて、呆然としちゃって……そうしたら、返事は今すぐでなくていいって、行っちゃったの」
ハーマイオニーが困ったように眉を下げた。何だかクラムらしい。実直と言うか、あっさりしていると言うか……たぶん、ハーマイオニーを誘うときも、照れたりすることもなくいつも通り淡々としていたんじゃないだろうか、とレイチェルは想像した。
「じゃあ、返事を考えなきゃね。ハーマイオニーはどうしたい?」
上手く行ってほしいと思っていたけれど、そんなのはレイチェルが勝手に願っているだけで、大事なのはハーマイオニーの気持ちだ。彼女にそのつもりがないなら、クラムには気の毒だけれど仕方ないと思う。返事を迷っているだけなら、背中を押すくらいはできるだろうけれど。
「他に行きたい人が居るの? あっ……もしかして、もう他に誰かに誘われてるとか……?」
ハーマイオニーに恋人や想い人が居ると言う話は聞いたことがなかったけれど、既に誰かと約束をしている可能性だってあった。たとえば、いつも一緒の仲良しの2人のどちらかとか。……やっぱり自分はキューピッドをやるには詰めが甘い、とレイチェルは再び反省した。が、ハーマイオニーはさっきよりも勢いよく首を横に振ったので、レイチェルはホッとした。
「彼とパーティーに行くのは嫌?」
たとえ他に相手が居なかったとしても、どうしてもクラムと行くのは嫌だと言う可能性もある。でも、そこまで毛嫌いしているわけではないように見えた。でなければ、さすがにレイチェルだってクラムに協力しようなんて思わない。
「嫌ってわけじゃないけど……ううん、わからない。だって、こんなこと、考えもしなかったもの」
ハーマイオニーはますます困った表情になった。まあ、その気持ちはレイチェルにも想像できる。ただでさえクラムは世界的なクィディッチ選手で有名だし、しかも彼女はクラムとほとんど話をしたこともなかったのだ。いきなりダンスのパートナーにと言われたら、相当に驚いただろう。
「あれ、本当にクラムだったのかしら? 誰かが、ポリジュースで彼のフリをしてたのかも……」
「……それって、そんなことした人に何かメリットがあるかしら?」
いきなりそんなことを言い出したハーマイオニーに、レイチェルは首を傾げた。
ポリジュースだなんて! 学生が入手するには高価な薬だし、ただの悪戯のために調合するなんて馬鹿げている。ハーマイオニーだって、あの薬の調合の難しさは知っているはずなのに。
「やっぱり、何かの行き違いなんかじゃないかしら。私を他の誰かと勘違いしたとか……」
ハーマイオニーの表情は硬い。確かに、冷たくしていた相手に誘われると言う状況はそう疑ってしまっても無理はないのかもしれないけれど……でも、実際にクラムが誘いたかったのはハーマイオニーだ。間違いない。
「……レイチェル、あんまり驚いてないのね」
「そんなことないわ。すっごく驚いてる!」
「そう……?」
怪訝そうな視線を向けられて、レイチェルはこくこくと頷いた。今のはちょっと不自然だったかもしれない。が、ハーマイオニーは気づかなかったようだ。たぶん、今彼女の頭の中は目の前のレイチェルよりもクラムのことでいっぱいなのだろう。
「どうして私を誘うの? だって、あの人なら、いつも周りに居る女の子達からとっくに誘われてるはずでしょ? あの中の誰かと行けばいいじゃない」
うんうん唸っているハーマイオニーは真剣なのだろうけれど、しっかり者の彼女のそんな様子は微笑ましい。レイチェルは思わず緩んでしまいそうになる口元を手で隠した。面白がって笑っていると思われたら、たぶん怒られる。
「おかしいわ」
ハーマイオニーは小さく呟き、パッと弾かれたように顔を上げた。その表情は、さっきまでとは打って変わって、レイチェルもよく知っているものだった。疑問に思って考え込んでいたことに対してやっと答えを見つけたときの、いつものあの表情だ。
「そうよ。だって、私、クラムの前ではすごく嫌な態度をとってたはずだもの。それなのに私とパーティーに行きたがるなんて、変よ」
「ハーマイオニー……?」
確信したような口調で言うハーマイオニーの顔はスッキリとしていた。妙な方向に進んでいる気がする。レイチェルがパチパチと瞬きを繰り返している間に、彼女の中ではすっかり答えが出たらしい。「もしかして」と深刻そうな表情になった。
「ハリーの情報を聞き出すために、私に近づこうとしてるんじゃないかしら……」
頬杖を突いていた肘がズルッと滑って、レイチェルはバランスを崩した。予想外の結論に、まじまじと彼女の顔を見返すほかなかった。……その発想はなかった。賢すぎると、あまりにも色々な可能性を考えすぎてしまうのだろうか。
「そんなわけないじゃない……」
とは言え、ポカンとしている場合ではない。いくら何でもこの結論は、否定しないとクラムが可哀想だ。
確かに彼はライバル校の代表選手だけれど、ハーマイオニーを利用としているだなんて、そんなはずはない。だとしたら、あんな風に彼女がハリーの恋人でないと知って、ホッとした表情をするはずがないのだ。
「あのね、ハーマイオニー」
クラムがレイチェルに彼女のことを聞いたのだと知れば、ハーマイオニーの誤解は解けるだろうか? ……いや、でも、今の彼女の様子からすると、打ち明けたところで「それもレイチェルに協力させるための演技だ」なんて考えるかもしれない。となれば、どうにかそのことは隠して説得するしかない。……この賢い友人相手に、レイチェルがそれをできるかはわからないけれど。
「ライバルの情報を聞き出すつもりなら、あなたじゃなく私だっていいはずでしょ?」
とは言え、可能性はありそうな気がする。ハーマイオニーの結論は、一見筋が通っているように見えるけれど、聡明な彼女らしくもなくレイチェルから見ても多少穴がある。やっぱり、彼女もかなり動揺しているからだろう。
「私はレイチェルよりも年下だし……丸め込みやすいって思ったのかも」
「それはないと思うわ。あなたが賢くてしっかりした子だってことは、誰にでもわかることよ」
自分で言うのもどうかと思うけれど、どう考えてもハーマイオニーよりもレイチェルの方が騙しやすいだろう。クラムが狡猾な策略家だとしたら、そのことに気が付かないはずがないのだ。ホグワーツの代表選手の情報が目当てなら、彼女よりも先に、レイチェルに目を付ける方が自然だ。
「それに……あなたも言ってたけど、彼への態度、あんまりよくなかったもの。自分を嫌っていそうでツンケンしてるあなたより私の方が誘いやすいって、そう思わない?」
騙しやすさを抜きにしても、レイチェルはクィディッチ選手としての彼のファンだ。熱狂的、と言うわけではないけれど……あからさまに弱点を聞かれでもしない限り、特に疑問にも思わずセドリックのことを話してしまうだろう。……いや、レイチェルはわざわざパートナーに誘わなくてもペラペラしゃべってくれそうだからスルーされた、と言う可能性もなくはないけれど。
「それに、そもそもクラムはトップなのよ。ライバルの情報なんて大して欲しがってないと思うわ」
ライバルに差をつけるために情報を欲しがる人も居るのだろうけれど、クラムも、そしてフラーもそう言うタイプには見えない。彼らだって優勝したいと思っているだろうし、ライバル意識も勿論あるだろうけれど。たぶん彼らほど優秀だと、ライバルを蹴落とすことより自分がベストを尽くせるかどうかの方が重要なのだろう。代表選手達を見ていると、彼らの関係は周りが想像するよりずっと友好的だ。突出した才能を持つ人同士、惹かれ合うものがあるのかもしれない。
「それとも、クラムにとって脅威なのはハリーだけで、セドのことは彼の眼中にないだろうって考えてる? もしそうなら私、ハーマイオニーとケンカしなくちゃいけなくなるんだけど……」
ちょっと意地悪なやり方かもしれないなと思いつつ、レイチェルは不機嫌そうな表情を作ってみせた。もちろん、ハーマイオニーがそんな風に考えるとは思ってはいない。レイチェルがわざとそっぽを向くと、ハーマイオニーは慌てて否定した。
「そ、そんなこと!思ってないわ……確かに1位になったのはハリーだったけど、セドリックの活躍だって素晴らしかったもの!」
「でしょ?」
「彼はあなたとパーティーに行きたいって思ったのよ、ハーマイオニー」
まだどこか信じきれない様子のハーマイオニーが、レイチェルには歯痒かった。もしもクラムとレイチェルが交わした会話を彼女に聞かせることができたなら、きっとクラムを疑ったりしないのに。少なくともレイチェルの目から見たクラムは真剣で誠実で、ライバルの情報欲しさにハーマイオニーやレイチェルを騙すための演技だとは思えなかった。
「……信じられないわ」
「どうして?」
「だって、男の子から見て、私より魅力的な女の子は他にもたくさん居るもの。男の子達にとっては私、ガリ勉で、知ったかぶりで、口うるさくて……」
「……ハーマイオニー・グレンジャー。あなたは可愛いし、賢いし、すごく魅力的よ。私の大切な友達のこと、あまり悪く言わないで」
ハーマイオニーは自分の知識欲や努力に関しては人並み以上だと理解している一方で、それ以外に関しては奇妙なほど自信がないところがある。確かにハーマイオニーは勉強熱心で、自分が本から得た知識を周りに分け与えることを躊躇わない。人より頭の回転の速いせいで色々と考え過ぎてしまって、心配性すぎるところもある。彼女の才能は周囲と比べると明らかに飛び抜けている上に、彼女は珍しい生い立ちのせいで殊更に注目されやすい。何かと目立つせいで、彼女の個性が悪く受け取られてしまう場面もあるのだろう。ハーマイオニーの場合、入学してすぐの頃はそれが理由で人間関係に躓いてしまっていたようだったから、それについて本人がコンプレックスに感じたり、自信を持てないのも仕方ないのかもしれない。でも。
「皆が知らないあなたの魅力に、彼は気づいたってことでしょ?」
でも、レイチェルはそんな彼女が好きだ。時々圧倒されることもあるけれど、知識欲が旺盛で、目をキラキラさせてレイチェルの話を聞いてくれる年下の友人。彼女の聡明さや意志の強さ、そして優しさから来る面倒見の良さが好きだ。クラムだってきっとそう思ったから、ハーマイオニーをパートナーに選んだのだろう。レイチェルがニッコリすると、ハーマイオニーは「でも」と照れくさそうに口ごもった。
「あの人、私よりも年上だし……」
「たったの3歳差でしょ? 私の友達は4歳年上の恋人が居るけど、もう3年付き合ってるわ」
クラムは確か18歳だ。ハーマイオニーは、この間の誕生日で15歳になったから、3歳差。気になってしまうのもわかるけれど、パメラの恋人であるマークはそれ以上に離れているし、2人が付き合い始めたのもパメラが4年生のときだった。以降、特に喧嘩もせず上手くやっている。
「いつも女の子に囲まれてるし……」
「2人でパーティーに行くのに、他の人って関係ある?」
「私、クィディッチにはそこまで詳しくないし……」
「クラムと同レベルに詳しい人なんてほとんど居ないわよ」
「そうでなくても、話が合わないかも」
「彼、読書好きよ」
「それに……私、彼に対してひどい態度をとってたし」
「それはさっきも聞いた」
こんな風に話が1周すると言うのはやっぱり彼女には珍しいことで、レイチェルは思わずクスクス笑ってまった。ハーマイオニーはいよいよ否定する理由を出し尽くしてしまったらしく、瞳を潤ませて黙り込んでしまう。その頬は、もやは林檎のように赤かった。可愛い。
「冷たくしたことを負い目に感じてるのなら、彼に謝って、これから優しくすればいいじゃない」
レイチェルはできるだけ優しい口調を心がけた。引け目を感じるのはわかるけれど、クラムだってきっと、ハーマイオニーが罪悪感を理由に誘いを断ることよりも、一緒にパーティーに行って楽しい時間を過ごせることを望んでいるはずだ。「……本当に、」ハーマイオニーの声が頼りなげに震える。
「本当に……彼は純粋に私を誘ってくれたと思う?」
「ええ。そう思うわ」
不安げにレイチェルを見つめる友人に、レイチェルは頷いた。説得するためだけではなく、本心からそう思っていた。ハーマイオニーは真っ赤な顔のまま俯いていたが、やがて意を決したような表情で顔を上げた。
「クラムに……返事をするわ。だから、レイチェル、あの……」
「私は気にしないから、今すぐ行ってあげて。彼、きっと待ってるもの」
「ええ。……ありがとう」
ハーマイオニーははにかんだように笑うと、急ぎ足で図書室の出口へと向かった。その背中が見えなくなるまで見送って、レイチェルは深く息を吐いた。ホッとしたら体の力が抜けてしまって、テーブルの上へと突っ伏した。
「上手く行きそうでよかった……」
ハーマイオニーが「ハリーの情報を引き出すためなんじゃないか」なんて言い出したときはどうなるかと思った。でも、考え過ぎだと思い直してくれたようで何よりだ。反省するべきところは多少あるけれど、どうやらレイチェルは無事にキューピッドとしての役目を果たせたらしい。
それにしても、と考える。セドリックもそうだったけれど、レイチェルから見て素敵なところばかりの人でも、意外と本人はそれを悩んでいたり、コンプレックスに思っていたりする。……やっぱり、自分のことって欠点ばかりが気になってしまうのだろうか?
まあ、よりにもよってクラムが自分を誘ったことに戸惑うハーマイオニーの気持ちは、レイチェルにもわかる。冷たい態度をとっていた相手に好意を向けられると言うのは居た堪れなくなるし、驚いてしまうものなのだ。レイチェルにも、そんな相手が居た。
「『謝って、これから優しくすればいい』か……」
レイチェルの頭の中に、その相手────ハリー・ポッターの顔が浮かんだ。……他の人のことなら、そう思えるのに。自分のこととなると難しいのはどうしてなのだろう。
友達と呼べる関係になって、廊下で会えばハリーと挨拶をするようになった。ちょっとした立ち話をすることもある。でも、彼を前にすると、レイチェルは落ち着かない気持ちになる。やっぱり、罪悪感なのだろうか? 他の友人と接するときには感じない、ほんの少しの気まずさ。話していて楽しいのも本当なのに、彼が笑いかけてくれると、それが自分に向けられていることに違和感があって、ソワソワする。
お互いさまだ、とハリーは笑ってくれたけれど……やっぱりレイチェルには、過去の自分の行動が全て許されるとは思えない。本人にも話してしまったせいか、前よりもずっと気持ちは軽くなったけれど、でも、全てを包み隠さず打ち明けたわけじゃない。なかったことにするのは難しい。
レイチェルはふぅと溜息を吐いた。落とした視線の先で、窓硝子から零れた青や薄紫の光が、テーブルの上で踊っていた。夕陽に透けているステンドグラスの模様も、とても綺麗だ。こんな素敵な場所でパーティーに誘ってもらったとしたら、レイチェルだったらすごく嬉しいし、思い出に残るだろう。ハーマイオニーにとっても、そうなればいいなと思う。2人が上手く行きそうでよかった。レイチェルも嬉しい。
……やっぱり、レイチェルが今日クラムが彼女を誘うつもりだとあらかじめ知っていたことは、ハーマイオニーには秘密にしておこう。“偶然”この場所で誘われたと思っていた方が、きっとずっとロマンチックだ。